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少女
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荷馬車を降りると、日が傾いていた。
火薬のほかに、頼まれたものを集め、町の薬師の家へと向かう。
「御免」
声をかけると、小さな孫娘がひょこりと出てきた。
「……おばば、お客様よ」
娘はこちらを見るとすぐに家の中へ声をかけて、小さな足音を立てて廊下の向こうへ消えていった。アキとはずいぶん違う少女だ。
しばらくして、老婆の薬師が出てきた。
「ああ、あんたかい。よく来たねぇ」
手招いて、また離れへと通してくれる。途中で奥さんが顔を出し、離れへ茶を運んでくれた。
「今日のあんたは、猟師の匂いが強いね」
乾いた薬草を、皺だらけの手で揉みこみながら老婆が言った。
「そうですか?」
毛皮の類は身につけていない。思わず着物の匂いをかぐと、薬師はけらけら笑った。細かくなった薬草を、麻の袋の中へがさがさと移していく。
「獣じゃない、火薬の匂いさ。あんたは銃なんか使えそうにない顔をしているのにねぇ。誰かの使いかい?」
「ああ、上手な年寄りがいて、その用事で」
「なるほどね。今日の宿はあるのかい? うちを使ってもいいよ」
それは辞退する。年かさの猟師の紹介で、町の猟師の家に厄介になることになっていると告げると、老婆はゆったりうなずいた。
「そうか、その家の者も銃が得意な男が多いよ。教えてもらうといい」
「はい。……ところで」
部屋の中に広がる薬の匂いで、思い出すのはあの男のことだ。
毛皮屋で聞いた話を、この薬師に話すつもりはない。ただ、彼としがらみのない人間と、彼のことを話したかった。
「琉璃に会って、薬のことを聞きました。俺には、あまりわからないことばかりでしたが」
「そうだろうね。山篭りのわけは聞けたのかい?」
返事に困った。うつむいて、静かに首を横に振る。
わけは聞けたが、聞いた話はとても話せない。
それは琉璃のやったことを話すべきではないという以上に、村の仲間たちがひどいことをしたのだと、誰かに言うのが怖かった。
「まあ、話すような男じゃないだろうねぇ」
苦笑した老婆は立ち上がり、棚から小箱を一つ取った。
「あんたから聞いた琉璃の羽織の薬を作ってみたよ。持って行きな」
「……獣よけ、ですか?」
「ああ、そうだよ。中に袋が二つある。一つは、あんたの今日の宿の主人に渡しておくれ。もう一つは、持って帰るといい。効き目は、馴染みの猟師に試してもらったからねえ、抜群だよ。琉璃にも礼をといいたいところだけど、どうだい?」
箱を受け取ると、見た目よりも重かった。薄荷のような匂いがする。
「他の薬師に羽織の事を話すとは言ってないので、取って食われるかもしれません」
「ははは、じゃあ黙っておいてくれ。これがあんたの仕事に役立つなら、琉璃に言ってたくさん作ってもらうといい。獣よけの薬があるが作り方がわからんと、おばば薬師に聞いたと泣きつけばなんとかなるだろう」
「そうします。ありがとうございます」
頭を下げて、薬師の家を出る。道は暗く、明かりを借りて猟師の家へ向かう。
家はすぐにわかり、中では歳の近い猟師たちが、家の主人と一緒に待っていてくれた。
食事の間に猟の談義に花が咲き、楽しく過ごした。老婆の薬師の薬も、たいそう有難がられた。
「……この町の薬師は、皆が好いていますか」
珍しい味付けのされた肉を食いながら、隣の若者に尋ねると、にこにこと頷いた。
「あのおばばの次は、誰がなるんです?」
そう聞くと、場にいた者たちは口をそろえて、孫娘だと言う。
「今はまだ表には出ないけれど、簡単な傷薬なんかは、あの子が全部作っているよ」
「おばばと一緒に薬草畑でいつも何か教わってる。おれらにはちんぷんかんぷんだけどさ」
「筋がいいから教えがいがあるって、ばあちゃんもよく自慢してる」
皆が父や兄のような口ぶりで、薬師の卵の少女のことを話す。小さなものが大切にされているのは気持ちがよい。アキと重ねて見てしまうからかもしれない。
夜更けまで語り続けて、翌朝は早朝の馬車で帰ることにした。
昼前に、村へ着く。
荷馬車から降りて、思い荷物を背負い直し、強張った背中を伸ばしていると、誰かが駆けてやってきた。
「――ケイ!」
飛びつくように肩を掴まれ、見れば目の前にいたのは、青い顔をしたタルだった。
「どうした、そんなに慌てて」
タルは、掴んだ手にぐっと力を入れてきた。痛い。
「アキが、いない」
しかしその言葉に、痛みなど吹き飛んだ。
「……どうして。昨日は、夕方から旅籠へ行ったはずだ」
「来ていない!」
泣きそうなタルは、叫ぶように言葉を続ける。
「若い娘だから仕事が嫌になる日もあると言って、真面目に探してくれる者が少ないんだ。お前の母さんと、アキの友達と、旅籠の仲間が少ししか、探してくれない。手伝ってくれ。アキは仕事を放り出すような子じゃないだろう!」
そうだ。
タルに頷いて見せ、周りを見る。あまり真面目に取り合おうという顔は見えない。
「わかった、タル。俺はこれを預けて、すぐ探しに行く。猟師の地区は探したのか?」
「いいや、まだ行っていない」
「じゃあ、そのままあの辺りを探す。昼を過ぎたら、一度旅籠へ行く」
「ああ」
別れて、火薬を頼んできた猟師の家へと駆け出す。
昨日アキは、明かりを持って、客をここから案内しながら、旅籠へ向かったはずだ。
――悪い客だったら、途中で何かあったのかもしれない。
心臓が早鐘のように鳴る。
何事もなく、見つかってくれ。お前を叱って、タルと会わせてやれれば、それでいいから。
急ぐ足はもつれる。
それでも必死で、馴染みの並びへと、走った。
火薬のほかに、頼まれたものを集め、町の薬師の家へと向かう。
「御免」
声をかけると、小さな孫娘がひょこりと出てきた。
「……おばば、お客様よ」
娘はこちらを見るとすぐに家の中へ声をかけて、小さな足音を立てて廊下の向こうへ消えていった。アキとはずいぶん違う少女だ。
しばらくして、老婆の薬師が出てきた。
「ああ、あんたかい。よく来たねぇ」
手招いて、また離れへと通してくれる。途中で奥さんが顔を出し、離れへ茶を運んでくれた。
「今日のあんたは、猟師の匂いが強いね」
乾いた薬草を、皺だらけの手で揉みこみながら老婆が言った。
「そうですか?」
毛皮の類は身につけていない。思わず着物の匂いをかぐと、薬師はけらけら笑った。細かくなった薬草を、麻の袋の中へがさがさと移していく。
「獣じゃない、火薬の匂いさ。あんたは銃なんか使えそうにない顔をしているのにねぇ。誰かの使いかい?」
「ああ、上手な年寄りがいて、その用事で」
「なるほどね。今日の宿はあるのかい? うちを使ってもいいよ」
それは辞退する。年かさの猟師の紹介で、町の猟師の家に厄介になることになっていると告げると、老婆はゆったりうなずいた。
「そうか、その家の者も銃が得意な男が多いよ。教えてもらうといい」
「はい。……ところで」
部屋の中に広がる薬の匂いで、思い出すのはあの男のことだ。
毛皮屋で聞いた話を、この薬師に話すつもりはない。ただ、彼としがらみのない人間と、彼のことを話したかった。
「琉璃に会って、薬のことを聞きました。俺には、あまりわからないことばかりでしたが」
「そうだろうね。山篭りのわけは聞けたのかい?」
返事に困った。うつむいて、静かに首を横に振る。
わけは聞けたが、聞いた話はとても話せない。
それは琉璃のやったことを話すべきではないという以上に、村の仲間たちがひどいことをしたのだと、誰かに言うのが怖かった。
「まあ、話すような男じゃないだろうねぇ」
苦笑した老婆は立ち上がり、棚から小箱を一つ取った。
「あんたから聞いた琉璃の羽織の薬を作ってみたよ。持って行きな」
「……獣よけ、ですか?」
「ああ、そうだよ。中に袋が二つある。一つは、あんたの今日の宿の主人に渡しておくれ。もう一つは、持って帰るといい。効き目は、馴染みの猟師に試してもらったからねえ、抜群だよ。琉璃にも礼をといいたいところだけど、どうだい?」
箱を受け取ると、見た目よりも重かった。薄荷のような匂いがする。
「他の薬師に羽織の事を話すとは言ってないので、取って食われるかもしれません」
「ははは、じゃあ黙っておいてくれ。これがあんたの仕事に役立つなら、琉璃に言ってたくさん作ってもらうといい。獣よけの薬があるが作り方がわからんと、おばば薬師に聞いたと泣きつけばなんとかなるだろう」
「そうします。ありがとうございます」
頭を下げて、薬師の家を出る。道は暗く、明かりを借りて猟師の家へ向かう。
家はすぐにわかり、中では歳の近い猟師たちが、家の主人と一緒に待っていてくれた。
食事の間に猟の談義に花が咲き、楽しく過ごした。老婆の薬師の薬も、たいそう有難がられた。
「……この町の薬師は、皆が好いていますか」
珍しい味付けのされた肉を食いながら、隣の若者に尋ねると、にこにこと頷いた。
「あのおばばの次は、誰がなるんです?」
そう聞くと、場にいた者たちは口をそろえて、孫娘だと言う。
「今はまだ表には出ないけれど、簡単な傷薬なんかは、あの子が全部作っているよ」
「おばばと一緒に薬草畑でいつも何か教わってる。おれらにはちんぷんかんぷんだけどさ」
「筋がいいから教えがいがあるって、ばあちゃんもよく自慢してる」
皆が父や兄のような口ぶりで、薬師の卵の少女のことを話す。小さなものが大切にされているのは気持ちがよい。アキと重ねて見てしまうからかもしれない。
夜更けまで語り続けて、翌朝は早朝の馬車で帰ることにした。
昼前に、村へ着く。
荷馬車から降りて、思い荷物を背負い直し、強張った背中を伸ばしていると、誰かが駆けてやってきた。
「――ケイ!」
飛びつくように肩を掴まれ、見れば目の前にいたのは、青い顔をしたタルだった。
「どうした、そんなに慌てて」
タルは、掴んだ手にぐっと力を入れてきた。痛い。
「アキが、いない」
しかしその言葉に、痛みなど吹き飛んだ。
「……どうして。昨日は、夕方から旅籠へ行ったはずだ」
「来ていない!」
泣きそうなタルは、叫ぶように言葉を続ける。
「若い娘だから仕事が嫌になる日もあると言って、真面目に探してくれる者が少ないんだ。お前の母さんと、アキの友達と、旅籠の仲間が少ししか、探してくれない。手伝ってくれ。アキは仕事を放り出すような子じゃないだろう!」
そうだ。
タルに頷いて見せ、周りを見る。あまり真面目に取り合おうという顔は見えない。
「わかった、タル。俺はこれを預けて、すぐ探しに行く。猟師の地区は探したのか?」
「いいや、まだ行っていない」
「じゃあ、そのままあの辺りを探す。昼を過ぎたら、一度旅籠へ行く」
「ああ」
別れて、火薬を頼んできた猟師の家へと駆け出す。
昨日アキは、明かりを持って、客をここから案内しながら、旅籠へ向かったはずだ。
――悪い客だったら、途中で何かあったのかもしれない。
心臓が早鐘のように鳴る。
何事もなく、見つかってくれ。お前を叱って、タルと会わせてやれれば、それでいいから。
急ぐ足はもつれる。
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