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2.残されたもの

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公園から家に帰るとポストにパンパンの郵便物が入っているのが目に入った。母さんが亡くなってから、現実逃避をするようにわざと毎日忙しくしていたから、そういえば見る暇もなかったなと思いポストの扉を開いた。

母さんが残してくれたのは俺名義の預金通帳とローンをいつの間にか終えていたこの一軒家だ。
母方の親戚がお葬式とかお墓とかの難しい事は全部やってくれた。
祖父母はもう亡くなっていて母さんは一人っ子だった為、遠い親戚にしか頼る人がいなかった。
葬式中誰1人として参列する人がいなく、正直それがとてもしんどかった。母さんは俺以外に頼れる人も仲の良い友達すらいなかったのかと今更気付いてしまって、母さんは最期の最後まで俺の為だけに生きてくれていたんだとやるせない気持ちでいっぱいになった。
親戚からは、これからどうしたい?と無責任に問われ、もう高校生だし自分で働ける年だからって引き取るとか仕送りとか必要ないですと断って、元々住んでいたこの家にまた帰ってきた。

母さんが知らない間にコツコツと貯めていてくれたこのお金と家を守ろう、そう決めた。
自分でここで生きていくことを選んだ。

…母さん、ただいま。

いつも玄関の扉を開けると、スリッパのぱたぱたと床を叩く音してリビングのドアが開く。
それに決まって「ただいまはー?」と聞かれる。反抗期が全盛期だった俺にはそれが少し小っ恥ずかしくて、ハイハイって流してたけど。
母さんは絶対、「おかえりなさい」って笑って言ってくれた。
そんなごく普通の、どこにでもある日常が何よりも好きだった。
何てさっきの走馬灯の続きを思い出し、ポストの中身を取り出したその時。


「お兄さんもしかして羽柴桜介くんか?」

ガラガラにしゃがれた声が聞こえた。
声が聞こえ顔をあげた途端、俺は血の気がサーッと引くのが分かった。
スキンヘッドに首元からぶら下がるギラギラと輝く金色のアクセサリー、派手な柄シャツに黒のパンツ。そして見るからに治安の悪い物騒な顔つき。似たような見た目の人がいち、にい、さん…4人もいる。
それにこっちにだんだん近づいてくる。

なんだ?なんで俺の名前を……

「この家です間違えねえっす」
「うわ、汚ねえガキだな。まじでこいつか?」

ついに目の前まで来て俺の横に長方形の紙をかざして見比べてる。
ジロジロ見られて不快な気分だ。

「…誰ですか、あんた達…」

振り絞って出した声が震え、持っていた郵便物をぎゅっと強く握りしめる。
こんな場面テレビの中のドラマや漫画しか見た事ない。
これはいわゆる、ヤ◯ザってやつではないか?
任侠系に出てくる人達によく似ている。というかそのもの。本当にいるんだな、こういう裏社会の人達って。
そんな一生に一度関わることがないような奴らがどうして俺なんかの名前を………

嫌な予感がして背中に一筋の汗が流れる。

「君の親がね、うちに借金残して消えたんだわ~」
「……借金?」
「そう借金。それもたんまり借りたくせにドンヅラこきやがって、あのクソ野郎」
「ろくでもない親を持っちゃって、君も苦労するねぇ」

なんだって?

「……で?君は羽柴桜介くんかな?」

ニコニコ胡散臭く笑っていたのが急に細い目に変わり、目の前の男が持っていた小さな紙を俺に見せた。それは俺と母さんが映っているプリントされた写真で、母さんが病衣を着ているからきっと入院中に盗撮されたものだと瞬時に判断した。

……これはやばい。

反射的に家の中に逃げようと足を踏み切ったが、男2人に腕を掴まれてしまい身動きが取れなくなった。握りしめていた郵便物がバサリとその場に落ちる。

「いっ……離せっ!!」
「威勢のいいガキだなぁ。おい、本当にこいつか?」

俺は掴まれた腕じゃ抵抗出来ない事に気付き、代わりにギロリと目の前の男を睨み付ける。そんなことはもろともしない男は俺の顔をジロジロ見るなり「んー?」と何やら考え込むような声を出すと、俺の顎をグイッと片手で強く掴む。

「汚すぎて顔が分からん。どうすんだ、黒川くろかわさんには綺麗なものが手に入るって話通してんのに。やっぱり違うやつか?」
「あ、八代やしろさん!これ見て下さい!!」

さっき俺の手から落ちた郵便物の一つを勝手に開けていたらしく、その中の紙を八代と呼ばれた俺の顎を掴んだ男に見せると、そいつは「ほぅ」とニヤリと笑った。

待て、それは……

「お前、突然変異のΩオメガか」
「……っ!」

紙から俺に目線を変えた八代はそう言い、嫌な笑顔で俺の目の前に立った。そして俺のボサボサの髪の毛を顔がちゃんと見えるようにグイッと無遠慮に上に引っ張り、俺の顔をもう一度食い入るように見る。強く引っ張られ痛みに耐えながら顔を引き攣る俺に「…久しぶりの上玉だな」と訳のわからない事を言うと、パッと手が離された反動で頭がガクッと下がった。

「さて、羽柴桜介くん。これが何か分かるか?」

そう言って八代が下っ端の男から何かを渡され、それを俺の目の前で掲げる。髪の毛の間から覗くと『借用書』と書いてあるそこには俺の見知らぬ名前がサインされていた。
…いや本当は知ってるけど。
俺には関係のない名前が記されていた。

「…知らない名前だ」

その言葉を聞いた八代が俺の顔をそっと撫でる。ゾクっとしたのは一瞬で、急にバシンという音と共に左頬にじんわり滲む痛みが襲ってきた。視界がぐらつき、口の中で血の味がするとツゥっと口から血が流れる。
痛い、頬も口の中も、何もかも。

八代はそんな俺を見てケラケラと下品に笑う。

「現実を見ろ。売られたんだよ、父親に」

「世の中には金を返す方法はいくらだってあるんだ。…例えばその身体を使うとかな」と俺の全身を舐めるように見つめられ、俺は思考が追いつかない。
さっき頬を殴られた衝撃からか、頭が上手く回らない。

どうしよう、このままじゃやばい。こいつらに何をされるかなんて考えなくても分かってしまう。

「とりあえずその汚い身なりをなんとかしろ。また来る。その時までにどうするか考えておくんだな」

なんて捨て台詞を吐いて俺の頬を借用書で軽く叩いた八代は顎で俺を掴んでいた男達に合図し、急に解放された俺はその場にしゃがみ込んでしまった。

そいつらがいなくなってどこからか視線を感じちらりと横を見ると、隣の家のおばさんがどこかに電話しながらこちらを見ていた。

まさか、通報とか面倒くさいことしてないよな?

俺はガクガクする足を何とか抑えながら原付にまたがり、逃げるようにその場を後にした。

家ですらも居心地が悪い。
…どこにも行く場所なんてないのに。

行き先も思い付かないまま、俺は原付のグリップを握って走らせた。



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