上 下
4 / 6

足跡1

しおりを挟む

 窓から差し込む朝日が眩しくて、私は目を覚ました。
 下から私を呼ぶ母親の声がする。
 「はぁーいー……、今おりまーす……。」
 今にも落としそうな意識をなんとか保ちながらグッと伸びをしてベットから降りようとしたとき。
 「ぐえっ。」
 柔らかいものを踏みつけた感覚と、間抜けな声を感じて見下ろしてみる。

 「いたい、いたい」

 「え……なにこれ」

 一瞬で血の気が引いた。自分の足の下に居たのは得体の知れない生き物だったから。
 慌てて、足をのけて距離をとる。
 大きさは手のひらサイズくらいだろうか。小さな白い毛玉のような姿をした珍獣だった。
 ふわふわの毛をまとったソレは、何の動物とも言えない見たこともない見た目をしている。強いて言うならハムスターに似ているだろうか。

 恐る恐る近寄って、むんずとつまみあげると、まじまじとそれを見る。
 「あいぃ……」
 か細い声をあげながら小さな手足をパタパタと動かして逃れようとしている小さな生き物。
 「妖怪……?」
 隠世で見た妖の中に、小さな妖がいたのを思い出す。
 みずはが、力の弱い妖怪は皆、こんな風に小さく可愛らしいマスコットのような姿をしていると言っていた。

 「妖怪なのに、可愛いわね」

 鬼になってから、私は、妖怪という類のものが見えるようになっていた。

 人の形に近いものから、全く異形のもまで、大小様々な妖がいる。
 首が異様に長い者。目や口が無い者。人の顔に別の生き物の体を無理やり引っ付けたみたいな妖までいる。
 しかもそれらは、案外身近にいるようで。
 みずはに家の近くまで送ってもらってる最中に、何匹もの妖を見た。それこそ、隠世と現世の境目がわからなくなるくらい。それはもう沢山。それこそ、道を歩く野良猫のようなノリでそれらは存在していた。

 「栞ー、朝ごはんー!」

 「はいはい、今行くー!」

 母親の声にせかされるようにして、手に持っていた妖を降ろして、朝食に向かった。





 私の通う長風高校は、家から徒歩20分ほどの場所にある。本校舎はつい最近改装されて、比較的綺麗な状態を保っていた。以前使っていた旧校舎は、グラウンドを挟んで反対側にあり、大分年季が入っているせいか、木造の床や踏むたびにギシギシと音がするし、教室の扉は建付けが悪くなっているため開きづらくなっているが、それでもクラブ活動に勤しむ生徒たちにとっては必要不可欠となっている。

 そんな旧校舎の裏庭にこんな噂が立っていた。

 「でっかい足跡?」

 「そう! そうなの! クラブで遅くまで残ってた生徒が見たんだって! 裏庭を通って帰ろうとした時に、足元を見たらでっかい足跡が! それ、1メートル近くあったらしくてね!」

 昼休み、私は二人の友人と昼食を取っていた。
 今、私の目の前で大きな身振り手振りをして、一生懸命に話をする彼女は、水島美來。
 明るく元気が取得の可愛らしい少女だ。ストレートの髪を腰まで伸ばしている。くせ毛の私からすれば羨ましい限りの艶があって細い髪は、ひとつ風が吹くだけで、よくあるシャンプーのCMに出てきそうな絵面になる。瞳は綺麗な金色をしていて、時々野性的な彼女の瞳は見ているものを魅了する不思議な力を持っている。と私は思う。

 「美來はそういうの好きだよなぁ」

 美來の話を半信半疑で聞いては、やれやれと呆れ顔をしている彼女は、柴原凪。
 昔から、私たち二人の面倒をよく見てくれるお姉さんのような存在の彼女は、性格だけではなく見た目もカッコイイ。見た目だけでいえば、カッコイイというよりは、可愛らしい感じなのだが、彼女の作る表情ひとつひとつが、いちいちカッコよく、行動もそんじょそこらの男子をぶち抜いてぶっちぎりの一位だと言えるほどに男前である。少なくとも私の中では。ポニーテールにされた髪は長く、解けば、きっと美來より長いだろう。なぜ切らないのかとも思うが、大人っぽくも可愛らしい容姿の彼女には長い髪がよく似合っているので口にはしない。

 「だってだって! 何か気になるじゃん! 幽霊かな? 妖怪?」

 「ただのイタズラだろう?」

 「そんなことないよ! ねえ、栞も気になるよね!」

 「え? あ、ああ、そうね」

 「ほら、ね! そう二人とも! 夜に一緒に見に行って見ようよ!」

 美來が、急にとんでもないことを言い出した。

 「何を見に行くんだよ?」

 「何言ってるの! あの足跡を付けた奴の正体に決まってるでしょ!」

 何に対しても好奇心旺盛な彼女が、その学校の七不思議的な事件に食いつかないわけが無い。美來はやる気満々で、凪の腕を掴んでは一緒に行こうと駄々を捏ねた。

 「やめとけって、どうせただのイタズラだろう? それに、帰りはどうするんだよ。真っ暗だぞ? 妖怪や幽霊なんかより誘拐の方が怖い」

 私も半信半疑でいたが、急に不安になってきた。
 もし、美來の言う通り、その巨大な足跡が妖怪のものだとしたら、危険な妖怪かもしれない。私が近頃見えるようになってきたあの存在は、目には見えずとも、確かにそこに存在する。私も、今まで目に見えず、今まで存在していないと思っていたものに、一度殺されかけたのだから。もし、1人で学校に忍び込んだ美來に何かあったらと思うと、私は、いても立ってもいられなくなった。

 「そうよ、危ないし、やめておいた方がいいわ」

 「ええー、栞まで!」

 美來は私の言葉を聞くと不貞腐れた様子で昼食のお弁当に入った白ご飯をかきこんだ。

 「何さー、つまんないなぁ、二人とも」

 「くだらない事言ってないで、早く食べないと次の授業遅刻するぞ」

 「わ、ホントだ! もうこんな時間!? 次体育なのにー!」

 美來は時計を見ると目を丸くして慌てて残ったおかずを食べ始めた。
 もう授業が始まる。
 私も、気になることがあったが、取り敢えず授業に向かう準備をすることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大学受注発注

古島コーヒー
ライト文芸
きっかけは「実は先輩と同じ大学に合格しました」という何気ないメッセージだった。高校時代の部活の憧れの先輩、藤代宗(ふじしろ そう)に挨拶のつもりでチャットメッセージを送り、うきうきした気持ちで大学デビューを待ち望んでいた宮中万一(みやなか かずひと)。しかし、入学しても憧れていたキャンパスライフはどこか地味で、おまけに憧れだった先輩は性格が急変していた……。普段であったら関わることない人々と、強制的に(?)出会わせられ、面倒なことに手助けを強いられる羽目になってしまう。一見地味に見えるが、割とすごいことに巻き込まれるおふざけ日常学園コメディ。

宇宙に恋する夏休み

桜井 うどん
ライト文芸
大人の生活に疲れたみさきは、街の片隅でポストカードを売る奇妙な女の子、日向に出会う。 最初は日向の無邪気さに心のざわめき、居心地の悪さを覚えていたみさきだが、日向のストレートな好意に、いつしか心を開いていく。 二人を繋ぐのは夏の空。 ライト文芸賞に応募しています。

イシャータの受難

ペイザンヌ
ライト文芸
 猫を愛する全ての方に捧げる猫目線からの物語です──1話が平均2500文字、5~6分で読了できるくらいの長さとなっております。 【あらすじ】人間と同じように猫にだって派閥がある。それは“野良猫”と“飼い猫”だ。【 シャム猫のイシャータ(♀)】は突然飼い主から捨てられ、何の不自由もない“飼い猫”生活から今まで蔑視していた“野良猫”の世界へと転落してしまう。ろくに自分の身さえ守れないイシャータだったが今度は捨て猫だった【 子猫の“佐藤 ”】の面倒までみることになってしまい、共に飢えや偏見、孤独を乗り越えていく。そんなある日、以前淡い恋心を抱いていた【風来坊の野良猫、 ヴァン=ブラン 】が町に帰ってきた。それを皮切りにイシャータとその仲間たちは【隣町のボス猫、ザンパノ 】との大きな縄張り争いにまで巻き込まれていくのだったが…………  3部構成、全41話。それぞれ1話1話にテーマを置いて書いております。シリアス、コメディ、せつなさ、成長、孤独、仲間、バトル、恋愛、ハードボイルド、歌、ヒーロー、陰謀、救済、推理、死、ナンセンス、転生、じれじれからもふもふ、まで、私的に出来うる限りのものを詰め込んだつもりです。個人、集団、つらい時やどうしようもない時、そんな時に生きる希望や勇気の沸く、そして読み終わった後にできうる限り元気になれる、そんな物語にしようという指針のもとに書きました。よろしくお願いいたします。(小説家になろうさん、カクヨムさんとの重複投稿です)

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

いのちうるはて、あかいすなはま。

緑茶
ライト文芸
近い未来、「いのち」は、売りに出されるようになっていた。それも、正式な政府のシステムとして。 市役所に勤務する「僕」は、日々その手続きに追われている。 病に伏している恋人。繰り返される「命の値段」についての問い。ふたつに板挟みになった「僕」は 苦悩し、精神をすり減らしていく。 彷徨の果て、「僕」が辿り着いたこたえとは――。

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。 彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。 新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。 一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。 錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。 第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...