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足跡1
しおりを挟む窓から差し込む朝日が眩しくて、私は目を覚ました。
下から私を呼ぶ母親の声がする。
「はぁーいー……、今おりまーす……。」
今にも落としそうな意識をなんとか保ちながらグッと伸びをしてベットから降りようとしたとき。
「ぐえっ。」
柔らかいものを踏みつけた感覚と、間抜けな声を感じて見下ろしてみる。
「いたい、いたい」
「え……なにこれ」
一瞬で血の気が引いた。自分の足の下に居たのは得体の知れない生き物だったから。
慌てて、足をのけて距離をとる。
大きさは手のひらサイズくらいだろうか。小さな白い毛玉のような姿をした珍獣だった。
ふわふわの毛をまとったソレは、何の動物とも言えない見たこともない見た目をしている。強いて言うならハムスターに似ているだろうか。
恐る恐る近寄って、むんずとつまみあげると、まじまじとそれを見る。
「あいぃ……」
か細い声をあげながら小さな手足をパタパタと動かして逃れようとしている小さな生き物。
「妖怪……?」
隠世で見た妖の中に、小さな妖がいたのを思い出す。
みずはが、力の弱い妖怪は皆、こんな風に小さく可愛らしいマスコットのような姿をしていると言っていた。
「妖怪なのに、可愛いわね」
鬼になってから、私は、妖怪という類のものが見えるようになっていた。
人の形に近いものから、全く異形のもまで、大小様々な妖がいる。
首が異様に長い者。目や口が無い者。人の顔に別の生き物の体を無理やり引っ付けたみたいな妖までいる。
しかもそれらは、案外身近にいるようで。
みずはに家の近くまで送ってもらってる最中に、何匹もの妖を見た。それこそ、隠世と現世の境目がわからなくなるくらい。それはもう沢山。それこそ、道を歩く野良猫のようなノリでそれらは存在していた。
「栞ー、朝ごはんー!」
「はいはい、今行くー!」
母親の声にせかされるようにして、手に持っていた妖を降ろして、朝食に向かった。
*
私の通う長風高校は、家から徒歩20分ほどの場所にある。本校舎はつい最近改装されて、比較的綺麗な状態を保っていた。以前使っていた旧校舎は、グラウンドを挟んで反対側にあり、大分年季が入っているせいか、木造の床や踏むたびにギシギシと音がするし、教室の扉は建付けが悪くなっているため開きづらくなっているが、それでもクラブ活動に勤しむ生徒たちにとっては必要不可欠となっている。
そんな旧校舎の裏庭にこんな噂が立っていた。
「でっかい足跡?」
「そう! そうなの! クラブで遅くまで残ってた生徒が見たんだって! 裏庭を通って帰ろうとした時に、足元を見たらでっかい足跡が! それ、1メートル近くあったらしくてね!」
昼休み、私は二人の友人と昼食を取っていた。
今、私の目の前で大きな身振り手振りをして、一生懸命に話をする彼女は、水島美來。
明るく元気が取得の可愛らしい少女だ。ストレートの髪を腰まで伸ばしている。くせ毛の私からすれば羨ましい限りの艶があって細い髪は、ひとつ風が吹くだけで、よくあるシャンプーのCMに出てきそうな絵面になる。瞳は綺麗な金色をしていて、時々野性的な彼女の瞳は見ているものを魅了する不思議な力を持っている。と私は思う。
「美來はそういうの好きだよなぁ」
美來の話を半信半疑で聞いては、やれやれと呆れ顔をしている彼女は、柴原凪。
昔から、私たち二人の面倒をよく見てくれるお姉さんのような存在の彼女は、性格だけではなく見た目もカッコイイ。見た目だけでいえば、カッコイイというよりは、可愛らしい感じなのだが、彼女の作る表情ひとつひとつが、いちいちカッコよく、行動もそんじょそこらの男子をぶち抜いてぶっちぎりの一位だと言えるほどに男前である。少なくとも私の中では。ポニーテールにされた髪は長く、解けば、きっと美來より長いだろう。なぜ切らないのかとも思うが、大人っぽくも可愛らしい容姿の彼女には長い髪がよく似合っているので口にはしない。
「だってだって! 何か気になるじゃん! 幽霊かな? 妖怪?」
「ただのイタズラだろう?」
「そんなことないよ! ねえ、栞も気になるよね!」
「え? あ、ああ、そうね」
「ほら、ね! そう二人とも! 夜に一緒に見に行って見ようよ!」
美來が、急にとんでもないことを言い出した。
「何を見に行くんだよ?」
「何言ってるの! あの足跡を付けた奴の正体に決まってるでしょ!」
何に対しても好奇心旺盛な彼女が、その学校の七不思議的な事件に食いつかないわけが無い。美來はやる気満々で、凪の腕を掴んでは一緒に行こうと駄々を捏ねた。
「やめとけって、どうせただのイタズラだろう? それに、帰りはどうするんだよ。真っ暗だぞ? 妖怪や幽霊なんかより誘拐の方が怖い」
私も半信半疑でいたが、急に不安になってきた。
もし、美來の言う通り、その巨大な足跡が妖怪のものだとしたら、危険な妖怪かもしれない。私が近頃見えるようになってきたあの存在は、目には見えずとも、確かにそこに存在する。私も、今まで目に見えず、今まで存在していないと思っていたものに、一度殺されかけたのだから。もし、1人で学校に忍び込んだ美來に何かあったらと思うと、私は、いても立ってもいられなくなった。
「そうよ、危ないし、やめておいた方がいいわ」
「ええー、栞まで!」
美來は私の言葉を聞くと不貞腐れた様子で昼食のお弁当に入った白ご飯をかきこんだ。
「何さー、つまんないなぁ、二人とも」
「くだらない事言ってないで、早く食べないと次の授業遅刻するぞ」
「わ、ホントだ! もうこんな時間!? 次体育なのにー!」
美來は時計を見ると目を丸くして慌てて残ったおかずを食べ始めた。
もう授業が始まる。
私も、気になることがあったが、取り敢えず授業に向かう準備をすることにした。
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