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第13話 新たな可能性
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「やっぱりすごいね。トニーは。上手く抑え込んだみたいだ」
感嘆の声を上げる博士。あのクジラの日から一週間後、トニー博士がどういう手を使ったのか、グラシアを疑う声は消えたらしい。
それをまるで自慢するように褒めたたえる博士。それを何とも言えない心境で見つめる僕。
本当に何も聞かされていないんだ。
博士は僕の方にくるっと姿勢を向け、
「そう言えばどうしたんだい? 話があったみたいだけど」
そう尋ねてきた。
ただでさえ自分の生き方ですら分からなくなっているのに。そんな僕に余計に苦しませるものばかりで。もういろんな感情でわけが分からなくなっていた僕。少し何かきっかけがあれば、足元からすべて崩れていきそうなそんな気がしていて。
だからこそ、何か納得したくなって。
「どうして、あの人たちは帰ろうとしたんですか? 苦しむのが分かっていたのに。どうしても理解できなくて」
まるで自分で苦しみに行く姿が僕には理解できなかった。人間はみんなそんなものなのだろうか。エツィオだって。
博士は困ったような顔を浮かべ、
「うん……、どうやって説明しようかな……」
視線を宙に向ける博士。それを待つ間に僕は数珠つなぎで疑問が湧いてきて。
「他にも、どうして意見を一緒にしようとするんですか? 意見から外れたら傷つけるんでしょうか?」
そう尋ねると博士はしばらく顎に手をやって考えていた。
「耳が痛いね。君だけじゃなくて。今までに様々な人がそれについて疑問を呈しているよ」
いい回答は出ないようだった。それでも、説明の仕方は思いついたのか、どこか納得のいかない様子で話し出す博士。
「僕の理解の仕方になっちゃうけど、いいかい?」
どこか自信なさげの博士。僕は首を縦に振った。
「僕は仕方がないって思うようにしている。そうなったのには理由があるんだろうって」
「どういう理由ですか?」
「おそらくだけど、人の進化だと思うよ」
「人の進化……?」
博士はまだ自分の中で説明の方法を吟味しているのか、自信なさげに話す。
「うん……そうだね。まぁ簡単に言うと脳だね。脳は、形のない虚構を作り出せるし、僕らの脳は、その形のない目には見えない物を信じれるほどに進化した」
博士はじっと僕の顔を見た。
「結局のところルールとか文化って全て形あるものじゃなくて概念だ。でも、形ないものを信じることが出来たことで大勢の人がいても集団を作れた。それだけじゃない。ルールや文化、知識だったり継承も出来る」
「…………はい」
「繫栄しきった今じゃわからないけどさ。過去は人も自然淘汰の影響を強く受けただろうし、なんなら人同士ですら争うことも多かった。そんな中でさ、生き残ってきたのには理由があるんだよ。集団をより強固だったり、大きな集団を作れるとかね。そういう風な細かな進化をしてきた僕たちはしてきたんだ」
博士は僕にもわかるように中じゃなくて、外側を説明してくれたようだ。おかげで少しわかった気がして。
「その進化が結果で問題が起こってるってことですか」
「他の理由もあるかもしれない。けど、それも一つの理由だと思う」
進化し、それが結局回って苦しめている。僕の脳裏にクジラや、人を殺すために進化した植物、自分の体を犠牲に他種を保存する木の姿が脳裏に浮かび上がって。
「進化って何でしょうね」
「進化は結果論だ。変異したものがたまたま環境に適していたそれだけだよ」
そう博士は言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
八十年前。
すぐ隣を走っていた男が吹き飛ばされた。その体はまるで風に吹かれ枯れ葉が舞うように軽々と飛んで行った。
「あぁぁぁ」
叫び声が人の出す速度ではありえないほどの速さで消えていく。そこは地獄絵図だった。様々な種類の植物に人が殺され続ける。
すぐ横では人の体ほどの太さの幹がうねうねと動いていて、私は命の危機を感じた。飛び込むようにその場で伏せる。
ブゥン
と同時に私の真上を通る幹、空気と擦れる音を立てる。それを聞いた瞬間、また慌てて立ち上がって走り出す。
不意に周りの状況が目に入った。そこにはたくさんの人々の死体が散乱していた。
私はまた走り出した。
そして、ようやく目的の森にたどり着いた。
そこは不思議な森だ。様々な角度に生える『暴食の樹』。縦に生えている木が珍しい。斜めに生えていたり、他の木の幹に根を生やして生える木。
その森の中を走る私。
「走れー」
声がする走るしかない。ここに来る前には数百人もいたのに、今や視界の端に時折映る程度には減った。
恐怖と疲れでぐちゃぐちゃになっていた私。いつの間にか記憶が飛んでいたようで、我に返ると、気づくと周りには声が聞こえなくなっていた。
その代わりに、肺は異様なほど苦しくて、悲鳴を上げている。記憶が飛んでいた間も走り続けていたようだ。その場に座り込み、あえぐ私。
ふと、目の前に視線をやると、おそらくありえないほど大きく成長した『暴食の樹』があった。幹が大きすぎて端が見えないほどで。他のどの『暴食の樹』よりも大きいのが一目でわかる。
目の前の木には人一人が入れるほどの割れ目があって。私は隠れるために中に入った。
「あぎゃぁぁぁ」
そこで私は信じられないものを見た。泣く赤ん坊と、その隣でたたずむ木だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その裸体の男の背中には白い繊維のような細かい糸が隙間なくついており、束になっていた。
そして、その白い細かい糸はその男の周りにいる様々な種類の植物にもくっついていて。
あたりは森のような場所だ。しかし、異常なのはその木の生え方だ。縦に生えていない、斜めに生えているモノや、逆向きに生え、違う木に体を支えられているモノ。そこにある木は、空に向かって真っすぐ生える木があることの方が珍しかった。
その隙間などを這いずり回る様々種類の植物。その量は異様だ。どこを見ても植物はいており、地面に関しては層になっているのだろう。植物の下に蠢く植物が見えて。『暴食の樹』の幹にも様々な種類の植物が蠢いている。
その中を歩く男。そして、木の根の近くで止まる。すると、その男は背中についている束になった白い細い糸によってゆっくりと空に向かって持ち上げられ始めて。
そのままその男は、ある枝まで上げられて、男はゆっくりとまた歩き出す。その先には、人の形をした植物があった。
緑で、枝や葉が花がお互い絡み合って人の形を成している。
男はその人の形の植物を抱きしめて。途端に、後ろの束になった白い細い糸が小刻みに震いだした。
その時だった。一瞬、男に影が差した。そして、きらりと鋭く反射した光。
ブチブチッ、
繊維質が一気に断ち切られる音。空降ってきた髪の長い女。その持っていた剣で一気に男の背中についている束になった白い細い糸を断ち切ろうとしたのだ。しかし、男の背中一面についている糸を全て断ち切れるわけなく。
女は面倒臭そうに顔を歪めると、手で一気に引きちぎられながら、口の中に頬張っていた小さな瓶を噛み割った。
そして、瓶の中にあった『暴食の樹』の苗木を、割れた瓶の欠片ごと地面に吹き付けた。
エネルギーを受け、爆発的に成長する苗木、女は男の体を抱え、その幹に掴む。
ドゴォォ
すぐ下。さっきまでいた二人がいた場所で鈍い音が鳴る。と同時に、成長する『暴食の樹』が揺れ、幹にいる女と男は思わず手を離してしまいそうなほど振られる。女が視線を落とすと、あたりを蠢いていた植物が二人を襲おうとしているのか、苗木にタックルするもの、登ってこようとするもの様々だった。
辺りにも目を向けると、様々な場所で蠢いていて、まるでこちらの隙を伺うように見えた。
しかし、どんどんと距離が離れていく。
「……はぁ、……上手くいった」
そう言って女はぽつりとつぶやいた。
『暴食の樹』の成長は早く、もうすでに体当たりされても揺れないほどの太さを持ち、また高さもほかの木が追ってこれないほど伸びが早い。すぐに、あたりには何も動く木々の影はなくなった。
女は成長速度が落ち着き始めた『暴食の樹』から、違うもう成長が終えている『暴食の樹』の枝に乗り移った。そして、男を雑に降ろすと、
「生きてますか? トニー博士」
抑揚のない声、だが面倒くささだけは濃く滲み出ている声でそう尋ねた。
「…………」
「死にましたか?」
「……っはぁ!」
まるで、息が出来なかったところから一気に息を吸い込んだように弾け起きるトニー博士。そのかっ開いた目であたりを見渡し、
「あっ、シーナ君。ありがとう助かったよ」
そう言った。めんどくさそうな顔を崩さないシーナ。無言で服を掛ける。しかし、そんな服なんて気にも留めず勢いよく立ち上がるトニー博士。その勢いで飛んでいく服。シーナはため息を吐いて目を背ける。
トニー博士はそのまま枝の端に向かい、下にいる植物たちを見下ろした。
「素晴らしいね! この体になってよかった!」
そう腕を広げ、満たされたような恍惚とした表情を浮かべるトニー博士。その隣にシーナは歩いていき、
「とりあえず言われた通りの時間たってから助けましたけど、あれなんですか?」
眼下にある植物のすべて白い繊維のような糸で繋がっている。
「集合体だよ。今も一つになろうとしてる」
そう言うトニー博士の目は輝いていて。意味が理解できないのかシーナは不思議そうな表情を浮かべ、
「多種多様な植物が一つの生命体へとなろうとしているんだよ。それも植物の量がすごいよ。数千近くいるんじゃないか」
トニー博士は背中をまさぐると、背中についていたある小さな小指程度大きさの木を引きちぎった。
「素晴らしいね。『生命の樹』の近縁種かな。この樹を通じて様々な種類関係なく体を繋げている」
シーナの返事も待たずにトニー博士は興奮しているのか口が止まらない。
「システムも出来上がりつつある。ただ一つになるだけじゃない。一つの生命体に向けて変化が起こりつつある」
もうシーナは何を言っても無駄だと分かっているのか、聞き役に徹している。
「……それでも勿論まだまだだけどね。すごく勿体ないよ」
ぽつりと言うトニー博士。シーナの方へ振り向くと、
「この前の僕が作った『生命の樹』覚えている? 『軍隊草』を操った」
頷くシーナ。
「詳しくは説明できないけど、簡単に言うとねあれね、人の脳の一部を埋め込んでるんだよね」
つかつかとその場を歩き回るトニー博士。
「それに、ルティ君の体を構成する『生命の樹』は変質出来た。つまり、ルティ君の『生命の樹』は脳の一部にすら変化できる」
そう言うトニー博士の目はまるで狂気に魅入られていて。
「あの一つの生命体になろうとしている植物の中に入れたらどうなると思う? 」
面白いことが起こりそうな気がするんだけど」
その目には狂気と、純粋に楽しむ感情が交じり合っていて。口調にもそれは現れていた。
「そうしたら博士の目標を達成できるんですか?」
それと真反対に落ち着いた口調で、シーナは尋ねた。
「可能性の一つになりうるだろうね」
トニー博士はそう答えた。
感嘆の声を上げる博士。あのクジラの日から一週間後、トニー博士がどういう手を使ったのか、グラシアを疑う声は消えたらしい。
それをまるで自慢するように褒めたたえる博士。それを何とも言えない心境で見つめる僕。
本当に何も聞かされていないんだ。
博士は僕の方にくるっと姿勢を向け、
「そう言えばどうしたんだい? 話があったみたいだけど」
そう尋ねてきた。
ただでさえ自分の生き方ですら分からなくなっているのに。そんな僕に余計に苦しませるものばかりで。もういろんな感情でわけが分からなくなっていた僕。少し何かきっかけがあれば、足元からすべて崩れていきそうなそんな気がしていて。
だからこそ、何か納得したくなって。
「どうして、あの人たちは帰ろうとしたんですか? 苦しむのが分かっていたのに。どうしても理解できなくて」
まるで自分で苦しみに行く姿が僕には理解できなかった。人間はみんなそんなものなのだろうか。エツィオだって。
博士は困ったような顔を浮かべ、
「うん……、どうやって説明しようかな……」
視線を宙に向ける博士。それを待つ間に僕は数珠つなぎで疑問が湧いてきて。
「他にも、どうして意見を一緒にしようとするんですか? 意見から外れたら傷つけるんでしょうか?」
そう尋ねると博士はしばらく顎に手をやって考えていた。
「耳が痛いね。君だけじゃなくて。今までに様々な人がそれについて疑問を呈しているよ」
いい回答は出ないようだった。それでも、説明の仕方は思いついたのか、どこか納得のいかない様子で話し出す博士。
「僕の理解の仕方になっちゃうけど、いいかい?」
どこか自信なさげの博士。僕は首を縦に振った。
「僕は仕方がないって思うようにしている。そうなったのには理由があるんだろうって」
「どういう理由ですか?」
「おそらくだけど、人の進化だと思うよ」
「人の進化……?」
博士はまだ自分の中で説明の方法を吟味しているのか、自信なさげに話す。
「うん……そうだね。まぁ簡単に言うと脳だね。脳は、形のない虚構を作り出せるし、僕らの脳は、その形のない目には見えない物を信じれるほどに進化した」
博士はじっと僕の顔を見た。
「結局のところルールとか文化って全て形あるものじゃなくて概念だ。でも、形ないものを信じることが出来たことで大勢の人がいても集団を作れた。それだけじゃない。ルールや文化、知識だったり継承も出来る」
「…………はい」
「繫栄しきった今じゃわからないけどさ。過去は人も自然淘汰の影響を強く受けただろうし、なんなら人同士ですら争うことも多かった。そんな中でさ、生き残ってきたのには理由があるんだよ。集団をより強固だったり、大きな集団を作れるとかね。そういう風な細かな進化をしてきた僕たちはしてきたんだ」
博士は僕にもわかるように中じゃなくて、外側を説明してくれたようだ。おかげで少しわかった気がして。
「その進化が結果で問題が起こってるってことですか」
「他の理由もあるかもしれない。けど、それも一つの理由だと思う」
進化し、それが結局回って苦しめている。僕の脳裏にクジラや、人を殺すために進化した植物、自分の体を犠牲に他種を保存する木の姿が脳裏に浮かび上がって。
「進化って何でしょうね」
「進化は結果論だ。変異したものがたまたま環境に適していたそれだけだよ」
そう博士は言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
八十年前。
すぐ隣を走っていた男が吹き飛ばされた。その体はまるで風に吹かれ枯れ葉が舞うように軽々と飛んで行った。
「あぁぁぁ」
叫び声が人の出す速度ではありえないほどの速さで消えていく。そこは地獄絵図だった。様々な種類の植物に人が殺され続ける。
すぐ横では人の体ほどの太さの幹がうねうねと動いていて、私は命の危機を感じた。飛び込むようにその場で伏せる。
ブゥン
と同時に私の真上を通る幹、空気と擦れる音を立てる。それを聞いた瞬間、また慌てて立ち上がって走り出す。
不意に周りの状況が目に入った。そこにはたくさんの人々の死体が散乱していた。
私はまた走り出した。
そして、ようやく目的の森にたどり着いた。
そこは不思議な森だ。様々な角度に生える『暴食の樹』。縦に生えている木が珍しい。斜めに生えていたり、他の木の幹に根を生やして生える木。
その森の中を走る私。
「走れー」
声がする走るしかない。ここに来る前には数百人もいたのに、今や視界の端に時折映る程度には減った。
恐怖と疲れでぐちゃぐちゃになっていた私。いつの間にか記憶が飛んでいたようで、我に返ると、気づくと周りには声が聞こえなくなっていた。
その代わりに、肺は異様なほど苦しくて、悲鳴を上げている。記憶が飛んでいた間も走り続けていたようだ。その場に座り込み、あえぐ私。
ふと、目の前に視線をやると、おそらくありえないほど大きく成長した『暴食の樹』があった。幹が大きすぎて端が見えないほどで。他のどの『暴食の樹』よりも大きいのが一目でわかる。
目の前の木には人一人が入れるほどの割れ目があって。私は隠れるために中に入った。
「あぎゃぁぁぁ」
そこで私は信じられないものを見た。泣く赤ん坊と、その隣でたたずむ木だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その裸体の男の背中には白い繊維のような細かい糸が隙間なくついており、束になっていた。
そして、その白い細かい糸はその男の周りにいる様々な種類の植物にもくっついていて。
あたりは森のような場所だ。しかし、異常なのはその木の生え方だ。縦に生えていない、斜めに生えているモノや、逆向きに生え、違う木に体を支えられているモノ。そこにある木は、空に向かって真っすぐ生える木があることの方が珍しかった。
その隙間などを這いずり回る様々種類の植物。その量は異様だ。どこを見ても植物はいており、地面に関しては層になっているのだろう。植物の下に蠢く植物が見えて。『暴食の樹』の幹にも様々な種類の植物が蠢いている。
その中を歩く男。そして、木の根の近くで止まる。すると、その男は背中についている束になった白い細い糸によってゆっくりと空に向かって持ち上げられ始めて。
そのままその男は、ある枝まで上げられて、男はゆっくりとまた歩き出す。その先には、人の形をした植物があった。
緑で、枝や葉が花がお互い絡み合って人の形を成している。
男はその人の形の植物を抱きしめて。途端に、後ろの束になった白い細い糸が小刻みに震いだした。
その時だった。一瞬、男に影が差した。そして、きらりと鋭く反射した光。
ブチブチッ、
繊維質が一気に断ち切られる音。空降ってきた髪の長い女。その持っていた剣で一気に男の背中についている束になった白い細い糸を断ち切ろうとしたのだ。しかし、男の背中一面についている糸を全て断ち切れるわけなく。
女は面倒臭そうに顔を歪めると、手で一気に引きちぎられながら、口の中に頬張っていた小さな瓶を噛み割った。
そして、瓶の中にあった『暴食の樹』の苗木を、割れた瓶の欠片ごと地面に吹き付けた。
エネルギーを受け、爆発的に成長する苗木、女は男の体を抱え、その幹に掴む。
ドゴォォ
すぐ下。さっきまでいた二人がいた場所で鈍い音が鳴る。と同時に、成長する『暴食の樹』が揺れ、幹にいる女と男は思わず手を離してしまいそうなほど振られる。女が視線を落とすと、あたりを蠢いていた植物が二人を襲おうとしているのか、苗木にタックルするもの、登ってこようとするもの様々だった。
辺りにも目を向けると、様々な場所で蠢いていて、まるでこちらの隙を伺うように見えた。
しかし、どんどんと距離が離れていく。
「……はぁ、……上手くいった」
そう言って女はぽつりとつぶやいた。
『暴食の樹』の成長は早く、もうすでに体当たりされても揺れないほどの太さを持ち、また高さもほかの木が追ってこれないほど伸びが早い。すぐに、あたりには何も動く木々の影はなくなった。
女は成長速度が落ち着き始めた『暴食の樹』から、違うもう成長が終えている『暴食の樹』の枝に乗り移った。そして、男を雑に降ろすと、
「生きてますか? トニー博士」
抑揚のない声、だが面倒くささだけは濃く滲み出ている声でそう尋ねた。
「…………」
「死にましたか?」
「……っはぁ!」
まるで、息が出来なかったところから一気に息を吸い込んだように弾け起きるトニー博士。そのかっ開いた目であたりを見渡し、
「あっ、シーナ君。ありがとう助かったよ」
そう言った。めんどくさそうな顔を崩さないシーナ。無言で服を掛ける。しかし、そんな服なんて気にも留めず勢いよく立ち上がるトニー博士。その勢いで飛んでいく服。シーナはため息を吐いて目を背ける。
トニー博士はそのまま枝の端に向かい、下にいる植物たちを見下ろした。
「素晴らしいね! この体になってよかった!」
そう腕を広げ、満たされたような恍惚とした表情を浮かべるトニー博士。その隣にシーナは歩いていき、
「とりあえず言われた通りの時間たってから助けましたけど、あれなんですか?」
眼下にある植物のすべて白い繊維のような糸で繋がっている。
「集合体だよ。今も一つになろうとしてる」
そう言うトニー博士の目は輝いていて。意味が理解できないのかシーナは不思議そうな表情を浮かべ、
「多種多様な植物が一つの生命体へとなろうとしているんだよ。それも植物の量がすごいよ。数千近くいるんじゃないか」
トニー博士は背中をまさぐると、背中についていたある小さな小指程度大きさの木を引きちぎった。
「素晴らしいね。『生命の樹』の近縁種かな。この樹を通じて様々な種類関係なく体を繋げている」
シーナの返事も待たずにトニー博士は興奮しているのか口が止まらない。
「システムも出来上がりつつある。ただ一つになるだけじゃない。一つの生命体に向けて変化が起こりつつある」
もうシーナは何を言っても無駄だと分かっているのか、聞き役に徹している。
「……それでも勿論まだまだだけどね。すごく勿体ないよ」
ぽつりと言うトニー博士。シーナの方へ振り向くと、
「この前の僕が作った『生命の樹』覚えている? 『軍隊草』を操った」
頷くシーナ。
「詳しくは説明できないけど、簡単に言うとねあれね、人の脳の一部を埋め込んでるんだよね」
つかつかとその場を歩き回るトニー博士。
「それに、ルティ君の体を構成する『生命の樹』は変質出来た。つまり、ルティ君の『生命の樹』は脳の一部にすら変化できる」
そう言うトニー博士の目はまるで狂気に魅入られていて。
「あの一つの生命体になろうとしている植物の中に入れたらどうなると思う? 」
面白いことが起こりそうな気がするんだけど」
その目には狂気と、純粋に楽しむ感情が交じり合っていて。口調にもそれは現れていた。
「そうしたら博士の目標を達成できるんですか?」
それと真反対に落ち着いた口調で、シーナは尋ねた。
「可能性の一つになりうるだろうね」
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