異世界少女は獣人王子に溺愛される

ERICA

文字の大きさ
上 下
31 / 34
五章

助けられました⑤

しおりを挟む

「身体は大丈夫ですか?」

 目を開けると、心配そうに覗き込む双眸。
 安心したように微笑む彼の言葉を聞いて、気絶していたんだと気付いた。

「…だい…じょ…ぶっ…」
「少々喉に炎症を起こしています。この薬湯をお飲み下さい」

 返事を返そうとしたら声が掠れて上手く声が出ない。少し幼なさを残した顔立ちのシリウスの他人行儀な言動が当たり前なのに寂しくなる。差し出された緑色の薬湯を受け取ると言われた通りに喉に流し込む。が、苦味が凄すぎて途中でむせてしまい全て飲むことが出来なかった。

「…ごめっ…」

 白色の布団が緑色の染みを作る。シリウスは気にする様子もなく飛鳥の濡れた唇に手巾を宛がい、濡れた部分を拭ってくれた。
 そんな彼のスマートな動作に気付いたら見惚れていた。

「……シリウス、さん…は…恋、人は…いるの…?」
「僕には生まれた時から相手がいます」

 気になっていた言葉が、口からポロッと零れていた。だけど、彼から返ってきた言葉を聞いて、質問した自分が惨めになる。
 彼は20歳の誕生日を間近に迫り、間もなく自分の運命の相手を待っているところだった。だからこそ、目の前に傷付いた表情を浮かべる彼女の気持ちを受け入れる事が出来ない。
 泣き出しそうな彼女を腕の中に迎えいれたい衝動を必死に抑えながら、薬湯の入っていたグラスをベット脇の棚に置いた。

「……そう、ですか…。あ……助けて…頂いて……本当に、ありが…とうご、ざいました…」
「無事で本当に良かったです。俺は、シリウス・エクステリア。貴女のお名前をお聞きしても宜しいですか?」
「私は……アスカ・ミナガワです」

 ディランと真正面から顔を合わせた時から予想はしていた。やっぱり飛鳥が予想した通り次元転送は失敗に終わったらしい。過去に行ってしまったのならシリウスやティクス、そしてディランが自分を知らないくても当然だった。
 それでも、彼の口から、リリアスを連想するニュアンスの言葉を聞くのは耐えられない。未来を変える事も出来ない飛鳥は名前を問われると、無意識に本名を伝えてしまっていた。

「人間の貴女が獣人国に来てしまったのは、国々に設置されている転送装置の誤作動かもしれませんね。アスカ殿、お身体にあの痛みと喉の痛み以外御座いませんでしたら、自国にお送り致しますが如何ですか?」
「……すみ、ません…が、もう少し…養生させて…下さい…」
「では、ご静養なさって下さいっ…」

 誰のモノにもなっていないシリウスと少しでも一緒にいたいと思ってしまう、飛鳥の貪欲な願いを神様は許してくれるのだろうか。つい、そんな事を思いながら掠れた声でシリウスに懇願すると、スッと視線を逸らされてしまった。
 拒絶されたのだと、飛鳥は気落ちし泣きそうになる。しかし、彼が顔を逸らしたままだけど宿泊の許可を出してくれた事に安堵して、自然と頬が緩んだ。彼女の表情を視界の端に捉えたシリウスは、飛鳥から逃げるように部屋を出て行ってしまう。
 彼を止める権利も無い自分には、ただ閉まって行くドアを複雑な気持ちで見つめるしか出来なかった。

(ここで、私はシリウスさんに本名を伝えてた。なのに、あの日のシリウスさんは、私を知らなかった。知らないフリをした?それとも……シリウスさんの記憶に残らなかった…だけ?)

自分を飛鳥だと名乗ったあの日を思い出しながら心中で思考する。結果的に、どちらにしても自分を傷付けてしまう思考内容に、自然と溜息が零れてしまった。自分が忘れられてしまう存在ならば、そして結婚相手が現れていない今ならシリウスを一人占め出来る。飛鳥は、甘い誘惑に囚われた様な感覚でそんな事を思ってしまった。

(……本物のシリウスさんに逢いたい)

 未来や過去のシリウスは、飛鳥が本当に愛した相手では無い。それなのに、甘い誘惑に乗ってしまう程、全身でシリウスを求めていた。だから、リリアスの存在を知らなず自分だけを見てくれそうな若いシリウスを無意識に求めてしまう。
 そんな自分の感情に、羞恥心を感じながら飛鳥は二十歳のシリウスに、とてつもなく逢いたくなった。抱き締めて『逢いたかった』と彼の口から聞きたい。そして、飛鳥も『逢いたかった』と伝えたい。そんな想いに駆られた。だが、戻る手段なんて飛鳥には想像も考えも付かない。
 出来る得る限りの知識で戻る手段を考えている内に眠気が襲う。それを我慢する事が出来なかった飛鳥はゆっくりと双眸を閉じて夢の中に誘われていった。



****


飛鳥が夢にいざなわれて数時間後、シリウスは彼女が寝ている寝室に足を踏み入れると、ゆっくり近付いていく。ベット脇の卓上に置かれたランプの光で、飛鳥の可愛らしい寝顔が垣間見えた。彼がベットに腰掛けると、ギシッと軋む。
 彼女を静かに眺めていたシリウスの片手が動き、そして飛鳥の茶色のクセ毛の髪を、指でクルクルと弄び始めた。寝顔を眺め、指が触れているだけで穏やかな気分になる。

(……何なんだ…この感情は…)

飛鳥を見ているだけで力がみなぎってくる。彼女に触れているだけで、何でも出来る気になる。シリウスは初めての感覚に戸惑いを見せていた。それが、嫌な気分にもならないのは何故なのだろうか。シリウスは心地よさげな寝息を聞き、飛鳥の髪を撫でながら暫く見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...