異世界少女は獣人王子に溺愛される

ERICA

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五章

助けられました⑤

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「身体は大丈夫ですか?」

 目を開けると、心配そうに覗き込む双眸。
 安心したように微笑む彼の言葉を聞いて、気絶していたんだと気付いた。

「…だい…じょ…ぶっ…」
「少々喉に炎症を起こしています。この薬湯をお飲み下さい」

 返事を返そうとしたら声が掠れて上手く声が出ない。少し幼なさを残した顔立ちのシリウスの他人行儀な言動が当たり前なのに寂しくなる。差し出された緑色の薬湯を受け取ると言われた通りに喉に流し込む。が、苦味が凄すぎて途中でむせてしまい全て飲むことが出来なかった。

「…ごめっ…」

 白色の布団が緑色の染みを作る。シリウスは気にする様子もなく飛鳥の濡れた唇に手巾を宛がい、濡れた部分を拭ってくれた。
 そんな彼のスマートな動作に気付いたら見惚れていた。

「……シリウス、さん…は…恋、人は…いるの…?」
「僕には生まれた時から相手がいます」

 気になっていた言葉が、口からポロッと零れていた。だけど、彼から返ってきた言葉を聞いて、質問した自分が惨めになる。
 彼は20歳の誕生日を間近に迫り、間もなく自分の運命の相手を待っているところだった。だからこそ、目の前に傷付いた表情を浮かべる彼女の気持ちを受け入れる事が出来ない。
 泣き出しそうな彼女を腕の中に迎えいれたい衝動を必死に抑えながら、薬湯の入っていたグラスをベット脇の棚に置いた。

「……そう、ですか…。あ……助けて…頂いて……本当に、ありが…とうご、ざいました…」
「無事で本当に良かったです。俺は、シリウス・エクステリア。貴女のお名前をお聞きしても宜しいですか?」
「私は……アスカ・ミナガワです」

 ディランと真正面から顔を合わせた時から予想はしていた。やっぱり飛鳥が予想した通り次元転送は失敗に終わったらしい。過去に行ってしまったのならシリウスやティクス、そしてディランが自分を知らないくても当然だった。
 それでも、彼の口から、リリアスを連想するニュアンスの言葉を聞くのは耐えられない。未来を変える事も出来ない飛鳥は名前を問われると、無意識に本名を伝えてしまっていた。

「人間の貴女が獣人国に来てしまったのは、国々に設置されている転送装置の誤作動かもしれませんね。アスカ殿、お身体にあの痛みと喉の痛み以外御座いませんでしたら、自国にお送り致しますが如何ですか?」
「……すみ、ません…が、もう少し…養生させて…下さい…」
「では、ご静養なさって下さいっ…」

 誰のモノにもなっていないシリウスと少しでも一緒にいたいと思ってしまう、飛鳥の貪欲な願いを神様は許してくれるのだろうか。つい、そんな事を思いながら掠れた声でシリウスに懇願すると、スッと視線を逸らされてしまった。
 拒絶されたのだと、飛鳥は気落ちし泣きそうになる。しかし、彼が顔を逸らしたままだけど宿泊の許可を出してくれた事に安堵して、自然と頬が緩んだ。彼女の表情を視界の端に捉えたシリウスは、飛鳥から逃げるように部屋を出て行ってしまう。
 彼を止める権利も無い自分には、ただ閉まって行くドアを複雑な気持ちで見つめるしか出来なかった。

(ここで、私はシリウスさんに本名を伝えてた。なのに、あの日のシリウスさんは、私を知らなかった。知らないフリをした?それとも……シリウスさんの記憶に残らなかった…だけ?)

自分を飛鳥だと名乗ったあの日を思い出しながら心中で思考する。結果的に、どちらにしても自分を傷付けてしまう思考内容に、自然と溜息が零れてしまった。自分が忘れられてしまう存在ならば、そして結婚相手が現れていない今ならシリウスを一人占め出来る。飛鳥は、甘い誘惑に囚われた様な感覚でそんな事を思ってしまった。

(……本物のシリウスさんに逢いたい)

 未来や過去のシリウスは、飛鳥が本当に愛した相手では無い。それなのに、甘い誘惑に乗ってしまう程、全身でシリウスを求めていた。だから、リリアスの存在を知らなず自分だけを見てくれそうな若いシリウスを無意識に求めてしまう。
 そんな自分の感情に、羞恥心を感じながら飛鳥は二十歳のシリウスに、とてつもなく逢いたくなった。抱き締めて『逢いたかった』と彼の口から聞きたい。そして、飛鳥も『逢いたかった』と伝えたい。そんな想いに駆られた。だが、戻る手段なんて飛鳥には想像も考えも付かない。
 出来る得る限りの知識で戻る手段を考えている内に眠気が襲う。それを我慢する事が出来なかった飛鳥はゆっくりと双眸を閉じて夢の中に誘われていった。



****


飛鳥が夢にいざなわれて数時間後、シリウスは彼女が寝ている寝室に足を踏み入れると、ゆっくり近付いていく。ベット脇の卓上に置かれたランプの光で、飛鳥の可愛らしい寝顔が垣間見えた。彼がベットに腰掛けると、ギシッと軋む。
 彼女を静かに眺めていたシリウスの片手が動き、そして飛鳥の茶色のクセ毛の髪を、指でクルクルと弄び始めた。寝顔を眺め、指が触れているだけで穏やかな気分になる。

(……何なんだ…この感情は…)

飛鳥を見ているだけで力がみなぎってくる。彼女に触れているだけで、何でも出来る気になる。シリウスは初めての感覚に戸惑いを見せていた。それが、嫌な気分にもならないのは何故なのだろうか。シリウスは心地よさげな寝息を聞き、飛鳥の髪を撫でながら暫く見つめていた。
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