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四章
離れました⑥
しおりを挟む「ッ・・・うわあああん!!」
夢中で走っていたせいで、何かに躓いて飛鳥は勢いよく倒れこんだ。起き上がる気力もなく、身体の痛みなんて気にもならない程、彼女の心はナイフで刺された様に痛くて、飛鳥は自分の世界から転送されて初めて声に出して泣いていた。シリウスの未来なんて、知りたくなかった。自分がいない未来なんて、知りたくなかった。そんな想いを、泣く事で吐き出す。このまま、この世界にいるしかないのなら生きていたくない。飛鳥は恐い事を考えてしまうほど、胸が苦しくて悲しかった。
どのくらい泣いていたのだろう。いつの間にか涙は枯れていた。不意に、何かが背中に触れている感触に気付いて飛鳥は振り返る。自分を労わる様に小さな手で必死に背中を撫でてくれているシリアがそこにいた。いつから居たのだろう。金色の頭を撫でるとシリアと視線が交わる。不安そうな双眸の瞳で見つめられて、何も言わず飛び出してしまったことで、幼子を悲しませてしまったことに罪悪感を胸に宿した。
「シリア様・・・お願いがあります…」
「…なに?ボクにできることならするよっ!」
「私は過去から来ました。お願いです…私を過去に戻して下さい」
地面に膝を付けてシリアと目線を合わせると、帰れる希望を胸に自分の現状を伝えた。五歳児には難しかった内容、きょとんとしているシリアが一部分を理解したらしく、急に泣き出してしまう。帰っちゃやだ、とせがまれ抱き付かれてしまうと、リリアスの息子と分かっていても、最愛の人とそっくりで可愛いと思ってしまう。それでも、未来に存在し居続ける事は出来ない。シリウスの息子なら、彼と同等の力を持っていても可笑しくない。だけど、必死に抱き締めるシリアに、これ以上頼むのは酷な事だと諦める。泣き続ける少年を抱き締めると、泣き止むまで背中を撫で続けた。
「・・・どうしよ」
泣き疲れてしまったらしくシリアは、飛鳥の膝を枕にして寝てしまっていた。満天の星空に輝くまん丸な月は、深夜を指すように屋敷に入る時より斜めに移動している。気持ちとは裏腹な程の月光が、真っ暗な暗闇から二人を照らしていた。シリウスの息子を1人置いて動く事も出来ない。だけど、屋敷に送って行く事も出来ずに飛鳥は呟いていた。
「俺が助けてやるよ」
「・・・あなたは」
低音の声が飛鳥の耳に届いた途端、動悸が激しくなった。垣根を通る草音に視線を向けた彼女の目の前に、少し大人っぽくなったシリウスが現れる。シャツとズボンと言うラフな格好で現れた彼は、飛鳥の膝を枕にして寝ているシリアに向けて、呪文を唱えると幼子は姿を消してしまう。足が痺れた様に動くことも出来ず、緊張し顔を見ることも出来ず飛鳥は無意識に視線を外していた。彼女の前で膝を曲げたシリウスが手を伸ばす。硬直し逃げる事も出来ず、飛鳥の顎を掴んで問答無用に自分に向けさせた。
紅潮する頬、緊張で潤んだ双眸の彼女を見つめ、ふっと表情が緩む。
(五年前、俺は何度も飛鳥の愛を求めた。あんなに必死に求めていた過去の自分に言ってやりたい。飛鳥の気持ちは自分にあったのだと)
大人になった今だからこそ気付いた飛鳥の気持ち。嘘偽り無くきちんと伝えていたならば、あの日のようにはなっていなかったのだろう。後悔がシリウスの胸に宿るも、それを顔には出さず真正面から彼女を見つめたのだった。
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