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真夏の和室で♡じっとり汗だく初体験
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「あー、暑い、夏だな」
「着物だから暑いのでは、ないで、しょうか?」
白上は駿希のカタコトの標準語を聞いてくすくす笑っている。帯を緩めながら麦茶を煽った。古い日本家屋の良く似合う男。この家に来ると駿希はいつもタイムスリップしてきたような気になる。6畳の和室に風鈴の音が響いていた。
「な、白上さんってなんで標準語なの」
「出身が栃木だから」
「えっ、京都やあらへんの!?」
「京都じゃないんですか?」
「京都じゃ、ないんですか!」
「京都じゃないんです。ま、京言葉も覚えたがな」
「聞きたい! です!」
「ん、なんやおもろいもんやあらへんよ」
「ほあ、す……すごい」
ノートを覗いてた目がちらりとこちらを向いて、いつもよりもまろやかな声で囁かれる。駿希はなんだか胸が締め付けられて惚けるしかなかった。危うく「好き」とこぼしかけた口をつぐんで当たり障りない言葉に言い換えた。
「ひ、はは、なにそれ。ほら、続きやるぞ」
「はぁい」
駿希は白上のその意地悪そうな笑い方が大好きだった。左の口角だけが上がって、頬には涙袋がくっきり出ている。大きな蛇のような男が、この時ばかりは等身大に見えるのだ。
上京して就職するために標準語を学びたいと言ったのは駿希だ。それを白上は快く受け入れてくれた。ほぼ毎日この家に通っては、二、三時間ほど勉強して帰る。勉強という目的はいつからか、二人きりになるため、にすり替わってしまったけど。
◽︎
「今日はここまでにしよう。お疲れさま」
「ありがとうございました!」
駿希は机に突っ伏して格好を崩す。外はとっぷり暗くなって、麦茶の氷はすっかり溶けてしまった。白上が席を立って、戻ってきた両手にはアイスが握られていた。
「あげる」
「ほんまぁ? おおきに」
蒸された身体にバニラアイスが心地いい。二人はなにをするわけでもなくだらだらと時間を共にした。白上はあまり自分から話す質ではないし、疲れ切った駿希はただ疲労回復につとめていた。
アイスも食べ切ったころ、駿希はふと見上げた白上が棒を齧ってるのを見てときめいていた。いつも所作の美しく、だらけた姿だって色気のある男の幼い一面が叫びたいほど好きで。白上はそんな駿希の恋心なんてつゆ知らず、無意識に翻弄しては沼に突き落とすのだ。
「白上はん、京言葉、なんで覚えたの」
「好きな男がいたから」
ほら、こんなふうに。白上は眉ひとつ動かさずに答える。それが駿希にとってどんな意味を持つかなんて知らずに。なんとなく、気がついていた。それは日常のありふれた瞬間で、例えばテレビに映った綺麗な女優の話だとか、煙たい甘さの香水の話だとか、書斎に飾られている駿希の知らない男との写真だとか。口が渇いて舌が引っ付く。飲んだ麦茶はぬるくて薄かった。
「京都の人でな。おんなじ言葉で話したくて覚えた」
白上は伏し目がちにグラスの水滴を見つめている。
「もう既婚者になっちまったが、俺はほら、今も引きずってこんなとこにいる」
意地悪そうな笑い方のはずで、けれど駿希の目には、大きな蛇に見えていた。
「この家はな、あいつと住んでたんだよ。10年も一緒に生きて、勝手に結婚して、勝手に出てった男。好きな男」
白上はきっと今でも恋をしている。初恋をそのままに、愛情でくるんで、誰にも奪われまいと抱えている。あの男の話をする時、白上は自分がちっぽけな子供になってしまったように思うのだ。花婿になりたかった男の子が「さみしい」とうずくまっている。泣きもせずにずっと。
「珍しいね、白上はんが昔の話するんは」
「おしゃべりが苦手だからな」
昔の話なんかじゃないことは、二人ともわかっていた。それでも昔のことだと言わなきゃいけなかった。白上は割り切ったふりをしていないと生きていけなかった。至る所に痕跡の残るこの家で、正気を保っているためには必要なことだった。けれど家を出れば死んでしまう。ひとりぽっちに耐えられない。駿希は思い出にしてやらなきゃいけなかった。それは過去のことで、悲しい失恋だったと。そうじゃなきゃ、自分を愛してもらえなから。諦める気はさらさらない。
「また明日もよろしゅうお願いします」
「わかった、またおいで」
貼り付けた笑顔で上っ面のやりとりを。静かになった家で項垂れる白上の胸にあるのは、言うつもりのないことを言った後悔だった。誰にも話す気はなかった。それでも明かしてしまったのはたぶん、無くしたくなかったから。いつか自分になにもかも本当に吹っ切れるときが来るのかもしれない。それでも、初恋をよすがにして生きた男がいることを忘れないで欲しかった。あの子は自分に懐いているから、覚えておいてくれると思って。
「みっともないな」
風が止んで、静寂の中に一人。白上には、駿希がどんな顔をしていたのかもわからなかった。
◽︎
「お邪魔しまぁす」
「あー、そのままあがってくれ!」
駿希が約束通り家を訪ねると遠くから声が聞こえた。玄関には靴が二足、白上よりも一回り小さい男の靴。嫌な予感がする。騒がしい声を辿っていくといつもの部屋に着く。二人きりのはずなのに。
「今日はもう、帰んな。しばらくこっちにいるんだろう? また会えるさ」
「なんであんかんの、ええやろ泊まったって。俺の部屋やってほとんど変わっとらんのに」
クソ野郎だ。駿希はその場に立ち尽くして言い合う声を聞いていた。人の善意に寄りかかる悪人の声がする。自分の父親を思い出すような、肌に纏わりつく湿気ような不快感。白上がいくら拒否しても引き下がらない。断られるなんて思ってもいませんでしたってそういう声がする。
「白上はん! 今日は手土産持ってきたんよぉ、いつも、おやつ出してもろうとるから!」
「駿希、あぁ、気にしなくていいのに。ありがとう」
「……初めまして、久瀬晃介と申します。祐月の、家族です」
取り繕えてへんぞカス。こめかみが痙攣して敵意が滲み出ている。にっこり笑って返してやった。白上は冷めた顔をして男の横顔を見ている。一息吸って口を開いた。
「他人だよ。さぁほら、俺は駿希の先生やってるから、出てって」
「先生? 祐月が? 自分から人と関わろうとするなんて、滅多なこともあるもんやなぁ」
「前から俺が約束しとったんです。白上はんもこう言うとりますし、おじさんもお忙しいでしょう?」
「なんや、人懐こい子ぉやなぁ」
礼儀のなってないクソガキですみませんね、礼儀の払う価値のある人間になってから出直してくらはる? 駿希は荒れ狂う内面をおくびにも出さずに澄ました顔で男を見下ろしていた。みるみる崩れていく男の体裁が面白くて仕方がない。横目で白上を見ると表情が欠落していた。あ、本気だ。
「俺が、それがどんな意味か、わからないとでも思っているのか? 出ていけ。ここはお前の家じゃない」
男は顔を真っ青にして、それでもヘラヘラしながら出て行った。白上は自分でも驚くほど冷静に、そして全力で激怒していた。男が出て行って、部屋には沈黙が訪れた。白上は何か言わなければと口を開こうとするも、言葉が出てこない。
「よかったん?」
「……なにが」
「好きなんやろ、あんクソ野郎」
「ひはは! クソやろう、そう、クソ野郎なんだよ! 身内にだけとびきり優しいくそやろう! おれはもう、他人だ」
5年会わなきゃ他人だ。おかしくてしょうがなくて、白上は腹を抱えてケラケラ笑った。駿希は黙って手を繋いでいた。笑って、そのあとは、麦茶を一口飲んでからグラスを持って立ち上がった。
「どこいくん」
「掃除だ。手伝ってくれ」
「うん、ええよぉ」
駿希は台所でグラスと食器を紙袋にガシャガシャ入れて、白上は家中を駆け回って写真だの服だの本だの燃えるものを袋に詰め込んだ。全部を一つにまとめたら、いっぱいになったゴミ袋が三つ。それを倉庫に放り込んで、汗だくになったから二人で風呂に入って、冷やしておいた手土産のゼリーを食べながら縁側で涼んでいた。
「白上はぁん、さっぱりしたぁ?」
「あ、まだ。捨て忘れ」
「なに?」
「これー」
画面を覗き込むと『久瀬』の連絡先を着拒して消去していた。最高。風通しの良くなった部屋に風鈴の音が響く。満足げに笑う白上を見て、好きだなぁと思った。
「クソ野郎はね、俺の好意を知った上で一緒に住んでたんだよ。時々、褒美でもやるみたいに抱きしめたりしながら。振り向く気はないけど、俺が視線を逸らすのを良しとしなかった」
頭ひとつぶん高い横顔を見上げていた。まあるい頬に影を落とすまつ毛にキスをしたかった。厚い唇が震えるのをぼう、と眺めていた。好きな人と一緒にお風呂に入ったのに興奮するより先に怖れたのは、この完成されたうつやかな人が、ひとりの男だと思い知ったからか。邪な感情で触れれば、喰い殺されてしまいそうで。
「俺が諦めようとしたとき、アレは家の都合だとかで結婚した。婿養子に入って、苗字が変わって、そして先日戻ったらしい。相手の不倫だとか、なんだかそういう外聞の悪い理由で」
白上は駿希の息遣いを聞いていた。蒸し暑い気温より、繋いだ手より、なによりもその視線が熱かった。察したけれど、クソ野郎の気持ちはわからなかった。こんなに一途なやつ、なにもかも好きにならない方がおかしい。
「アレは一途な俺が恋しくなったようだ。自分を一番に据える存在が。もしかしたら、俺よりずっとあの男の方が重いかもしれないな。俺が一目惚れする前から、俺のことを見ていたらしいし」
初めて声をかけたとき2年前の話をされて驚いた。一言交わしたその日から、俺のことを憶えていたと。なんだ、俺よりよっぽど、執着の強い男じゃないか。もういらないけど。とっても気分がよかった。だから白上は男の顔も名前も綺麗に忘れて、二度と思い出すことはなかった。白上はご機嫌になって、熱心に見つめてくる青年と目を合わせた。応えるべきだと、思ったから。
「俺は今日、駿希に惚れたよ」
「へ……?」
「そんな顔してくれるくらい一途で、一体いつから俺のことが好きだったんだ」
「ずっと、すき、やった、わからんくらいずっと」
駿希は必死に答えていたが、白上の瞳に見据えられて何も考えられなくなっていた。心臓が痛くて苦しい。でも、もっと見てほしかった。その唇が開いて、どんな言葉を紡ぐのか知りたかった。白上が腰を掴んで引き寄せると、駿希はバランスを崩して白上にもたれかかる。
「はなさんで、俺んこと」
「ひはは、俺のだ。俺の駿希!」
白上は堪えられなくて強く、つよく抱きしめた。檻のような腕の中で駿希は心臓の音を聞いた。どくどくと早鐘を打つ音を。内側の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、極度の緊張と多幸感でそのまま眠ってしまった。
「かわいいこ、しょうがないなぁ」
満面の笑みで駿希を抱えて寝室へと歩を進める。両の瞼にキスをして、同じ布団で抱きしめながら眠る。暑くてじっとりとした肌がくっついて腹の底に熱が溜まった。
◽︎
「ひっ、あ、なんで……」
ひと足先に目覚めた駿希は必死に悲鳴を飲み込んだ。眼前には白上の寝顔がある。身体はまわされた腕に拘束されていて抜け出そうとすれば起こしてしまうだろう。駿希は昨晩の愛の告白を思い出し顔を真っ赤にした。
「しらかみはん、すき」
掠れた小さな声で告げる。今すぐ逃げ出したいような、このまま捕まっていたいような。いまだに夢を見ている気がする。なだらかな頬と高い鷲鼻、艶のある黒髪が蛇のように這う。とびきりの美が安心し切った顔で眠っている。何年見ても飽きない本当の美人を前にして、駿希は早くこの場から逃げなくちゃいけなくなった。
「ぅ、あ、やば」
思わず声が漏れてしまうほど動揺してしまう。勃った。抗えない生理現象であって、密着しているのは長年の片思いが成就した念願の相手で、汗ばんだ肌からは濃い匂いがして。その赤い唇に噛みつきたくなる。息をころして耐えていると、白上の長いまつ毛がふるりと震えた。
「しゅんき、おはよう」
気だるげな表情と鼻にかかった声と、合わせた目が、とろけるものだから。駿希は全身がかっと熱くなって衝動のままにキスをした。なけなしの理性で、その形の良い鼻に。
「ん、ちがう」
駿希が顔を離した瞬間、唇に柔らかな触感を覚えた。あたまが、真っ白になる。白上は目覚めて目の前に恋人がいる幸福に浸っていた。それなのに中途半端な愛情表現をするものだから、寂しくなったのだ。だから逃げる駿希を追いかけてキスをしてやった。
「ひはは、かわいい、俺の」
角度を変えて何度もなんども口付けを。白上が満足する頃には、駿希は息を荒くして燃えるような視線で白上を見つめていた。
「抱きたいのか」
「抱く。おれが、白上はんを、抱くんや」
「夜、待ってる」
白上はそういうとさっさと立ち上がって、駿希の頬をひと撫でして出ていってしまった。去り際のあの一言が駿希の脳内でこだまする。待ってる、待ってるってそういうことだよな? 痛いほど張り詰めたソレをなんとか鎮める。無駄撃ちしてたまるか。健全な男子大学生は性欲に素直だった。
◽︎
「うまく、できるのか?」
駿希は大学に用事があっていない。夜に、帰ってくる。白上は一人になった家の中で悶々と悩み続けていた。抱いたことはある。だがそれは女相手であって、男と、しかも自分が受け入れるなんて初めてだ。たぶん、入る。10年片思いしていたんだ、ありえないことを夢見てあれそれしたことはある。気まぐれでキスをするようなクズに、気まぐれでもいいから抱かれたいと思って。抱くよりは遥かに可能性のある話だと。結局叶わなかったし、叶わなくてよかったとも思うが。
「あの子、めちゃくちゃ勃ってたな」
思わず逃げてしまったくらいには動揺したのだ。寝起きの頭はまともじゃなくて、寂しいと思ったらもうキスをしていた。避けられないことが嬉しくて二度も三度も繰り返して、気づけば燃えるような瞳に射抜かれていた。ときめいてどうしようもなくなって、抱かれたくなったのだ。
「年甲斐もなく、みっともない……」
冷えたグラスを握りしめて机に突っ伏した白上には、涼しげな風鈴の音も聞こえていなかった。玄関を叩いて叫ぶ男の声さえも、なにも聞こえちゃいない。脳裏に響く駿希の甘い声が全てをかき消していた。
いつまでもそうしているわけにもいかず、準備を済まして気づけば夕方。もうすぐで駿希が帰ってくる。落ち着きなく帰りを待っていると、玄関の方でなにやら怒鳴り合う声が聞こえてきた。慌てて駆けつけると駿希が見たこともない顔で誰かと口論している。
「はよう失せろストーカー。警察呼んだってもええねんぞ」
「俺は祐月と友人なんよ、ものを知らんガキは黙って帰れ。誰の家やと思うとるんや」
「白上はんの家やが? お前ん家やないやろもの知らんのはどっちやカス」
白上には誰か、なんて眼中になかった。清々しいほどまっすぐに駿希だけを見ていた。そして華やかな笑みを浮かべて、心底嬉しそうに言ったのだ。
「駿希、おかえり!」
「ただいま!!」
駿希は勝ち誇った顔をして、白上は恋した男の顔をして、二人で仲睦まじく家に入った。玄関でひとつキスをして踊るようにくるくると戯れながら寝室に向かう。笑い声だけがよく響いた。
「やさしく、するから」
「そうとは思えない顔してるぞ」
ふかふかの敷布団に押し倒され縫い止められる。ゆとりのある拘束はびくともしないほど強くて、手首を締め付けないようにと気遣われているのがよくわかる。余裕のない顔のくせにこういうところは紳士的なのがずるい。童貞だろうが。つい先程まで触れ合っていた身体は熱くて、頭がくらくらしてくる。
「そういう、祐月、は、期待した顔しとる」
駿希は口から出た辿々しい言葉に自分でも格好つかないなと思った。しかし白上はそんな駿希を馬鹿にすること無く、むしろ楽しそうな顔で見上げてくる。真っ黒の瞳がどろりととけて、艶やかに弧を描く唇からは赤い舌が覗いていた。欲望のままに噛みついて舌を吸い上げる。くぐもった声が直接頭に響いて興奮した。
「じょうずだよ」
「いつか腰砕けにしたる」
その声に滲んだ本気さに白上はけらけら笑った。もうとっくになってるよ。白上の身体は駿希の指先が触れる度に甘く痺れて、腰からぞくぞくと快楽が込み上げる。もっと欲しいという感情だけが胸を占めていた。駿希は生唾を飲み込みながら、白い肌に歯を立てた。珠の汗の浮く肌の甘さがくせになる。首筋から鎖骨に、噛み跡を残して乳首を吸う。もう片方は優しく摘んでこねくり回した。
「ひっ、う、ぁ♡しゅ、しゅんき、ん、まて♡」
白上はすっかり蕩けた声で喘いでいた。駿希は白上の制止を無視して、執拗に乳頭を責め立てる。嫌だ、と言われない限りやめるつもりなんてなかった。白上は無意識に腰を揺らしながら快楽に耐えている。駿希が満足するまで抱かれる覚悟はあったが、自分が耐え難い快楽に苛まれることなど夢にも思わなかった。これはもしかしたら、すごくきもちよくて、死んでしまうかもしれない。
「あ゙~ッ♡ひぃっ、も、いいから♡いい、からぁ゙♡」
「ん、ぢゅぅ♡っは、よくない」
舐めてしゃぶって柔く噛むと一際大きな声を上げた。本当は駿希だって今すぐ入れて自分勝手に腰を振って奥の奥まで蹂躙して、そういう酷いことをしてしまいたい。でもそれはただの性欲で、駿希はいま恋人と愛情でもって事に及んでいるのだから。騒ぐ本能をねじ伏せて甘やかな愛撫を続けるのだ。涙で煌めく瞳にときめきながらキスをする。息も絶え絶えに震える身体を撫でてゆっくりと足を開かせた。
「ふ、はぁ♡……まじまじ、見んなよ」
「見たい。ぜんぶ、綺麗やから」
「なんで、勃ってんの」
「は?」
「お、おふろ、いっしょのとき、そんなことなかったのに」
心底不思議そうに言った白上の言葉を聞いて駿希は固まった。確かにお風呂では反応してなかったけど、恋人が早く抱いてくれって顔して身を委ねてる状況で勃たない男子大学生なんて存在しない。少なくとも、健全に真っ当に性欲に塗れた駿希はめちゃくちゃ勃つ。
「祐月が劣情を煽る顔しとるからや」
「そん、な顔は、してない」
「その顔のことを言うとるんよ」
「は、ぅあ♡」
ひくつく後孔の縁をなぞって指先を沈める。すでに解されたソコはすんなりと飲み込んで足りないとでもいうかのようにきゅぅと締め付ける。腹側に曲げながら抜き差ししてやるとあからさまに反応の良い場所がある。これが前立腺か。
「いらない、それ♡もぉほぐした、いらない♡」
「これは準備やなくて前戯やから、安心してよがっとって♡」
白上はとっくに開発されて熟れきった身体を持て余していた。尻だけで絶頂できるようになった身体はどこもかしこも敏感で、少し触れられるだけでもおかしくなるくらい気持ちいい。なのに、駿希は前戯だと言ってさらに感度を高めようとしてくる。口から出る言葉がただの嬌声になるまで、そう時間はかからないだろう。
「ふふ、ここやんな、好きなとこ」
「ぁぐ♡、うあ、あ、そこ♡だめんなる♡」
「もうとっくにだめやろぉ?」
駿希の指先は的確に白上が感じるところばかりを責め立てていた。時折思い出したように乳首を弄られて、その度に中がきゅんと締まる。いつのまにか増やされた指で会陰とナカから同時に前立腺を揉まれると脳が焼き切れそうなほどの快感に襲われる。生理的な涙がこめかみを伝う。
「しゅ、しゅんき♡イ、く♡いく、いっ、あああっ♡」
びくんと大きく身体が跳ねて、つま先までぴんと伸ばして達した。しかし陰茎からは何も出ていない。いわゆるメスイキというやつで、一度覚えてしまうと抜け出せなくなる地獄のような甘ったるい快楽。自己開発の時でさえ滅多に経験しなかった快楽に容易く押し上げられ頭が真っ白になる。
駿希は白上の痴態を見てごくりと生唾を飲み込んだ。かわいい。快楽の波に溺れる白山を眺めながら、指を三本に増やしてさらに執拗に責め立てる。普段はしっかりしているのに、こういう時は幼くて可愛らしい。このギャップが堪らなくクるのだ。
「すき、好きや、祐月♡」
「ぉお゙♡♡イッ゙、あ、あ゙ぁ゙~~♡」
腰を持ち上げてガクガク震えながら二度目の絶頂を迎える白上に、流石にこれ以上は辛いだろうと判断して動きを止めた。震えが治ってもまだ息が整わないのか、はーはーと荒く肩で息をしている。その目はどろりと溶けて虚空を見つめ、口の端からは唾液が垂れていた。その淫靡さにどくりと心臓が鳴る。指を引き抜くと、白上のそこは寂しげにひくついていてまた興奮した。
「はふ、は、も、いれて♡」
「あ~、かわええ、好き♡挿れるから、辛かったら言うてや」
「わかったから、はやくしろ♡」
駿希は白上の太腿を抱えて亀頭を入り口に押し当てた。ふわふわとろけたアナルはちゅぷりと音を立てて吸い付くような動きを見せている。そのままずぶずぶと沈めていくと柔らかく絡みついてきてそれだけで射精してしまいそうなくらいきもちいい。
「あ、あぁ、はいって、くる♡」
「ん、ッはぁ♡きっつ」
上に逃げていく腰を引っ掴んで寄せると根本までぎっちり収まった。駿希はそのままぴったりと隙間無く肌を合わせて揺さぶる。白上は駿希の首に腕を回してキスをした。身長差のせいで息が苦しかったけど、それすら快感のためのスパイスにしかならなかった。舌を絡めて、唾液を交換して、身体の境界線が無くなっていく感覚に酔いしれる。汗が肌を伝う感覚さえ気持ちいい。
「んぅ、ん、ぁ♡あ、あっ♡すき♡」
「好き、祐月、すきやよ」
張り付いた髪を払ってやりながら、白上の顔中にキスをする。ずっとこのまま繋がっていたい、一つの生き物になってしまえばいい。抱きしめて背筋をくすぐりながら律動を激しくする。喉を晒して喘ぐ白上はなにより淫らで、そして美しかった。
「おッ゙♡ぁあ♡ひっ、あ゙、すぎぃ゙♡♡んぉ゙♡あ゙ぁ゙♡」
「は、あ♡かわええ、おれの祐月♡」
白上は浅く息をして甘ったるい声で鳴いていた。ばぢゅん、と音がするほど強く突かれると視界がスパークして目の前が真っ白になる。ごつごつと奥に当たるたびに意識が飛びそうになるほど気持ち良くなって、気が狂いそうになりながらももっと欲しいと思ってしまう。呼吸さえままならない法外な悦楽。
駿希は白上のことを可愛いと何度も繰り返した。こんな大柄な男に向かって使う言葉ではないのに、そう言われると胸の奥がきゅんと疼いてしまう。この甘美な毒に犯された身体はすっかり躾られてしまった。
「しゅ、んきぃ……♡もぉ、むり゙ぃ゙♡イ゙ッ゙♡♡」
「嫌なん?」
「ちが、ぉあ、あ゙あ゙♡だぇ、これ゙っ♡じぬ゙♡」
嫌じゃないのか。祐月は自分でもわかるほど意地悪な顔で笑った。跳ね上がる身体を押さえ付けてさらに深く突き刺すと、痙攣する肉壁が搾るようにきゅうっと締まる。それがたまらなく心地よくて、脳みそが馬鹿になったみたいに何も考えられなくなった。
「イ゙ッでる゙♡♡ァ゙♡、お゙ぉ……♡♡」
「お、れも、いくッ♡♡」
駿希はイキっぱなしの白上を抱き寄せて最奥に精液を叩きつけた。マーキングするかのようにぐちぐちと執拗に擦り付けると白上はたまらず潮を吹いた。熱い液体が二人の腹を汚していく。しばらく抱き合った後、白上の上から退いてずるりと引き抜いた。白上の中を埋めていたものがいなくなると、ぽっかり開いた穴からこぷりと白濁が流れ出す。
「しゅんき」
「なぁに、祐月♡」
「もう一回、はやく」
「えっ、あ、ええの」
「いいから、抱いて」
ゆるく細められた瞳の力強さは蛇のようで、絡め取って逃がさない魔性の男。吐精後の倦怠感なんて感じられないほど煽られて、駿希は白上を抱きしめて噛みついた。歯形を残しても上機嫌に笑っている。白上は駿希を押し倒すと騎乗位で主導権を握った。ゆるく腰を動かしながら、駿希のモノを扱いて勃たせる。自分の一番感じるところに先端が当たるように調節すると、ゆっくりと呑み込んでいく。
「ひはは、空っぽンなるまで搾り取ってやる♡」
見上げた顔はときめくほど悪辣で、重たい熱が腰にたまる。滴る汗すら愛おしい、やっと手に入れた俺の祐月。茹だるほど熱い部屋の中で二人は獣のように貪りあった。駿希は一瞬だけバカな男を思い出して、心から感謝して記憶から抹消した。ありがとうクソ野郎、白上祐月を手放してくれて! ざまあみろ!!
「あっ♡、あ、ごきげん、だなァ♡」
「世界一、しあわせやからね♡♡」
「着物だから暑いのでは、ないで、しょうか?」
白上は駿希のカタコトの標準語を聞いてくすくす笑っている。帯を緩めながら麦茶を煽った。古い日本家屋の良く似合う男。この家に来ると駿希はいつもタイムスリップしてきたような気になる。6畳の和室に風鈴の音が響いていた。
「な、白上さんってなんで標準語なの」
「出身が栃木だから」
「えっ、京都やあらへんの!?」
「京都じゃないんですか?」
「京都じゃ、ないんですか!」
「京都じゃないんです。ま、京言葉も覚えたがな」
「聞きたい! です!」
「ん、なんやおもろいもんやあらへんよ」
「ほあ、す……すごい」
ノートを覗いてた目がちらりとこちらを向いて、いつもよりもまろやかな声で囁かれる。駿希はなんだか胸が締め付けられて惚けるしかなかった。危うく「好き」とこぼしかけた口をつぐんで当たり障りない言葉に言い換えた。
「ひ、はは、なにそれ。ほら、続きやるぞ」
「はぁい」
駿希は白上のその意地悪そうな笑い方が大好きだった。左の口角だけが上がって、頬には涙袋がくっきり出ている。大きな蛇のような男が、この時ばかりは等身大に見えるのだ。
上京して就職するために標準語を学びたいと言ったのは駿希だ。それを白上は快く受け入れてくれた。ほぼ毎日この家に通っては、二、三時間ほど勉強して帰る。勉強という目的はいつからか、二人きりになるため、にすり替わってしまったけど。
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「今日はここまでにしよう。お疲れさま」
「ありがとうございました!」
駿希は机に突っ伏して格好を崩す。外はとっぷり暗くなって、麦茶の氷はすっかり溶けてしまった。白上が席を立って、戻ってきた両手にはアイスが握られていた。
「あげる」
「ほんまぁ? おおきに」
蒸された身体にバニラアイスが心地いい。二人はなにをするわけでもなくだらだらと時間を共にした。白上はあまり自分から話す質ではないし、疲れ切った駿希はただ疲労回復につとめていた。
アイスも食べ切ったころ、駿希はふと見上げた白上が棒を齧ってるのを見てときめいていた。いつも所作の美しく、だらけた姿だって色気のある男の幼い一面が叫びたいほど好きで。白上はそんな駿希の恋心なんてつゆ知らず、無意識に翻弄しては沼に突き落とすのだ。
「白上はん、京言葉、なんで覚えたの」
「好きな男がいたから」
ほら、こんなふうに。白上は眉ひとつ動かさずに答える。それが駿希にとってどんな意味を持つかなんて知らずに。なんとなく、気がついていた。それは日常のありふれた瞬間で、例えばテレビに映った綺麗な女優の話だとか、煙たい甘さの香水の話だとか、書斎に飾られている駿希の知らない男との写真だとか。口が渇いて舌が引っ付く。飲んだ麦茶はぬるくて薄かった。
「京都の人でな。おんなじ言葉で話したくて覚えた」
白上は伏し目がちにグラスの水滴を見つめている。
「もう既婚者になっちまったが、俺はほら、今も引きずってこんなとこにいる」
意地悪そうな笑い方のはずで、けれど駿希の目には、大きな蛇に見えていた。
「この家はな、あいつと住んでたんだよ。10年も一緒に生きて、勝手に結婚して、勝手に出てった男。好きな男」
白上はきっと今でも恋をしている。初恋をそのままに、愛情でくるんで、誰にも奪われまいと抱えている。あの男の話をする時、白上は自分がちっぽけな子供になってしまったように思うのだ。花婿になりたかった男の子が「さみしい」とうずくまっている。泣きもせずにずっと。
「珍しいね、白上はんが昔の話するんは」
「おしゃべりが苦手だからな」
昔の話なんかじゃないことは、二人ともわかっていた。それでも昔のことだと言わなきゃいけなかった。白上は割り切ったふりをしていないと生きていけなかった。至る所に痕跡の残るこの家で、正気を保っているためには必要なことだった。けれど家を出れば死んでしまう。ひとりぽっちに耐えられない。駿希は思い出にしてやらなきゃいけなかった。それは過去のことで、悲しい失恋だったと。そうじゃなきゃ、自分を愛してもらえなから。諦める気はさらさらない。
「また明日もよろしゅうお願いします」
「わかった、またおいで」
貼り付けた笑顔で上っ面のやりとりを。静かになった家で項垂れる白上の胸にあるのは、言うつもりのないことを言った後悔だった。誰にも話す気はなかった。それでも明かしてしまったのはたぶん、無くしたくなかったから。いつか自分になにもかも本当に吹っ切れるときが来るのかもしれない。それでも、初恋をよすがにして生きた男がいることを忘れないで欲しかった。あの子は自分に懐いているから、覚えておいてくれると思って。
「みっともないな」
風が止んで、静寂の中に一人。白上には、駿希がどんな顔をしていたのかもわからなかった。
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「お邪魔しまぁす」
「あー、そのままあがってくれ!」
駿希が約束通り家を訪ねると遠くから声が聞こえた。玄関には靴が二足、白上よりも一回り小さい男の靴。嫌な予感がする。騒がしい声を辿っていくといつもの部屋に着く。二人きりのはずなのに。
「今日はもう、帰んな。しばらくこっちにいるんだろう? また会えるさ」
「なんであんかんの、ええやろ泊まったって。俺の部屋やってほとんど変わっとらんのに」
クソ野郎だ。駿希はその場に立ち尽くして言い合う声を聞いていた。人の善意に寄りかかる悪人の声がする。自分の父親を思い出すような、肌に纏わりつく湿気ような不快感。白上がいくら拒否しても引き下がらない。断られるなんて思ってもいませんでしたってそういう声がする。
「白上はん! 今日は手土産持ってきたんよぉ、いつも、おやつ出してもろうとるから!」
「駿希、あぁ、気にしなくていいのに。ありがとう」
「……初めまして、久瀬晃介と申します。祐月の、家族です」
取り繕えてへんぞカス。こめかみが痙攣して敵意が滲み出ている。にっこり笑って返してやった。白上は冷めた顔をして男の横顔を見ている。一息吸って口を開いた。
「他人だよ。さぁほら、俺は駿希の先生やってるから、出てって」
「先生? 祐月が? 自分から人と関わろうとするなんて、滅多なこともあるもんやなぁ」
「前から俺が約束しとったんです。白上はんもこう言うとりますし、おじさんもお忙しいでしょう?」
「なんや、人懐こい子ぉやなぁ」
礼儀のなってないクソガキですみませんね、礼儀の払う価値のある人間になってから出直してくらはる? 駿希は荒れ狂う内面をおくびにも出さずに澄ました顔で男を見下ろしていた。みるみる崩れていく男の体裁が面白くて仕方がない。横目で白上を見ると表情が欠落していた。あ、本気だ。
「俺が、それがどんな意味か、わからないとでも思っているのか? 出ていけ。ここはお前の家じゃない」
男は顔を真っ青にして、それでもヘラヘラしながら出て行った。白上は自分でも驚くほど冷静に、そして全力で激怒していた。男が出て行って、部屋には沈黙が訪れた。白上は何か言わなければと口を開こうとするも、言葉が出てこない。
「よかったん?」
「……なにが」
「好きなんやろ、あんクソ野郎」
「ひはは! クソやろう、そう、クソ野郎なんだよ! 身内にだけとびきり優しいくそやろう! おれはもう、他人だ」
5年会わなきゃ他人だ。おかしくてしょうがなくて、白上は腹を抱えてケラケラ笑った。駿希は黙って手を繋いでいた。笑って、そのあとは、麦茶を一口飲んでからグラスを持って立ち上がった。
「どこいくん」
「掃除だ。手伝ってくれ」
「うん、ええよぉ」
駿希は台所でグラスと食器を紙袋にガシャガシャ入れて、白上は家中を駆け回って写真だの服だの本だの燃えるものを袋に詰め込んだ。全部を一つにまとめたら、いっぱいになったゴミ袋が三つ。それを倉庫に放り込んで、汗だくになったから二人で風呂に入って、冷やしておいた手土産のゼリーを食べながら縁側で涼んでいた。
「白上はぁん、さっぱりしたぁ?」
「あ、まだ。捨て忘れ」
「なに?」
「これー」
画面を覗き込むと『久瀬』の連絡先を着拒して消去していた。最高。風通しの良くなった部屋に風鈴の音が響く。満足げに笑う白上を見て、好きだなぁと思った。
「クソ野郎はね、俺の好意を知った上で一緒に住んでたんだよ。時々、褒美でもやるみたいに抱きしめたりしながら。振り向く気はないけど、俺が視線を逸らすのを良しとしなかった」
頭ひとつぶん高い横顔を見上げていた。まあるい頬に影を落とすまつ毛にキスをしたかった。厚い唇が震えるのをぼう、と眺めていた。好きな人と一緒にお風呂に入ったのに興奮するより先に怖れたのは、この完成されたうつやかな人が、ひとりの男だと思い知ったからか。邪な感情で触れれば、喰い殺されてしまいそうで。
「俺が諦めようとしたとき、アレは家の都合だとかで結婚した。婿養子に入って、苗字が変わって、そして先日戻ったらしい。相手の不倫だとか、なんだかそういう外聞の悪い理由で」
白上は駿希の息遣いを聞いていた。蒸し暑い気温より、繋いだ手より、なによりもその視線が熱かった。察したけれど、クソ野郎の気持ちはわからなかった。こんなに一途なやつ、なにもかも好きにならない方がおかしい。
「アレは一途な俺が恋しくなったようだ。自分を一番に据える存在が。もしかしたら、俺よりずっとあの男の方が重いかもしれないな。俺が一目惚れする前から、俺のことを見ていたらしいし」
初めて声をかけたとき2年前の話をされて驚いた。一言交わしたその日から、俺のことを憶えていたと。なんだ、俺よりよっぽど、執着の強い男じゃないか。もういらないけど。とっても気分がよかった。だから白上は男の顔も名前も綺麗に忘れて、二度と思い出すことはなかった。白上はご機嫌になって、熱心に見つめてくる青年と目を合わせた。応えるべきだと、思ったから。
「俺は今日、駿希に惚れたよ」
「へ……?」
「そんな顔してくれるくらい一途で、一体いつから俺のことが好きだったんだ」
「ずっと、すき、やった、わからんくらいずっと」
駿希は必死に答えていたが、白上の瞳に見据えられて何も考えられなくなっていた。心臓が痛くて苦しい。でも、もっと見てほしかった。その唇が開いて、どんな言葉を紡ぐのか知りたかった。白上が腰を掴んで引き寄せると、駿希はバランスを崩して白上にもたれかかる。
「はなさんで、俺んこと」
「ひはは、俺のだ。俺の駿希!」
白上は堪えられなくて強く、つよく抱きしめた。檻のような腕の中で駿希は心臓の音を聞いた。どくどくと早鐘を打つ音を。内側の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、極度の緊張と多幸感でそのまま眠ってしまった。
「かわいいこ、しょうがないなぁ」
満面の笑みで駿希を抱えて寝室へと歩を進める。両の瞼にキスをして、同じ布団で抱きしめながら眠る。暑くてじっとりとした肌がくっついて腹の底に熱が溜まった。
◽︎
「ひっ、あ、なんで……」
ひと足先に目覚めた駿希は必死に悲鳴を飲み込んだ。眼前には白上の寝顔がある。身体はまわされた腕に拘束されていて抜け出そうとすれば起こしてしまうだろう。駿希は昨晩の愛の告白を思い出し顔を真っ赤にした。
「しらかみはん、すき」
掠れた小さな声で告げる。今すぐ逃げ出したいような、このまま捕まっていたいような。いまだに夢を見ている気がする。なだらかな頬と高い鷲鼻、艶のある黒髪が蛇のように這う。とびきりの美が安心し切った顔で眠っている。何年見ても飽きない本当の美人を前にして、駿希は早くこの場から逃げなくちゃいけなくなった。
「ぅ、あ、やば」
思わず声が漏れてしまうほど動揺してしまう。勃った。抗えない生理現象であって、密着しているのは長年の片思いが成就した念願の相手で、汗ばんだ肌からは濃い匂いがして。その赤い唇に噛みつきたくなる。息をころして耐えていると、白上の長いまつ毛がふるりと震えた。
「しゅんき、おはよう」
気だるげな表情と鼻にかかった声と、合わせた目が、とろけるものだから。駿希は全身がかっと熱くなって衝動のままにキスをした。なけなしの理性で、その形の良い鼻に。
「ん、ちがう」
駿希が顔を離した瞬間、唇に柔らかな触感を覚えた。あたまが、真っ白になる。白上は目覚めて目の前に恋人がいる幸福に浸っていた。それなのに中途半端な愛情表現をするものだから、寂しくなったのだ。だから逃げる駿希を追いかけてキスをしてやった。
「ひはは、かわいい、俺の」
角度を変えて何度もなんども口付けを。白上が満足する頃には、駿希は息を荒くして燃えるような視線で白上を見つめていた。
「抱きたいのか」
「抱く。おれが、白上はんを、抱くんや」
「夜、待ってる」
白上はそういうとさっさと立ち上がって、駿希の頬をひと撫でして出ていってしまった。去り際のあの一言が駿希の脳内でこだまする。待ってる、待ってるってそういうことだよな? 痛いほど張り詰めたソレをなんとか鎮める。無駄撃ちしてたまるか。健全な男子大学生は性欲に素直だった。
◽︎
「うまく、できるのか?」
駿希は大学に用事があっていない。夜に、帰ってくる。白上は一人になった家の中で悶々と悩み続けていた。抱いたことはある。だがそれは女相手であって、男と、しかも自分が受け入れるなんて初めてだ。たぶん、入る。10年片思いしていたんだ、ありえないことを夢見てあれそれしたことはある。気まぐれでキスをするようなクズに、気まぐれでもいいから抱かれたいと思って。抱くよりは遥かに可能性のある話だと。結局叶わなかったし、叶わなくてよかったとも思うが。
「あの子、めちゃくちゃ勃ってたな」
思わず逃げてしまったくらいには動揺したのだ。寝起きの頭はまともじゃなくて、寂しいと思ったらもうキスをしていた。避けられないことが嬉しくて二度も三度も繰り返して、気づけば燃えるような瞳に射抜かれていた。ときめいてどうしようもなくなって、抱かれたくなったのだ。
「年甲斐もなく、みっともない……」
冷えたグラスを握りしめて机に突っ伏した白上には、涼しげな風鈴の音も聞こえていなかった。玄関を叩いて叫ぶ男の声さえも、なにも聞こえちゃいない。脳裏に響く駿希の甘い声が全てをかき消していた。
いつまでもそうしているわけにもいかず、準備を済まして気づけば夕方。もうすぐで駿希が帰ってくる。落ち着きなく帰りを待っていると、玄関の方でなにやら怒鳴り合う声が聞こえてきた。慌てて駆けつけると駿希が見たこともない顔で誰かと口論している。
「はよう失せろストーカー。警察呼んだってもええねんぞ」
「俺は祐月と友人なんよ、ものを知らんガキは黙って帰れ。誰の家やと思うとるんや」
「白上はんの家やが? お前ん家やないやろもの知らんのはどっちやカス」
白上には誰か、なんて眼中になかった。清々しいほどまっすぐに駿希だけを見ていた。そして華やかな笑みを浮かべて、心底嬉しそうに言ったのだ。
「駿希、おかえり!」
「ただいま!!」
駿希は勝ち誇った顔をして、白上は恋した男の顔をして、二人で仲睦まじく家に入った。玄関でひとつキスをして踊るようにくるくると戯れながら寝室に向かう。笑い声だけがよく響いた。
「やさしく、するから」
「そうとは思えない顔してるぞ」
ふかふかの敷布団に押し倒され縫い止められる。ゆとりのある拘束はびくともしないほど強くて、手首を締め付けないようにと気遣われているのがよくわかる。余裕のない顔のくせにこういうところは紳士的なのがずるい。童貞だろうが。つい先程まで触れ合っていた身体は熱くて、頭がくらくらしてくる。
「そういう、祐月、は、期待した顔しとる」
駿希は口から出た辿々しい言葉に自分でも格好つかないなと思った。しかし白上はそんな駿希を馬鹿にすること無く、むしろ楽しそうな顔で見上げてくる。真っ黒の瞳がどろりととけて、艶やかに弧を描く唇からは赤い舌が覗いていた。欲望のままに噛みついて舌を吸い上げる。くぐもった声が直接頭に響いて興奮した。
「じょうずだよ」
「いつか腰砕けにしたる」
その声に滲んだ本気さに白上はけらけら笑った。もうとっくになってるよ。白上の身体は駿希の指先が触れる度に甘く痺れて、腰からぞくぞくと快楽が込み上げる。もっと欲しいという感情だけが胸を占めていた。駿希は生唾を飲み込みながら、白い肌に歯を立てた。珠の汗の浮く肌の甘さがくせになる。首筋から鎖骨に、噛み跡を残して乳首を吸う。もう片方は優しく摘んでこねくり回した。
「ひっ、う、ぁ♡しゅ、しゅんき、ん、まて♡」
白上はすっかり蕩けた声で喘いでいた。駿希は白上の制止を無視して、執拗に乳頭を責め立てる。嫌だ、と言われない限りやめるつもりなんてなかった。白上は無意識に腰を揺らしながら快楽に耐えている。駿希が満足するまで抱かれる覚悟はあったが、自分が耐え難い快楽に苛まれることなど夢にも思わなかった。これはもしかしたら、すごくきもちよくて、死んでしまうかもしれない。
「あ゙~ッ♡ひぃっ、も、いいから♡いい、からぁ゙♡」
「ん、ぢゅぅ♡っは、よくない」
舐めてしゃぶって柔く噛むと一際大きな声を上げた。本当は駿希だって今すぐ入れて自分勝手に腰を振って奥の奥まで蹂躙して、そういう酷いことをしてしまいたい。でもそれはただの性欲で、駿希はいま恋人と愛情でもって事に及んでいるのだから。騒ぐ本能をねじ伏せて甘やかな愛撫を続けるのだ。涙で煌めく瞳にときめきながらキスをする。息も絶え絶えに震える身体を撫でてゆっくりと足を開かせた。
「ふ、はぁ♡……まじまじ、見んなよ」
「見たい。ぜんぶ、綺麗やから」
「なんで、勃ってんの」
「は?」
「お、おふろ、いっしょのとき、そんなことなかったのに」
心底不思議そうに言った白上の言葉を聞いて駿希は固まった。確かにお風呂では反応してなかったけど、恋人が早く抱いてくれって顔して身を委ねてる状況で勃たない男子大学生なんて存在しない。少なくとも、健全に真っ当に性欲に塗れた駿希はめちゃくちゃ勃つ。
「祐月が劣情を煽る顔しとるからや」
「そん、な顔は、してない」
「その顔のことを言うとるんよ」
「は、ぅあ♡」
ひくつく後孔の縁をなぞって指先を沈める。すでに解されたソコはすんなりと飲み込んで足りないとでもいうかのようにきゅぅと締め付ける。腹側に曲げながら抜き差ししてやるとあからさまに反応の良い場所がある。これが前立腺か。
「いらない、それ♡もぉほぐした、いらない♡」
「これは準備やなくて前戯やから、安心してよがっとって♡」
白上はとっくに開発されて熟れきった身体を持て余していた。尻だけで絶頂できるようになった身体はどこもかしこも敏感で、少し触れられるだけでもおかしくなるくらい気持ちいい。なのに、駿希は前戯だと言ってさらに感度を高めようとしてくる。口から出る言葉がただの嬌声になるまで、そう時間はかからないだろう。
「ふふ、ここやんな、好きなとこ」
「ぁぐ♡、うあ、あ、そこ♡だめんなる♡」
「もうとっくにだめやろぉ?」
駿希の指先は的確に白上が感じるところばかりを責め立てていた。時折思い出したように乳首を弄られて、その度に中がきゅんと締まる。いつのまにか増やされた指で会陰とナカから同時に前立腺を揉まれると脳が焼き切れそうなほどの快感に襲われる。生理的な涙がこめかみを伝う。
「しゅ、しゅんき♡イ、く♡いく、いっ、あああっ♡」
びくんと大きく身体が跳ねて、つま先までぴんと伸ばして達した。しかし陰茎からは何も出ていない。いわゆるメスイキというやつで、一度覚えてしまうと抜け出せなくなる地獄のような甘ったるい快楽。自己開発の時でさえ滅多に経験しなかった快楽に容易く押し上げられ頭が真っ白になる。
駿希は白上の痴態を見てごくりと生唾を飲み込んだ。かわいい。快楽の波に溺れる白山を眺めながら、指を三本に増やしてさらに執拗に責め立てる。普段はしっかりしているのに、こういう時は幼くて可愛らしい。このギャップが堪らなくクるのだ。
「すき、好きや、祐月♡」
「ぉお゙♡♡イッ゙、あ、あ゙ぁ゙~~♡」
腰を持ち上げてガクガク震えながら二度目の絶頂を迎える白上に、流石にこれ以上は辛いだろうと判断して動きを止めた。震えが治ってもまだ息が整わないのか、はーはーと荒く肩で息をしている。その目はどろりと溶けて虚空を見つめ、口の端からは唾液が垂れていた。その淫靡さにどくりと心臓が鳴る。指を引き抜くと、白上のそこは寂しげにひくついていてまた興奮した。
「はふ、は、も、いれて♡」
「あ~、かわええ、好き♡挿れるから、辛かったら言うてや」
「わかったから、はやくしろ♡」
駿希は白上の太腿を抱えて亀頭を入り口に押し当てた。ふわふわとろけたアナルはちゅぷりと音を立てて吸い付くような動きを見せている。そのままずぶずぶと沈めていくと柔らかく絡みついてきてそれだけで射精してしまいそうなくらいきもちいい。
「あ、あぁ、はいって、くる♡」
「ん、ッはぁ♡きっつ」
上に逃げていく腰を引っ掴んで寄せると根本までぎっちり収まった。駿希はそのままぴったりと隙間無く肌を合わせて揺さぶる。白上は駿希の首に腕を回してキスをした。身長差のせいで息が苦しかったけど、それすら快感のためのスパイスにしかならなかった。舌を絡めて、唾液を交換して、身体の境界線が無くなっていく感覚に酔いしれる。汗が肌を伝う感覚さえ気持ちいい。
「んぅ、ん、ぁ♡あ、あっ♡すき♡」
「好き、祐月、すきやよ」
張り付いた髪を払ってやりながら、白上の顔中にキスをする。ずっとこのまま繋がっていたい、一つの生き物になってしまえばいい。抱きしめて背筋をくすぐりながら律動を激しくする。喉を晒して喘ぐ白上はなにより淫らで、そして美しかった。
「おッ゙♡ぁあ♡ひっ、あ゙、すぎぃ゙♡♡んぉ゙♡あ゙ぁ゙♡」
「は、あ♡かわええ、おれの祐月♡」
白上は浅く息をして甘ったるい声で鳴いていた。ばぢゅん、と音がするほど強く突かれると視界がスパークして目の前が真っ白になる。ごつごつと奥に当たるたびに意識が飛びそうになるほど気持ち良くなって、気が狂いそうになりながらももっと欲しいと思ってしまう。呼吸さえままならない法外な悦楽。
駿希は白上のことを可愛いと何度も繰り返した。こんな大柄な男に向かって使う言葉ではないのに、そう言われると胸の奥がきゅんと疼いてしまう。この甘美な毒に犯された身体はすっかり躾られてしまった。
「しゅ、んきぃ……♡もぉ、むり゙ぃ゙♡イ゙ッ゙♡♡」
「嫌なん?」
「ちが、ぉあ、あ゙あ゙♡だぇ、これ゙っ♡じぬ゙♡」
嫌じゃないのか。祐月は自分でもわかるほど意地悪な顔で笑った。跳ね上がる身体を押さえ付けてさらに深く突き刺すと、痙攣する肉壁が搾るようにきゅうっと締まる。それがたまらなく心地よくて、脳みそが馬鹿になったみたいに何も考えられなくなった。
「イ゙ッでる゙♡♡ァ゙♡、お゙ぉ……♡♡」
「お、れも、いくッ♡♡」
駿希はイキっぱなしの白上を抱き寄せて最奥に精液を叩きつけた。マーキングするかのようにぐちぐちと執拗に擦り付けると白上はたまらず潮を吹いた。熱い液体が二人の腹を汚していく。しばらく抱き合った後、白上の上から退いてずるりと引き抜いた。白上の中を埋めていたものがいなくなると、ぽっかり開いた穴からこぷりと白濁が流れ出す。
「しゅんき」
「なぁに、祐月♡」
「もう一回、はやく」
「えっ、あ、ええの」
「いいから、抱いて」
ゆるく細められた瞳の力強さは蛇のようで、絡め取って逃がさない魔性の男。吐精後の倦怠感なんて感じられないほど煽られて、駿希は白上を抱きしめて噛みついた。歯形を残しても上機嫌に笑っている。白上は駿希を押し倒すと騎乗位で主導権を握った。ゆるく腰を動かしながら、駿希のモノを扱いて勃たせる。自分の一番感じるところに先端が当たるように調節すると、ゆっくりと呑み込んでいく。
「ひはは、空っぽンなるまで搾り取ってやる♡」
見上げた顔はときめくほど悪辣で、重たい熱が腰にたまる。滴る汗すら愛おしい、やっと手に入れた俺の祐月。茹だるほど熱い部屋の中で二人は獣のように貪りあった。駿希は一瞬だけバカな男を思い出して、心から感謝して記憶から抹消した。ありがとうクソ野郎、白上祐月を手放してくれて! ざまあみろ!!
「あっ♡、あ、ごきげん、だなァ♡」
「世界一、しあわせやからね♡♡」
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