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第10章 そして私は移住する
最終話 そして私は異世界へ
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部屋の中はがらんとしている。
キッチンの作業台上にパソコン、プリンタ、炊飯器、アイロン等電気製品をまとめて置いた。
他はもうベッドと寝具一式しかない。
持っていく物はほぼアイテムボックスに収納してある。
キッチンの作業台上に置いてあるものは電化製品等、ヒラリアへ持って行かないもの。
ベッドは今夜寝るのに必要だから出してあるだけだ。
パソコンは初期化した。
完全消去ソフトでハードディスク内の情報を完全に消した後、OSだけ新たに入れ直した状態。
起動はするけれど個人情報はもう一切入っていないし、使うつもりもない。
ただネットを見るのに不便なので、タブレットPCとスマホはまだ中身を消していない。
この2つはヒラリアへ行く直前に初期化するつもりだ。
私はベッドの横に座り、マットを机代わりにして向かっている。
枕でタブレットPCを立てて、パソコンのキーボードを接続して文章作成。
書いているのは坂入先輩宛、いなくなりますよというメールだ。
取り敢えず引っ越しの定型文を参考にたたき台を書いてみる。
『拝啓 処暑の候
永らくご無沙汰いたしておりますがお変わりもなくお過ごしでしょうか。
このたび退職し、新天地にて再出発をすることになり転居いたします。
暫く連絡が取れなくなりますがご心配なく 敬具』
読んでみて思う。
こんなの先輩宛てのメールの文章じゃない。
書き直しだ。
『突然ですが退職&引っ越す事になりました。連絡がとれなくなりますが、元気ですので御心配なく』
夜逃げとか不祥事による退職とかみたいだな、これでは。
だから少し考えて書き直す。
多少は自分の近況も入れておこう。
『お元気でしょうか。私は少し前はちょっと調子を崩していましたけれど、今は元気です。
さて、突然ですが退職&引っ越します。連絡が取れなくなりますが夜逃げでも不祥事でもないので御心配なく。少しばかり楽しい再出発をする予定です。
それでは先輩もお元気で』
こんなものかな。
今後どうするとか一切書いていないので不審点は残るだろう。
ただメールに異世界移住の事を書くわけにはいかない。
坂入先輩には教えてもいいと思っている。
事務局の事とかサイトのアドレス、私の移住先まで。
ただしメールに普通に書いたところでそれが先輩にそのまま届くかは疑問だ。
私は事務局からメールを受けとった後、異世界移住について調査した。
結果事務局のWeb以外からはどう検索しても移住関係の情報は見つからなかった。
移住者がいるなら少しくらいは検索でひっかかってくるのが普通だろう。
オース移住計画事務局は移住について他人に漏らす事を明示的に禁止していない。
だから情報をWeb上にあげる事は可能な筈。
移住希望者がWeb上にその辺を漏らさなかったとしよう。
それでも移住をとりやめた人もいるだろうし、移住者の知人なんてのもいるだろう。
それらの者から情報が漏れないなんて事は考えにくい。
となると危険な想像をしてしまう。
現在の技術を超えた方法で、その辺の情報を食い止めている可能性を。
何せ事務局は魔法なんて技術を持っている。
盗聴及びその類似行為位は出来る可能性があるのだ。
だから平文でこの辺の事を書いても、その内容が先輩に届かない可能性が高い。
そう思って私は気付いた。
平文でなければ暗号で書けばいいだろうと。
ただ普通の暗号ソフトを使うのでは駄目だろう。
それくらい解読する技術があると思った方がいい。
暗号ソフトを使わず私が書くことが出来て、かつ先輩が暗号だと気付いて解読できる方法が必要だ。
ただ私が考える事が出来る暗号なら先輩は解けるし解くだろう。
奴の脳みその出来は信頼していい。
伝えるべき内容を考える。
〇 異世界に移住した事
〇 私の移住先の位置情報
〇 事務局のWebアドレス
この3つでいいだろう。
さて、どんな暗号を使おうか。
元素記号や周期表の位置を使うのは……無理そうだな。
なら漢字の画数を使おうか。
『皆麗写悪乙 海音夏鱰懼』
これで異世界移住、厳密にはISEKAIIJYUだ。
心機一転するにあたって下手糞な漢詩を作ってたから送るぞ。
そう書いておけばいいだろう。
何とか頑張って五言律詩&五言絶句、つまり合計12句にまとめた。
読んでみると漢詩と称した部分が非常に怪しい。
怪しすぎる。
でもまあ、痛い人と思われる程度で見逃して貰えるだろう。
多分きっと。
事務局はまあそう思ってくれる事を期待するとしてだ。
先輩ならこれが暗号だと気付く筈。
一般的な暗号を使えない中、何とかひねり出したものだとも。
そこまでわかれば解読までしてくれるだろう。
よし、それでは明日、ヒラリアの新天地に移動する直前にこれを送る事にしよう。
明日は8時に起きる予定。
① 起きたら朝食を食べてベッドを収納し
② 風呂に入った後、風呂用品一式を乾燥して収納し
③ 向こうへ行く服を着て
④ 部屋を点検し水道の元栓を閉め、電気のブレーカーを落とした後
⑤ スマホとタブレットPCを初期化して
⑥ 朝10時ちょうどにヒラリアへ転移
というスケジュールだ。
先輩へのメールは⑤の段階で送ればいいだろう。
送る段階で確認して、漢詩が消えていたら失敗という事で。
明日からは忙しい。
異世界での屋外活動になるから。
だから今日はいつもより早いけれどもう寝る事にしよう。
睡眠薬を使って。
それではおやすみなさい。
明日もいい日でありますように。
◇◇◇
翌日午前9時59分。
スマホのアラーム音を指を滑らせて消した後、スマホを流しの作業台上に置く。
やるべき作業は全て終わった。
スマホもタブレットも初期化して他の電化製品と一緒に置いてある。
一応アドレス等のデータを保存したメモリカードをアイテムボックスに入れた。
ただ移住に成功したらもう使わないけれど。
私は何もない部屋の中央で立って目を閉じる。
移動の瞬間は目を閉じていた方がいいと書いてあったから。
スマホを初期化する前に送った最後のメールの事を思い出す。
先輩へのメール、漢詩部分は送る時までは消えていなかった。
送信済みメールでも漢詩部分は残っていた。
だから多分、先輩のところまであの暗号は無事に辿り着くだろう。
先輩はあれを読んで、Webで移住計画を知る。
私が移住した事に気づく。
その時奴はどう思うだろうか。
なお漢詩部分の一部が削除された場合に備え、おまけの暗号も仕込んである。
漢字暗号とは違う方法で。
ふと現地をオースの地図上で表現する方法を思いついたから。
署名の端につけた『Œ蠃䜀ʈᚒ⠔』がその暗号。
これを先輩が解けるかは少々自信ない。
私は物理専攻だったけれど先輩は数学屋だったから。
でもまあ、念のためという事で。
さて、後は私自身のこれからについて考えよう。
私はこれからヒラリアで生きていくのだから。
奴がどんな判断をするとしても。
まずは住む場所を探して家を出すところからだな。
その後は軽く最初の漁をしてみよう。
投網がいいかな、釣りがいいかな。
釣りだとすえば餌は何がいいだろうか。
収納してあるバナメイエビのむき身でいいだろうか。
ふっと足元の感覚が失われた。
軽い浮遊感。
転移が始まったようだ。
さて、実際に自分の目で見る異世界はどんな感じだろう。
まさかこの期に及んで詐欺だったという事はないよな。
そう思いながら私は到着を待つ。
説明によれば転移にかかる時間はおおよそ1分程度。
地に足がついた感触があれば転移終了だそうだ。
軽い浮遊感の後、地に足がついた感触。
瞼の裏から光を感じる。
もう目を開けていいかな。
そして私は目を開いた。
(FIN)
追記 2番目の暗号は彼女が咄嗟に考えて作ったので、少し間違いがあります。ただし解読するのが機械では無く人間なら、この間違いは割と簡単に訂正できる筈です。
ですから一応解くことは出来ます。少し捻っているので難しいですけれど……
キッチンの作業台上にパソコン、プリンタ、炊飯器、アイロン等電気製品をまとめて置いた。
他はもうベッドと寝具一式しかない。
持っていく物はほぼアイテムボックスに収納してある。
キッチンの作業台上に置いてあるものは電化製品等、ヒラリアへ持って行かないもの。
ベッドは今夜寝るのに必要だから出してあるだけだ。
パソコンは初期化した。
完全消去ソフトでハードディスク内の情報を完全に消した後、OSだけ新たに入れ直した状態。
起動はするけれど個人情報はもう一切入っていないし、使うつもりもない。
ただネットを見るのに不便なので、タブレットPCとスマホはまだ中身を消していない。
この2つはヒラリアへ行く直前に初期化するつもりだ。
私はベッドの横に座り、マットを机代わりにして向かっている。
枕でタブレットPCを立てて、パソコンのキーボードを接続して文章作成。
書いているのは坂入先輩宛、いなくなりますよというメールだ。
取り敢えず引っ越しの定型文を参考にたたき台を書いてみる。
『拝啓 処暑の候
永らくご無沙汰いたしておりますがお変わりもなくお過ごしでしょうか。
このたび退職し、新天地にて再出発をすることになり転居いたします。
暫く連絡が取れなくなりますがご心配なく 敬具』
読んでみて思う。
こんなの先輩宛てのメールの文章じゃない。
書き直しだ。
『突然ですが退職&引っ越す事になりました。連絡がとれなくなりますが、元気ですので御心配なく』
夜逃げとか不祥事による退職とかみたいだな、これでは。
だから少し考えて書き直す。
多少は自分の近況も入れておこう。
『お元気でしょうか。私は少し前はちょっと調子を崩していましたけれど、今は元気です。
さて、突然ですが退職&引っ越します。連絡が取れなくなりますが夜逃げでも不祥事でもないので御心配なく。少しばかり楽しい再出発をする予定です。
それでは先輩もお元気で』
こんなものかな。
今後どうするとか一切書いていないので不審点は残るだろう。
ただメールに異世界移住の事を書くわけにはいかない。
坂入先輩には教えてもいいと思っている。
事務局の事とかサイトのアドレス、私の移住先まで。
ただしメールに普通に書いたところでそれが先輩にそのまま届くかは疑問だ。
私は事務局からメールを受けとった後、異世界移住について調査した。
結果事務局のWeb以外からはどう検索しても移住関係の情報は見つからなかった。
移住者がいるなら少しくらいは検索でひっかかってくるのが普通だろう。
オース移住計画事務局は移住について他人に漏らす事を明示的に禁止していない。
だから情報をWeb上にあげる事は可能な筈。
移住希望者がWeb上にその辺を漏らさなかったとしよう。
それでも移住をとりやめた人もいるだろうし、移住者の知人なんてのもいるだろう。
それらの者から情報が漏れないなんて事は考えにくい。
となると危険な想像をしてしまう。
現在の技術を超えた方法で、その辺の情報を食い止めている可能性を。
何せ事務局は魔法なんて技術を持っている。
盗聴及びその類似行為位は出来る可能性があるのだ。
だから平文でこの辺の事を書いても、その内容が先輩に届かない可能性が高い。
そう思って私は気付いた。
平文でなければ暗号で書けばいいだろうと。
ただ普通の暗号ソフトを使うのでは駄目だろう。
それくらい解読する技術があると思った方がいい。
暗号ソフトを使わず私が書くことが出来て、かつ先輩が暗号だと気付いて解読できる方法が必要だ。
ただ私が考える事が出来る暗号なら先輩は解けるし解くだろう。
奴の脳みその出来は信頼していい。
伝えるべき内容を考える。
〇 異世界に移住した事
〇 私の移住先の位置情報
〇 事務局のWebアドレス
この3つでいいだろう。
さて、どんな暗号を使おうか。
元素記号や周期表の位置を使うのは……無理そうだな。
なら漢字の画数を使おうか。
『皆麗写悪乙 海音夏鱰懼』
これで異世界移住、厳密にはISEKAIIJYUだ。
心機一転するにあたって下手糞な漢詩を作ってたから送るぞ。
そう書いておけばいいだろう。
何とか頑張って五言律詩&五言絶句、つまり合計12句にまとめた。
読んでみると漢詩と称した部分が非常に怪しい。
怪しすぎる。
でもまあ、痛い人と思われる程度で見逃して貰えるだろう。
多分きっと。
事務局はまあそう思ってくれる事を期待するとしてだ。
先輩ならこれが暗号だと気付く筈。
一般的な暗号を使えない中、何とかひねり出したものだとも。
そこまでわかれば解読までしてくれるだろう。
よし、それでは明日、ヒラリアの新天地に移動する直前にこれを送る事にしよう。
明日は8時に起きる予定。
① 起きたら朝食を食べてベッドを収納し
② 風呂に入った後、風呂用品一式を乾燥して収納し
③ 向こうへ行く服を着て
④ 部屋を点検し水道の元栓を閉め、電気のブレーカーを落とした後
⑤ スマホとタブレットPCを初期化して
⑥ 朝10時ちょうどにヒラリアへ転移
というスケジュールだ。
先輩へのメールは⑤の段階で送ればいいだろう。
送る段階で確認して、漢詩が消えていたら失敗という事で。
明日からは忙しい。
異世界での屋外活動になるから。
だから今日はいつもより早いけれどもう寝る事にしよう。
睡眠薬を使って。
それではおやすみなさい。
明日もいい日でありますように。
◇◇◇
翌日午前9時59分。
スマホのアラーム音を指を滑らせて消した後、スマホを流しの作業台上に置く。
やるべき作業は全て終わった。
スマホもタブレットも初期化して他の電化製品と一緒に置いてある。
一応アドレス等のデータを保存したメモリカードをアイテムボックスに入れた。
ただ移住に成功したらもう使わないけれど。
私は何もない部屋の中央で立って目を閉じる。
移動の瞬間は目を閉じていた方がいいと書いてあったから。
スマホを初期化する前に送った最後のメールの事を思い出す。
先輩へのメール、漢詩部分は送る時までは消えていなかった。
送信済みメールでも漢詩部分は残っていた。
だから多分、先輩のところまであの暗号は無事に辿り着くだろう。
先輩はあれを読んで、Webで移住計画を知る。
私が移住した事に気づく。
その時奴はどう思うだろうか。
なお漢詩部分の一部が削除された場合に備え、おまけの暗号も仕込んである。
漢字暗号とは違う方法で。
ふと現地をオースの地図上で表現する方法を思いついたから。
署名の端につけた『Œ蠃䜀ʈᚒ⠔』がその暗号。
これを先輩が解けるかは少々自信ない。
私は物理専攻だったけれど先輩は数学屋だったから。
でもまあ、念のためという事で。
さて、後は私自身のこれからについて考えよう。
私はこれからヒラリアで生きていくのだから。
奴がどんな判断をするとしても。
まずは住む場所を探して家を出すところからだな。
その後は軽く最初の漁をしてみよう。
投網がいいかな、釣りがいいかな。
釣りだとすえば餌は何がいいだろうか。
収納してあるバナメイエビのむき身でいいだろうか。
ふっと足元の感覚が失われた。
軽い浮遊感。
転移が始まったようだ。
さて、実際に自分の目で見る異世界はどんな感じだろう。
まさかこの期に及んで詐欺だったという事はないよな。
そう思いながら私は到着を待つ。
説明によれば転移にかかる時間はおおよそ1分程度。
地に足がついた感触があれば転移終了だそうだ。
軽い浮遊感の後、地に足がついた感触。
瞼の裏から光を感じる。
もう目を開けていいかな。
そして私は目を開いた。
(FIN)
追記 2番目の暗号は彼女が咄嗟に考えて作ったので、少し間違いがあります。ただし解読するのが機械では無く人間なら、この間違いは割と簡単に訂正できる筈です。
ですから一応解くことは出来ます。少し捻っているので難しいですけれど……
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