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第35章 高専最後の夏休み ~やり残した事は何ですか~

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「さて、2人に絞ったところで話を変えるわよ。風遊美先輩の前では言いにくい話題になるけどね」

「私は構わないです。それに今のような状態の修さんを見るのは初めてで面白いですね」

 風遊美さん、そんな殺生な。

「では風遊美先輩のお許しが出たところで。さっきは風遊美先輩をあっさりリストから外したけれど、それでも長津田が一番恋愛感情に近い感覚を持っていたのって、風遊美先輩だと私は思っている。今でも少しそんな感じが残っているからね。
 さっき振った振られたとカマかけたけれど、きっと本当はちょっと違う形で別れたんだと思う。きっと”これは恋愛感情じゃ無いですよね”とお互い儀式として確認しあったんじゃないかな。どんな形でかはわからないけれど。これは私の推定だけどきっと間違っていないと思う。異義があっても聞かないけれどね」

 俺もあえて異義は唱えない。
 風遊美さんも黙って、微笑みながら聞いている。

「だから何かあると、長津田って必ず風遊美さんにも連絡するし相談するよね。さっきの推定は別として、風遊美さんに連絡したり相談したりするのが多いのは認めるよね」

 俺は頷く。確かにそれは事実だから。
 誰かに相談するとなると、最初に思い浮かぶのはやっぱり風遊美さんだ。
 むろん立場とか学年とか色々理由はあるのだけれど、事実としてはやはりそうだ。

「さあここで無茶な設定をしますので、長津田は真面目に考えて下さい。長津田は1人で露天風呂に入っているとします。その露天風呂はあまり大きくなく、2人で入ると思い切り肩がくっつく感じになる大きさです。
 そこへこの旅行のメンバーの女子の誰かが通りかかり、その露天風呂に入ろうとしました。修君は色々思ったでしょうが、露天風呂から逃げませんでした。これにあてはまる女子は3人います。風遊美さんと詩織ちゃんと、後は誰でしょう」

 何か凄いシチュエーションの問題だ。考えるのも何か問題があるような気がする。
 というか想像したら色々まずいだろ、それ。
 でも世田谷は全然そんな事を気にせず、また口を開く。

「例えば私だったら長津田は逃げると思うんだ。でも風遊美さんだったら何か話があるのかな、って取り敢えず逃げないと思う。詩織ちゃんでも立場は違うけれど、まあ何か理由があるんだろうなと思って逃げないんじゃないかな。ここまでは異義はない?」

 不承不承俺は頷く。
 確かにその2人なら逃げないな。詩織ちゃんの頭を叩くかもしれないけれど。

「そして私の予想なら、もう一人逃げない人がいると思う。そしてその人の場合は、きっと長津田は理由すら聞かないと思う。私はあえて名前は言わないけれどね。今の長津田ならきっとわかると思うから」

 そこで世田谷、ちらっと時計に目をやった。
 俺も確認して見ると、午後7時ちょうど。

「さて、そろそろ晩御飯を食べに行かない。札幌ラーメン、海鮮系、肉系何がいい」

 世田谷はさっきと口調を変えて、そんな事を言い出した。切り替え早いな、こいつ。

「俺は……特に思いつかないな」

「私も昨日まで色々食べたし、何でも」

「うーん、何でもいいは答えじゃないんだよな。あ、この面子なら大丈夫かな」

 黒魔女はにやりと笑い、ホテル備付の資料のファイルをささっとめくる。
 何か参考になる事項が書いてあったらしい。

「よし、何でもいいと言ったからには、異義は許さないからね。行くわよ」

 世田谷に追い立てられるように部屋を出て、自信ありげに地下を歩いて行く後を追うこと約7分。
 付いたのは駅ビルの地下にある、スペイン料理の店だった。

「何故スペイン料理?」

「ぐだぐだ言わない」

 入ってみた感じ、中の雰囲気は悪くない。
 それにしても何故北海道でスペイン料理なのかは、まだ謎のままだ。
 メニューを見ながら世田谷は俺に聞く。

「長津田は何月生まれ?」

「2月だけど」

「残念、ソフトドリンクか。なら自分で選べ」

 メニューを渡された。

「何だよ一体」

「後で理由は言うわ。あと風遊美先輩は食べ物適当に選んで下さい」

 黒魔女、仕切って、ある程度メニューが決まったところで店員さんを呼んだ。

「それじゃサングリアの白を2つとオレンジジュース。あと海のパエージャ2人前とゴルゴンゾーラのペンネ、季節野菜のバーニャカウダ、砂肝のガーリックオイル煮、以上で」

 結局ほぼ全部、世田谷主導で注文する。
 店員が注文を繰り返して確認し、伝票をつけて去っていく。

「実はさ、折角20歳になったのでちょっと飲みに行きたいなと思ったのよ。でもビールって1回しか飲んだこと無いけれど、苦くて美味しくないじゃない。で、思い出したのがあのマンションの冷蔵庫でいつも冷えている、通称奈津希さんの清涼飲料水な訳。あれ凄く美味しいけれど調べたら普通の飲み屋には無いっぽくて。スペインの飲み物らしいから、スペイン料理の居酒屋があれば行って飲んでみたいって思っていたの」

 成程。
 あの通称奈津希さんの清涼飲料水は、今では由香里姉あたりが時々愛飲している。
 月見野先輩や風遊美さんにも好評だ。

 ただ売っている店があまり無い。
 当然ハツネスーパーにも売っていないので通販で買うわけだが、通販でも扱っている処は少ない。
 確かに普通の居酒屋には無いだろうなと俺も納得する。

「という訳で今日は飲むよ。どうせお代は長津田持ちだし」

 厳密には会社持ちだ。
 精算したり処理したりするのは俺だけれども。

 ◇◇◇

 いやあ、2人とも景気良く飲みやがった。両方とも、足取りもふらふらである。

 色々食べたけれど、それ以上に2人が飲んだ。
 サングリアだけで4杯以上は飲んでいる。他にも色々カクテルとか。

 ビールも一番小さいのを頼んだけれど、世田谷は1口飲んだだけで、こうほざきやがった

「苦い、不味い」

 結局いろいろ試した挙句、やっぱりサングリアが口にあるようで、最後に1杯ずつ追加する始末。

 料理もバーニャカウダとかつまみ系が多かったし注文しまくった。
 そして注文したほとんどの料理は、2人の腹に収まっている。

 俺は野菜スティックをかじりながら2人の話に頷いていただけで、ほぼ終わり。
 まあそれはともかく。

 ご機嫌モードの風遊美さんと説教モードの黒魔女をコントロールしながら、何とか徒歩7分の地下道をホテルに向かう。
 幸い2人共、えずいたりはしていない。
 風遊美さんは微妙にまっすぐ歩けていないけれど、地下道オンリーなのでセーフだ。

 『女の子2人酔わせて何する気だ』という通行人の視線に耐えながら、何とかホテルに到着。
 長い廊下とエレベーターを経由して、やっと部屋に到着。それぞれのベッドに2人を転がしてやっと一息。

 2人共無事ベッドにたどり着いた途端、熟睡始めやがった。
 着替え等はまあ、本人達が意識を回復したら勝手に自分でやるだろう。
 そこまで責任は持っていられない。

 さて、夜食を買い出しに行くか。
 俺はほぼ野菜スティックしか食べていないのでひもじいのだ。

 エレベーターを待っていると、何故か香緒里ちゃん達4人がやって来た。
 外出する格好をしている。

「あれ、何処か行くの」

「北海道といえばセコマなのです。夜のコンビニ買い出しなのです」

 おいおいと思ったが、一緒の1年生2人もいやいやという感じではないし、まあいいだろう。

「なら俺も付き合うか。実は腹が減って買い出しに行く処なんだ」

「なら同行を許すのです。荷物持ち兼財布係としてついてくるのです」

 おいおい。まあいいかと思いつつ一緒にホテルの外へ出て歩いて行く。

「修兄の同室の2人は?」

 香緒里ちゃんのもっともな質問には、こう返答。

「居酒屋で飲んだくれて部屋で寝ている。2人共20歳過ぎだからさ」

 香緒里ちゃんは頷いた。納得してくれたらしい。

「それにしても香緒里ちゃん、いつも有難うな」

 え、何をという感じで香緒里ちゃんが振り向く。
 まあそうだよな、と俺も思う。

「いや、何となくそう思っただけ」

 そう弁解しつつ、俺は思い出す。
 ついさっきの飲み会での世田谷の言葉。もし俺が相手を誰か決めた際、どういう言葉で伝えればいいか聞いた時の台詞だ。

『まあ今の環境でベッドインなんてのは面白すぎて無理かな。冗談はさておいて、今の長津田との関係なら伝えるべきものは3つ。これまでどうもありがとうという感謝。自分も好きだという今の事実。そしてこれからもよろしくという挨拶。そんなところじゃないかと私は思うな』

 今日は伝えられないけれど、いつかちゃんと伝えよう。
 そう思いながら俺は夜の札幌の街を歩いて行く。

 ◇◇◇
 
 翌日は各自自由行動で夜はジンギスカン。
 次の日は空港の売店で散々色々買い物をした後、詩織便で届けてもらったバイクで北海道を回るというロビーとお別れ。
 飛行機で東京へ帰り、自動車教習所へ通うという香緒里ちゃんとお別れ。

 そして更に飛行機で聟島へと帰り、そしていつもの騒がしい日常へと戻る事となった。
 さあ、まずは今いる面子でバネ工場強制労働だ!
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