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第33章 詩織ちゃんの新魔法と裏切りの黒魔女

179 奈津希さんの宿題

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「じゃんけんにしたのは、可能性の枝を3つずつに絞るためですね」

 風遊美さんは頷いた。

「急遽作った魔法ですから、安全マージンを取らせてもらいました。実際私の魔力では、あまり選択肢を多く長くは追えませんから。って、もう答を言っているようなものですね」

「空間操作系の魔法って、時間軸方向もある程度操作できるんですね」

 香緒里ちゃんの言葉に、風遊美さんは軽く頷く。

「操作と言うか、見るだけです。因果関係を変えるのは無理でしょう。見えるのは、今ある選択肢の中からいくつかを選んだ際に発生しうる世界ですね。
 時間軸そのものの先は直接は見えません。今の行動で変わるという不確定な面があるからです。ただもうひとつの軸を追加すれば、ある選択肢上にあった可能性の先を、ある程度までは見る事が出来ます。

 必要なのは時間軸ともうひとつの軸、仮に因果軸と呼びますけれどその2軸です。時間軸と因果軸の2軸方向に広がる世界の一部を見れば、ほぼ未来予知に近い結果になります。

 私の魔力ではこの杖を使っても、せいぜい選択肢10程度で3分経過位までしか見えません。でも詩織さんなら、もっと多くの選択肢を、もっと先の時間まで見ることが出来ると思います。それなら充分に未来予知に対抗できるかと思うのです」

「では仮に2人が同じ魔力で同じようにその魔法を使うと、どうなるのですか」

「双方が因果軸を使っても、先を見る事が出来なくなります。きっと更に上の超因果軸とでも呼べる軸があるのでしょうけれど、そこまでは私も追えません。
 じゃんけんの場合なら、その状態ではじめて普通のじゃんけんになります。勝利の確率がお互い同じになる訳です」

 突如、俺の部屋のドアをノックする音がする。

「何だい?」

 扉を開けて見ると詩織ちゃんだ。

「修先輩にお願いなのです。サイコロがあれば貸して欲しいのです。無ければ作って欲しいのです」

「ほいほい」

 サイコロなんて常備していないが、それ位なら作るのは簡単だ。
 洋服ダンスの奥の資材からステンレスの棒材を選び、魔法でちょいちょうと加工する。
 あっという間にサイコロ2個の完成だ。
 全金属製なんでちょっと重いけれど。

「ほいよ」

 出来たてのサイコロ2個を、詩織ちゃんに渡す。

「中で何か怪しい会議をしているようなのですが、今日は無視してあげるのです。明日を待っていろなのです」

 詩織ちゃんはそう言って部屋から出ていき、扉が閉まった。

「詩織ちゃんの方、解明進んだのかな」

「サイコロを持っていったという事は、時間軸方向には気づいたのではないかと思います」

「なら明日か、遅くても明後日には詩織ちゃんも答にたどり着けますね」

「と思います」

 やれやれ、それならまあ一安心……でも無いか。
 何故そんな魔法を開発する必要があるのか、その理由の方が問題だ。

 詩織ちゃんの言葉を思い出す。
 確か予知魔法を使う奈津希さんと同じような相手がいて、その相手を倒す手段を探るのが目的だったよな。

「そうか、魔法を開発して奈津希さんと対等に戦えるようになっても、その後が問題なのか」

 風遊美さんは頷く。

「でもそれに奈津季が気づいていないという事は無いと思います。奈津季は奈津希なりに、何か成算があってやっていると思うのです」

「俺達はそれを信じるしかないという訳か」

「正確には奈津希さんと詩織ちゃんを、です」

 香緒里ちゃんの言う通りなのだろう。
 2年前の初夏に奈津希さんと風遊美さんが俺や香緒里ちゃんに任せたように、今度は俺達も詩織ちゃんを信じて任せる番なのだ、きっと。

 ◇◇◇

 そして結局、世田谷姉妹もルイスも泊まり込んだ翌朝。

 今日の天気は雨。
 朝食と言うには豪華過ぎる刺盛りと焼き魚煮魚を食べた後は、温泉旅館モード全開だ。
 カラオケと卓球の他、毎度お馴染みソフィーの怪しげなゲームとか、まあいつも通り。

 その中で詩織ちゃんとルイス、そして世田谷の3人は、サイコロを振ったりジャンケンをしたりして、色々考えている様子。
 しかし何故それを、俺の部屋でやるのだろうか。
 理由は一応聞いてはいる。

「一番静かで、締め切っていても問題なく、遠慮なく使える部屋だから」

 ルイスだけは申し訳無さそうな顔をしていたが、他2人は当然だろ、という態度。
 詩織ちゃん本人の部屋もすぐ隣なのに。

 仕方ないので、俺はパソコンで杖の設計をしつつ、詩織ちゃん達を見守る形になる。
 ついでに時々お茶とかプリンを供給したりしながら。

「サイコロ相手は出来るようにはなったけれど、人相手だと上手く行かないのですよ」

「方向はあっているけれど、何か足りないんでしょうね」

「ただ未来方向を見るだけでは、確定は出来ない訳か」

 どうも近くまでは行っているようだ。
 ヒントを言いたくなってしまうけれど、風遊美さんには禁止されている。
 なので何も聞いていないふりをしてCADを操作して杖の設計。

 この杖、通称プレ・プログレスには、新理論のうち2つを組み込む予定。
 なお杖本体から、増幅部のみを取り外して交換できるように設計する。
 こうすれば別の理論に基づく増幅装置を作る際、杖本体を流用できるから。

 アンテナ代わりの魔力導線も、取り外し可能な仕様にしている。
 まあこのあたりの効率的な設計は、俺より恩田君の方が上手いのだけれども。

 今回増幅に使うのは、俺の新理論その1とその2。
 どちらも儀典魔術系統の理論から発展させた技術だ。

 ついでに制作にも新しい考え方を導入している。
 積層魔法陣や増幅回路をチップ化及び回路化して、設計効率を向上するとともに、仕様変更を容易にする。
 要は魔法陣を電子回路化したようなものだ。

 今回の試作品は機能ブロックの組み換えにより仕様を変化させる仕様だが、これが上手く行けば、次は簡単なプログラムが組めるような試作品を作る予定。
 いずれは使用する魔法に応じて、自動で杖の特性自体を変化させられるようにする予定だ。
 でもまずは基礎を固める必要がある。

 超小型積層魔法陣と魔力導線で構成されるチップの仕様を、取り敢えずラフで作成する。
 当分は市販ブレッドボード等で試作回路を組む予定なので、汎用IC等と同じような仕様でサイズやピンを設計。
 チップも基本単純増幅、可変増幅、魔力使用増幅等いくつか設計して……と。

 ふと気づくと3人に囲まれ、後ろから作業と画面をじっくりと見られていた。

「何か訳わからない物作っているね」

「支援魔法の魔法陣に見えるのだが、よくわからない」

「これは何の魔道具なのですか。サイズ的にもよくわからないのです」

 おいおい。

「詩織の新魔法を考えているんじゃなかったのか」

「煮詰まったので休憩中」

 世田谷がそう言って、そして続いて俺に質問する。

「これって次にゼミで発表する例の新理論試作品? にしては杖には見えないわね」
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