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第31章 次の始まりの少し前に ~春の章~
164 Si vis pacem, para bellum ~ 汝平和を欲さば、戦への備えをせよ~
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風遊美さんは難しい顔をした後、小さくため息をついた。
「私よりも詩織さんの方が、厳しい予想をしているようですし、覚悟もしているようです」
それって、どう言う事だろう。
風遊美さんが先に俺に尋ねる。
「この杖は詩織さん用なのですか」
「いえ、これはあくまで卒業研究用の試作品です。同じの、というかその時点で最強の杖を貸す約束はしていますが」
「何故そういう約束をする状況になったのですか」
どこから話そうか。
俺はちょっと考え、結局最初から話すことにする。
正月、魔力増幅機構について教えて欲しいと言ってきた時からだ。
風遊美さんは難しい表情で話を聞いている。
そして杖の貸与の約束をしたところまで話し終わった後、俺の方を見て軽く頷いた。
「確かに杖の貸与の件は、選択として間違っていないでしょう。ただそれがどう言う意味かは、修さんも知っておいた方がいいと思います」
そう言って風遊美さんは杖を取る。
「この杖の威力は今の私でも充分に理解できます。例えば私は、空間制御魔法を不完全にしか使えない筈なのですが、この杖を使えば……」
ふっと風遊美さんの姿が消える。
そして。
「このように近距離なら詩織さんと同じような事が出来るようになります。私の魔法だと詩織さん程遠くまで移動は出来ませんけれど。そして修さんは、この杖以上の能力を持つ杖を、来年度中には作る予定なんですよね」
俺は頷く。
「本題の前にちょっと違う話をします。今現在日本には、実用的に魔法を使えるいわゆる魔法使いの人口が5千人程度いるのはご存知ですね」
俺は頷く。
「そのうちの4割は留学なり亡命なりした国外出身者なので国内生まれは3千人。ジェニー言うところのDランクがその半分、Cランクが更にその半分、Bランクは更に半分でAランク以上は200人いないのが現状です」
俺は頷く。
「なので魔法使いが多少何かしようと、普通はそれほど社会的には大事になりません。所詮はその程度の人数です。それにその中でも個人で社会に対抗できる程度の能力を持つのは更に少ないのですから。しかし修さんの研究は、その人数を劇的に増やしてしまう可能性があります」
俺は何となく、風遊美さんの言いたい事がわかってきた。
「例えばこの杖、これを使えば2ランク近く能力を上げることができますよね。つまりあるレベル以上の魔法使いの人数を4倍には増やせることになります。人数が多ければそれだけ出来る事も増えます。それは有用な方向にも使えますしそうで無い方向にも使えることでしょう。
まずは修さん、今の時点でのあなたでさえそれだけの価値があるという事に、気づいて欲しいのです」
俺は頷く。
「そして詩織さんは修さんよりも私よりも、有用でない方向で魔法を使う人々の能力や思考方法に詳しいです。何せ身をもって体験していますから。きっと、備えはあるに越したことはない、というのはそういう意味だと思います」
俺は、奈津希さんの部屋に飯をたかりに行った時の事を思い出した。
詩織ちゃんがその時言った言葉。
『奈津季先輩、だーい丈夫なのですよ』
『香緒里先輩も私もついているのですから』
やっとその言葉の意味が理解できたような気がする。
そう、だからこそ奈津希さんは最後に、
『詩織に無理させるなよ』
そう言ったのだ。
詩織ちゃんも奈津希さんも、気づいていた。
俺だけが気付かなかった。
まあ理奈ちゃんは不明だけれども。
「ただもう修さんは進み始めました。引き返すことはもう無意味ですし、仮に修さんがこの先に進む事を放棄してもいずれ誰かが同じ道を拓く事になるのでしょう。
幸い修さんの環境はとんでもない位に恵まれてもいます。世界有数の魔法特区内で世界トップクラスの権威がごろごろいる。特区自体の安全性も極めて高い上、世界でも200人前後しかいないレベル6超級の魔法使い数人に図らずしも護衛されているような環境にある。
だから修さんがすべき事は、このまま前進し続ける事です。走り抜いて世界を変えていく事です。でも香緒里さんや詩織さんの気持ちもちょっとわかってあげて下さい。2人共立場は違いますけれど自分達以上に修さんのことを大事に思っていますから。さて」
風遊美さんはそこまで言って、一息ついてから一言声をかける。
「もういいですよ」
「ははははは、色々ばればれなのです」
詩織ちゃんが出現した。
木の棒材やら何やら色々持っている。
「やっぱり風遊美先輩は怖いのです」
「私もある程度空間魔法を使えますから。この杖を持った状態なら、覗き見しているのもわかります」
どうやら詩織ちゃんは他の場所から空間魔法でここの様子を伺っていたらしい。
「まあそこまでばれては仕方ない、という事で修先輩にお願いなのです」
詩織ちゃんは棒材の他に大きいバックから色々物を取り出す。
魔法銀、ガラス板、魔石2個、増幅用人工水晶、水晶発振器等々……
これらの物には見覚えがある。
俺が工房に置いている杖作成材料一式だ。
「修先輩が一括修理魔法を覚えた事は、うちの親父に聞いたのです。一括修理魔法が出来れば、一括複製魔法も当然使えるはずなのです」
魔法杖の材料一式と複製魔法。
その意味する処は明白だ。
「つまり、この場でこのヘリテージ1号の複製を作れと」
「その通りなのです。私専用なので魔石はこの2個の仕様でいいのです」
魔石は特殊系1つと肉体強化1つ。
技術系の魔石を入れていないのは、これから作る杖を戦闘用と割り切っての事だろう。
確かに詩織ちゃんのメイン魔法は空間操作・制御だし、肉体強化も使えると聞いた事もある。
でも……
確かに詩織ちゃんの魔力では、普段の仕様に杖は必要ないかもしれないけれど。
だから俺は自分のバックを漁る。
バックの奥に入れていたのは、学園祭以来使っていなかったアミュレット1号。
これは俺用の魔石入りだ。
そして先行試作品のこれは魔石交換可能。
つまり魔石は取り出せる。
「私よりも詩織さんの方が、厳しい予想をしているようですし、覚悟もしているようです」
それって、どう言う事だろう。
風遊美さんが先に俺に尋ねる。
「この杖は詩織さん用なのですか」
「いえ、これはあくまで卒業研究用の試作品です。同じの、というかその時点で最強の杖を貸す約束はしていますが」
「何故そういう約束をする状況になったのですか」
どこから話そうか。
俺はちょっと考え、結局最初から話すことにする。
正月、魔力増幅機構について教えて欲しいと言ってきた時からだ。
風遊美さんは難しい表情で話を聞いている。
そして杖の貸与の約束をしたところまで話し終わった後、俺の方を見て軽く頷いた。
「確かに杖の貸与の件は、選択として間違っていないでしょう。ただそれがどう言う意味かは、修さんも知っておいた方がいいと思います」
そう言って風遊美さんは杖を取る。
「この杖の威力は今の私でも充分に理解できます。例えば私は、空間制御魔法を不完全にしか使えない筈なのですが、この杖を使えば……」
ふっと風遊美さんの姿が消える。
そして。
「このように近距離なら詩織さんと同じような事が出来るようになります。私の魔法だと詩織さん程遠くまで移動は出来ませんけれど。そして修さんは、この杖以上の能力を持つ杖を、来年度中には作る予定なんですよね」
俺は頷く。
「本題の前にちょっと違う話をします。今現在日本には、実用的に魔法を使えるいわゆる魔法使いの人口が5千人程度いるのはご存知ですね」
俺は頷く。
「そのうちの4割は留学なり亡命なりした国外出身者なので国内生まれは3千人。ジェニー言うところのDランクがその半分、Cランクが更にその半分、Bランクは更に半分でAランク以上は200人いないのが現状です」
俺は頷く。
「なので魔法使いが多少何かしようと、普通はそれほど社会的には大事になりません。所詮はその程度の人数です。それにその中でも個人で社会に対抗できる程度の能力を持つのは更に少ないのですから。しかし修さんの研究は、その人数を劇的に増やしてしまう可能性があります」
俺は何となく、風遊美さんの言いたい事がわかってきた。
「例えばこの杖、これを使えば2ランク近く能力を上げることができますよね。つまりあるレベル以上の魔法使いの人数を4倍には増やせることになります。人数が多ければそれだけ出来る事も増えます。それは有用な方向にも使えますしそうで無い方向にも使えることでしょう。
まずは修さん、今の時点でのあなたでさえそれだけの価値があるという事に、気づいて欲しいのです」
俺は頷く。
「そして詩織さんは修さんよりも私よりも、有用でない方向で魔法を使う人々の能力や思考方法に詳しいです。何せ身をもって体験していますから。きっと、備えはあるに越したことはない、というのはそういう意味だと思います」
俺は、奈津希さんの部屋に飯をたかりに行った時の事を思い出した。
詩織ちゃんがその時言った言葉。
『奈津季先輩、だーい丈夫なのですよ』
『香緒里先輩も私もついているのですから』
やっとその言葉の意味が理解できたような気がする。
そう、だからこそ奈津希さんは最後に、
『詩織に無理させるなよ』
そう言ったのだ。
詩織ちゃんも奈津希さんも、気づいていた。
俺だけが気付かなかった。
まあ理奈ちゃんは不明だけれども。
「ただもう修さんは進み始めました。引き返すことはもう無意味ですし、仮に修さんがこの先に進む事を放棄してもいずれ誰かが同じ道を拓く事になるのでしょう。
幸い修さんの環境はとんでもない位に恵まれてもいます。世界有数の魔法特区内で世界トップクラスの権威がごろごろいる。特区自体の安全性も極めて高い上、世界でも200人前後しかいないレベル6超級の魔法使い数人に図らずしも護衛されているような環境にある。
だから修さんがすべき事は、このまま前進し続ける事です。走り抜いて世界を変えていく事です。でも香緒里さんや詩織さんの気持ちもちょっとわかってあげて下さい。2人共立場は違いますけれど自分達以上に修さんのことを大事に思っていますから。さて」
風遊美さんはそこまで言って、一息ついてから一言声をかける。
「もういいですよ」
「ははははは、色々ばればれなのです」
詩織ちゃんが出現した。
木の棒材やら何やら色々持っている。
「やっぱり風遊美先輩は怖いのです」
「私もある程度空間魔法を使えますから。この杖を持った状態なら、覗き見しているのもわかります」
どうやら詩織ちゃんは他の場所から空間魔法でここの様子を伺っていたらしい。
「まあそこまでばれては仕方ない、という事で修先輩にお願いなのです」
詩織ちゃんは棒材の他に大きいバックから色々物を取り出す。
魔法銀、ガラス板、魔石2個、増幅用人工水晶、水晶発振器等々……
これらの物には見覚えがある。
俺が工房に置いている杖作成材料一式だ。
「修先輩が一括修理魔法を覚えた事は、うちの親父に聞いたのです。一括修理魔法が出来れば、一括複製魔法も当然使えるはずなのです」
魔法杖の材料一式と複製魔法。
その意味する処は明白だ。
「つまり、この場でこのヘリテージ1号の複製を作れと」
「その通りなのです。私専用なので魔石はこの2個の仕様でいいのです」
魔石は特殊系1つと肉体強化1つ。
技術系の魔石を入れていないのは、これから作る杖を戦闘用と割り切っての事だろう。
確かに詩織ちゃんのメイン魔法は空間操作・制御だし、肉体強化も使えると聞いた事もある。
でも……
確かに詩織ちゃんの魔力では、普段の仕様に杖は必要ないかもしれないけれど。
だから俺は自分のバックを漁る。
バックの奥に入れていたのは、学園祭以来使っていなかったアミュレット1号。
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