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第31章 次の始まりの少し前に ~春の章~

161 飯をたかりに1万km

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 奈津季さんはすぐに戻ってきた。

 まずはバゲット2本を入れたかごと取り皿3枚を持ってくる。
 そして次の往復でハムとチーズの塊をそれぞれ3個ずつ持ってきた。

 あとバターとバターナイフ。
 最後はカップ3つとポットだ。

「こんな物しかないけどいいかい」

「充分なのです」

 ハムもチーズも全部違う種類だ。
 バゲットもそれぞれ違っている。
 だが詩織ちゃんは、ハムにしか目がいっていない感じだ。

「修、パンとハムとチーズ適当に切ってくれ」

 いいのだろうか。
 ここでの値段はわからないけれど、日本で買えばどれもかなり高そうだ。

「すみません。あとでお代は払います」

「大丈夫大丈夫。香緒里がバイト代弾んでくれたしさ。それにこっちじゃハムやチーズは安いんだ。特にチーズはカマンベールの本場だしさ」

 ならばとパンはとりあえず2cm幅、ハムとチーズはとりあえず3mm程度に5枚ずつ切ってみる。

「それでは、いただきます」

 言い終わると同時に、詩織ちゃんがハムを1枚つまみそのまま口に運んだ。

「うーん、風味豊かだけどちょっとしょっぱいのです」

「それはジャンボン・ド・クリュ。生ハムだから塩気が強いかな。チーズとバゲットと一緒に食べれば美味しいよ」

 そう言いながら奈津希さんは、紅茶を各々に注いでくれる。
 そして自分はパンではなく、詩織ちゃん購入のお土産を取り出した。

「お、長野の平五郎か。この店は遠くて行けなかったんだ」

「時間が辛いので生ケーキは流石に無理なのです。なのでケークオキューブで残念だけど我慢して欲しいのです」

「充分充分。うむうむうむうむ。やっぱり日本の洋菓子は美味いよな」

 その間に理奈ちゃんは、ハムとチーズを交互に2枚ずつ重ねた豪勢なサンドイッチを作って食べている。
 俺もチーズと白っぽいハムをバゲットに乗せて食べてみる。
 うん、精進料理も悪くはないけどこれも美味しい。

 奈津季さんセレクトだけあって、パンもチーズもハムもなかなか美味しい。
 そのせいか詩織ちゃんも理奈ちゃんも凄い勢いで食べている。

 食べつつもすごい勢いで減っていくパン、チーズ、ハムそれぞれを追加で切っておく。
 そうとう肉類に飢えていたかな、これは。
 女子組は昼食もパンケーキだったらしいし。

「しかし詩織もとんでもないよな。まさか本当にここまで来るとは思わなかった」

「修先輩のおかげなのですよ。口外無用の凶悪兵器をレンタルする契約をしたのです」

 おいおい、口外無用を口に出すなよ。

「良ければ後でちょっと見せてもらっていいか。どんな代物か見てみたい」

「いいのですよ、はい」

 詩織ちゃんは、どこからともなく杖を取り出して、奈津希さんに渡す。
 奈津希さんは受け取って持ち替え、軽く構えた。

「成程な、要は僕のお守りのフル機能版ってとこか。全属性対応にして増幅重視にして」

「正解です。機構そのものは例のボールペンの正常進化版ですね」

「でもまさか、これを量産するなんて怖い事言わないよな。由香里さんとかルイスのような強力な魔法使いが使ったら、それこそポーダブル核兵器とか戦略級の代物だろ」

「現に強力かつ凶悪な魔法使いが使っちゃっていますけどね。腹減ったという理由で」

 当の本人以外の3人が苦笑する。

「安心して下さい。これは研究用で市販予定はありません」

「これより強力なのを作ると修先輩は言っているのですよ。それもいずれ私のものにするのです」

 おいおい詩織、口外無用だろうが。

「本気か、って修に聞くのは野暮だよな。修が言ったからには目処はたっているんだよな」

 奈津季さんの口調は軽いけれど、微妙に目が笑っていない。

「ええ。その杖はあくまで技術対照用ですから」

 奈津季さんが言いたい事は、俺にもきっとわかっている。
 だからこの場に相応しくない一言を、つい俺は付け加えてしまう。

「鉄砲も飛行機も原子力技術もいずれは開発されただろう、そういう事です」

「そこまでわかっているなら、僕も何も言わないけどさ」

「奈津季先輩、だーい丈夫なのですよ」

 とお気楽っぽく言う詩織ちゃん。

「開発するのは修先輩ですし、香緒里先輩も私もついているのですから」

 この時の俺は気付けなかった。
 奈津希さんはきっと気づいていた。
 詩織ちゃんが軽くそう言った言葉の裏に潜ませた真意に。

 そして理奈ちゃんは関係なくサンドイッチをぱくついていた。

 さて、楽しい間食も終わりに近づいたようだ。
 既にバゲットは2本とも全て切り終えどちらも4切れずつ。
 ハムは白いのが3分の2、生ハムと言っていたのが3分の2、そして俺が一番美味しいと思った白っぽいピンクのが残り3分の1と悲しい残量になっている。
 チーズも似たような状況だ。

 どっちもこんなに一気に消費するものじゃないだろうに。
 日本で買ったらハムもチーズもどれも1個3千円以上はするだろう。
 その残りのパンも見てる間に消えていき……

「はい終了~!」

 俺は宣言した。

「うう、まだハムもチーズも塊で食べたいのです」

「今回に関しては詩織さんと同意です!」

 おいおい理奈ちゃんまで。

「明日の昼はホテルバイキングだからそれまで我慢しろ」

「参考までに聞くが、明日の朝食は何だい?」

 奈津希さんの質問に対し、俺はきっぱりと答える。

「由緒正しいお寺の朝御飯です!」

「ぶー!ぶー!」

 詩織ちゃんがブーイングをしている。

「黙らっしゃい。それにどうせ新幹線でまた駅弁2個食べるんだろ」

「旅行で駅弁は旅のルールなのです。例え直後にバイキングがあっても、逃げられない戦いなのです」

 奈津季さんが笑いだした。

「やっぱり変わらないな。まあ日本たってまだ2日目だから変わる筈も無いけどさ」

「真理は常に不変なのですよ」

 うーん、何が真理なのか小1時間問い詰めたい。

「それよりいいのか。そろそろ日本側が心配しているぞ」

「一応由香里姉、月見野先輩、ジェニー、香緒里ちゃん、ルイスにはSNSで連絡は入れましたけれど」

「でもジェニーすら感知不能な距離だろ。おまけにSNSじゃ顔が見えない。そろそろ戻った方がいいと僕は思うな」

 そうかもしれない。
 腕にはめた日本国内のみ対応電波時計が、夜11時を回った。
 確かに頃合いだろう。

「それではそろそろ帰ります。おい詩織、帰るぞ」

 詩織ちゃんはちょっとだけ悩む素振りをする。

「うーん、ではこのハムの残りで我慢するのです」

 おいおい。

「それが気に入ったかい。日本でもジャンボン・ド・パリと言えばこのタイプを買えると思う。まあ残り3分の1だし持って帰っていいよ。こっちなら高くはないしさ」

 絶対高いと思う。

「なら私もお土産欲しいです。このチーズいいですか」

 それも絶対高いと思う。半分残っているし。

「ま、いいよ。また買えるしさ」

「すみません、本当に」

「大丈夫だって。やばけりゃ仕送り頼むしさ。それより詩織に無理させるなよ」

 この言葉の意味も、この時の俺には真意が伝わっていなかった。
 詩織ちゃんには通じていたようだけど。

 食卓を片付け、3人で奈津希さんにもう一度礼を言った後、詩織ちゃんは魔法を起動する……
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