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第31章 次の始まりの少し前に ~春の章~
160 はらぺこあおむし+αの来襲
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今日の宿は宿坊、つまり寺だ。
だからなのか、夜は早い。
夜9時門限で、外に出られなくなる。
ただ部屋は、昨日の宿に勝るとも劣らない感じに雰囲気がいい和室だ。
部屋の鍵もちゃんと閉まるし問題はない。
なお、今回は寺に宿泊なので、一応男性女性部屋を分けている。
布団を持って移動すればいつも通りにも出来るのだが、まあ本堂の薬師如来様の目を慮ってという感じだ。
俺としては、毎回この部屋分けでいいと思うのだ。
何せ浴衣で寝ると、朝の寝乱れ方が半端ない。
ちゃんと整えてから起きてくれる人もいるが、半裸のまま平気で起きてくる輩もいるしな。
さて、と。
さっさと寝てしまったルイスとロビーを見ながら思う。
そろそろ何か出そうな気がする。
幽霊とか妖怪ではなく、もっと実害のあるものが。
一応部屋には鍵をかけているが気休めにしかすぎない。
なお、俺は浴衣ではなく着替え済み。
外に出る可能性が高いからだ。
門限があって鍵が閉まっていて外に出れない?
そんな事関係ない奴がいる。
そう、それは……
時計の針が午後10時を示す。
同時に暗いだけの空間に何か靄がかかったような気配がした。
「修先輩、おばんです」
出現したのは2人。
詩織ちゃんと理奈ちゃんだ。
「出たな、はらぺこあおむし!」
周りの部屋に聞こえないよう、低い声で話す。
「どうせ精進料理じゃもの足りなかったと言うんだろ」
「わかっているじゃないですか」
そんな予感はしていたのだ。
昨日の夜の件もあるしな。
「理奈ちゃんは何故?」
「準備している処を見つかってしまったのです」
「何か面白い事が起こりそうな気配がしたので」
ちょこっとだけバツの悪そうな詩織ちゃんと笑顔の理奈ちゃん。
成程な。
理奈ちゃん、普段はしれーっとしているがなかなかに曲者のようだ。
「修先輩も何気に準備済みじゃないですか」
「どうせ止めても出歩くんだろ。ならお目付け役位はいないとな」
ルイスとロビーが寝てから、一応杖の性能の方を審査魔法その他で確認してある。
バランサー未装着なので弱い魔力の操作性がやや悪いが、それ以外は問題ない。
「おいよ、杖」
未完成品のヘリテージ1号を詩織ちゃんに渡す。
「ありがとうなのです。うん、これなら3人でも余裕です」
詩織ちゃんは軽く杖を振ってみて頷く。
「ちょっとだけ借りてみてもいいですか」
理奈ちゃんが詩織ちゃんから杖を取る。
「うーん、これは面白いですね。この増幅量があれば、授業の模擬戦中に教官まとめてトラップにはめるのも余裕です」
にやりと笑う笑顔が怖い。
「やるなよ」
「冗談ですよ」
いや、俺にはちょっと冗談に聞こえなかったのだが。
理奈ちゃんが詩織ちゃんに杖を返す。
「ところで靴は必要か。何なら下駄箱に取りに行くが」
「今日はスリッパで大丈夫です。向こうにも連絡済みです」
向こう? 連絡済み?
「必要なのは杖だけで、財布もいらないです。だから準備はいいですね」
詩織ちゃんがそう言うと同時に、平衡感覚が失われる。
無重力というか、落ちている気配のない自由落下というか。
以前、拉致事件時に経験して以来だ。
だが前は確か風景が瞬いたりしていたのに、それが見えない。
ただひたすら灰色の世界が続くだけ。
詩織ちゃんも理奈ちゃんも見えない。
「ちょっと遠いんで時間かかるですよ」
詩織ちゃんの声は聞こえる。
でも姿は見えない。
「修先輩も理奈もこっち方向の視覚は無いと思うので、何も見えない筈なのです。ただ私は位置も状態も把握しているので、心配はいらないです。到着まで1曲歌うつもりで待って欲しいのです」
どうも怪しい空間を移動中らしい。
しかし、こんな何もない空間に長居したら、人によっては気が狂うぞきっと。
そういう意味では確かに、歌を歌うなんてのはいいかもしれないな。
そんな事を考えていると。
「間もなく到着なのです」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、辺りが明るくなる。
足の裏が何か踏みしめる感触とともに、あたりの風景が明らかになった。
石っぽい素材の壁、古めのデザインの窓。
そして……
「まさか本当に来るとはね」
若干呆れたような、それでいて嬉しそうな見知った顔。
「え、奈津季さん?」
「メール通り無事到着なのです!」
って、まさか……
「奈津季さんですよね」
思わず俺は阿呆な質問をしてしまう。
「本人だよ。ついでに言うとここはフランスのルーアン。僕のアパートさ。という事は詩織、修には何も話さず連れてきたって訳か」
「修先輩は石頭なので、論より証拠がてっとり早いのです。理奈は犯行現場を目撃されそうだったので、口封じなのです」
「本当にフランスなんだ、ここ……」
理奈ちゃんは辺りを見回している。
窓の外にちらりと見える建物も、日本のものと大分異なる。
「という事で、とりあえずはお土産なのです」
詩織ちゃんは、スーパーの白ポリ袋や紙袋等雑多なものを奈津希さんに渡す。
見覚えのあるスイーツの紙袋も見える。
この為に詩織ちゃんは買った訳か。
「まあ今回はいいけれど、あまり無茶はするなよ」
そう言いつつ奈津希さんは嬉しそうにお土産を受け取る。
この人甘いものに目がない。
詩織ちゃんもその辺よくわかっているようだ。
「という訳で奈津季先輩、飯プリーズなのです。私はお腹が空いて倒れそうなのです」
ちょっと奈津希さんは不審気な顔をする。
「修采配の旅行中だろ。そんなに貧しいメニューにはしないと思うけどな」
「昨日と今朝が旅館の健康重視な地産地消メニューで、今日の晩御飯が精進料理なんです」
理奈ちゃんの説明で、奈津希さんは苦笑した。
「確かに朱里先輩や風遊美なら好きそうだけど若向きじゃないな。ちょうど昨日食材研究に色々買って在庫があるんだ。簡単なものしかないけどな」
奈津希さんは棚の向こう側に消える。
だからなのか、夜は早い。
夜9時門限で、外に出られなくなる。
ただ部屋は、昨日の宿に勝るとも劣らない感じに雰囲気がいい和室だ。
部屋の鍵もちゃんと閉まるし問題はない。
なお、今回は寺に宿泊なので、一応男性女性部屋を分けている。
布団を持って移動すればいつも通りにも出来るのだが、まあ本堂の薬師如来様の目を慮ってという感じだ。
俺としては、毎回この部屋分けでいいと思うのだ。
何せ浴衣で寝ると、朝の寝乱れ方が半端ない。
ちゃんと整えてから起きてくれる人もいるが、半裸のまま平気で起きてくる輩もいるしな。
さて、と。
さっさと寝てしまったルイスとロビーを見ながら思う。
そろそろ何か出そうな気がする。
幽霊とか妖怪ではなく、もっと実害のあるものが。
一応部屋には鍵をかけているが気休めにしかすぎない。
なお、俺は浴衣ではなく着替え済み。
外に出る可能性が高いからだ。
門限があって鍵が閉まっていて外に出れない?
そんな事関係ない奴がいる。
そう、それは……
時計の針が午後10時を示す。
同時に暗いだけの空間に何か靄がかかったような気配がした。
「修先輩、おばんです」
出現したのは2人。
詩織ちゃんと理奈ちゃんだ。
「出たな、はらぺこあおむし!」
周りの部屋に聞こえないよう、低い声で話す。
「どうせ精進料理じゃもの足りなかったと言うんだろ」
「わかっているじゃないですか」
そんな予感はしていたのだ。
昨日の夜の件もあるしな。
「理奈ちゃんは何故?」
「準備している処を見つかってしまったのです」
「何か面白い事が起こりそうな気配がしたので」
ちょこっとだけバツの悪そうな詩織ちゃんと笑顔の理奈ちゃん。
成程な。
理奈ちゃん、普段はしれーっとしているがなかなかに曲者のようだ。
「修先輩も何気に準備済みじゃないですか」
「どうせ止めても出歩くんだろ。ならお目付け役位はいないとな」
ルイスとロビーが寝てから、一応杖の性能の方を審査魔法その他で確認してある。
バランサー未装着なので弱い魔力の操作性がやや悪いが、それ以外は問題ない。
「おいよ、杖」
未完成品のヘリテージ1号を詩織ちゃんに渡す。
「ありがとうなのです。うん、これなら3人でも余裕です」
詩織ちゃんは軽く杖を振ってみて頷く。
「ちょっとだけ借りてみてもいいですか」
理奈ちゃんが詩織ちゃんから杖を取る。
「うーん、これは面白いですね。この増幅量があれば、授業の模擬戦中に教官まとめてトラップにはめるのも余裕です」
にやりと笑う笑顔が怖い。
「やるなよ」
「冗談ですよ」
いや、俺にはちょっと冗談に聞こえなかったのだが。
理奈ちゃんが詩織ちゃんに杖を返す。
「ところで靴は必要か。何なら下駄箱に取りに行くが」
「今日はスリッパで大丈夫です。向こうにも連絡済みです」
向こう? 連絡済み?
「必要なのは杖だけで、財布もいらないです。だから準備はいいですね」
詩織ちゃんがそう言うと同時に、平衡感覚が失われる。
無重力というか、落ちている気配のない自由落下というか。
以前、拉致事件時に経験して以来だ。
だが前は確か風景が瞬いたりしていたのに、それが見えない。
ただひたすら灰色の世界が続くだけ。
詩織ちゃんも理奈ちゃんも見えない。
「ちょっと遠いんで時間かかるですよ」
詩織ちゃんの声は聞こえる。
でも姿は見えない。
「修先輩も理奈もこっち方向の視覚は無いと思うので、何も見えない筈なのです。ただ私は位置も状態も把握しているので、心配はいらないです。到着まで1曲歌うつもりで待って欲しいのです」
どうも怪しい空間を移動中らしい。
しかし、こんな何もない空間に長居したら、人によっては気が狂うぞきっと。
そういう意味では確かに、歌を歌うなんてのはいいかもしれないな。
そんな事を考えていると。
「間もなく到着なのです」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、辺りが明るくなる。
足の裏が何か踏みしめる感触とともに、あたりの風景が明らかになった。
石っぽい素材の壁、古めのデザインの窓。
そして……
「まさか本当に来るとはね」
若干呆れたような、それでいて嬉しそうな見知った顔。
「え、奈津季さん?」
「メール通り無事到着なのです!」
って、まさか……
「奈津季さんですよね」
思わず俺は阿呆な質問をしてしまう。
「本人だよ。ついでに言うとここはフランスのルーアン。僕のアパートさ。という事は詩織、修には何も話さず連れてきたって訳か」
「修先輩は石頭なので、論より証拠がてっとり早いのです。理奈は犯行現場を目撃されそうだったので、口封じなのです」
「本当にフランスなんだ、ここ……」
理奈ちゃんは辺りを見回している。
窓の外にちらりと見える建物も、日本のものと大分異なる。
「という事で、とりあえずはお土産なのです」
詩織ちゃんは、スーパーの白ポリ袋や紙袋等雑多なものを奈津希さんに渡す。
見覚えのあるスイーツの紙袋も見える。
この為に詩織ちゃんは買った訳か。
「まあ今回はいいけれど、あまり無茶はするなよ」
そう言いつつ奈津希さんは嬉しそうにお土産を受け取る。
この人甘いものに目がない。
詩織ちゃんもその辺よくわかっているようだ。
「という訳で奈津季先輩、飯プリーズなのです。私はお腹が空いて倒れそうなのです」
ちょっと奈津希さんは不審気な顔をする。
「修采配の旅行中だろ。そんなに貧しいメニューにはしないと思うけどな」
「昨日と今朝が旅館の健康重視な地産地消メニューで、今日の晩御飯が精進料理なんです」
理奈ちゃんの説明で、奈津希さんは苦笑した。
「確かに朱里先輩や風遊美なら好きそうだけど若向きじゃないな。ちょうど昨日食材研究に色々買って在庫があるんだ。簡単なものしかないけどな」
奈津希さんは棚の向こう側に消える。
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