上 下
106 / 198
第21章 優雅で感傷的な日本行事~冬の章・前編~

105 いつか懐かしい日々

しおりを挟む
 片付けて風呂に入って一服した後、俺は再び自分の部屋でパソコンに向かう。
 テーブル上にはさっき貰ったばかりのマグカップに入った冷たい紅茶。
 よくあるマグカップのようにストンと下に落ちている形ではないから水滴も机の上に付きにくい。
 それでいて結構容量が大きいし便利だ。

 例の最強魔法杖の設計をしていると、扉がノックされる音が聞こえた。

「はいはい」

 扉を開けると風遊美さんだった。

「お邪魔してもいいですか」

「どうぞどうぞ」

 そう言っても俺の部屋には、ベッドと机しか無い。
 風遊美さんはベッドのマットに腰掛ける。

「そのカップ、早速使って頂けているようですね」

「容量が大きいし水滴も落ちにくいし、いいですよ。形や色も綺麗ですしね」

「なら良かったです」

 風遊美さんはそう言って、香緒里ちゃんの作ったペンダントを手で持ち上げる。

「これもなかなか気に入りました。形も可愛いし何にでも合いそうだし。おそらく何か魔法効果もついているのでしょうけれど」

「製作者が言わないなら俺も言いませんが、確かに魔法効果はかかっていますよ」

 意識して鑑定魔法を使わなくても、俺にはわかる。
 付加してある魔法は『幸運』。意思決定の際にほんの少しだけ働いて、本人の意思を望む結果の方へ導いていくというとんでもない代物だ。
 だから効能は、言わぬが花。

「何かここ1年、夢のようで。こんなに幸せでいいのかなって時々思います」

「いいんじゃないですか。俺も幼稚園から今まで通じて、ここが一番楽しいですし」

 何せ小学校は途中から孤立し、中学校でも孤高を気取っていたしな。
 もちろんそれなりの理由もあったのだが、特区ここなら俺も自然でいられる。

「それでも時々私、思うんです。目が覚めたら全部夢で、私も風遊美じゃなくてテオドーラのままで」

 テオドーラ?と聞きそうになって気づく。
 多分風遊美さんの昔の名前だろう。
 何度も逃げてきたって前に言っていたし、聞かない方がいい。

「大丈夫、あなたは風遊美さんでここ日本の魔法特区にいる。それは間違いない」

「ありがとう。あ、ちょっと待っていて下さい」

 風遊美さんは立ち上がり、部屋を出て行く。
 持ってきたのは氷とグラスとワインボトルだった。

 ワインと言ったらまずいのかもしれない、法律的に。
 奈津希さん曰く、清涼飲料水と呼称すべきだろうか。

「どうです。たまにはこんな飲み物もいいでしょう」

 俺は時々作業用に使う折りたたみテーブルを出して、風遊美さんの持ってきてくれた一式を置く。

「こういう飲み物を出すと奈津季さんが来そうですけどね」

「奈津季はマタタビを与えたネコ科猛獣のような感じで、アロマの薫りの中ベッドで丸まっています。ジェニーとソフィーはジェニーの部屋であのチーズケーキを食べています。ルイスと詩織は帰りました。あ、香緒里は1人なので呼びますね」

 そう言っても特に声を出すわけでもない。
 それでも少しの間のあと、扉がノックされる。

「どうぞ」

 香緒里ちゃんだ。
 どうやって呼んだのだろう。

「種明かしをしましょうか。香緒里なら声を出さなくても、ある程度集中して香緒里のいる方向に呼びかければ聞いてくれますよ」

「意識できるのは前と今の学生会のメンバーくらいです。あとは雑音として自動的に弾いてしまうので」

 そういう事が出来るのか、俺は知らなかった。

「そうだ、グラスが一つ足りないですね」

「俺はこのマグでいい」

 風遊美さんからもらったマグカップの中の紅茶を飲み干し、テーブルの上に置く。

「これに入れたら瓶の半分以上になっちゃいますね」

「少しでいいですよ。がぶ飲みするものでもないでしょう」

「そうですね」

 ほぼグラスと同量になるくらいに例の清涼飲料水を入れる。

「それでは、何もないけど乾杯」

 軽く3人でグラスとマグをあわせて。
 冷たくて甘い中にちょっと大人の味。

「それでも、こんな楽しい会もあと何回かと思うと寂しいですね」

「そんな事もないでしょう。今期の学生会が終わってもまだ学校にはいるんだし。それに風遊美さんは魔法医志望ですよね。なら最低あと大学4年は特区ここにいるんでしょ」

「私はそうですけどね。奈津季は卒業したら特区ここを出るって言っていましたし」

「そうなんですか」

 初耳だ。

「1年から2年、外に出てくるって言っていました。最近決心したそうです」

「勿体無いですね。奈津希さんなら魔技大、余裕で推薦で行けるのに」

 奈津希さんの攻撃魔法科筆頭というのは戦力だけではない。
 学科成績においても4年攻撃魔法科筆頭だ。

「でもその言い方だと、また戻ってくるつもりですよね」

「細かいことは聞いていません。でも前々から考えてはいたようです」

 そうなんだ。
 そう言われると確かにあと何回、という風遊美さんの気持ちもわかる。
 風遊美さん自身来年も受験や卒業研究であまり顔を出せなくなるだろう。

「でも私は風遊美さんが『寂しい』と言ってくれるのは、本当は嬉しい事なんだとも思います」

 香緒里ちゃんが俺の予想外の言葉を放った。
 何を言う気なんだろう。
 わからないまま、俺は耳をそばだてる。

「だってそれだけ今が楽しいって事じゃないですか。私もそうです。日々の授業は結構ハードだけれど、それでも今までの人生の中で今が一番楽しいです。そしてこの楽しかった事実は無くならないんです。何年経とうとも何処へ行こうとも」

 俺と風遊美さんは、黙って香緒里ちゃんの話を聞いている。

「そしてその思いを何年経っても共有できる人がいる。それってきっと楽しい事じゃないかと思うんです。私もあと最低5年は特区ここにいるし、修兄もどうせ院まで行くだろうからそれ位はいます。そしてそのうち奈津希さんも帰ってきます。
 そうしたららまた、ここで同じようにパーティして馬鹿騒ぎするんです。懐かしいなとか、全然変わっていないなと思いながら」

 その光景は容易に想像できる。
 ちょっと大人な感じになった皆と、今と同じ部屋と。
 ちっとも成長していない馬鹿騒ぎとちょっとだけ内容が変わった話題と。

「だから寂しいのを悲しいと思う必要は無いんです。これからも形は変わってもずっと楽しいんです」

「ありがとう」

 風遊美さんはそう言って軽く頭を下げ、それから軽く自分のグラスを香緒里ちゃんのグラスにあてる。

「由香里姉も修兄もいなくなった1年、ずっと思っていた事なんですけどね。3人でいた楽しい日々は無くならない。そしてこの先もっと楽しい日が待っているって」

「それで楽しい日が待っていたのね」

「ええ、とっても」

 何かかなわないな、と思う。
 ある意味俺は淡々と流されているだけ。

 この学校へ来たのも憧れと見栄と逃げる為の大義名分の産物だし。
 俺は自分でも思っているが決して楽しいタイプの人間じゃない。
 小学校でも中学校でも孤立していたし、その方が気楽でいいとさえ感じていた。

 由香里姉と香緒里ちゃん以外に親しいと言える人が出来たのは特区ここへ来てからだ。
 俺は由香里姉や風遊美さんや奈津季さんや香緒里ちゃんと同じ位、誰かに何かを与えることが出来ているだろうか。
 俺が受けたと同じ位与える事が出来ているだろうか。

 正直、自信は無い。
 けれど。

「修君、折角だから飲みましょう」
「そうです修兄、これ美味しいですよ」

 見ると奈津季さんの自称清涼飲料が、既にボトル半分無くなっている。
 おい、大丈夫か2人共。
 顔色が赤くなり始めているけれど。
 これは飲みやすいけれど、OH基が付いた有機物を一割以上含んでいるぞ。

「修君にはいつも世話になっていますからね、どうぞ」

 風遊美さんがドボドボと例の清涼飲料水を注いでくれる。

「けれど修兄は鈍感な上にヘタレなのです」

「それは傾向として認められます」

「据え膳食わずに飛び越える癖があるのです」

「私も全くそう思うわ」

 あ、何か話題が変な方へと。
 2人の感じも大分変わってきているし。

 俺は三十六計……

「逃さないです」

 香緒里ちゃんに掴まった。

「今日はこのまま3人で寝ましょうか」

「賛成です」

 あ、まずい。
 久しぶりに俺の危機だ。
 いつもの冷静な風遊美さんはOH基のせいでもういない。
 そして微妙に猛獣化した香緒里ちゃん。

 俺に救いは来ない……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

処理中です...