機械オタクと魔女五人~魔法特区・婿島にて

於田縫紀

文字の大きさ
上 下
89 / 202
第19章 好きという単語の定義域 ~夏に思った考えた~

88 俺はそれでもわからない

しおりを挟む
 翌日にはもう学生会全員がマンションに集合していた。
 今やっているのは俺への心理テストだそうだ。
 質問に答えるだけではない。俺の両腕にバンドでセンサーが付けられていて、色々反応を見ているらしい。

 ちなみにこれらを仕掛けて質問をしているのはソフィーちゃん。心理医療夏休みの課題の一環だといっているが、絶対に嘘だ。
 これは確かに補助魔法科の資材だが、医療じゃ無くて教育心理の資材だ。何せ俺も開発に関わっているから、その辺は知っている。

「第15問 登山中、急な風が来て2人が飛ばされてしまいました。位置的に助けられるのは修さんだけです。危険な状態なのはジェニーさんと香緒里さん。修さんならどちらを助けますか」

「近い方」

「第16問……」

 質問が多い。俺は特に考えること無く答えているが、どうも質問には色々な意図があるらしい。
 補助魔法科の風遊美さんとジェニーが、俺が答える度に色々表情を変えながら様子を伺っている。

 計50問を終了したところで、ソフィーちゃんはうーんと唸る。

「どうだったのれすか」

「駄目です」

 ソフィーちゃんは首を横に振る。

「測定値のフラクチュエーションがトーリトーです。これは恋愛感情を誰にも持っていない、または既に確たる相手がいて迷いがない場合の値です」

 風遊美さんとジェニーが、ソフィーちゃんのパソコンを覗き込む。

「本当だわ。どの値もぶれが少なすぎる」

「おかしいれす。装置の状態が悪いれすかね」

 ソフィーちゃんは首を横に振る。

「参考までにさっき取ったルイスのデータです。本人のプライバシーのために名前とのリレーションはデリートしたですが」

 パソコンの画面が切り替わる。

「おーこれは一目瞭然れす。対象Bに憧れと恋心、対象Eも気になる存在れすか」

「確かにこれが普通の値ですね。装置は故障していないようです」

 ルイス君は部屋の隅で、真っ赤になってそっぽを向いている。
 可哀想に。

「取り敢えずこのデータから言える事は、修君が今はフリーだという事ですね」

「どうかな。確たる相手がいるのかもしれないよ。本人が意識していないだけで」

 にやりと笑って奈津希さんが言う。

「どうだい。今から僕に乗り換えないか。只今絶賛キャンペーン中。美味しい料理とアツーい夜を約束するぜ」

「謹んでご辞退申し上げます」

「うーん、いけずー」

 奈津希さんはいつもの調子だ。
 しかし気が付かずやってしまったが、なかなか危険な心理テストだっ模様だ。
 何とか誤魔化せる値が出たようだが、これは偶然にすぎない。
 可哀想なルイス君のようになる可能性のほうが高かったのだ。

 でも、俺はふと考える。
 俺が好きなのは誰だろう。

 由香里姉や香緒里ちゃんは勿論好きだ。
 風遊美さんも奈津希さんもジェニーも。
 皆色々尊敬できるし綺麗だし可愛いし魅力的だ。

 でも恋愛感情かと言えば、きっとどれもそうではない。
 ○○としてとか○○だからという理由付けが付く。

 別に性欲が無い方だとは思わない。
 無かったら露天風呂で苦労しない。
 パソコンにも隠しフォルダに見せられない動画や画像データがある。

 でも、恋愛、恋とか愛だとか。
 それは今の俺にはわからない。

 ◇◇◇

 夜中、ふと目が覚めた。
 今日は露天風呂を途中で切り上げ、魔力上げ特訓をしてベッドに倒れたんだった。

 俺のベッドには他に誰もいない。
 という事は一年生3人は寮や自宅に帰ったらしい。
 4年生2人はわからないが。

 リビングの方で声がするのに俺は気づいた。
 俺の部屋の扉が少し開いていて、そこからリビングでの会話が漏れている。

「でも、どうしてもわからない。私には」

「何が」

 風遊美さんの声と、奈津希さんの声。

「あなたです。奈津希」

「僕の何処が?」

 風遊美さんの重めの口調と、対象的に軽い奈津希さんの口調。

「修君って、奈津希の好きなタイプですよね。糞真面目で、笑っちゃう位素直で、不器用だけれど正直で真っ直ぐで」

「そうだね。だから何度も僕に乗り換えないかアピールしてる」

「やっぱり、今乗り換えるって表現を使いましたね」

 次の言葉まで、ちょっと間があいた。

「今日の昼にやっと気づいたんです。奈津希は修君に好きだとちゃんとアピールした事は無いなって。たまに冗談めかして言うだけだって。今までは直接そう言う事は言えない照れ屋なのかなとも思っていました。でも今は違います。奈津希、あなたは修君にもう誰か心に決めた人がいると思っていますね」

「何でそう思うんだい」

「今日言いましたね。『確たる相手がいる』とか『本人が意識していないだけ』とか『乗り換えないか』って。本心のふりをした冗談のふりをした本当の本心。あの時だけ奈津希の本心が見えた気がしたんです」

 またちょっと間があいた。

「厳しいなあ、風遊美は」

「という事は認めるのですね」

「あくまで僕が思っているだけ、だけどな」

 軽い口調のまま、奈津希さんは続ける。

「きっと修も相手も本当は知っているんだ。でもそれに気づいていないだけ。知っているのと気づいているのとは違うんだ。理解して確認して、受け入れる作業が必要なんだ」

「奈津希にしては随分ナイーブな意見です」

「僕はいつでもナイーブさ。知らなかったかい」

 軽く鼻息。

「知っています。奇術師トリックスターさん」

「風遊美にしては棘のある言い方だね」

「なら、人一倍這いつくばって人一倍色々見て調べて考えて悩んでいる癖に、あたかも高みから全てを見下ろして全てわかっているような顔をする、仮面の裏は決して見せない道化師ピエロさんとでも言いましょうか。冬の襲撃のちょっと前図書館で医学書を読み込んでいた事も、春の事件前に修君の部屋にどんな工作材料があるか調べていた事も偶然ですか。他にも色々あります」

 何か、ため息のような音が聞こえた。

「わーったわかった、奈津希ちゃんの負け。認めるよ」

「じゃあ何故修君の相手に気づいたのか、教えてくれます」

「簡単なことさ。でも言わない」

 またちょっと、間があいた。

「何故ですか」

「自分達で気づいて欲しいからさ。ここで風遊美に一言言えば、納得してもらえる位の状況はあるんだ。でも本人達はそれを当たり前だと錯覚しているから気づかない。なんでついつい茶々を入れたくもなるんだ。夜這いと寝取りは日本の文化だしね」

「そういう処は、ぶれないですね」

 風遊美さんが苦笑した気配。

「あと修の部屋のドアが若干開いているのはわざとかい。だったら風遊美も随分大胆な事をするなと尊敬するけれど」

「それは早く言って下さい」

 風遊美さんが立ち上がる気配。
 俺はとっさに目を閉じて身体の力を抜く。

 ゆっくりと扉が閉じた気配。
 どうやら気づかれずに済んだようだ。
 その代わり、もうリビングの声は聞こえない。

 俺は静かな中考える。

 風遊美さんは俺に好意を持ってくれているようだ。
 奈津希さんは俺に好意を持ってくれているけれど、既に俺には相手がいると見ていてそれを見守る方針のようだ。

 香緒里ちゃんも、由香里姉も、ジェニーにも前に告白された事がある。
 有耶無耶にして誤魔化しているけれど。はっきり言うと逃げているけれど。

 俺は誰を好きなんだろうか。
 奈津希さんは納得できる状況があると言っていた。
 でも俺にはわからない。

 彼女達の為にも早急に答えを出す必要があるのだろうか。
 迷っている俺が悪いのだろうか。
 何がどうなのだろうか。

 そもそも俺に誰かに好きと言える権利があるのだろうか。
 彼女達に見合う価値が俺にあるのだろうか。

 正確な問題定義も正しい解答も、解決を導くアルゴリズムすら俺にはわからない。
 ある意味機械相手の方がよっぽどわかりやすい。回答なりエラーなり返してくれるから。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
 ORとNORとANDとNANDの区別がつかなくなる程に。
 せめてNANDとNOTだけでも残れば、一般的な記憶回路が作れるのだが。

 どれ位そんなぐちゃぐちゃの考えに浸っていただろう。
 不意にドアが開いた気配がした。

 とっさに俺は硬直する。誰も入ってこない。
 代わりに奈津希さんの小さな声だけがかすかに聞こえる。

「もしさっきの会話が聞こえていた時のフォローだ。答を出すのをあせる必要はない。誰かに遠慮する必要もない。世の中には解答と同じくらい過程が重要な事が多々ある。きっとこれもそんな問題のひとつだ。誰にも遠慮せず、自分だけでゆっくり考えて答えを出せばいい。僕はそう思う」

 そしてドアが閉まる気配。
 奈津希さんの優しさに何だか涙が出そうになりながら、俺はしばらく動けずそのまま固まっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう?

秋野 木星
ファンタジー
隣国の貴族学院へ使命を帯びて留学することになったトティ。入国しようとした船上で拾い物をする。それがトティの人生を大きく変えていく。 ※「飯屋の娘は魔法を使いたくない?」のよもやま話のリクエストをよくいただくので、主人公や年代を変えスピンオフの話を書くことにしました。 ※ この作品は、小説家になろうからの転記掲載です。

勇者召喚に巻き込まれたおっさんはウォッシュの魔法(必須:ウィッシュのポーズ)しか使えません。~大川大地と女子高校生と行く気ままな放浪生活~

北きつね
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれた”おっさん”は、すぐにステータスを偽装した。  ろくでもない目的で、勇者召喚をしたのだと考えたからだ。  一緒に召喚された、女子高校生と城を抜け出して、王都を脱出する方法を考える。  ダメだ大人と、理不尽ないじめを受けていた女子高校生は、巻き込まれた勇者召喚で知り合った。二人と名字と名前を持つ猫(聖獣)とのスローライフは、いろいろな人を巻き込んでにぎやかになっていく。  おっさんは、日本に居た時と同じ仕事を行い始める。  女子高校生は、隠したスキルを使って、おっさんの仕事を手伝う(手伝っているつもり)。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめて行います。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー

コーヒー微糖派
ファンタジー
 勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"  その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。  そんなところに現れた一人の中年男性。  記憶もなく、魔力もゼロ。  自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。  記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。  その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。 ◆◆◆  元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。  小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。 ※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。 表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。

処理中です...