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第16章 新人歓迎! 新学期

71 硝酸イオンはエロいらしい

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 ジェニーが走っていって鍵を開ける。
 ドアがすっと開いて、下手をすれば小学生にも見えるくらい小柄な女の子が入ってきた。

「すみません、急におじゃましてしまったです。」

 歩いてくる姿は一見普通に見える。
 が、部屋に入った瞬間、詩織ちゃんの姿が消えた。

「このエアコン、電源コードがありませんがこれも魔法仕様なのですか」

 声が反対側の窓際から聞える。
 見ると窓際のエアコンの下、装置を覗き込む詩織ちゃんの姿があった。

「今の移動って魔法れすか」

 詩織ちゃんはちょっと考える。

「ひょっとして私また魔法、使ってたですか?」

「ほぼ5m、ワープしたわね」

「すみませんです。普通はちゃんと空間に沿って歩くようにしているのですが、気を抜くとつい最短距離を歩いてしまうです」

 説明しつつも、詩織ちゃんは相変わらずエアコンを覗き込んだ姿勢のままだ。

「修先輩、このエアコンは暖気と冷気を手動シャッターで調節して吹き出しているという理解でいいですか」

「あってる。その通りだけど」

 だけどカバーの上から、どうしてわかるのだろう。
 機構は全く見えない筈だけど。

「そっか、電気代がかからないから稼働しっぱなしでも問題ないんですね。季節が変わったり寒暖の差が激しいときだけ調節すれば問題ないから手動で充分。確かに合理的です。シンプルな方が効率もいいし故障も少ないです」

 1人で納得して頷き、また姿を消す。

「台所の熱器具も全部魔法仕様ですね。手前は魔法を通せば熱が出るタイプで、奥は煮込み等用でしょうか、常時220度でシャッターで出力調整しているんですね」

 今度は台所にいきなり現れた。

「で、そろそろ飯にするけれど食べるよな」

 突如目の前に出現した詩織ちゃんを、全く気にしていない奈津希さんも流石だ。

「ありがとうなのです」

 そして満面の笑みでそう答える詩織ちゃんは、間違いなく天然だ。

「やっぱり魔法器具って便利なのです。これが本土に波及すればすごく便利になると思うのです」

「既存産業との兼ね合いもあるからね。持ち出しの際に高い税金がかかるから、結局普及できないでいる訳だ」

「でもあのエアコンなんて便利なのです。うちの実家は北海道ですから、あの暖房側だけでもあればとっても便利なのにって思うのです」

 詩織ちゃんは北海道出身なのか。
 あ、エアコンと言えば。

「そう言えばエアコンのカバー越しに、どうして構造が分かったんだ?」

「私の魔法のせいらしいのです。いわゆる縦横高さの3次元以外の方向も見えるし使えるという事らしいです。私としては特に意識もしていないのです」

「ひょっとして寮からここへ来る時も、特に意識しないで歩いてたれすか」

「見てたのですか? 誰もいないと思ったんで最短ルートを歩いてしまったのです」

 成程。
 色んな次元からみた最短ルートを歩いた結果、あんな変な状態になった訳だ。
 そして本人にそれが特別だという意識はあまりない、と。

 ◇◇◇

 詩織ちゃんの天然ぶり。
 それは露天風呂でも遺憾なく発揮されていた。

 さっきは配管に沿って色々歩いていた。
 今は浄水装置が組込まれた一服用デッキの前でしゃがみ込んでいる。
 全裸でだ。

「修先輩、ここの2層のフィルターは何なのですか」

「大きいゴミを除く物理フィルターと有機物を除く魔法膜フィルター。どっちも週に1度200ℓ程度の水で流して残留物と汚れを流してる」

 俺は視線を動かしもせずに答える。

「成程、水を汚す成分の殆どは確かに有機物なのです。蓄積された無機物も清掃の際に使う水を補充することによって問題ない程度の濃度に収まるという訳なのですか」

 理解が早いのはいい。
 でももう少し、自分がどう見えるかは意識して欲しい。

 詩織ちゃんは身体も小さいが発育も遅め。
 目に入るとある種罪悪感を感じてしまう。
 しかも所々で機構を調査するためか、とんでもない格好をするし。

 ちなみに今日もいつもの面々がいる場所は同じ。
 春休みとの違いは風遊美さんが寮に戻ったこと。
 おかげで俺が気兼ねなくぬる湯で身体を伸ばせる。
 その分余分な目の毒が動き回っているが。

「成程、ひととおり理解したのです」

 詩織ちゃんはそう言うと、ぬる湯の俺の隣へと入ってきた。
 ああ、折角の俺の安寧が。

「あと私に必要なのは実際の工作力なのです。ある程度色々作って鍛えないと。魔法工学科で出た課題をやってみるのもいいのです」

「補助魔法科の方の課題は大丈夫なのか」

「今のところは補助魔法科では特異な課題は出ていないのです。普通科高校と同じ程度の内容なのです」

「魔法工学科の課題って、また空飛ぶ機械の概念設計か」

 詩織ちゃんは意外そうな顔をして俺の方を見る。

「あれ、修先輩も知っているのですか」

「毎年出ているんだよ。香緒里ちゃんの代も、俺の代も、その前も」

「よし! なら負けない位面白いのを創ってみるのです」

 そう言ってガッツポーズを取るのは止めてくれ。
 視界の端に水面上に出たトップが見えてしまったぞ。

「あとは全然関係ないけれど、このお風呂ってエロいのです」

 こともあろうに俺の横で、詩織ちゃんは危険な発言をする。

「まあ風呂だから裸なのはしょうがないだろ」

「裸なのは問題ないです。問題なのはこの水に含まれる不純物なのです」

 何を言いたいのだろう。

「有機物、つまり排泄物とか分泌物のほとんどの成分は有機物なのでフィルターでクリアされます。でもナトリウムとかカリウムとか無機物はそのままなのです。つまりこのお湯の中には修先輩や香緒里先輩達由来のカリウムとかナトリウムとかがイオン状態で浮遊しているのです。そう思うと何かエロいです」

 うーん、この子の思考はかなり特殊なようだ。
 問題ないと香緒里ちゃんが言った意味をしみじみ納得する。

「わかりませんかねえ。こんなにエロいと思うのですが」

「何かエロい話でもあるのかい」

 あ、大魔王がやって来た。

「聞いて下さい奈津希先輩。修先輩に、このお湯の中には先輩達由来の無機イオンが浮遊していてエロいって話したんですけれど、全然理解してくれないんですよ」

「うーん、有機物ならエロいかもしれないけれどなあ。せめて尿酸くらいなら」

「炭素を含んでいるかで分けていますから尿酸はフィルタを通れません」

「有機物でなくて無機物のイオンというところが奥ゆかしくてエロいんですよ」

「強いて言えば硝酸イオンくらいならエロいかもしれないけどな。あれならエロいところ通っている可能性は大だし」

「きゃああ、硝酸イオンエロすぎです。奈津希先輩エッチなのです!」

 俺には訳がわからない。
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