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第8章 秋の夜の夢

35 秋の夜の夢

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 普通なら俺は断る。断固として断る。
 しかし今は断ると不味いような気がした。
 なので口調だけは軽く返事する。

「そうだね」

「タオルはありますよ、はい」

 香緒里ちゃんにタオルを渡してもらう。
 香緒里ちゃんはちょっとためらうように一瞬動きを止めた。
 そして両手を一回握りしめ、そして服を脱ぎだした。

 俺も覚悟して服を脱ぐ。
 割と毎週やっていることなのに、香緒里ちゃんと2人だけだと凄く緊張する。
 いや緊張と興奮どちらだろう。
 今の俺には判断がつかない。
 
 近くの岩に服を置いて、露天風呂へ。
 すぐに香緒里ちゃんも入ってくる。

「隣、失礼します」

 そう言って香緒里ちゃんは俺のすぐ横に座る。
 俺が腕を動かすと香緒里ちゃんの胸に触れそうなほど近くに。

「2人だけだとちょっと緊張しますね」

「確かにな」

「でも、なかなか上手くいかないです。これでも色々努力しているつもりなんですけれど」

 香緒里ちゃんはそう言って俺の方を見る。
 すぐ横に香緒里ちゃんの顔。
 お湯のせいか香緒里ちゃんの顔がちょっと赤くなっていて色っぽい。
 俺はどきっとする。

「小さい頃から修兄が欲しかったんです。お姉ちゃんと違う髪型や服を試してみたり、無邪気なふりしてくっついてみたり。修兄の成績が優秀と聞いてどこか私立へ行っても後を追えるよう勉強だって頑張りました。この高専だって理数系は苦手だけど受かったんです。修兄の手伝いが出来るような魔法を使えるようになったのは偶然ですけれど」

 俺と香緒里ちゃんしかいない風呂に、香緒里ちゃんの声が小さく響く。

「今だってあざといと思うけれどお風呂誘ってみたり、肩が触れるぎりぎりの距離にいたりするんです。恥ずかしいけれどそれでも私は修兄がほしいんです。わかってくれませんか」

「でも大事な妹分に問題を起こすわけにもいかないだろ」

 俺はそう言うのがやっと。

「問題起こしてもいいんです。私は構いません。何でもしていいですしして下さい。何だって受け入れますから。むしろ何もしないより無茶苦茶にされた方が私は嬉しいです」

「でもそれじゃ香緒里ちゃんが」

「子供できても退学になっても構いません。自活出来るくらいの収入はあるし、学校を退学になっても修兄が面倒見てくれるならその方がいいです。逆に修兄が退学になったら私が一生面倒見ます。でも……」

 そこで急に香緒里ちゃんの声のトーンが落ちる。

「だめですよね。それじゃ修兄が幸せじゃないですよね。自分でも酷い考えだと思います。それくらい酷い女だという事も修兄に言っちゃったし、だから修兄も私を大事にする必要はないんです。だから今だけでもいいですし都合のいい時だけでもいいです。修兄が欲しいんです」

 どうしよう、と俺は思う。
 香緒里ちゃんの事を俺はどう思っているか。

 可愛いとは思っている。大事だとは思っている。綺麗だとも思っているし魅力だって充分に感じている。実際に夜のオカズにしたこともある。
 でも恋人とかそう思ったことはない。今のところは。

 どうするか。
 時間は多分限られている。
 正解はわからない。

 それならば、いっそ。

「今ここで一番俺が怖いのは、香緒里ちゃんが幸せじゃなくなること」

 俺は俺が思った通りを正直に言うことにした。

「次に怖いのは香緒里ちゃんが俺の前から居なくなること。香緒里ちゃんと俺の仲が悪くなること。香緒里ちゃんと由香里姉と仲が悪くなること。香緒里ちゃんと他の人との仲が悪くなること」

 香緒里ちゃんはじっと俺の方を見て、話を聞いてくれている。

「俺にとっては香緒里ちゃんは大事な女の子だ。可愛いし綺麗だし頑張っているし。妹分として大好きだと言ったけど本当はそれだけじゃない。顔も可愛いしスタイルだっていいし性格もいいし女の子として凄く魅力的だ。正直に言うと夜のオカズにした事だってある。でもやっぱり誰より大事だし幸せになって欲しい。今はまだ恋人としてじゃないけれど。だから汚したくないし傷つけたくもない。それはわかって欲しい」

 ほぼ言いたいことは言えた気がする。
 しかし、これだけでは香緒里ちゃんの望む答ではきっとないだろう。
 だから俺は香緒里ちゃんの次の言葉を待つ。

「修兄、正直に答えてくれたのはわかったです。ありがとう、でも」

「何?」

「それじゃあ修兄にとっての恋人とか、恋人に近い人って誰ですか? 由香里姉? ジェニー? それともクラスメイトの誰かとか他にいるんですか?」

「いないのは知っているだろ。一番一緒にいるのは香緒里ちゃんだよ、間違いなく」

「そっか、そうですよね」

 実際学生会室や工房等、授業終了後はほぼずっと一緒にいる。
 最近はジェニーも一緒だけれども。

 何とか無事に話はつきそうかな。
 そう思ったが、ふといやな予感がした。
 香緒里ちゃんが何か考え込んでいる。
 にやりとしたり真剣な顔をしたりして。

 やがて香緒里ちゃんは小さく頷いた。
 小さく気合を入れるような声が聞こえて。
 香緒里ちゃんが立つ。
 そして何も隠さず俺の目の前に立つ。

「最後に一つ修兄の体に確認します。本当に私を魅力的だと感じているか、です」

 そう言うと俺の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついた……

 ◇◇◇

 壁の感触とベッドの感覚。そして右手に繋いだ手の感触。
 俺がいるのはキャンピングカーのベッドの中。
 横に寝ているのは香緒里ちゃん。

 あれ、風呂は。そう思って俺は気づく。
 あれは夢だったのだ、と。

 そして下半身というかパンツに変な感触。
 やばい。少し漏れたようだ。

 そう思ったところで右手が軽く握られ、そして離れた。
 香緒里ちゃんが起きたらしい。

「これから着替え兼ねて露天風呂行くけれど、一緒に行きませんか。着替え持って」

 小声で俺に聞いてくる。
 普通なら俺は断る。
 しかし今だけは喜んでその話に乗る。
 事情持ちなので渡りに舟という奴だ。

 着替えの小さいバックを持って俺は外に出る。
 バックで前を隠して風呂のそばへ。

 出ちゃったものを拭うようにパンツを脱ぐ。
 脱いだパンツをビニル袋に入れてバックの底に押し込む。
 そしてお湯を浴びるふりして念入りに何回か洗って、そして風呂へ。
 香緒里ちゃんも俺と同じ位時間をかけて風呂に入ってきた。

「何かとんでもない夢を見た気がする」

 俺がそう言うと香緒里ちゃんも小さい声で返す。

「ちょっと恥ずかしいし調子に乗り過ぎた気もするけど、確認できたから後悔はしてないです」

 何が確認できたかあえて俺は聞かない。
 そして。

「あ、2人でお風呂入っている。怪しいかなこれ」

「何!また妹に先越された!」

「ワタシも一緒に入るすよ!」

 賑やかな連中が合流してきて、そしてまた新しい一日が始まった。

 ◇◇◇

「今年も無事に終わりそうですね」

 鈴懸台先輩がそうつぶやく。
 学園祭最終日の日曜日午後5時。
 既にあたりは暗くなり始めている。
 あと1時間で学園祭は終了だ。

「大きな事故も無かったし怪我人もいない。大学の方でアル中1人出たみたいだけど搬送されて無事。まあ問題なしかな」

「天気にも恵まれたしね」

 例年だと1~2回はスコールのような雨に見舞われる。
 でも今年はずっと晴れていた。

「これが終われば来年度の予算折衝やって、それでこの体制も解散ね」

「先輩方は来年は学生会に残らないんですか」

 3人共首を横に振る。

「卒研も大学の編入試験もありますしね」

「私も専攻科に行くつもりだから試験勉強しなけりゃな」

「私も魔法技術大学となりの編入試験受けるからね。無理かな」

「なら、学生会はどうなるんですか」

 香緒里ちゃんが尋ねる。

「12月に選挙なんだけど、ここ数年希望者がいないから自薦なり先生方による推薦ね。私達の場合は去年の役員のうち、3年生だった私達がそのままスライド式に推薦されたけれど」

 確かに選挙が行われた憶えはない。
 由香里姉が去年は副会長で会長にスライドしたのも本当だ。
 でもその話が本当なら、面倒な事になるかもしれない。

「まさか新3年生や新2年生に役職を振ったり推薦したりする事は無いですよね」

 悪いが俺はそういう役はやりたくない。
 というか対人関連は大の苦手だ。
 ここの人間相手にはまあ慣れたから何とか普通に話せるけれど、基本的に俺は人見知りするしあがり症なのだ。

「わからないわよ。特に修は学内では有名人だし」

「それに工房の件もありますし、諦めて役員をやった方が宜しいのではないですか」

 その件もあった。
 俺の工房は本来は学生会の所有物。
 今は香緒里ちゃんのバネ工房も兼ねているけれど、あれが取られると俺の工作環境が一気に後退してしまう。
 とすると最低でも香緒里ちゃんには学生会幹部に残って貰う必要があるけれど、香緒里ちゃん一人で残すのは流石に申し訳ない。

「先のことは考えてもしょうがないんじゃないか。状況が変わるかもしれないし」

 鈴懸台先輩の助言に従って、来期学生会幹部の件は脳裏から追いやろう。

「それより、そろそろ花火が上がりますわ」

 この島は本土より天体の時間が30分近く早く、その分夜が早く訪れる。
 なので11月の午後6時はもう花火にちょうどいい塩梅の空。

 見る間に光の玉が下から登っていき、空の一点で球状に弾けた。
 遅れてくる音と広がる光の輪。

「たーまやー」

「かーぎやー」

 窓の外で花火が鳴り響く。

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