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第6章 嵐と実りの季節です

29 懐かしい日々

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 全てをさらけ出して諦めと悟りの境地にたどり着いた後、俺はおとなしく湯に浸かっていた。
 確かにまあ気持ちいいことは気持ちいいのだ、大きい風呂は。
 雑念の元がその辺りを動き回らなければ、だが。

「このシャッター、開くすか」

「開きますけれども雨風が吹き込みますわよ。それに万が一誰かに見られたらまずいですわ」

「今日は誰もこないす。何なら魔法で見るすか」

 ジェニーが何か唱える。
 俺の脳裏に新しい感覚がプラスされた。
 イメージ的にはこの工房を中心とした学校全体を含む付近の上空から見た鳥瞰図。

 この工房内に6つの動く光点が多分俺達。
 校舎内にある動かない光点は監視カメラだろう。
 後は最も近いのが男子寮にある光点で、付近100mには光点はない。

「これってひょっとして」

「私の魔法す。近くにいる人やカメラを探知出来るす。共有することも出来るす」

 これは確かに便利だ。
 こうやって人目をはばかるような活動をしている時は特に。

「じゃあちょっとだけ、シャッターを開けてみるわね」

 由香里姉が全裸のままとことこ歩いてシャッターのボタンを操作する。
 雨は強いが思った程風は吹き込まない。
 身長くらいまで開けてシャッターを止める。

 ジェニーが飛び出していった。
 全裸に裸足のまま外へ出て、両手を広げ全身で雨を浴びる。

「火照った身体に気持ちいいすよ。開放感もサイコーす」

 その台詞を聞いて鈴懸台先輩が飛び出していく。

「成程、確かにこれは気持ちいいね」

 そう聞いた他の面々もぞろぞろと外へ。
 思い思いの姿勢を取って豪雨を楽しみ始める。

 夜の校舎を背景に全裸女子高生5人というのは背徳的な気もするが、何故か今は不思議とエロさを感じない。
 むしろ幻想的というかいい感じ。
 まあ俺の神経がいじめられ過ぎて過適応を起こしている可能性も大だけれども。

「修兄もこっち来ないですか。気持ちいいし何か楽しいですよ」

 香緒里ちゃんに誘われ、俺も風呂から出てそのまま外へ。
 確かに冷たすぎない豪雨のシャワーが気持ちいい。
 鈴懸台先輩はアスファルト舗装の上に仰向けに寝て、全身で豪雨を受け止めていたりする。
 髪とか大丈夫かな、と少し思うけれども。

 その後かなり長い間、俺達は全裸のまま風呂と外とを行ったり来たりして、豪雨と風呂を楽しんでいた。
 いい加減風呂と雨とを楽しみすぎて全員がクタクタになった頃。

「さて、そろそろ毎回恒例のベッド争奪戦のくじ引きですわよ」

 え、やるの!? 寮へ帰るんじゃないの?
 そう思った俺の表情を読んだのか、月見野先輩が説明する。

「この雨の中寮へ帰ったら身体が冷えてしまいますわ。ここにはいつものキャンピングカーとベッドがあります。一晩過ごせば雨もやんでいると思いますの」

 わかった、一応理解はした。
 身体が冷えるという割には全裸で雨を楽しんでいた気もするが、まあいいだろう。

「今回もくじを用意しました。指定席はこの前と同じ、後ろの下段に私とミドリ、前の奥が長津田君ですわ。なので前のベッド通路側と後ろのベッド上段のくじ引きですわよ」

 月見野先輩はこの前と同じ竹棒タイプのくじをどこからともなく取り出す。
 真っ先に引きに行った由香里姉が、引いた竹棒を確認して高々と上に掲げた。

「よし!前ベッド取ったわ!」

 まずい、一番危険な人が今日の俺の隣だ。
 どうすれば逃げられるか。

 一番簡単かつ確実な方法は由香里姉に先に寝てもらう事だ。
 他に確実な方法は思い浮かばない。
 よし、ここは長湯作戦だ。

 と思ったら、由香里姉がこっちに向かってくる。
 そして俺の左隣に座った。

「ふふふ、今日は逃さないよ」

 由香里姉はそう言って、俺の左手を握った。

『久しぶりに手を握ってみたけれど、通じるかな?』

「え、由香里姉?」

 そう言って俺は今のが音声でなかった事に気づく。

『やっぱり今でも通じるんだね、久しぶり過ぎてもう駄目かなと思ってたんだ。良かった』

 そう言われると手を通じて伝わるこの感じがとても懐かしいもののように感じる。

『憶えてないかな。幼稚園のころから私が中学入る位までかな。よく3人で手を繋いで色々お話しあっていたんだよ。普通に声で話す事との違いを特に意識していなかったかもしれないけれど』 

 記憶で思い出すのは公園の山のトンネル。
 完全に公園の中にある歩行者専用の小さい小さいトンネル。
 公園でも雑草が多い人通りの少ない場所にあって、通る人もほとんどいないトンネルだ。

 トンネルの中央部に何故か広くなっている部分があって、そこの広くなっている幅の分だけが一段高くなっている。
 そこが幼稚園時代の俺と由香里姉と香緒里ちゃんの秘密基地だった。

 そこでよく3人でお昼寝をしてたりした憶えがある。
 確かに色々話をしていた記憶もある。

『思い出せるかな』

『公園のあのトンネルで、か』

『やっぱり憶えていてくれたんだ!』

 そう言った後に由香里姉は手を離した。

「のぼせるわよ。私も出るから修も出なさい。でも逃さないから覚悟してね」

「はいはい」

 由香里姉が風呂から出たのにちょっと遅れて、俺も風呂から出る。
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