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第1章 空を自由に飛びたいな
2 課題はいきなりやってくる
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水曜日の午後3時。俺は第1工作室で50mmの丸棒を削っていた。
この第1工作室はこの時間、創造製作研究会の部室と化している。
俺以外にも6人程室内にいて、マシニングセンターやらフライス盤を使ったり、電子工作をしたりという状況だ。
学年は最上級生の5年生から2年生の俺まで揃っているが、皆無口な男子生徒ばかり。
なおかつリアルにもの作りが好きな奴ばかり。この学校では異色な部活だ。
何せここは魔法実技が幅をきかせている上に、高専の学生の7割は女子。
しかしこの環境、俺にはなかなか居心地がいい。
今作っているのは魔法の杖。攻撃魔法科所属の学生から頼まれたものだ。
削った丸棒は杖の本体部分。これに魔力の媒介になる魔石を埋め込んだ頭部分をつければ完成。
魔法を使うには馴染んだ杖があるとかなり便利らしい。
だからこうして魔法杖を発注する奴は結構いる。
俺としては、自分で作った方がより思い通りに出来るだろうにと思うのだけれど。
設計図も公開しているし。
しかし注文に応じて作ってやれば、材料費の他にそれなりの報奨金が本人と学校側から出る。
結果として俺にも悪い話じゃない。
まあウィンウィンの関係という奴だ。
さて、杖の本体部分がほぼ思った通りに出来た。
あとは焼成中の銀粘土製頭部分が出来るまでちょっと一休み。
そう思った瞬間だった。
トントントン。
第1工作室の前のドアがノックされた。
「はい」
研究会で一番下っ端で、ちょうど手が空いた俺が返事。
立ち上がってドア前まで行って開ける。
「あのー長津田先輩は? あ、ちょうど良かったです」
香緒里ちゃんだった。
「ちょっと相談があるのですけれど、今大丈夫でしょうか」
背後の機械音が止まった。そしてこっちに突き刺さる視線。
確かにここの環境に香緒里ちゃんは不似合いだ。
このまま話し込むのはまずいだろう。
「部長すみません、ちょっと出てきます」
「納期は守れよ」
部長の江田先輩は細かい事は言わない人だ。
それが今、大変助かる。
「了解です。行ってきます」
俺は返事をして部屋を出る。
◇◇◇
移動した先は 高専に隣接する国立魔法技術大学のカフェテリア。
この島にある数少ない喫茶店その2だ。
施設こそ大学内にあるが、実際には住民全般、大学教授から幼稚園児まで普通に使っている。
なお香緒里ちゃん、今回からは俺のことを長津田先輩と呼ぶことにしたらしい。
同じ学校同じ学科の先輩だし、修兄と呼んでも他人に通じないからだそうだ。
「どうしたの、今日は?」
俺は女子は苦手だ。
でも香緒里ちゃん相手なら、幼馴染だし普通に話せる。
「今日いきなり課題が出たんです。空を飛ぶ魔道具を作れって」
状況は理解した。
その課題は毎年恒例で、他ならぬ俺も俺も昨年体験済み。
だから、よく知っている。
「実際に作らなくても、概念設計だけでいいんだろ。去年は自分の魔法を使った空飛ぶ絨毯なんて、しょうもない案を図にしただけでもOKだったし」
彼女は頷く。
「でもどうせなら、私の力でちゃんと飛べるものを作りたいです。それに先生は製作に上級生の手を借りてもいいと、言ってくれましたから」
思わず俺は大きく頷いてしまう。
その姿勢は物作り関係に携わる者として正しい。
しかしちょっと悪い予感がする。
昨年俺がやらかしたある出来事が、頭をささっとよぎった。
「まさかと思うけれど、先生に俺の名前出していないよな?」
「誰かあてがあるかと先生に聞かれたので長津田先輩の名前を出しました。そうしたら何故かはわかりませんけれど、先生だけでなく助手さん全員も思い切り受けて、『奴ならとんでもないのを作れるからまあ頑張れ!』と励まされてしまいました」
遅かったか……
俺は頭を抱えたい気分になる。
でも彼女の前だし人目もあるので、何とか平然を装う。
俺が昨年作ったのは一人乗りの超小型ヘリコプターだ。
作るために俺の魔法を容赦なく使ったが、飛行に魔法は一切関与しない。
浮上用の大きいプロペラも姿勢制御用の後部プロペラも全てセンサーに繋いだアルドゥイーノで自動制御。
バッテリーを完全に充電すれば10分程飛行が可能という我ながら優れものだ。
でもこの作品は、先生方の意図とは思い切りずれまくったものだったらしい。
先生方は『魔法を使って空を飛ぶ道具を作れ』と言ったつもりが、『空を飛ぶ道具を魔法を使って作って』しまったから。
幸い先生方には、ちゃんと最高評価をいただいた。
この勘違いと物自体の完成度の高さが逆に受けたからかもしれない。
その上学校による買上げ措置もされて、俺の懐も潤った。
出来の良い魔道具等には時にある措置だが、魔法不要な機械としては初らしい。
更に実用性を認めて商標取りまでしてくれた。
おかげで当分の間、小遣いに不自由しなくなった。
ただしその代償として、先生方その他関係者から『あの長津田君』と『あの』付きで呼ばれるようになってしまったのだ。
栄光と汚点を一気に詰め込んだ、俺の思い出兼黒歴史である。
「その代わり、先生に意味のわからないアドバイスをされました。今度はちゃんと魔法を使ってね、と。どういう意味なのでしょうか?」
俺にはわかる。ヘリコプター2号機は作るなよ、という意味だ。
でもそれを、香緒里ちゃんに聞かせる気はない。
「つまり香緒里ちゃんの魔法を使って、空を飛ぶ道具を作れということだろ」
そう誤魔化させてもらう。
この第1工作室はこの時間、創造製作研究会の部室と化している。
俺以外にも6人程室内にいて、マシニングセンターやらフライス盤を使ったり、電子工作をしたりという状況だ。
学年は最上級生の5年生から2年生の俺まで揃っているが、皆無口な男子生徒ばかり。
なおかつリアルにもの作りが好きな奴ばかり。この学校では異色な部活だ。
何せここは魔法実技が幅をきかせている上に、高専の学生の7割は女子。
しかしこの環境、俺にはなかなか居心地がいい。
今作っているのは魔法の杖。攻撃魔法科所属の学生から頼まれたものだ。
削った丸棒は杖の本体部分。これに魔力の媒介になる魔石を埋め込んだ頭部分をつければ完成。
魔法を使うには馴染んだ杖があるとかなり便利らしい。
だからこうして魔法杖を発注する奴は結構いる。
俺としては、自分で作った方がより思い通りに出来るだろうにと思うのだけれど。
設計図も公開しているし。
しかし注文に応じて作ってやれば、材料費の他にそれなりの報奨金が本人と学校側から出る。
結果として俺にも悪い話じゃない。
まあウィンウィンの関係という奴だ。
さて、杖の本体部分がほぼ思った通りに出来た。
あとは焼成中の銀粘土製頭部分が出来るまでちょっと一休み。
そう思った瞬間だった。
トントントン。
第1工作室の前のドアがノックされた。
「はい」
研究会で一番下っ端で、ちょうど手が空いた俺が返事。
立ち上がってドア前まで行って開ける。
「あのー長津田先輩は? あ、ちょうど良かったです」
香緒里ちゃんだった。
「ちょっと相談があるのですけれど、今大丈夫でしょうか」
背後の機械音が止まった。そしてこっちに突き刺さる視線。
確かにここの環境に香緒里ちゃんは不似合いだ。
このまま話し込むのはまずいだろう。
「部長すみません、ちょっと出てきます」
「納期は守れよ」
部長の江田先輩は細かい事は言わない人だ。
それが今、大変助かる。
「了解です。行ってきます」
俺は返事をして部屋を出る。
◇◇◇
移動した先は 高専に隣接する国立魔法技術大学のカフェテリア。
この島にある数少ない喫茶店その2だ。
施設こそ大学内にあるが、実際には住民全般、大学教授から幼稚園児まで普通に使っている。
なお香緒里ちゃん、今回からは俺のことを長津田先輩と呼ぶことにしたらしい。
同じ学校同じ学科の先輩だし、修兄と呼んでも他人に通じないからだそうだ。
「どうしたの、今日は?」
俺は女子は苦手だ。
でも香緒里ちゃん相手なら、幼馴染だし普通に話せる。
「今日いきなり課題が出たんです。空を飛ぶ魔道具を作れって」
状況は理解した。
その課題は毎年恒例で、他ならぬ俺も俺も昨年体験済み。
だから、よく知っている。
「実際に作らなくても、概念設計だけでいいんだろ。去年は自分の魔法を使った空飛ぶ絨毯なんて、しょうもない案を図にしただけでもOKだったし」
彼女は頷く。
「でもどうせなら、私の力でちゃんと飛べるものを作りたいです。それに先生は製作に上級生の手を借りてもいいと、言ってくれましたから」
思わず俺は大きく頷いてしまう。
その姿勢は物作り関係に携わる者として正しい。
しかしちょっと悪い予感がする。
昨年俺がやらかしたある出来事が、頭をささっとよぎった。
「まさかと思うけれど、先生に俺の名前出していないよな?」
「誰かあてがあるかと先生に聞かれたので長津田先輩の名前を出しました。そうしたら何故かはわかりませんけれど、先生だけでなく助手さん全員も思い切り受けて、『奴ならとんでもないのを作れるからまあ頑張れ!』と励まされてしまいました」
遅かったか……
俺は頭を抱えたい気分になる。
でも彼女の前だし人目もあるので、何とか平然を装う。
俺が昨年作ったのは一人乗りの超小型ヘリコプターだ。
作るために俺の魔法を容赦なく使ったが、飛行に魔法は一切関与しない。
浮上用の大きいプロペラも姿勢制御用の後部プロペラも全てセンサーに繋いだアルドゥイーノで自動制御。
バッテリーを完全に充電すれば10分程飛行が可能という我ながら優れものだ。
でもこの作品は、先生方の意図とは思い切りずれまくったものだったらしい。
先生方は『魔法を使って空を飛ぶ道具を作れ』と言ったつもりが、『空を飛ぶ道具を魔法を使って作って』しまったから。
幸い先生方には、ちゃんと最高評価をいただいた。
この勘違いと物自体の完成度の高さが逆に受けたからかもしれない。
その上学校による買上げ措置もされて、俺の懐も潤った。
出来の良い魔道具等には時にある措置だが、魔法不要な機械としては初らしい。
更に実用性を認めて商標取りまでしてくれた。
おかげで当分の間、小遣いに不自由しなくなった。
ただしその代償として、先生方その他関係者から『あの長津田君』と『あの』付きで呼ばれるようになってしまったのだ。
栄光と汚点を一気に詰め込んだ、俺の思い出兼黒歴史である。
「その代わり、先生に意味のわからないアドバイスをされました。今度はちゃんと魔法を使ってね、と。どういう意味なのでしょうか?」
俺にはわかる。ヘリコプター2号機は作るなよ、という意味だ。
でもそれを、香緒里ちゃんに聞かせる気はない。
「つまり香緒里ちゃんの魔法を使って、空を飛ぶ道具を作れということだろ」
そう誤魔化させてもらう。
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