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エピローグ そして続いていく日々  

最終話 居心地の良いこの場所で

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 殿下の言ったとおり2週間後、ちょうど月末に戦争終結の号外が出た。夜間外出自粛も解除され街はいつも通り。
 いや、ちょっと街全体が浮かれ気分かな。戦争に勝ったという事で。

「でも圧勝したのに弱腰だよな。賠償金とか色々こっちの要求は少ないしさ」

「そうそう。スオーが一方的に攻めて来たんだしさ。責任は全部向こうだよね」

 クラス内に限らずそういう意見は多い。しかし俺は第一次世界大戦から第二次世界大戦につながる歴史を覚えている。巨額の賠償金や制裁的関税を背負わされたドイツがどうなったか。調子に乗ったフランスがベルギーと何をしたか。
 殿下の記憶にも似たような事案があるのだろう。だからか賠償金だの色々の設定は弱めだ。責任追及も一方的な裁判にならないよう色々やっているらしい。

 そう言えばオマーチの皆さんも再び研究室を行き来するようになった。なお人数が3人から4人に増えている。
 増えたのは新人で中等部1年のナダ・ムカイ・フチューさん。やはり亡命貴族の娘だそうだ。

 使用魔法は論理魔法といって、命題を与えれば答えになる組み合わせを瞬時に全て計算できるものらしい。これも使い処が難しそうな魔法だなと俺は思う。
 思うけれど、だ。それより先に言いたい事がある。何で戦争が終わると同時に水着姿が研究室に出現するのだ!

「だって戦争中だとやっぱり不謹慎な気がするじゃない」

「そうそう。それにどうせなら快適な方がいいだろう」

「先輩方に聞いていたんですけれど、確かにこれはいいですね」

「そうなんですよ。これ、向こうにも作りたい位です」

 そんな声の一方で俺とタカス君はため息ばかり。
 そう言えば俺達の研究室もやっと人員募集自粛を解除された。条件は昨年と同じだそうだ。でもこんな所に新人が果たしてきてくれるだろうか。

 一応真面目な方の業績も増えている。ミド・リーの病気の症状と治療過程についてのレポート、戦争終結寸前に完成したのだ。ミド・リー自身による血液成分の変化とかユキ先輩による白血病細胞の描写とか入ったかなり内容が濃いものになった模様。
 本格的な発表は来週だが既にあちこちから資料請求も来ている。これで治療困難な病気が少しでも減ればいいな。他人ごとではなく俺はそう思う。

 なお戦争が終わった事によってそれまで止めていた技術の一部が公開され、一般でも使用可能になった。なかでも一番活躍しそうなものは蒸気機関だ。自動車や船の他、ポンプだの色々なところに蒸気機関を使えるようになった。
 そして今後10年は使用するごとに特許料が俺達の手に入る。予想ではとんでもない額が入ってきそうだ。

「だから新人歓迎合宿は思い切り豪華にするのだ!」

「って新人まだ入っていないだろ!」

「ナダちゃんが入ってきたから充分なのだ」

「でも毎年のあれだけでも充分豪華じゃなのでしょうか」

「うむむ、確かにあれ以上にする案が思いつかないのだ!」

 何だかなと思いつつ、まあいいかとも思える。

 考えてみれば俺も随分贅沢になったよなと思う。昼飯も今では普通に菓子パンとかになった。しかも売れ残りではなくちゃんと購入したものだったりする。姉の店はいまだに売れ残りがほとんど出ないし。

 なおシンハ君も同様だ。奴は時折学食でランチなんて頼んだりもするらしい。
 2年前は2人で売れ残りのパンを分け合っていたのに。そう考えると随分な進歩だ。特上ランチ小銀貨3枚3,000円は勿体なくてシンハ君も未だ手が出せないらしいけれど。

 さて、俺もそろそろ次の制作課題に取りかかろう。今やろうと思っているのはモーターや発電機の新型。ブラシレスで高出力かつ回転数制御が可能なタイプだ。
 出来れば鉄以上に強い磁石を作れる物質をタカモ先輩に開発してもらえば一層強力なものが作れるな。ちなみに最終目標はドローンの制作。

 他にはターボファンタイプのジェットエンジンなんて課題もある。この辺はキーンさんとかシモンさんが色々試作中。
 こういう目に見える品を作るのがやっぱり俺には向いている。なにより楽しいから。


 ◇◇◇


 そして2週間後の新人歓迎合宿。
 うちの研究室の新人無しなんて事態には残念ながらならなかった。一昨日、ついに新人が来てしまったのである。
 やっぱり女子で、名前はアサミ・ナミヤマ・モトさん。何と滅多にいない空間系魔法の持ち主だそうである。

「ここの研究室なら何をやっても問題にならないとお聞きしましたので」

 おいおい誰だそんなとんでもない事を言ったのは。まあ十中八九殿下だろうと思った時だ。

「ごめん、それ言ったの僕」

 シモンさんかよ!

 そんな訳で今年も南国アージナで2泊3日の新人歓迎合宿。やはり相変わらず大騒ぎだ。電動ゴムボートだのアクアラングだのボディボードだので。
 魚や貝など獲物捕りも相変わらず。もう俺がのんびりボディボードだけしていても獲物が集まってくる状況だ。

 色々あったような気がするけれどここの海は変わらないな。ボディボードで波に揺られつつ俺はそんな事を思う。
 俺自身もきっとそれほど変わってはいない。

 2年前より遥かにお金持ちにはなった。働いたら負けだなんてうそぶいても相当長い間生きていけるだろう。
 しかし中身はそう変わっていないような気がする。病弱こそ治ったけれど体力が無いのは相変わらず。学年はついに3年生になってしまったけれど。

 国の風景は大分変りつつある。軍や国の蒸気自動車はもうこの国に溶け込んでいる。
 夏までには駅馬車に代わって大型路線バスや路線トラックも走り始めるそうだ。それも以前軍が大量生産した蒸気自動車とは技術の世代が違う代物。石炭ガス化仕様のレンジエクステンダー方式電気自動車だ。しかも電気回路に交流ブラシレス同期発電機と記述魔法式インバーターを使用。単なる蒸気機関と比べると燃費は3倍以上だし運転も遥かに簡単。

 原型はシモンさん作の小型レンジエクステンダー自動車を俺が更に交流仕様に改造した代物だ。
 ジゴゼンさんが、
「もう新機構が多すぎて理解の範疇を完全に超えています!」
とか文句を言いつつもコピーして再設計、現在鋭意制作中らしい。

 何故内燃機関のディーゼルとかガソリンエンジンが出ないかというと、単に原油の生産量が石炭より圧倒的に少ないからだ。
 だから原油は飛行機用に優先使用。自動車他は石炭ハイブリッドという訳である。
 油田がもっと開発されれば変わるかもしれないけれど。

 飛行機の定期路線は順調だそうだ。更に大型の旅客機も計画されているらしい。
 かつてはほとんど0だった国を越える人の移動も増えつつある。蒸気船もより大型のものが続々就航しているようだ。
 戦争終結後、店に並ぶ商品も更に種類が増えた。農業も機械化が始まって今後変わっていく模様。

「なに波に揺られながら黄昏ているの?」

 隣で同じくボディボードで浮かんでいるミド・リーに言われてしまった。
 なおミド・リーの病気は今のところ再発の気配は無い。再発しても治療法が確立したから問題はないだろうけれど。
 今回の治療例が他の癌にも応用されれば更に多くの人を救えることになるだろう。大型魔法杖も病院や治療院には条件付きながら解禁されたし。

「黄昏ているわけじゃない。これから色々変わりそうだけれど、ここは変わらないなと思っただけだ」

「変えた張本人が何を言っているのよ」

 そう言われるとちょっと弱い。
 ただ俺だけのせいじゃないぞとは言いたい。シモンさんだのキーンさんだのタカモさんだののせいも大分あるぞ。特にシモンさんは下手すれば俺以上に色々やらかしたような……

「それに此処だって少しずつ変わっているしね。遊び道具も増えたし、別荘も少し建て増ししたし」

 宿泊用の個室が増えたり、大型浴槽付きの風呂が追加されたりしたからな。春合宿の時より更に色々増えているし。
 まだ木が新しかったから、きっと戦争の目処がついた後に建て増ししたんだろう。何か俺達の使う為にと思うと申し訳ない。勿論家主も使っているのだろうけれど。

「ただ俺達自身はそう変わっていないような気がするんだ。周りは変わったし、ここも少し変ったけれどさ。基本は1年の夏、シンハのところで合宿した時と同じ。やっぱり同じように海で遊んで、獲物を捕って皆で食べて。
 この活動が始まって3年目、色々あった筈だけれどさ」

 何当然な事を、といったようにミド・リーは笑う。

「当り前よ。人なんてそう簡単に変わらないもの。きっとミタキは今後も研究室で怪しく便利なものを作っていくんだろうしね。ただ病弱は治ったんだしもう少し身体を鍛えた方がいいと思うわ。私の治療をした時だって相当無理したじゃない。もう少し体力があったら貧血でふらふらというのだけは回避できたと思うし」

 おいおいその件だけは勘弁してくれ。

「生憎鍛えてもあまり効果が出ない体質なんだ」

「その辺も変わらないよね。身体を動かすことを出来るだけ避けるところ」

「前世以来の習慣だからさ」

「重症だよね、それって」

 そう、その辺は多分あまり変わらない。俺が俺である限りきっと。きっと人間なんてそんなものだ。

 来年高等部に入学できたとして、この活動を続けられるのは約4年。でもその間は今のままの状態でいたいなと俺は思う。
 ミド・リーがいて、シンハ君達がいる、この居心地がいい環境で。


 前世に比べれば大分贅沢だけれどさ、間違いなく。でもその分余計に楽しませてもらってもいいんじゃないかな。
 そんな都合のいい事を思いながら。
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みんなの感想(94件)

tigershin
2024.03.20 tigershin

お疲れ様でした。🙇‍♂️でも、また楽しみがひとつ無くなった。😿

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柏のポストマン

完走おめでとうございます。🏃🎉
次回作を楽しみにしています。

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イオ
2024.03.19 イオ

本編完結お疲れ様でした。
他サイトで拝読していましたが、懐かしく(笑)読み返させていただきました。

解除
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