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第29章 春の嵐
第255話 戦争の行方
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午後2時過ぎ。授業出席組がいつもより少しだけ遅く現れた。おまけに手に紙袋やらなにやら色々持っている。
「ミド・リーさん完治おめでとう! あと他にもめでたい事があったので色々買い込んできた」
「残念ながらいつもの店は長蛇の列だったのだ。仕方なく別の店で買ったのだ」
フルエさんが持っているのはお菓子店の箱だ。冬頃に出来た店で評判はそこそこいい。姉貴の店ほど混んでいないので比較的買いやすい店だ。
「いいですね。たまには別のお店のも美味しそうですわ」
「本当はいつもの店が良かったのだ。でも外はお祝いムードで長蛇の列で、もう絶対買えないから諦めてこの店にしたのだ」
お祝いムード? 別にミド・リー完治は世間とは関係ないよな。
「という訳でこの号外を参照だ」
えっ!? テーブルに出された紙のタイトルを拾う。
『スオーに完勝!』
なんだと!
「今日のお昼前に発表されたらしいんだ。学校でも臨時ホームルームがあったしさ。でもここにいると気付かないだろうと思って、街で号外を買ってきた訳だ」
「ついでにお祝いのケーキも買ったのだ。でもいつもの店で買えなかったのだ。それだけが心残りなのだ」
そういう事か。俺も回ってきた号外を読んでみる。
なるほど。あの夜間外出自粛の開始の日、スオー国から宣戦布告があったのか。
そして翌日早朝、スオー国一般・魔法科混成軍およそ10万人がヤノ峠、ホリキリ峠、ナベツチ峠の3か所から国境を突破しカワライシ辺境伯領に侵入。
だがアストラム軍の新兵器によって一方的な攻撃を受け全軍が国外へ敗走。全軍の3割以上の損害で同軍の戦闘継続は不可能だろうとみられている。なおアストラム軍の損害は死者無し、軽傷者十数名とある。
ただ国境近くにあったオーバン石灰石鉱山とオーバン村がスオー軍により損害を受けたらしい。しかし村人は戒厳令以前に国の措置によって疎開済み。民間人の人的被害は無いとの事。
新兵器の一部が公開されていて、その解説記事も載っている。飛行型魔法無人哨戒機、道なき道も移動可能な異形のゴーレム、射程が通常より4倍長い魔法杖を積んだ蒸気トラック。正直見覚えのある物ばかりだ。
これらの技術の一部は戦後公開される予定で、これによってますます国が発展するだろうとある。
更に国の高官や在野の評論家等による今後の見通し等も出ていた。スオーがこれで退くという見方が。更に攻勢を仕掛けるという見方。それぞれ1対2というところだ。
「つまりまだ戦争は続くって事だよね、きっと」
「そうですね。でも長い事は無いように思いますわ」
アキナ先輩はあっさりそう言い切る。
「どうしてですか」
「国や軍隊の体制の違いですね。詳しくはこちらの評論家さんが言っている通りだと思います」
どれどれと思って読んでみる。
スオーは民主制の政治体制で、軍が国民軍。この国民軍とは国民に兵役に服する義務を課すという事で、つまりは徴兵制度があるという事だ。そのため兵の人員は志願兵や貴族兵中心の周辺国に比べると圧倒的に多い。
故に兵力の多寡が勝敗を決するような戦争では圧倒的に有利となる。
一方で民主制で徴兵制度ありという事はだ。政治に関与できる国民の身近に徴兵されている者が存在するという事でもある。
また一般国民全般に関しては政治的に訓練されているとはいい難い。故にその政治的意見は雰囲気に流れやすく逆境に弱い。
したがっていざ綻びが出たらあっという間に責任の押し付け合いになり、戦争体制も瓦解するだろう。そんな意見だ。
思わず俺は衆愚政治とかポピュリズムなんて前世の単語を思い出してしまった。成程、これがかつてホン・ド殿下が言った政治にかかるコストというものか。
「ただスオーが一発逆転を狙ってきたら危ないかもしれません。一発逆転は出来ないまでもこちらも講和を望むように仕掛ける方法はいくつか存在するでしょう。いずれもかなり悪質な手段になりますけれど」
ユキ先輩の言いたいことは想像がつく。
この世界にはテロという言葉は無い。まだそんな概念が存在していないから。
しかし手段として思いつくとすればそういうものだろう。
「戦闘区域外、後方への直接攻撃ですか。おそらくは移動魔法を使用した」
ユキ先輩は頷く。
「それってどう考えても悪だよな」
「スオー国は自分たちが民主主義を広める正義だと認識していますから。正義の前には全ては正当化されるのです。やる側の理屈としてはですけれどね」
「ただ殿下達もその可能性は気付いていると思いますわ。私達でもその辺に考え付くくらいですから」
「ただ私達も充分気を付けた方がいい。そういう事ですね」
ナカさんの結論に俺達は頷いた。
◇◇◇
ミド・リーの治療が終わったので本日は全員帰宅。まだ夜間外出自粛は解除されていないので早めの時間だ。明日からは研究室でユキ先輩とミド・リー中心に今回の病気についてのレポートを作成する予定。
なおミド・リーの奴、何気に自分が調子悪いと気付いた時からある程度正確な記録を残していやがった。何というか、流石生物系魔法の天才で治療院の娘である。
さて、家に到着。何か久しぶりに帰ったような気がする。実際は合宿より遥かに短い期間しか出ていなかったのに。
見ると姉が家にいた。
「どうしたんだ、姉貴。店の方は?」
「交代で家に帰っている状態。暗い時間は外出自粛だからね、当番で店に泊まって朝の仕込みをしているの。幸い店の娘も大分任せられるようになってきたからね。だから今日は私が家に帰る番」
「今日はずいぶんまた列が出来ていたようだけれど」
「これでも努力はしているのよ。あまり待たせるとライバル店にお客様をとられちゃうからね。でも人員も体制ももう目一杯。これ以上大きくすると私の目が届かなくなるし」
成程。
「ミタキこそ学校で研究と称してお泊り会をやっていたんだって?」
おい。
「研究だよ研究。ちょっと連続して観察しなければならない事象があってさ」
「それでミドちゃんは無事回復したの?」
えっ、えーっ! 何故そのことを知っているんだ!
「ミドちゃんをお姫様抱っこして研究院に入っていったって聞いたわよ。あとミドちゃんのお母さんからも聞いたわ。普通では治療できない病気でミタキ君の伝手で研究院へ連れて行ってもらったって。どうせ泊りがけで付き添っていたんでしょ」
うわあ……流行っているイートイン付き菓子店店主の地獄耳、恐るべし。
否定したいけれど否定できない。なにせ事実と違う部分はほぼ全て部外秘密の部分。言えるわけが無い。
だからまあ、簡単に答えておく。
「さっき一緒に帰ってきたよ」
「ふーん、やるじゃない」
おいおい姉貴よ。コメントに困るだろう!
そんな訳で久しぶりに兄貴を除く家族全員で夕食なんて食べたりした。なお兄貴はここ数年カーミヤの商家で修業中で正月しか帰ってこない。だからまあ列外という事で。
あと姉貴はミド・リーの件は父母には話さないでおいてくれた。まあこの辺は武士の情けという奴だろうか。
そんな感じで久しぶりに普通の生活なんてのを感じながら自分の部屋のベッドへ。今夜はぐっすり眠れるかな。仮眠室ではぐっすり寝たつもりでも完全に疲れが取れないんだよな。
そう思った時だった。
ドドーン! 爆発音だ。何だ一体! 飛び起きで窓際の方へ。
裏庭沿いの窓から炎が見える。港の方だ。
何が起きたかこの時やっと気が付いた。おそらくユキ先輩が言っていた後方へのゲリラ攻撃だ。
どうする。俺は移動魔道具と万能魔道具を持っている。だからゲリラ攻撃を決行した連中が移動魔法持ちでもある程度は対抗できる。
でも民間人でまだ中等学生だ。どうすべきだろう、そう考えた時だ。
『皆さんは動かないで下さい。こちらの方の備えは出来ています』
誰だこの伝達魔法は。でも敵ではないと思う。何処かで聞き憶えのある声だ。
『ジゴゼンです。移動魔道具をお持ちのウージナ研究室の皆さんに伝達魔法で連絡しています。現在、敵の秘匿工作員による後方攻撃により海軍施設の一部が延焼している状態です。なお既に移動魔道具と攻撃用魔道具持ちの軍担当部隊員が対応に当たっています。ですので皆さんは出来るだけ動かないで下さい。対応はこちらで行います。既に敵工作員は全て把握し掃討段階に入っています。ですのでご安心を』
そうか。ちょっと安心したのと同時に続報が入る。
『なおこの攻撃はおそらく陽動です。本命は首都オマーチだと予測されています。向こうも既に担当部隊が警戒についています。ですので今夜は心配せずにお休みいただくようお願いいたします』
確かに。しかしそうなると色々心配な人がいる。
研究室の3人は無事だろうか。スオーから裏切り者と見られているけれど大丈夫か。
あとはホン・ド殿下やシャクさん、ターカノさん。
殿下は色々面倒な人だがそれでも顔見知りだし悪い人じゃない。色々支援してもらった訳だし。
しかし今の俺は何も出来ない。邪魔にならない為にも動くべきではない。
結果、眠れないまま夜が更けていく。
「ミド・リーさん完治おめでとう! あと他にもめでたい事があったので色々買い込んできた」
「残念ながらいつもの店は長蛇の列だったのだ。仕方なく別の店で買ったのだ」
フルエさんが持っているのはお菓子店の箱だ。冬頃に出来た店で評判はそこそこいい。姉貴の店ほど混んでいないので比較的買いやすい店だ。
「いいですね。たまには別のお店のも美味しそうですわ」
「本当はいつもの店が良かったのだ。でも外はお祝いムードで長蛇の列で、もう絶対買えないから諦めてこの店にしたのだ」
お祝いムード? 別にミド・リー完治は世間とは関係ないよな。
「という訳でこの号外を参照だ」
えっ!? テーブルに出された紙のタイトルを拾う。
『スオーに完勝!』
なんだと!
「今日のお昼前に発表されたらしいんだ。学校でも臨時ホームルームがあったしさ。でもここにいると気付かないだろうと思って、街で号外を買ってきた訳だ」
「ついでにお祝いのケーキも買ったのだ。でもいつもの店で買えなかったのだ。それだけが心残りなのだ」
そういう事か。俺も回ってきた号外を読んでみる。
なるほど。あの夜間外出自粛の開始の日、スオー国から宣戦布告があったのか。
そして翌日早朝、スオー国一般・魔法科混成軍およそ10万人がヤノ峠、ホリキリ峠、ナベツチ峠の3か所から国境を突破しカワライシ辺境伯領に侵入。
だがアストラム軍の新兵器によって一方的な攻撃を受け全軍が国外へ敗走。全軍の3割以上の損害で同軍の戦闘継続は不可能だろうとみられている。なおアストラム軍の損害は死者無し、軽傷者十数名とある。
ただ国境近くにあったオーバン石灰石鉱山とオーバン村がスオー軍により損害を受けたらしい。しかし村人は戒厳令以前に国の措置によって疎開済み。民間人の人的被害は無いとの事。
新兵器の一部が公開されていて、その解説記事も載っている。飛行型魔法無人哨戒機、道なき道も移動可能な異形のゴーレム、射程が通常より4倍長い魔法杖を積んだ蒸気トラック。正直見覚えのある物ばかりだ。
これらの技術の一部は戦後公開される予定で、これによってますます国が発展するだろうとある。
更に国の高官や在野の評論家等による今後の見通し等も出ていた。スオーがこれで退くという見方が。更に攻勢を仕掛けるという見方。それぞれ1対2というところだ。
「つまりまだ戦争は続くって事だよね、きっと」
「そうですね。でも長い事は無いように思いますわ」
アキナ先輩はあっさりそう言い切る。
「どうしてですか」
「国や軍隊の体制の違いですね。詳しくはこちらの評論家さんが言っている通りだと思います」
どれどれと思って読んでみる。
スオーは民主制の政治体制で、軍が国民軍。この国民軍とは国民に兵役に服する義務を課すという事で、つまりは徴兵制度があるという事だ。そのため兵の人員は志願兵や貴族兵中心の周辺国に比べると圧倒的に多い。
故に兵力の多寡が勝敗を決するような戦争では圧倒的に有利となる。
一方で民主制で徴兵制度ありという事はだ。政治に関与できる国民の身近に徴兵されている者が存在するという事でもある。
また一般国民全般に関しては政治的に訓練されているとはいい難い。故にその政治的意見は雰囲気に流れやすく逆境に弱い。
したがっていざ綻びが出たらあっという間に責任の押し付け合いになり、戦争体制も瓦解するだろう。そんな意見だ。
思わず俺は衆愚政治とかポピュリズムなんて前世の単語を思い出してしまった。成程、これがかつてホン・ド殿下が言った政治にかかるコストというものか。
「ただスオーが一発逆転を狙ってきたら危ないかもしれません。一発逆転は出来ないまでもこちらも講和を望むように仕掛ける方法はいくつか存在するでしょう。いずれもかなり悪質な手段になりますけれど」
ユキ先輩の言いたいことは想像がつく。
この世界にはテロという言葉は無い。まだそんな概念が存在していないから。
しかし手段として思いつくとすればそういうものだろう。
「戦闘区域外、後方への直接攻撃ですか。おそらくは移動魔法を使用した」
ユキ先輩は頷く。
「それってどう考えても悪だよな」
「スオー国は自分たちが民主主義を広める正義だと認識していますから。正義の前には全ては正当化されるのです。やる側の理屈としてはですけれどね」
「ただ殿下達もその可能性は気付いていると思いますわ。私達でもその辺に考え付くくらいですから」
「ただ私達も充分気を付けた方がいい。そういう事ですね」
ナカさんの結論に俺達は頷いた。
◇◇◇
ミド・リーの治療が終わったので本日は全員帰宅。まだ夜間外出自粛は解除されていないので早めの時間だ。明日からは研究室でユキ先輩とミド・リー中心に今回の病気についてのレポートを作成する予定。
なおミド・リーの奴、何気に自分が調子悪いと気付いた時からある程度正確な記録を残していやがった。何というか、流石生物系魔法の天才で治療院の娘である。
さて、家に到着。何か久しぶりに帰ったような気がする。実際は合宿より遥かに短い期間しか出ていなかったのに。
見ると姉が家にいた。
「どうしたんだ、姉貴。店の方は?」
「交代で家に帰っている状態。暗い時間は外出自粛だからね、当番で店に泊まって朝の仕込みをしているの。幸い店の娘も大分任せられるようになってきたからね。だから今日は私が家に帰る番」
「今日はずいぶんまた列が出来ていたようだけれど」
「これでも努力はしているのよ。あまり待たせるとライバル店にお客様をとられちゃうからね。でも人員も体制ももう目一杯。これ以上大きくすると私の目が届かなくなるし」
成程。
「ミタキこそ学校で研究と称してお泊り会をやっていたんだって?」
おい。
「研究だよ研究。ちょっと連続して観察しなければならない事象があってさ」
「それでミドちゃんは無事回復したの?」
えっ、えーっ! 何故そのことを知っているんだ!
「ミドちゃんをお姫様抱っこして研究院に入っていったって聞いたわよ。あとミドちゃんのお母さんからも聞いたわ。普通では治療できない病気でミタキ君の伝手で研究院へ連れて行ってもらったって。どうせ泊りがけで付き添っていたんでしょ」
うわあ……流行っているイートイン付き菓子店店主の地獄耳、恐るべし。
否定したいけれど否定できない。なにせ事実と違う部分はほぼ全て部外秘密の部分。言えるわけが無い。
だからまあ、簡単に答えておく。
「さっき一緒に帰ってきたよ」
「ふーん、やるじゃない」
おいおい姉貴よ。コメントに困るだろう!
そんな訳で久しぶりに兄貴を除く家族全員で夕食なんて食べたりした。なお兄貴はここ数年カーミヤの商家で修業中で正月しか帰ってこない。だからまあ列外という事で。
あと姉貴はミド・リーの件は父母には話さないでおいてくれた。まあこの辺は武士の情けという奴だろうか。
そんな感じで久しぶりに普通の生活なんてのを感じながら自分の部屋のベッドへ。今夜はぐっすり眠れるかな。仮眠室ではぐっすり寝たつもりでも完全に疲れが取れないんだよな。
そう思った時だった。
ドドーン! 爆発音だ。何だ一体! 飛び起きで窓際の方へ。
裏庭沿いの窓から炎が見える。港の方だ。
何が起きたかこの時やっと気が付いた。おそらくユキ先輩が言っていた後方へのゲリラ攻撃だ。
どうする。俺は移動魔道具と万能魔道具を持っている。だからゲリラ攻撃を決行した連中が移動魔法持ちでもある程度は対抗できる。
でも民間人でまだ中等学生だ。どうすべきだろう、そう考えた時だ。
『皆さんは動かないで下さい。こちらの方の備えは出来ています』
誰だこの伝達魔法は。でも敵ではないと思う。何処かで聞き憶えのある声だ。
『ジゴゼンです。移動魔道具をお持ちのウージナ研究室の皆さんに伝達魔法で連絡しています。現在、敵の秘匿工作員による後方攻撃により海軍施設の一部が延焼している状態です。なお既に移動魔道具と攻撃用魔道具持ちの軍担当部隊員が対応に当たっています。ですので皆さんは出来るだけ動かないで下さい。対応はこちらで行います。既に敵工作員は全て把握し掃討段階に入っています。ですのでご安心を』
そうか。ちょっと安心したのと同時に続報が入る。
『なおこの攻撃はおそらく陽動です。本命は首都オマーチだと予測されています。向こうも既に担当部隊が警戒についています。ですので今夜は心配せずにお休みいただくようお願いいたします』
確かに。しかしそうなると色々心配な人がいる。
研究室の3人は無事だろうか。スオーから裏切り者と見られているけれど大丈夫か。
あとはホン・ド殿下やシャクさん、ターカノさん。
殿下は色々面倒な人だがそれでも顔見知りだし悪い人じゃない。色々支援してもらった訳だし。
しかし今の俺は何も出来ない。邪魔にならない為にも動くべきではない。
結果、眠れないまま夜が更けていく。
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