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第29章 春の嵐
第253話 遠い思い
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その後少ししてアキナ先輩達が帰ってきた。
「ほぼ予定通りですわ」
そう言って教えてくれた学校側との協議結果はこんな感じだ。
〇 全員の公休を認める。
ただし授業に出席できる学生・生徒は極力出席すること。
〇 病状の記録及び治療状況については後日レポートで提出すること。
なお内容についての質疑応答を行う可能性もある。
〇 人員の応援は出来ない。
これは治療に使用している魔法杖が部外秘のものであるため。
〇 下校時間を夕方6時まで延長することを公式に認める。
なおこの件に関する各機関への連絡は学校側が実施する。
なおこの内容はユキ先輩が会議室内の3人にも伝えている。一緒にケーキを持ち込んでお茶会もやっているようだ。そんな事をしてもユキ先輩の強力な生物系魔法で無菌室状態は保てている模様。
これは魔法の無い前世では真似が出来ないよな。それにそんな事が出来るまでミド・リーも回復してきた訳だ。
こっちでもケーキを食べながら色々雑談をする。
「これで同じような病状の人を以降治療できるようになるかもしれないですね」
「でもこの巨大魔法杖の威力が必要だよな」
「その辺は治療系魔法の新規開発で何とかなるかもしれないですわ」
「でもこの魔法杖もいずれ民間に公開するんだろ。今の事態が終わったら」
「事態に関する情報はどうなのでしょうか」
「まだ何の発表も無いな。出版社等も何も出していないと思う」
そんな話をした後ヨーコ先輩達は買い出しに出発。食料だの雑誌類だの大量に購入してきた後、夕食づくりを開始。
ミド・リーが『少しお肉とか力がつくものを食べたい』という事でメインはお肉たっぷりのビーフシチューだ。
煮物は本来ナカさんの得意料理。なのだが今回は治療実施中なのでタカス君がつくる。
半時間後、漢の料理という感じのビーフシチューセットが完成した。お肉たっぷり具合がレストランのうたい文句とはレベルが違う。ステーキとソースの比率よりはソースが多い程度という代物だ。
「こんなの絶対寮の夕食より美味しいのだ」
「間違いないな」
会議室の中と外でそれぞれ夕食開始。家や寮で夕食が待っている連中まで一緒に食べている。勿論その分もしっかり作ってあるのだけれども。
ビーフシチューの他にはポテトサラダとパンだけ。でも充分美味しい。
早めの夕食が終わったら授業出席組は帰っていく。
「授業以外にも何か情報があれば連絡する」
「お願いしますわ。ここに籠っていると外の情報がわかりませんから」
ヨーコ先輩達が帰るとそろそろ俺とフールイ先輩の当番だ。
会議室内のミド・リーは大分調子が良さそう。少なくとも顔色とか様子はもう普段と変わらない感じだ。強いて言えば寝間着だけが病人っぽいかなという程度。
鑑定魔法で見てもかなり状態は良くなっている。
「流石にずっと寝ていると飽きるよね。自分の状態は分かっているから外には出ないけれど」
何せ本来ミド・リーは生物系魔法が専門。俺やフールイ先輩よりよっぽど自分の身体の状況を把握している。
「でも買い出しで雑誌とか本も色々買ってきただろ」
「選択が大分偏っている感じだけれどね」
どれどれ。見てみてああああーっと思う。確かにこれ、内容が偏り過ぎている。
『オ・ト・ナの恋のマニュアル』とか『女の子の愛と恋のマガジン・やっちゃお!』とかは間違いなくヨーコ先輩セレクト。
『完全筋トレマニュアル』、『人間最後は筋肉だ』はきっとシンハ君。
『百合のかほり』、『秘密の花園』なんて怪しい表紙の漫画は絶対タカス君。
『失敗しない料理のレシピ100選』、『素晴らしき揚げ物の世界』はフルエさん。
何でこう偏った感じで選んでくるのだろう。少しは一般的なものを選ぼうとは思わないのだろうか。
「多分それぞれ面白い物を厳選した結果。それも愛情」
フールイ先輩はそう言って苦笑している。
「でも読んでみると結構面白いわよ。何か自分の知らない世界を覗いて見ているようで。それに暇だしね。多分全部読むと思うわ」
「特にその辺の漫画、新しい世界が開けたりして」
「開けないわよ。こういうのは漫画だから面白いの。でも私用なら女と女のカップリングより男と男の方が良かったかな。良からぬ想像でとどめるにはその方が楽しいと思うしね」
おいおいミド・リーには腐女子な素質があったのか。俺は知らなかったぞ。
「まさかシンハと俺とをカップリングさせてなんて……」
「実際に知っていると無理よ」
良かった。俺の貞操は妄想内でも守られた様だ。
大分治療が進んでいるので俺もフールイ先輩も大分余裕がある。最初と比べると雲泥の差だ。
しかも8時間後には交代がくるとわかっているしな。だから自然こんな風に会話も弾んでしまう。
◇◇◇
交代まであと1時間を切った。治療の状況は思った以上に順調だ。
そろそろ血液中の白血病細胞がほぼ観測不能な程度になる。次の段階の治療に移行する準備をはじめよう。
まずはダメダメになっている白血病細胞をいくつか捕まえる。こいつの染色体を正常な細胞と比べて確認。2か所ほど違うのが確認できた。
次にこの染色体がこのパターンで違うものの場所を体内で捜索する。うん、予想通りある特定の骨の中に確認できた。こいつを全滅させて、正常な骨髄細胞を増やせばいいな。
しかもその辺は同時に多人数でかかった方がいい。ダメな骨髄細胞を殺す担当。正常な骨髄細胞を増やす担当。今まで通り白血病細胞を殺す担当。身体の異常を確認して随時措置をする担当だ。
「フールイ先輩、ミド・リー。先輩達と交代の時間になったら次の措置をしようと思う。今までの治療は異常で有害な細胞を減らす作業だったけれど、今度はその有害な細胞を作らなくなるようにする作業だ。一時的なショックがあるかもしれないから、その時はミド・リーに全身麻酔状態になってもらう予定。
ただこれが成功して正常な白血球が増えてきたらほぼ治療は終わり。あとは異常な細胞が出てきていないか定期的な確認だけになるけれど、それはミド・リーだけで出来ると思う」
「つまり最終的な治療に向かう訳ね。望むところよ。ただ私自身がその治療を確認できないのがちょっと悔しいかな。専門分野なのに」
確かにそうだよな。この病気だってミド・リーの魔法や知識を活用できればどんなに楽だっただろうと思う。ユキ先輩が感づいてくれたおかげで助かったけれど。
「こっちは問題ない」
フールイ先輩は本当にありがたい。一番大変な時に一緒に治療にあたってくれたのだ。
「フールイ先輩には本当に色々お世話になってしまいました。本当にありがとうございます」
ミド・リーがそう言って先輩に頭を下げる。俺と同じようなタイミングで同じような事を思っていたようだ。
「私の方は問題ない。強いて言えば借りていた恩を少し返しただけだ、ミタキに」
えっと思って俺は先輩の方を見る。先輩は小さく頷いて口を開いた。
「私が抱えていたのは父親という問題だった。私が小さい頃鉱山の事故で父が行方不明になった。2人とも知っている通りだ。結果として家は離散して私はこの学校に逃げて来た。
それでもずっと私は心の何処かで不在の父を追いかけて来たんだと思う。賢者の石を追ってみたのもそうだし空間系魔法杖にまっさきに飛びついたのもそう。
そんな私をミタキは色々助けてくれた。例えばあの整髪剤で髪型が変わって目がはっきり出た時。
『もう父親と同じ目だと言って非難する人はいない』
そう言ってくれたような気がした。学園祭の時『死んだ人は蘇らない』ときっぱり言ってくれたのもそう。そして昨年にはあの空間系魔法杖で見つけた父親の痕跡を一緒に辿ってもらった。
ひょっとしたらあの整髪料の時から私は不在の父の断片をミタキに求めていたのかもしれない。そして実際記憶はなくしたが無事に生きている父を確認できた時、私はやっと囚われていた何かから抜け出せた気がした。やっと一人で歩いて行けるような気がした。
だから今回の手伝いはあの時までの借りを少し返しただけ。問題ない」
「そんな事があったの」
「今年の秋、学園祭の準備をしていた頃だよな。あの鉱山跡を辿ったの」
「それ以前からずっとお世話になった」
俺自身はそこまでの事をしたという想いは無い。でももしそれがフールイ先輩の救いになったとしたら、それは……
いかん、最近涙腺が弱すぎる。
「ミタキにもきっとミド・リーに対して何か想いがあると思う。治療を開始した夜のミタキの表情、あれは間違いなくいつもと違った」
よく見ているよな、フールイ先輩。普段は無口な癖に。でもこの際だ。言ってしまおう。
「俺が外へ歩き出せたのはミド・リーのおかげだからさ。ずっと昔、俺がまだ初等科学校に入るより前の話だけれど……」
「ほぼ予定通りですわ」
そう言って教えてくれた学校側との協議結果はこんな感じだ。
〇 全員の公休を認める。
ただし授業に出席できる学生・生徒は極力出席すること。
〇 病状の記録及び治療状況については後日レポートで提出すること。
なお内容についての質疑応答を行う可能性もある。
〇 人員の応援は出来ない。
これは治療に使用している魔法杖が部外秘のものであるため。
〇 下校時間を夕方6時まで延長することを公式に認める。
なおこの件に関する各機関への連絡は学校側が実施する。
なおこの内容はユキ先輩が会議室内の3人にも伝えている。一緒にケーキを持ち込んでお茶会もやっているようだ。そんな事をしてもユキ先輩の強力な生物系魔法で無菌室状態は保てている模様。
これは魔法の無い前世では真似が出来ないよな。それにそんな事が出来るまでミド・リーも回復してきた訳だ。
こっちでもケーキを食べながら色々雑談をする。
「これで同じような病状の人を以降治療できるようになるかもしれないですね」
「でもこの巨大魔法杖の威力が必要だよな」
「その辺は治療系魔法の新規開発で何とかなるかもしれないですわ」
「でもこの魔法杖もいずれ民間に公開するんだろ。今の事態が終わったら」
「事態に関する情報はどうなのでしょうか」
「まだ何の発表も無いな。出版社等も何も出していないと思う」
そんな話をした後ヨーコ先輩達は買い出しに出発。食料だの雑誌類だの大量に購入してきた後、夕食づくりを開始。
ミド・リーが『少しお肉とか力がつくものを食べたい』という事でメインはお肉たっぷりのビーフシチューだ。
煮物は本来ナカさんの得意料理。なのだが今回は治療実施中なのでタカス君がつくる。
半時間後、漢の料理という感じのビーフシチューセットが完成した。お肉たっぷり具合がレストランのうたい文句とはレベルが違う。ステーキとソースの比率よりはソースが多い程度という代物だ。
「こんなの絶対寮の夕食より美味しいのだ」
「間違いないな」
会議室の中と外でそれぞれ夕食開始。家や寮で夕食が待っている連中まで一緒に食べている。勿論その分もしっかり作ってあるのだけれども。
ビーフシチューの他にはポテトサラダとパンだけ。でも充分美味しい。
早めの夕食が終わったら授業出席組は帰っていく。
「授業以外にも何か情報があれば連絡する」
「お願いしますわ。ここに籠っていると外の情報がわかりませんから」
ヨーコ先輩達が帰るとそろそろ俺とフールイ先輩の当番だ。
会議室内のミド・リーは大分調子が良さそう。少なくとも顔色とか様子はもう普段と変わらない感じだ。強いて言えば寝間着だけが病人っぽいかなという程度。
鑑定魔法で見てもかなり状態は良くなっている。
「流石にずっと寝ていると飽きるよね。自分の状態は分かっているから外には出ないけれど」
何せ本来ミド・リーは生物系魔法が専門。俺やフールイ先輩よりよっぽど自分の身体の状況を把握している。
「でも買い出しで雑誌とか本も色々買ってきただろ」
「選択が大分偏っている感じだけれどね」
どれどれ。見てみてああああーっと思う。確かにこれ、内容が偏り過ぎている。
『オ・ト・ナの恋のマニュアル』とか『女の子の愛と恋のマガジン・やっちゃお!』とかは間違いなくヨーコ先輩セレクト。
『完全筋トレマニュアル』、『人間最後は筋肉だ』はきっとシンハ君。
『百合のかほり』、『秘密の花園』なんて怪しい表紙の漫画は絶対タカス君。
『失敗しない料理のレシピ100選』、『素晴らしき揚げ物の世界』はフルエさん。
何でこう偏った感じで選んでくるのだろう。少しは一般的なものを選ぼうとは思わないのだろうか。
「多分それぞれ面白い物を厳選した結果。それも愛情」
フールイ先輩はそう言って苦笑している。
「でも読んでみると結構面白いわよ。何か自分の知らない世界を覗いて見ているようで。それに暇だしね。多分全部読むと思うわ」
「特にその辺の漫画、新しい世界が開けたりして」
「開けないわよ。こういうのは漫画だから面白いの。でも私用なら女と女のカップリングより男と男の方が良かったかな。良からぬ想像でとどめるにはその方が楽しいと思うしね」
おいおいミド・リーには腐女子な素質があったのか。俺は知らなかったぞ。
「まさかシンハと俺とをカップリングさせてなんて……」
「実際に知っていると無理よ」
良かった。俺の貞操は妄想内でも守られた様だ。
大分治療が進んでいるので俺もフールイ先輩も大分余裕がある。最初と比べると雲泥の差だ。
しかも8時間後には交代がくるとわかっているしな。だから自然こんな風に会話も弾んでしまう。
◇◇◇
交代まであと1時間を切った。治療の状況は思った以上に順調だ。
そろそろ血液中の白血病細胞がほぼ観測不能な程度になる。次の段階の治療に移行する準備をはじめよう。
まずはダメダメになっている白血病細胞をいくつか捕まえる。こいつの染色体を正常な細胞と比べて確認。2か所ほど違うのが確認できた。
次にこの染色体がこのパターンで違うものの場所を体内で捜索する。うん、予想通りある特定の骨の中に確認できた。こいつを全滅させて、正常な骨髄細胞を増やせばいいな。
しかもその辺は同時に多人数でかかった方がいい。ダメな骨髄細胞を殺す担当。正常な骨髄細胞を増やす担当。今まで通り白血病細胞を殺す担当。身体の異常を確認して随時措置をする担当だ。
「フールイ先輩、ミド・リー。先輩達と交代の時間になったら次の措置をしようと思う。今までの治療は異常で有害な細胞を減らす作業だったけれど、今度はその有害な細胞を作らなくなるようにする作業だ。一時的なショックがあるかもしれないから、その時はミド・リーに全身麻酔状態になってもらう予定。
ただこれが成功して正常な白血球が増えてきたらほぼ治療は終わり。あとは異常な細胞が出てきていないか定期的な確認だけになるけれど、それはミド・リーだけで出来ると思う」
「つまり最終的な治療に向かう訳ね。望むところよ。ただ私自身がその治療を確認できないのがちょっと悔しいかな。専門分野なのに」
確かにそうだよな。この病気だってミド・リーの魔法や知識を活用できればどんなに楽だっただろうと思う。ユキ先輩が感づいてくれたおかげで助かったけれど。
「こっちは問題ない」
フールイ先輩は本当にありがたい。一番大変な時に一緒に治療にあたってくれたのだ。
「フールイ先輩には本当に色々お世話になってしまいました。本当にありがとうございます」
ミド・リーがそう言って先輩に頭を下げる。俺と同じようなタイミングで同じような事を思っていたようだ。
「私の方は問題ない。強いて言えば借りていた恩を少し返しただけだ、ミタキに」
えっと思って俺は先輩の方を見る。先輩は小さく頷いて口を開いた。
「私が抱えていたのは父親という問題だった。私が小さい頃鉱山の事故で父が行方不明になった。2人とも知っている通りだ。結果として家は離散して私はこの学校に逃げて来た。
それでもずっと私は心の何処かで不在の父を追いかけて来たんだと思う。賢者の石を追ってみたのもそうだし空間系魔法杖にまっさきに飛びついたのもそう。
そんな私をミタキは色々助けてくれた。例えばあの整髪剤で髪型が変わって目がはっきり出た時。
『もう父親と同じ目だと言って非難する人はいない』
そう言ってくれたような気がした。学園祭の時『死んだ人は蘇らない』ときっぱり言ってくれたのもそう。そして昨年にはあの空間系魔法杖で見つけた父親の痕跡を一緒に辿ってもらった。
ひょっとしたらあの整髪料の時から私は不在の父の断片をミタキに求めていたのかもしれない。そして実際記憶はなくしたが無事に生きている父を確認できた時、私はやっと囚われていた何かから抜け出せた気がした。やっと一人で歩いて行けるような気がした。
だから今回の手伝いはあの時までの借りを少し返しただけ。問題ない」
「そんな事があったの」
「今年の秋、学園祭の準備をしていた頃だよな。あの鉱山跡を辿ったの」
「それ以前からずっとお世話になった」
俺自身はそこまでの事をしたという想いは無い。でももしそれがフールイ先輩の救いになったとしたら、それは……
いかん、最近涙腺が弱すぎる。
「ミタキにもきっとミド・リーに対して何か想いがあると思う。治療を開始した夜のミタキの表情、あれは間違いなくいつもと違った」
よく見ているよな、フールイ先輩。普段は無口な癖に。でもこの際だ。言ってしまおう。
「俺が外へ歩き出せたのはミド・リーのおかげだからさ。ずっと昔、俺がまだ初等科学校に入るより前の話だけれど……」
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