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第18章 めでたく夏合宿

第144話 俺のせいじゃない!

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「シモンさん。もう俺達の持っている技術全部教えていいと思うけれどどうかな。ここまで来たらもう時間の問題だしさ」

「そうだね。なら徹底的に行くよ」

 この時の俺は気づかなかった。シモンさんが言うところの徹底的という単語の意味するところを。

「できればメモか何かで技術者にわかるようにしてくれないかな。僕やシャク達は技術者じゃないから細かいところはわからないから」

 これは殿下からだ。

「わかりました」

 そう返事をしておく。しかしメモよりは、むしろ……

「こちらに何でもいいですが金属材料はありますか。説明より現物の方が技術者にはわかりやすいでしょう。ですから直接これをなおした方が早いと思います」

 これはシモンさんだ。どうも俺と同じことを考えていたようだ。

「あと一度車のところに戻って道具を用意してきていいですか」

「すまないな。ターカノ頼む」

「わかりました。直接移動しましょう」

 シモンさんとターカノさんの姿が消える。移動魔法を使ったようだ。いいのだろうかそんな魔法を気軽に使って。まあ今更なのだけれど。

「それでは簡単な説明だけ先にしておきます」

 間を持たせるために俺は説明を開始する。

「偉そうな言い方で申し訳ありません。全体像としてはよく出来ていると思います。原理としてはうちで使っている蒸気ボートとほぼ全く同じです。あとは細かいところを改良すれば数段強力になると思います。
 動力の発生していく順番で見ていくとまずはボイラー。ほんの少し改造するだけでより強力になります。まず出来るだけ一体構造にしておくこと。どうしても出来る接続部分は錫や鉛等柔らかい金属を挟み込みます。そうすれば蒸気の漏れが非常に少なくなって高圧が維持できます。あと弁部分も動く部分はリング状に鋼を入れて……」

 まずは蒸気圧を上げる方法。次にタービンの形を横型から縦型に変えて効率を上げる事。タービンの後に復水器をつけて水の節約を図ると同時に圧力差を大きくする事。
 そんな感じで色々と説明する。

「説明ありがとうね。それじゃ僕は直接改良するから引き続き説明お願い」

 戻ってきたシモンさんに更に説明を押しつけられてしまった。仕方ないから説明を続ける。

「次は回転する力を使って推進力にする部分です。まずこの両側に大きな水車をつける形式は回転部分のわずかな場所しか推進力に寄与しない。ですので全体を水中に入れたスクリューという推進器を使います。要は玩具の風車。あれを船の後ろ、下部分の水中につけると思って下さい。
 なおスクリューは大きければ大きいほどいいのですけれど、河川を航行する際には川底の深さという限界があります。またスクリューは完全に水中に無いと極端に効率が悪くなります。ですので河川用の船ではやや小さめに、外洋でしか使わなければ大きめがいいでしょう。あと回転数もタービンの回転速度のままでは速すぎるのでギアかベルト、チェーン等で減速させてやります」

 視界ではシモンさんが魔法アンテナを組み立てて改造を始めている。まずは容器の改造やシールの強化で蒸気の経路を高圧化対応している模様だ。

「イメージだと大きいこの水車の方が真っ直ぐ後ろに水を進めるから効率が良さそうだけれど」

 ミド・リーがいい質問をしてくれた。

「確かにイメージではそうなんです。それで俺が知っている世界ではこのタイプの船とスクリュータイプの船とで実際に綱引きさせました。結果はスクリュータイプの船の勝利。それ以降外輪船は姿を消していきました」

 イギリス海軍による有名な実験だ。なんて事はここで言っても無意味だから言わないけれど。


「ついでだからスクリューは二重にして反転させるよ」

 おいシモンさんそこまでやるか。それは完全に想定外だ。
 確かに効率的かもしれないがどう考えてもそれはシモンさんの趣味だろう。前後のフィンで工夫するとかそっちの方が正しいと思うぞ。
 そう俺は思うのだが製作者がそうしてしまうのだから仕方ない。なので一応今の台詞の説明はしておく。

「今シモンさんが言ったのはちょっと複雑な形式です。具体的にはスクリューを同じ軸の前と後ろに配置させて、それぞれ逆回転させるという仕組みです。スクリューがひとつですと回転方向とは逆にねじれの力がかかり、それが動力のロスになります。ここで逆回転のスクリューを前に追加してやると結果としてねじれの力がなくなり、動力のロスが減る事になります」

「あとギアチェンジでバックも出来るようにしたから」

「今言ったのはスクリューを逆回転させる装置をつけるという事です。こうすると船が後ろ向きに進みますので操船がやりやすくなります。ただ後退時は舵がききにくいので注意して下さい」

「あと軸受けの説明」

「回転している軸を受け止める際、平らな面ではどうしても摩擦の問題があります。それですので、こんな感じの構造にして球の回転で受け止める形にします。なおこの部分には水に溶けにくく固めの油脂を充填しておきます」

 図を書いて説明する。シモンさん、なかなか俺使いが荒い。おかげで説明が大変だ。
 しかしシモンさん、こっちを注意しながらでも改造を恐ろしい速度で進めている。既に俺達の蒸気ボートより性能は上だ。

 元々蒸気機関の効率が低い分、俺達のボートよりボイラーが大きかった。そこをシモンさんは俺達のボートに使っていない技術まで総動員して改造。結果最初の状態から比べて遥かに凶悪な性能に生まれ変わった訳だ。
 というかいいのかこんな怪物作って。この性能、ボートレースやるわけじゃないぞ!

 仕方ないので俺は注意事項を補足する。

「改造後の船は最低でも必ず鑑定魔法持ちと工作系魔法持ちの2組の技術者で構造と性能を確認してから試して下さい。今までのつもりで使うと間違いなく暴走します。出力的に数倍の代物に改造してしまっているので……」

「あと潤滑油の説明も」

「動かす前に、さっきの軸受け等に使っている油脂も必ず確認するよう言っておいて下さい。あれがないと部品の消耗が激しくなるばかりか所定の性能が発揮できません。製造は石灰石と脂で作っています。製造方法も鑑定魔法でわかるはずです」

 そんな感じで俺が説明したり図を描いたりする事約1時間。俺がすっかりくたびれた頃、ようやく改造が終了した。

「さっきよりむしろおとなしい感じなのだ」

 フルエさんの台詞は外見的には正しい。外輪が無くなって一見すっきりしている。
 しかし性能はもはや比べられるような状態じゃない。ボイラーもタービンも推進機関に至るまで何もかもが最大限に強化されている。全速を出すと船体が出力に耐えかねて壊れないだろうか。考えただけでも恐ろしい。

「間違いなく推進機関がオーバースペックなので、くれぐれも注意して下さい」

「でも試作だしこれくらいの方が見本としていいよね」

 いやシモンさんこれは間違いなくやり過ぎだ。現在の俺達の蒸気ボート以上にヤバい代物だから。
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