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第15章 新学期を迎えて
第116話 4月を迎えて
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春はこの国では税金の季節。昨年申告した分を国王庁へと支払わなければならない。期限は3月末日だった。
ナカさん曰くごっそり持って行かれたとの事。
その業務で疲れたのか、ナカさんはしばらく調子がおかしかった。
『全員分併せて正金貨が片手では足らないくらいよははははは』
と微妙に壊れていたりもする。
ナカさんがこんな壊れ方をするのは珍しい。基本的に彼女はこの中ではしっかり者の常識人として通っているから。
さてそんな事故もあったりしたが、俺達も無事進級した。そこでひとつ疑問があったので皆に聞いてみる。
「もし新人がこの研究会に入りたいと言ったらどうすればいいんだろう」
「私達に頼らず自力でこの研究室にたどり着けた生徒なら入会させてもいいそうですわ。ただし国王庁で身元調査をするので正式な入会までには少し時間を下さいとの事です」
アキナ先輩からあっさり答えが返ってきた。あらかじめ想定内の質問だったようだ。
「ただこの研究室や研究資金等の特権は、この面子がこの学校内にいる間だけ有効との事だ」
ヨーコ先輩もその辺は聞いていたらしい。
さて、取りあえず新学期。現在やっている作業は各種鏡の生産販売だ。手持ちで持てる顔と髪がぎりぎり全部入る程度の鏡。これがなかなか評判がいいらしい。
安くて軽い鏡を作るため、銀鏡反応で銀メッキをする製法に変更した。ただこの方法は気を抜くと爆発する物質を作ってしまう。なので常に俺が鑑定魔法で確認する必要がある訳だ。
おかげで毎日魔法を使いっぱなしで非常に疲れる。でもシモンさんの工作系魔法でもうまく銀メッキが出来ない以上仕方無い。
他にもやらなければならない作業がある。シンハ家の別館で作っていたスキンケアグッズだが、更なる量産のため工場を新設し移動することになった。
新しい工場はシンハ家の領地内、ウージナに隣接する場所に作るそうだ。自分の領地内だと税金が自分の所に入るので収入源になる。それに場所確保も楽だ。
今まで蒸気機関でやっている部分は川に水車を作ってそれを動力源とする。その辺の機械の設計と原型機の製造を頼まれたのだ。
今度の機械はできるだけ単純で保守がしやすいものにする予定。これはシモンさんと相談した結果だ。俺達の手を完全に離れる以上、工作系魔法持ちなら誰でも保守できる程度にする必要がある。
あと秘密な構造は無しという事で。つまり蒸気機関とかは使わない。極力水車の回転を動力源としてそのまま使うように設計する。電気分解の為の発電機だけは構造がちょっと複雑だけれども。
尿素を作る装置が難題だったがこれも圧縮してから加熱することで何とか解決。ウォームギアを使ったり色々凝った仕組みだが、シモンさんに言わせると『精度を出すだけなら工作系魔法使い誰でも出来るよ』との事だ。今度の安息日に作成と設置を行う予定。
そんな訳であれこれ忙しかったりするのだけれど、その分自分の研究が進まない。
シモンさんに各種の可変コンデンサもどきと多段コイルを作って貰った。これで魔法出力の帯域を調整できないかと思っているのだけれど、忙しすぎてなかなか実験データの蓄積が出来ないのだ。何せ数値的データの測定方法すらないので完全な手探り状態。
でもこの研究には未来がある。上手くいけば誰でもどんな魔法でも使えるなんて夢が近づく。ただ今の状態では研究完成まではまだまだ遙か遠い感じだ。
方法論は間違っていないと思う。魔法コイルも魔法コンデンサも電気と同じような反応をしている事は間違いない。鹿魔獣《チデジカ》の魔石を使って確認はしているのだ。この魔石は電気魔法だから電流計や電圧計で効果を確認できるから。
多分何かが足りない。でもデータがなかなか蓄積できずに結果が出せない。他は順調なのだが俺の研究だけは停滞中だ。
◇◇◇
そんな訳で次の安息日。俺達は全員でシンハ家の新しい工場へと向かった。
川沿いで船でも行けるそうなので、船に資材や弁当等色々積んで出かける。工場にも資材は用意して貰ってあるのだが念の為だ。重要部品はあらかじめ作ってあるし。
モトヤス運河を下り、ヤワタ川を上ってすぐ。カーケ子爵領カンオン町のちょっと外れ、丘に隣接した場所に工場はあった。ウージナの市街地から歩いても半時間程度の便利な場所だ。
でもこの場所が選ばれた理由は利便の良さだけではない。丘側の谷戸から出ている細い川、これがここに工場を作った最大の理由だ。
川は細くて急すぎて船の航行は無理。でも水量は年間ほぼ一定しているそうだ。これが新しい工場の動力源になる。
既に高さ2腕くらいの堰堤がぐるっと川の周りを覆っていて、中は小さめの湖のようになっている。これは事前にシンハの父ことニシハ・クシーマ卿に築いて貰ったものだ。既に結構な量の水が溜まっていて、吐水口から水が放出されている。
吐水口以外に水を流す堰は2つ設置。ひとつは直接下流へ水を流すもの、もう一つは工場へのパイプに水を流すものだ。
まずは動力用水路パイプの先にタービンを設置する。事前の依頼で工場への水パイプや工場の排水路は設置済み。そしてタービンや減速ギア、軸受けやロック付クラッチ等の精密部品はあらかじめ研究室で製造済み。
俺やシンハ君でこれら部品や置いてある資材を現場近くに運ぶ。あとは設計図を元にシモンさんの魔法で製作だ。
シモンさんが魔法アンテナを構える。お椀型のタービンを中心に周りが練成され始めた。更に回転軸の上には減速用ギアボックスが収まる。
最後に工場の壁沿いに動力シャフトが取り付けられ、ギアボックスからの軸と接続されればタービン部分は完成だ。このシャフトの回転が工場内の他の機器の動力源になる。
次は動力シャフトと接続する各機器の製作だ。各機器はシャフトとギアで接続し、ロック付クラッチで動力となる回転力を受け取る仕組み。電気分解用の発電機や自動かき混ぜ機が発展した石鹸釜、尿素製造機等がそうだ。
このうち尿素製造機は高温高圧がかかるので、頑丈な壁で隔てられた別室に本体を設置する。電気分解装置の後処理装置も爆発を伴う機械なので別室だ。あとは換気扇等もシャフトから動力を得ている。
シモンさんは石鹸釜を2台、他の機械を1台ずつ作成して設置していく。これらの機械は以前と違って逆鑑定魔法をかけていない。だからある程度の工作系魔法持ちなら複製することも可能だ。
工場もあらかじめそれを見越してかなり大きめに作ってある。今はまだ最小限の機械だけだからすっからかんだけれども。
全部の機械の製造と設置には2時間ちょっとかかった。
次に俺が鑑定魔法で全部の機械を点検。取りあえず設計通りに動くことを魔法で確認する。うん、魔法では全て正常だな。
なら次は実際に動かす試験運転だ。
「シンハ、それじゃ水門を頼む。ほんの少しでいい。吐水口からの水が止まらない程度で」
「了解」
シンハ君がほいほいと工場を出て行く。
『了解。行くぞ』
伝達魔法が聞こえた。パイプの中を水が流れ始める。
タービンがゆっくり回り始めたようだ。かすかな振動と駆動音。そして動力パイプもゆっくり動き始める。
「それじゃ各機械、クラッチを繋いで確認するね」
シモンさんが手前の機械から確認を開始した。
◇◇◇
ひととおり確認が終わった。午後からはシンハ君の父と工場の責任者が来て最終確認を実施する。このときは実際に使っている材料を使用して動作確認をする予定だ。
それまで昼食を食べて休憩。堰堤を登り更に登って上の丘に出る。
ここからはウージナ市街地やカンオン町が下に見える。出来たばかりの人造湖も水が綺麗でいい感じ。そして丘にはファントゥナの花がちらほら咲き始めている。
「この白い花もいっぱい咲いていると綺麗ですよね」
「同意」
「でもこの花、最盛期になると全部毟られちゃうんだよ。ちょっと勿体ないけれど」
「今年のここは畑扱いだからな」
ここのファントゥナの花はれっきとした作物。虫除け燻火こと蚊取り線香の材料畑だ。元々ある程度の群落があったのだが、昨年の秋に余分な草木の伐採だの株分けだの色々やって完全な花畑にしてしまった。
勿論そんな事をやった犯人はうちの親。厳密はうちの父とシンハの父に依頼された冒険者か誰かだけれど。
ここからウージナ市街地を挟んだ向こう側、俺達が最初にファントゥナの花を摘んだ場所も既に材料用に押さえられている。今年は昨年以上に材料を確保して量産する気のようだ。
何やかんやでシンハの家もうちの家も順調に儲かっている。取りあえずめでたい。
ナカさん曰くごっそり持って行かれたとの事。
その業務で疲れたのか、ナカさんはしばらく調子がおかしかった。
『全員分併せて正金貨が片手では足らないくらいよははははは』
と微妙に壊れていたりもする。
ナカさんがこんな壊れ方をするのは珍しい。基本的に彼女はこの中ではしっかり者の常識人として通っているから。
さてそんな事故もあったりしたが、俺達も無事進級した。そこでひとつ疑問があったので皆に聞いてみる。
「もし新人がこの研究会に入りたいと言ったらどうすればいいんだろう」
「私達に頼らず自力でこの研究室にたどり着けた生徒なら入会させてもいいそうですわ。ただし国王庁で身元調査をするので正式な入会までには少し時間を下さいとの事です」
アキナ先輩からあっさり答えが返ってきた。あらかじめ想定内の質問だったようだ。
「ただこの研究室や研究資金等の特権は、この面子がこの学校内にいる間だけ有効との事だ」
ヨーコ先輩もその辺は聞いていたらしい。
さて、取りあえず新学期。現在やっている作業は各種鏡の生産販売だ。手持ちで持てる顔と髪がぎりぎり全部入る程度の鏡。これがなかなか評判がいいらしい。
安くて軽い鏡を作るため、銀鏡反応で銀メッキをする製法に変更した。ただこの方法は気を抜くと爆発する物質を作ってしまう。なので常に俺が鑑定魔法で確認する必要がある訳だ。
おかげで毎日魔法を使いっぱなしで非常に疲れる。でもシモンさんの工作系魔法でもうまく銀メッキが出来ない以上仕方無い。
他にもやらなければならない作業がある。シンハ家の別館で作っていたスキンケアグッズだが、更なる量産のため工場を新設し移動することになった。
新しい工場はシンハ家の領地内、ウージナに隣接する場所に作るそうだ。自分の領地内だと税金が自分の所に入るので収入源になる。それに場所確保も楽だ。
今まで蒸気機関でやっている部分は川に水車を作ってそれを動力源とする。その辺の機械の設計と原型機の製造を頼まれたのだ。
今度の機械はできるだけ単純で保守がしやすいものにする予定。これはシモンさんと相談した結果だ。俺達の手を完全に離れる以上、工作系魔法持ちなら誰でも保守できる程度にする必要がある。
あと秘密な構造は無しという事で。つまり蒸気機関とかは使わない。極力水車の回転を動力源としてそのまま使うように設計する。電気分解の為の発電機だけは構造がちょっと複雑だけれども。
尿素を作る装置が難題だったがこれも圧縮してから加熱することで何とか解決。ウォームギアを使ったり色々凝った仕組みだが、シモンさんに言わせると『精度を出すだけなら工作系魔法使い誰でも出来るよ』との事だ。今度の安息日に作成と設置を行う予定。
そんな訳であれこれ忙しかったりするのだけれど、その分自分の研究が進まない。
シモンさんに各種の可変コンデンサもどきと多段コイルを作って貰った。これで魔法出力の帯域を調整できないかと思っているのだけれど、忙しすぎてなかなか実験データの蓄積が出来ないのだ。何せ数値的データの測定方法すらないので完全な手探り状態。
でもこの研究には未来がある。上手くいけば誰でもどんな魔法でも使えるなんて夢が近づく。ただ今の状態では研究完成まではまだまだ遙か遠い感じだ。
方法論は間違っていないと思う。魔法コイルも魔法コンデンサも電気と同じような反応をしている事は間違いない。鹿魔獣《チデジカ》の魔石を使って確認はしているのだ。この魔石は電気魔法だから電流計や電圧計で効果を確認できるから。
多分何かが足りない。でもデータがなかなか蓄積できずに結果が出せない。他は順調なのだが俺の研究だけは停滞中だ。
◇◇◇
そんな訳で次の安息日。俺達は全員でシンハ家の新しい工場へと向かった。
川沿いで船でも行けるそうなので、船に資材や弁当等色々積んで出かける。工場にも資材は用意して貰ってあるのだが念の為だ。重要部品はあらかじめ作ってあるし。
モトヤス運河を下り、ヤワタ川を上ってすぐ。カーケ子爵領カンオン町のちょっと外れ、丘に隣接した場所に工場はあった。ウージナの市街地から歩いても半時間程度の便利な場所だ。
でもこの場所が選ばれた理由は利便の良さだけではない。丘側の谷戸から出ている細い川、これがここに工場を作った最大の理由だ。
川は細くて急すぎて船の航行は無理。でも水量は年間ほぼ一定しているそうだ。これが新しい工場の動力源になる。
既に高さ2腕くらいの堰堤がぐるっと川の周りを覆っていて、中は小さめの湖のようになっている。これは事前にシンハの父ことニシハ・クシーマ卿に築いて貰ったものだ。既に結構な量の水が溜まっていて、吐水口から水が放出されている。
吐水口以外に水を流す堰は2つ設置。ひとつは直接下流へ水を流すもの、もう一つは工場へのパイプに水を流すものだ。
まずは動力用水路パイプの先にタービンを設置する。事前の依頼で工場への水パイプや工場の排水路は設置済み。そしてタービンや減速ギア、軸受けやロック付クラッチ等の精密部品はあらかじめ研究室で製造済み。
俺やシンハ君でこれら部品や置いてある資材を現場近くに運ぶ。あとは設計図を元にシモンさんの魔法で製作だ。
シモンさんが魔法アンテナを構える。お椀型のタービンを中心に周りが練成され始めた。更に回転軸の上には減速用ギアボックスが収まる。
最後に工場の壁沿いに動力シャフトが取り付けられ、ギアボックスからの軸と接続されればタービン部分は完成だ。このシャフトの回転が工場内の他の機器の動力源になる。
次は動力シャフトと接続する各機器の製作だ。各機器はシャフトとギアで接続し、ロック付クラッチで動力となる回転力を受け取る仕組み。電気分解用の発電機や自動かき混ぜ機が発展した石鹸釜、尿素製造機等がそうだ。
このうち尿素製造機は高温高圧がかかるので、頑丈な壁で隔てられた別室に本体を設置する。電気分解装置の後処理装置も爆発を伴う機械なので別室だ。あとは換気扇等もシャフトから動力を得ている。
シモンさんは石鹸釜を2台、他の機械を1台ずつ作成して設置していく。これらの機械は以前と違って逆鑑定魔法をかけていない。だからある程度の工作系魔法持ちなら複製することも可能だ。
工場もあらかじめそれを見越してかなり大きめに作ってある。今はまだ最小限の機械だけだからすっからかんだけれども。
全部の機械の製造と設置には2時間ちょっとかかった。
次に俺が鑑定魔法で全部の機械を点検。取りあえず設計通りに動くことを魔法で確認する。うん、魔法では全て正常だな。
なら次は実際に動かす試験運転だ。
「シンハ、それじゃ水門を頼む。ほんの少しでいい。吐水口からの水が止まらない程度で」
「了解」
シンハ君がほいほいと工場を出て行く。
『了解。行くぞ』
伝達魔法が聞こえた。パイプの中を水が流れ始める。
タービンがゆっくり回り始めたようだ。かすかな振動と駆動音。そして動力パイプもゆっくり動き始める。
「それじゃ各機械、クラッチを繋いで確認するね」
シモンさんが手前の機械から確認を開始した。
◇◇◇
ひととおり確認が終わった。午後からはシンハ君の父と工場の責任者が来て最終確認を実施する。このときは実際に使っている材料を使用して動作確認をする予定だ。
それまで昼食を食べて休憩。堰堤を登り更に登って上の丘に出る。
ここからはウージナ市街地やカンオン町が下に見える。出来たばかりの人造湖も水が綺麗でいい感じ。そして丘にはファントゥナの花がちらほら咲き始めている。
「この白い花もいっぱい咲いていると綺麗ですよね」
「同意」
「でもこの花、最盛期になると全部毟られちゃうんだよ。ちょっと勿体ないけれど」
「今年のここは畑扱いだからな」
ここのファントゥナの花はれっきとした作物。虫除け燻火こと蚊取り線香の材料畑だ。元々ある程度の群落があったのだが、昨年の秋に余分な草木の伐採だの株分けだの色々やって完全な花畑にしてしまった。
勿論そんな事をやった犯人はうちの親。厳密はうちの父とシンハの父に依頼された冒険者か誰かだけれど。
ここからウージナ市街地を挟んだ向こう側、俺達が最初にファントゥナの花を摘んだ場所も既に材料用に押さえられている。今年は昨年以上に材料を確保して量産する気のようだ。
何やかんやでシンハの家もうちの家も順調に儲かっている。取りあえずめでたい。
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