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第12章 春合宿は南へと

第95話 春休み開始まで

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 本当は蒸気自動車を早く完成させたい。しかし3学期はなかなかそんな余裕がとれない。
 この世界の学校では3学期は1年の復習期間。さらっと復習内容を流してテストで確認してを繰り返す。そんな訳で週に1度はテストがあるという日程。
 なおテストで落第点を取ると放課後が補習で埋まる事になる。

 俺は今まで勉強を授業外でした事が無かった。しかし3学期の毎週テスト&点数次第で即補習というプレッシャーには負けた。だから仕方なくテスト範囲を事前に見直すくらいはやっている。
 シモンさんも同じ。シンハ君に至っては全方位即臨戦態勢という状況だ。
 今はまだ1月が終わったばかり。そしてこの緊張感ある体制は2月後半まで続く。

 今のところ俺とシモンさんは何とか補習を免れている。シンハ君は今日まで算術で2回失敗し集中補習を受けさせられた。
 なお他の皆さんは余裕そうに見える。少なくとも先輩方3名とミド・リー、ナカさんは余裕そうだ。

 逆に言うと少しでも苦労しているのは俺、シンハ君、シモンさんの3名。俺とシモンさんは古文がいまひとつ。シンハ君は算術を除き全方向まんべんなく微妙。算術はちょっとでも気を抜くとアウトだ。
 従って放課後の研究室も基本的には勉強会になっている。

 なおアキナ先輩は3年生なので自由登校期間。この時期の3年生は入試だの就職だので基本的には登校しない。なのだが律儀に放課後になると研究室に顔を出しに来る。余裕というか何というか……

 余裕と言えばヨーコ先輩もだ。前は俺と一緒に研究室に来ていたのだが、最近はだいたい1時間ちょっと遅れ。おやつ時間の少し前にやってくる。服装等を見るにどうもトレーニングか何かをしているようだ。
 おやつ時間の前にシャワーを浴び、おやつ時間後に研究室の一角に結局作ってしまった大浴場コーナーへと消える。そうして半時間くらいで出てくる感じだ。

 そう、大浴場コーナーは結局出来てしまった。冬休み明け早々、女子全員の強い意志に押し切られてしまったのだ。あの別荘のもの程大きくは無いが、それでも4~5人は身体を伸ばして入っていられるサイズらしい。
 らしいと言うのは俺はまだ中に入って試していないから。勉強が忙しいしいつ女子の誰かが入ってくるか気が気ではないからだ。結構皆さん気軽に使っているし。
 なお例のスキンケアグッズも中に揃っている模様。匂いでそれとなくわかる。

 ◇◇◇

 そんな日々が続き、辛子菜の黄色い花が咲く頃。アキナ先輩は宣言通りあっさりと高等部入学を決め、俺達も無事進級が決まった。
 今回も何とか休み中補習になる人間は出なかった。シンハ君が首の皮1枚というところだったけれど。
 
 試験が終わった段階で、俺とシモンさんは蒸気自動車作りにとりかかる。
 俺にとって一番大変だったのが蒸気機関のシリンダー用潤滑油の精製作業。何せこの温度で潤滑できてパイプを塞がない潤滑油など市販している訳ない。手近にあった植物油系統や動物脂肪系は全滅。結果としては石炭を乾留して得た油を更に加工して製造した。


 この潤滑油、水溶性で高温でも耐える優れものだがもうあんな苦労はしたくない。何せ理論等一切わからないので色々な基油を作って鑑定魔法で確認しての作業を繰り返したのだ。1週間以上かけて少なくとも百種類以上は作ったと思う。
 更に輝水鉛鉱なんて鉱物まで準備室の標本から分捕って使わせてもらった。鑑定魔法が無ければ無理だっただろう。

 一方でシモンさんの作業では車の椅子だとか内装とかが手間取った。更にレバーやペダルの配置やサスペンション等の調整も。こっちは蒸気機関や車体が出来てからの方がむしろ手間がかかった感じだ。


 タイヤの形や全体のバランスはかつての日本の自動車と大分形が異なる。まずタイヤはやや細めで径が大き目。そしてリアにボイラーと石炭タンクを配置し水タンクやピストン等は床下配置。だから乗車部分の床がかなり高い。


 前はハンドルと前輪とラジエターの分だけボンネットがある。更に透明なガラスが無いので屋根だけで、重心を低くするため屋根は革張り。全体の形は小さいボンネットバスという雰囲気だ。
 車体色はウージナ王立学校のスクールカラーである濃い青アズールブルー。前のタイヤハウス部分と屋根は黒色とした。
 なおシート配置は当初の予定から変更し、2人ー2人ー2人ー3人掛け。補助席を付けると2人掛けも3人掛けに変更できる。

「でっかい馬車だよね。馬が引いたらあっという間に疲れて動かなくなりそう」

「長さ的には馬が引く馬車より短い筈だぞ。馬の位置から馬車の後ろまでの長さと比べればだけれど」

「あと曲がる時の動きに癖があるよね。ちょっと注意しないと」

「曲がり角では出来るだけ前に突っ込んでから曲がる感じだな。速度も落とさないと横に倒れそうだ」

 運転は基本的に俺とシモンさんが担当する事になった。全員やってみたのだが色々問題が発生したせいだ。
 まずシンハ君とフールイ先輩、ヨーコ先輩の3人が淘汰された。次にミド・リーにもご遠慮願う。ナカさんとアキナ先輩はご自身が遠慮された。残ったのが俺とシモンさんという訳だ。

 免許はいらないが安全運転の義務はある。水路と違い歩く人もいるし遅い馬車も走っているし。

 何とか俺とシモンさんが運転に慣れ、サスペンションやレバー等の調整もほぼ完了したところで、学校は修了式を迎えた。これから3月いっぱいは春休みだ。
 そして既に宿というか合宿の行き先は決定している。アストラム国のほぼ最南端、アージナだ。

 今回俺達はアキナ先輩の別荘に招待されたという形をとっている。旅行の責任者もアキナ先輩。
 世間では高等部生は中等部生と違い、大人という事になっている。大人の責任者がいるから男女混合中等部生のグループでも問題無いという理屈だ。
 実際はまだアキナ先輩も中等部生なのだが、高等部に合格したのでもうその扱いでいいらしい。いいのか世間こんなので。

 そんな訳で3月1日、またもや2週間の予定で合宿はスタート。早朝5時に研究室に集合、ここから完成したばかりの蒸気自動車で出発だ。

「ボートに比べると荷物があまり載りませんね」

「全長が大分違いますからね。後ろに荷車を牽引してもいいのですが、今回は自動車での初めての旅行ですので余分なもの無しで行きましょう」

 相変わらず大貴族2名は荷物が多いが、それでも何とか車内に納める。

「後ろは椅子ではなくて、貸切馬車みたいに平らな荷台にしても良かったんじゃないかなあ?」

「椅子式の方が疲れない筈なんだ。多少の振動があっても楽だしさ」

「確かに馬車に比べて振動は圧倒的に少ないですわ」

「動きが違うよな。馬車より重厚かつ滑らかな感じだ」

 街中は人もいるのでゆっくり走らせる。奇異な目で見られるが、大方の人は新型の魔法駆動馬無し馬車だと思うのだろう。そこまでは気にしないようだ。
 実際は蒸気自動車で、魔法駆動より数段速いし航続距離も長いのだけれど。

 魔法駆動だと術者にも依存するけれど1人の魔力でせいぜい10離20km位しか走れないらしい。まあそんなもの噂で聞くだけで乗った事は無いけれど。
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