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第10章 便利道具と魔獣狩り ~冬休み合宿編・中~
第88話 予算の都合
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気づいたのは部屋に戻った後だった。
「おいおい、よく見るとシンハの鎧の胸部分、凹んでいるじゃないか」
ヨーコ先輩の言う通り、シンハの鎧の胸甲部分に拳で殴ったようなへこみが出来ていた。
「ああ、魔法銅《オリハルコン》だから柔らかいんだろ」
シンハ君は全く気にもしていなかった模様。
「魔法銅《オリハルコン》なのは表面だけ、内部はそこそこ分厚い鋼だからね。相当な威力の攻撃じゃないとそんなに凹まない筈だよ」
「そんなに固いのか、これ」
「勿論!」
工作物担当者は断言する。
「これだけの衝撃が当たると、鎧の上からでも普通の人は気絶しかねない筈なんだけれどな。ミド・リーさん、シンハの身体肋骨くらい折れていない?」
ミド・リーは肩をすくめて見せた。
「確認したけれどほんの打ち身になっているかどうかという程度ね。やせ我慢とかそういうのじゃないよそれ。まあシンハの身体は昔から異常に頑丈だからね。多分学校裏の丘の石段の上から転がしても大丈夫だと思うわ」
「流石にそれは俺も痛いぞ」
いやシンハ、それは違う。
「普通の人は全身打撲かつ複雑骨折で死ぬけれどね。シンハならきっと痛いだけで済むと思うわよ」
本人以外の皆さんが笑っている。
「でもあの投げ槍は凄かったな。私のは右足腿部分だったがシンハの槍は喉から身体を貫通していた」
「あれは飛び上がって狙えたから出来ただけだな。アキナ先輩の魔法で熊魔獣《アナログマ》の足が止まっていたしさ」
奴はそう言うが、俺だと持ち上げるのがやっとの槍を50腕程度離れた先の魔獣に狙って当てているのだ。勿論魔法で身体強化をしているのだが、それでもただ事ではない。
「でも熊魔獣《アナログマ》は強かったな。他の魔獣とは比べものにならなかった」
「攻撃魔法を使ってくる敵ってあんなに怖いのね」
俺も同意だ。ただ思いついた事もある。
「ああいう場合はもう、シンハにあの槍を3本位持たせて全部任せるという事でいいんじゃないか」
「何か私もそれでいいような気がしてきた」
ミド・リーも同意してくれた。
「シンハなら熊魔獣とサシで戦っても死なないと思うしね」
「おいおい、俺だって人間だぞ」
シンハ君が抗議をしている。
「その辺の弁明はお茶でもしながらゆっくり聞く事に致しましょう」
アキナ先輩にも笑顔が戻っていた。他の皆さんもだ。ヨーコ先輩だけは何か考えているような様子だったけれど。
すぐ寝る気分でもないしお茶にしてもいいかな。昨日はあんこを茹でておいたし、どら焼きでも作るとしよう。
◇◇◇
翌朝。
遅めの朝食後、衛兵の事務所へ行ってきたヨーコ先輩が帰ってきた。
「良い話と悪い話がある」
いきなり何だろう、それは。
「まずいい話だが、熊魔獣の報奨金を受け取った。毛皮や肉はボロボロで使えないが、報奨金だけで小金貨1枚になった。魔石も貰ってきた」
シモンさんが魔石を受け取り、木の箱の中にしまう。
「かなり高いですね」
「でも大猪魔獣《オツコトヌシ》の合計金額より内臓分安いです」
ナカさんはその辺しっかりしている。
「それで悪い話は何でしょうか」
「魔獣退治に出る報奨金は合宿中これで最後だ。今年の予算を全額使ってしまったそうだ」
なんと、と一瞬思ったがよく考えるとありそうな話だ。
「この辺にいた大型魔獣、全部狩っちゃったものね」
「そうだね。既に例年の3倍程度討伐しているし。予算が無くなるのも当然だよ」
「仕方ない」
皆さん納得しているようだ。
「討伐の方は今日で終わりにしてもいいし、期日までいてもいい。依頼そのものは完了扱いにするそうだ。ただ魔獣を倒しても報奨金は出ない。
そこで相談だ。皆は合宿の残り5日をどうしたい?」
皆さん互いに顔を見合わせる。
「僕はそれなら帰りたいな。研究室で作りたいものも色々出来たしね」
シモンさんは明快な理由で帰還派。
「私は折角ですからもう少し合宿を楽しみたいです。ここでなくてもいいですから」
ナカさんは継続派のようだ。
「確かにもう魔獣も出そうに無いし、町も小さいから一通り回ったしね。どうせなら違うところに行ければいいけれど、いい場所あるかな」
「同意」
ミド・リーとフールイ先輩は別の場所で合宿継続派。
「俺は合宿継続出来るなら何処でもいい」
シンハ君は何処でもいいから合宿継続派か。
「俺もかな。いつもと違う場所にいるのは楽しいしさ」
そう、合宿そのものは悪くない。勿論熊魔獣襲撃なんて危険な事は避けたいけれど。
「多数派は合宿継続、それも意見を合わせると別の場所でという事になりそうだけれど、シモンさんはそれでいいかな」
「合宿そのものは楽しいしそれでもいいよ」
「アキナ先輩はいかがですか」
「出来れば予定通り合宿を続けたいですわ。ここでなくともかまいませんけれど」
「ならちょっと手配をしてみよう。うまくいくかわからないから、期待はしないで待っていてくれ」
ヨーコ先輩が部屋を出て行った。
「何か心当たりがあるのでしょうか」
「此処はヨーコさんの家の領地内ですからね。砦か役場でしたら遠距離伝達魔法を使える方もいらっしゃるでしょうし、お父様辺りとご相談されるのではないでしょうか。領地内にいくつか別荘もお持ちのようですしね」
流石大貴族。そう思って気づいた。そういえば大貴族ではないシンハ君宅も別荘を持っていたなと。
貴族なんてのはそんなものなのかもしれない。
「どんな場所でしょうね」
「それはわかりませんわ」
「でも楽しみ」
そんな意見が続いた後。
「ならこの部屋も片付けましょう。荷物は荷車にまとめて、布団類はたたみ直して。最後に全体に私が清拭魔法をかけますので、見栄え等がいいように整えて下さい」
ナカさんがそう宣言。
「どうしよう。まだ肉類がそこそこ残っているけれど」
「運搬用の木箱のひとつを氷詰めにしておいて、氷や水が肉にあたらないよう容器に入れて中に入れておけばいいよ。それは僕がやるから」
「助かる。シモンさんお願い」
「その前に個人の部屋をまず片付けましょう。肉や食料品は最後でいいです」
ナカさん指揮による片付け作業が始まった。
「おいおい、よく見るとシンハの鎧の胸部分、凹んでいるじゃないか」
ヨーコ先輩の言う通り、シンハの鎧の胸甲部分に拳で殴ったようなへこみが出来ていた。
「ああ、魔法銅《オリハルコン》だから柔らかいんだろ」
シンハ君は全く気にもしていなかった模様。
「魔法銅《オリハルコン》なのは表面だけ、内部はそこそこ分厚い鋼だからね。相当な威力の攻撃じゃないとそんなに凹まない筈だよ」
「そんなに固いのか、これ」
「勿論!」
工作物担当者は断言する。
「これだけの衝撃が当たると、鎧の上からでも普通の人は気絶しかねない筈なんだけれどな。ミド・リーさん、シンハの身体肋骨くらい折れていない?」
ミド・リーは肩をすくめて見せた。
「確認したけれどほんの打ち身になっているかどうかという程度ね。やせ我慢とかそういうのじゃないよそれ。まあシンハの身体は昔から異常に頑丈だからね。多分学校裏の丘の石段の上から転がしても大丈夫だと思うわ」
「流石にそれは俺も痛いぞ」
いやシンハ、それは違う。
「普通の人は全身打撲かつ複雑骨折で死ぬけれどね。シンハならきっと痛いだけで済むと思うわよ」
本人以外の皆さんが笑っている。
「でもあの投げ槍は凄かったな。私のは右足腿部分だったがシンハの槍は喉から身体を貫通していた」
「あれは飛び上がって狙えたから出来ただけだな。アキナ先輩の魔法で熊魔獣《アナログマ》の足が止まっていたしさ」
奴はそう言うが、俺だと持ち上げるのがやっとの槍を50腕程度離れた先の魔獣に狙って当てているのだ。勿論魔法で身体強化をしているのだが、それでもただ事ではない。
「でも熊魔獣《アナログマ》は強かったな。他の魔獣とは比べものにならなかった」
「攻撃魔法を使ってくる敵ってあんなに怖いのね」
俺も同意だ。ただ思いついた事もある。
「ああいう場合はもう、シンハにあの槍を3本位持たせて全部任せるという事でいいんじゃないか」
「何か私もそれでいいような気がしてきた」
ミド・リーも同意してくれた。
「シンハなら熊魔獣とサシで戦っても死なないと思うしね」
「おいおい、俺だって人間だぞ」
シンハ君が抗議をしている。
「その辺の弁明はお茶でもしながらゆっくり聞く事に致しましょう」
アキナ先輩にも笑顔が戻っていた。他の皆さんもだ。ヨーコ先輩だけは何か考えているような様子だったけれど。
すぐ寝る気分でもないしお茶にしてもいいかな。昨日はあんこを茹でておいたし、どら焼きでも作るとしよう。
◇◇◇
翌朝。
遅めの朝食後、衛兵の事務所へ行ってきたヨーコ先輩が帰ってきた。
「良い話と悪い話がある」
いきなり何だろう、それは。
「まずいい話だが、熊魔獣の報奨金を受け取った。毛皮や肉はボロボロで使えないが、報奨金だけで小金貨1枚になった。魔石も貰ってきた」
シモンさんが魔石を受け取り、木の箱の中にしまう。
「かなり高いですね」
「でも大猪魔獣《オツコトヌシ》の合計金額より内臓分安いです」
ナカさんはその辺しっかりしている。
「それで悪い話は何でしょうか」
「魔獣退治に出る報奨金は合宿中これで最後だ。今年の予算を全額使ってしまったそうだ」
なんと、と一瞬思ったがよく考えるとありそうな話だ。
「この辺にいた大型魔獣、全部狩っちゃったものね」
「そうだね。既に例年の3倍程度討伐しているし。予算が無くなるのも当然だよ」
「仕方ない」
皆さん納得しているようだ。
「討伐の方は今日で終わりにしてもいいし、期日までいてもいい。依頼そのものは完了扱いにするそうだ。ただ魔獣を倒しても報奨金は出ない。
そこで相談だ。皆は合宿の残り5日をどうしたい?」
皆さん互いに顔を見合わせる。
「僕はそれなら帰りたいな。研究室で作りたいものも色々出来たしね」
シモンさんは明快な理由で帰還派。
「私は折角ですからもう少し合宿を楽しみたいです。ここでなくてもいいですから」
ナカさんは継続派のようだ。
「確かにもう魔獣も出そうに無いし、町も小さいから一通り回ったしね。どうせなら違うところに行ければいいけれど、いい場所あるかな」
「同意」
ミド・リーとフールイ先輩は別の場所で合宿継続派。
「俺は合宿継続出来るなら何処でもいい」
シンハ君は何処でもいいから合宿継続派か。
「俺もかな。いつもと違う場所にいるのは楽しいしさ」
そう、合宿そのものは悪くない。勿論熊魔獣襲撃なんて危険な事は避けたいけれど。
「多数派は合宿継続、それも意見を合わせると別の場所でという事になりそうだけれど、シモンさんはそれでいいかな」
「合宿そのものは楽しいしそれでもいいよ」
「アキナ先輩はいかがですか」
「出来れば予定通り合宿を続けたいですわ。ここでなくともかまいませんけれど」
「ならちょっと手配をしてみよう。うまくいくかわからないから、期待はしないで待っていてくれ」
ヨーコ先輩が部屋を出て行った。
「何か心当たりがあるのでしょうか」
「此処はヨーコさんの家の領地内ですからね。砦か役場でしたら遠距離伝達魔法を使える方もいらっしゃるでしょうし、お父様辺りとご相談されるのではないでしょうか。領地内にいくつか別荘もお持ちのようですしね」
流石大貴族。そう思って気づいた。そういえば大貴族ではないシンハ君宅も別荘を持っていたなと。
貴族なんてのはそんなものなのかもしれない。
「どんな場所でしょうね」
「それはわかりませんわ」
「でも楽しみ」
そんな意見が続いた後。
「ならこの部屋も片付けましょう。荷物は荷車にまとめて、布団類はたたみ直して。最後に全体に私が清拭魔法をかけますので、見栄え等がいいように整えて下さい」
ナカさんがそう宣言。
「どうしよう。まだ肉類がそこそこ残っているけれど」
「運搬用の木箱のひとつを氷詰めにしておいて、氷や水が肉にあたらないよう容器に入れて中に入れておけばいいよ。それは僕がやるから」
「助かる。シモンさんお願い」
「その前に個人の部屋をまず片付けましょう。肉や食料品は最後でいいです」
ナカさん指揮による片付け作業が始まった。
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