上 下
59 / 266
第7章 食欲と挑戦の秋(1)

第54話 楽しい世界

しおりを挟む
 何と言うか俺の予想以上に圧倒的だった。姉貴の奴、無茶苦茶気合いを入れて色々作りまくっていた。
 数も多いが種類も多い。ホールケーキだけで何種類作っていたんだあの姉貴は!

 しかも皆さん限度を知らない買い方をしていた。研究会の皆さんに限らずだ。

 かつて日本で見たのよりちょっと小さめのホールケーキがだいたい小銀貨2枚2000円
 ロールケーキやパウンドケーキが小銀貨1枚1000円
 カットケーキが正銅貨4枚400円
 クッキー2枚やボックスクリーム1個が正銅貨1枚100円

 決して安くない値段なのだが恐ろしい勢いで売れていく。まあ俺達も売り上げに貢献してしまったのだけれど。

 結果、研究室で飽食の宴を開いた後、皆さん食べ過ぎで仮眠室行き。1人あたりホールケーキ1個分以上食べているから当然だろう。
 まあ今日も風が少し強め。だから気球の試運転は出来ないけれど。

「お腹の調子が戻ったら、もう一度買いに行ってみましょうか」

「あの調子だと売れ切れていると思うけれどな」

「でも行ってみる価値はあると思います」

 仮眠室からそんな会話が聞こえてくる。あれだけ甘い物を食べてもまだ食べる気らしい。まったく懲りないなこいつらは。

 シンハ君も仮眠室行きになったので、俺は1人のんびり紅茶を味わっている。
 最初に届いた紅茶のうち半分は姉貴に渡したし、2回目からは姉貴が全量取引することになった。
 だからここにあるのは1回目の残りと、本日の買い物客に配っていたサービス用紅茶の2種類。

 サービス用紅茶の方が微妙に香りがいいような気がする。
 気のせいでなければこれは2回目以降のもの。
 様々な改良により品質が向上したものなのだろう。
 これで紅茶が広がれば悪くは無いかな。俺自身は緑茶より紅茶の方が好きだから。


 病院だと緑茶は食事毎に出るけれど紅茶はまず出なかった。仕方ないから売店でティーバッグ買って自分で煎れたりしていた。
 でもそうやって煎れた紅茶は病室にいつもと違う香りを俺に運んでくれた訳だ。俺が見ることが出来なかった遠い世界の香りを。

 でも俺が今見て体験しているのもその遠い世界に当たるのかもしれない。あの頃の俺が楽しんでいるのが俺にも感じられるのだ。しかもあの時得た知識が別世界に来て色々役立っている。


 あの時は色々な物の作り方を調べるのが趣味だった。手元の物がどんな世界からどんな風に生まれてきたかを知りたかったから。
 高認の試験勉強もしたし自信もあったけれど結局受けないまま終わったな。今、主に理系の授業で役立ちまくっているけれど。

 拝啓、前世での知り合いの皆さん。俺はこっちの世界で元気にしてますよ。残念ながら伝える事は出来ないけれど。

 ◇◇◇

 熱気球の点検をしたり資材として購入した博物図鑑を読んでみたり。久しぶりにのんびりと次に作る物を考えてみたりする。
 熱気球の後はまた魔法関連かな。アンテナの時は魔法を電波と同じように考えてうまくいったけれど。

 今度はどんな発想で作るべきかな。光にフィルターをかけると色が変わるように、使える魔法を変更できるフィルターは可能だろうか。可能なら杖と組み合わせて面白い事が出来そうだ。
 フィルターになりそうなのはやはり宝石とか鉱石とかかな。色々な杖を作って試してみるか。

 他に魔獣が持つ魔石というものも気になる。扱いを間違うと爆発するなんて話も聞くけれど、込められた魔力を使う事が出来れば魔力の電池として使える訳だ。問題はこの辺から魔獣が一掃されていて、魔石が手に入りにくいことかな。

 あと食べ物で欲しいのはカカオの実だ。チョコレートが出来ればこれまた楽しそうだ。あとはゴムも欲しい。
 ただシモンさんがプラムの木から取って気球に使っていた樹脂。あれをひょっとしたら代用で使えるかもしれない。これは機会があったら試してみよう。
 
 そんな事を色々考えてノートに書いていると、仮眠室の方からごそごそ気配がしはじめた。


 どうやら皆さん休憩終了のようだ。のそーっという感じで皆さん出てくる。寝起きという感じで学校とかでは見せられない顔だなこれは。
 まあそれ以上に魅力的な表情も色々知っているから俺は問題ないけれど。あ、今余分な事を考えたような気がするので取り消し。

 数分後、顔を洗ったり髪を整えたりして支度を調えたヨーコ先輩が宣言する。

「それでは買い出し第二弾、『残っている物があれば買い占めるぞ作戦』行くぞ!」

 おい何だよその作戦は。

「充分買って食べましたよね」

「別腹という言葉もあるのですわ」

 別腹ものしか食べていない気がする。僕の気のせいでは無い筈だ。

「予算はまだ充分です」

 経理担当をしているナカさんがそう報告。いくら予算を考えているのか聞くのも恐ろしい。

「善は急げですわ。幸い研究院の門からお店まではすぐです」

「そうだよね。だから行くよ、ミタキ」

 しょうがないなと思いつつも楽しいなとも思う自分がいる。まあ付き合いという事で仕方ない。
 自分の家の店だけれど行くとしょう。絶対後で姉貴にからかわれると思うけれど。

 追記
 やっぱり売れ切れていたので旧店の方で卵とか材料を購入。俺がスイートサンドどら焼きの応用版、カスタード餡版を作る羽目になった。
 なんだかなと思う、本当に。
しおりを挟む
感想 95

あなたにおすすめの小説

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...