君と一緒に

於田縫紀

文字の大きさ
上 下
5 / 5

#5 終話 君と一緒に

しおりを挟む
 今までと同じような通路を五分程歩いて交差点のような場所に出る。太い通路が左右に伸びていた。
 構造も今までの通路とかなり異なる。両脇に幅一メートルくらいの歩道。柵で仕切られた中央部分には鉄の長い棒が四本、左右に走っている。

「線路だわ、これ」

 アキコ姉がちょっと驚いたような声で言った。

「線路って何ですか」

「昔、人や物を運ぶのに使われた列車という物専用の通路よ。作業用のEVなんかよりも遙かに大量のものを遙かに速く運ぶことが出来るの。昔の本に出てきたわ」

 アキコ姉はよく昔の本の複製とかを読んでいた。今は無くなった物の話をいろいろしてくれた。
 これはそんな失われたものの痕跡の一つだろうか。 

「近くに寄って見てみていいですか」

「止めた方がいいわ。電気が通っているかもしれないから」

 なるほど。
 あと問題がひとつ。左右どっちに行けばいいのだろう。

「左右どっちがいいと思います?」

 ついアキコ姉に聞いてしまう。

「私は左がいいと思う。よく見てみて」

 そう言われて左右を見てみる。

「線路の脇に数値が書いてある板があるわ。左が583.2、右が左が583.3。だから左に行けば起点に近い方にいける可能性が高いと思うの」

 なるほど。かなり遠くにあるけれど確かにそう読める。

「流石アキコ姉。僕は気づきませんでした」

 やっぱりアキコ姉は凄いな。僕ももうすこししっかりしないと。

「気づいたのはたまたまよ。それじゃ左でいいかな」

「ええ」

 そんな訳で僕らはまた歩き出す。

 その後はひたすら同じ感じの通路が続く。変化が乏しいというか全く無い。それにそろそろ眠くもなってきた。

 元々就寝時間前に歩き始めたのだ。でもアキコ姉は疲れた様子も眠そうな様子も無い。だったら僕ももう少し頑張った方がいいだろうか。

「もう少し行きましょ。まだちょっと遠いけれど非常避難所って書いてあるし」

 僕の様子に気づいたのかアキコ姉はそんな事を言う。言われてみると緑色の見慣れない標識に矢印と1,500いう数値が書いてある。

「あの緑の標識がそうですか」

「ええ。あれは昔の絵記号みたいなものなの。あの緑のマークが示すのが非常避難所よ。そこまで行けば休む場所があると思うわ」

「アキコ姉は色々知っているんですね」

 そんな事は授業でも習っていない。
 アキコ姉は軽く頷いて、そして口を開く。

「大したことじゃないわ。これも昔の本に載っていたの。戦争が起きる前のずっと古い本の複写よ。一時期そんな文書ばかり読んでいたの。あの閉鎖された団地コロニーの外へ行ってみたい、外に出たいと思って。
 外に出ることを何度も考えたたし夢をみた。閉じ込められている感じが嫌で。団地の外の事も色々調べたし、持ち物とか揃えたりもして。
 でも結局、自分一人では出る勇気が無かったの。ミナト君のおかげだよ、こうして外に出ることが出来たのは。
 だからありがとう、ミナト君。私をこの散歩に誘ってくれて」

 ◇◇◇

 20分位歩いたところで右側に扉があった。扉の形式は閉鎖区画に入る際の非常用扉と同じで、扉の中央にはあの緑のマーク。

「ここが非常用避難所ですか」

「だと思うわ」

 取っ手部分を回してロックを解除し扉を開ける。
 中はそこそこ明るい第二居住区に似た作りの空間だった。ぱっと目にもブース形式の寝台が2段で20以上ある。

「奥も見てみましょうか」

 トイレもシャワーも水道も完備。試してみたら水だけでなくお湯もちゃんと出た。そして更に……

「食料備蓄もあるわ。これなら当分は大丈夫」

 見覚えのある固形食料が壁に設置された収納庫に入っていた。正直これ、味はあまり良くない。これで当面は飢えずに済む。
 明日は持てるだけ持って行く事にしよう。

「それじゃ交代でシャワーを浴びて寝ようか。大分疲れたし」

 まずアキコ姉にシャワーを浴びてもらって、次に交代で僕もシャワーを浴びる。汗を流して服を着替えた後、空いているブースへ。

 潜り込んで横になったところでアキコ姉の声がした。 

「ちょっと寒いし一緒に寝よ。ミナト君が良ければだけれど」

 確かにここは少し寒い気がする。だから僕はこう返答。

「ええ、どうぞ」

 アキコ姉が僕のブースへと入ってくうる。足からそのまま同じ布団の、僕の横へ。

「今日は疲れたでしょう。私もちょっと疲れたかな。それじゃおやすみなさい」

 すぐ横でそんな言葉が聞こえた。見るとすぐ近くにアキコ姉の顔。

 ふと僕は思い出した。確か去年の秋、何の本か忘れたけれど古い物語の中に『幸せ』という単語が使われていたのを発見した時の事を。
 僕にはその意味がわからなかった。だから翌日、学校でTMティーチングマシンに聞いてみたのだ。

 『この世界の為に自分が役立つと感じる事』。
 これがTMティーチングマシンから聞いた答だった。しかしそれでは物語の内容に対してどうしても何かあわない。少なくとも僕はそう感じた。

 だから居住区に帰った後、アキコ姉に『幸せ』の意味を聞いてみたのだ。
『その状態のままずっといられると想像した時、嬉しいなと感じられる。そういう状態が幸せなんだよ』
 アキコ姉は僕に目を合わせてそう教えてくれたのだった。

 多分、アキコ姉が教えてくれた意味で僕は今、幸せだ。
 団地コロニーを出てしまった以上、明日どうにかなるかなんて保証は全く無い。今日は運良く食事も水も手に入った。けれどこんな幸運は二度と無いかもしれない。

 それでも僕はきっと幸せだ。あのまま団地コロニーにずっと残っているよりも。  

 こうしてアキコ姉と一緒にいられる。一緒に生きていける。ずっとそうしていられると思うと嬉しいから。

 耳元で寝息が聞こえる。アキコ姉はもう寝てしまったようだ。僕はもう一度すぐ横の横顔を見て、そして思う。
 アキコ姉、ありがとう。これからもずっとよろしく。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

ファイナルアンサー、Mrガリレオ?

ちみあくた
SF
 1582年4月、ピサ大学の学生としてミサに参加している若きガリレオ・ガリレイは、挑戦的に議論をふっかけてくるサグレドという奇妙な学生と出会った。  魔法に似た不思議な力で、いきなりピサの聖堂から連れ出されるガリレオ。  16世紀の科学レベルをはるかに超えるサグレドの知識に圧倒されつつ、時代も場所も特定できない奇妙な空間を旅する羽目に追い込まれるのだが……  最後まで傍観してはいられなかった。  サグレドの望みは、極めて深刻なある「質問」を、後に科学の父と呼ばれるガリレオへ投げかける事にあったのだ。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

ホモルクスとホモサピエンスの興亡

みらいつりびと
SF
光合成人類=ホモルクスが誕生した。環境問題で地球は破滅寸前。ホモルクスは救世できるか。 全7回のSF小説です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

宇宙警察ドラスティック・ヘゲモニー

色白ゆうじろう
SF
西暦3887年、地球と人口植民惑星「黒門」を結ぶ中継植民衛星「連島」 物流や経済、交通の拠点として地球規模以上の大都市として発展を遂げていた。 発展する経済、巨大化する資本。日に日に植民衛星「連島」の影響力は増大していき、もはや本国である日本政府ですら連島議会の意向を伺い、経済面では依存している状況にすらあった。 一方で「連島」には地球における政府のような強い権限と統治能力を有する行政機関が未発展であった。 とりわけ、衛星最大都市である【連島ネオシティ】では治安の悪化が顕著であった。 連島衛星は治安の悪化から、地球の自治体警察部に警察力の支援を要請した。 軍隊上がりの巡査五百川平治はじめ、多数の地球自治体警察から警官が特別派遣部隊員として連島へ送り込まれる。 到着した五百川らを待っていたのは、治安の安定した地球とは全く異なる世界であった。 インフラ整備のため先遣隊として初期為政を担った軍部、弱肉強食社会に異を唱える革新武装政治結社「ポリティカルディフェンダーズ」、連島の資本に熱い視線を注ぐ日本政府、カルト教団、国粋主義者たち、テロリスト・・・【連島ネオシティ】は様々な勢力が覇権を争う無法都市であった。

SNOW LAGOON ―.。*°+.*雪六花の環礁*+。*°+.― 〔妄想科学漫遊道行〕

ゆじじ
SF
科学雑誌好きの素人に拠る妄想語りですが、ご容赦を。現在やっと第拾話目執筆完了、一話ボリュームは六千文字位に成ります。語り口が合わなかったら申し訳ありませんですハイm(_ _;)m 幼い女の子が窓枠に寄り掛かり幸せそうに惰眠を貪る。古色蒼然とした機内は長い時間、揺り籠の様な揺れを繰り返していたので睡魔に唆されても仕方無いのだろう。そして――……――これはこれから女の子が出会うコトになる生体機械達の諸国漫遊?かナニカ(笑 昔、仕事が忙しいのに自分のWEBサイトに漫画で載せようとしてたモノですがメンド……げふげふん、口惜しくも断念しました。……でも今回は忙しい中でもチョットでも書き溜めてイケるハズ!……ダヨね?……さぁ、面倒くさくなってきたぞ(ぇー

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

処理中です...