ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録6 諦めと、そして覚悟と(仮題) 

4 証拠

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 サリアは俺とアギラの措置の後、6人を収納して11の鐘前に小型ゴーレム車で施設を出て、夕方遅くに帰ってきた。

「アギラの手紙を司教に見せただけで、すぐに預かって貰えました。司教がアギラによろしくとの事です」

 ただ俺達は気づいていた。
 此処からラテラノまで130離260km程度。
 通常の馬車なら往復で3~4日かかるが、今のサリアなら往復2時間かからない。
 半日かかったのは、どこかで何かをしていたからだろうと。

 その答えがわかったのは深夜、全員が寝静まって完全に熟睡した頃だった。

 右の耳元で大音が聞こえたような気がして、俺は目を覚ます。
 何が起きたかちょっとだけ考えてから、自室のテーブルの上を確認。
 寝る前には無かった筈のメモが置かれていた事で、俺は何が起こったかに気づく。

 さっきの大音は、サリアかヒューマの遠隔起床魔法だ。
 空属性の魔法で、対象者が目覚めるまで、耳の中に大きな音が響くという効果がある。
 俺は起きて、テーブル上のメモを確認。

『相談事項がありますので、1階食堂までお願いします』 
 
 サリアの筆跡だ。
 遠隔で物を収納から出し入れできるという便利魔法で、テーブル上に置いたのだろう。

 サリアのこの魔法は、きっとフミノ先生のスキルの真似だろう。
 なんてことを思いつつ音を立てないよう注意して部屋を出て、階段を下り、隣の棟の食堂へ。
 サリアの他、イリア、ヒューマ、レズン、アギラ、レウスが既に到着している。
 俺が一番遅かったようだ。

「夜遅くすみません。実は今日の帰り、こういった物を入手しましたので、皆さんのご意見を聞きたいと思って集まって貰いました」

 サリアがそう言って出したのは、書類が十数枚。
 内容は借用書の控えだったり請求書だったり書簡だったり領条例案だったり。

 書類の署名はテモリ周辺を治める領主アコルタ子爵の、従兄弟の妻であるレノアと、テモリでは最大手の総合商会であるベニーニ商会の商会長マルコミュゼル・ベニーニのものがほとんどだ。

 そして一通り読めば、サリアがこれらの書類を入手してきた意図も理解できる。
 ただその理解が正しいか、全員が同じように理解しているか、確認しておいた方がいいだろう。

「この資料から読み取れる背景を、俺なりに考えてみた。もし考え違いがあるなら、随時指摘してくれ」

 そう俺は前置きしてから、俺は俺なりに読み取った背景を口に出す。

「現アコルタ子爵であるダニエーレの従姉妹フリストの妻レノアは、日頃の浪費がたたって借金で身動きがとれなくなっている。一方で借金先のベニーニ商会も昨今は業績は悪く、何か起死回生の手を打つ必要があった。
 そこで両者は手を組んで、
  ① レノアの息子であるテレンスを領主にする
  ② アコルタ領の領条例と領主家の契約を変更させ、ベニーニ商会が他商会に対して優位になるよう取り計らう
という作戦を開始した。ここまではいいか?」

 俺は皆の方を確認してみる。
 どうやらここまでは反論はないようだ。

「なら次だ。
 ダニエーレはここ数年寝たきりで、まもなく死去するだろうと思われている。しかしダニエーレには娘のイレーネがいる。そしてダニエーレの従兄弟であるフリストは既に死去している。
 このままではダニエーレが死んでも、テレンスには領主の地位は回ってこない。
 そこで両者はイレーネを排除する方法を2通り考えた。
  ① イレーネを降嫁させ領主家の外へ出す
  ② イレーネを殺害する
 当初採用された案は①の、イレーネを降嫁させる方法だ。これはベニーニ商会が強く主張したもので、借金をしていて立場が弱いレノアは反対できなかった。
 ここまでで何か問題か注意事項はないか?」

 問題は無さそうなので、次へと続ける。

「この案によるイレーネの降嫁先は、ベニーニ商会会長マルコミュゼル・ベニーニの息子リオラレゾンとなっていた。しかし直系の跡継ぎが1人しかいないのに、その1人を降嫁させ領主家の外に出すのは、どう考えても不自然だろう。
 国王庁がそう判断した場合、テレンスを跡取りにする事は出来ないかもしれない。その場合は当然イレーネが領主となるし、イレーネを息子の嫁として手の内に入れたベニーニ商会が一方的に優位となるだろう。そうなるとレノアの借金は消えず、今後の生活も成り立たなくなる可能性が高い。
 故にレノアは、イレーネを殺害した後、テレンスをダニエーレの養子とさせ、確実にテレンスと自分に領主権限が回ってくるようにと考えた。ここまではどうだ?」

 反論は無さそうだ。

「そして①の案を実施するため、レノアはイレーネの身柄を拘束しようとした。それを察知したイレーネは護衛騎士のロザンナとともに領主館を脱出。しかし領主家関係はレノアの手が回っているため、やむなく旧市街の廃墟に身を寄せた。
 しかし居場所はレノア側に見つかり、殺害の為の部隊が送られた。それが昨晩の戦闘だ。
 ここまでで、俺の考えに何か間違いや疑問があったら教えてくれ」

「私の意図はその通りです。ですがカイルさんとヒューマさん、レウスは何か他にあるようですね」

 おっと、サリアにはバレたようだ。なら俺から言っておこう。

「イレーネには直接関係ないことだが、サリアに気づかれたようだから一応言っておこう。ベニーニ商会の景気が悪いのは、ヒューマのせいだ。正確にはサリアの名義でヒューマがやっている商会。あれが小麦が安い南部からやや高めのこの辺まで、ガンガン小麦を運んで物価を下げた影響だろう。違うか?」

「南部の農民は小麦が高く売れて、東海岸の住民は小麦が安くなる。問題は全くないと思いますよ。それにベニーニ商会は領内に他に大きめの商会が無いのをいい事に暴利を貪っていましたからね。ここで潰れるのが住民の為でしょう」

 この辺はヒューマの他に小麦搬送作業をした俺、レウス、そしてサリアがよく知っている。
 つまりサリアもわかっていて、俺とヒューマに言わせた形だ。

「まあその辺はいいとして。よくこんな書類、探して持ってこれたな」

 そっちの方が俺にとっては驚きだ。

「犯罪組織の方で追えなければ、発注者の方を追うだけです。15離30km以内にあるものなら見ることも収納する事も出来ますから」

 収納まで出来る、というのは完全に異常な能力だ。
 この辺はフミノ先生が持っている特殊スキルとか、レベル8以上という王国に他にいるかどうか不明な高レベル持ちとかでないと無理。
 更に言うと、それ以外にも困難な事は結構あったように思う。

「何処に隠しているか探すだけでも大変だろう。それに重なっている書類を1枚ずつ見るのは難しいと思うぞ」

「重なっている書類束を確認するのは、複写魔法を使う時と同じ要領です。慣れればページをめくらなくて済むのでかえって楽ですね。あと場所は領主館のレノアの部屋の机の引き出しでした。だから探すまでもなかったというのが本当のところです。
 ところでカイルさんは、2人をどうするつもりでしょうか。この書類があれば、国王庁に申し立てて関係者の処罰を求める事が可能ですけれど」
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