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拾遺録5 端境期のオブリガート
2 呪い
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「殿下はいりません。私はもう、その敬称は必要ない身分ですから。それよりお怪我はないでしょうか」
「大丈夫、です」
その言葉は本当のようだ。衣服に破れや焼け焦げ等は見当たらないし、姿勢や動きにもおかしい場所は見当たらない。
姿勢を見れば、ある程度の身体の状態はわかる。それが出来る程度には長い間、ナイケ教会本部道場で鍛えていたから。
今となっては昔のことだけれども。
ただミメイさんが、何かに怯えているような感じを受けた。
襲撃者に対してか、私に対してか、それ以外の何者かに対してか。
わからない。
けれど、このままにしては後で後悔しそうな感じがする。
だから私は、名乗りがてら彼女に尋ねてみる。
「現在の私は、フェルマ伯爵家の養子で、カレン・アガルド・デオ・フェルマということになっております。
ところでミメイさんは、この3名の処分について、どうお考えでしょうか? 衛士隊が必要なら手配しますけれど」
私が彼女を知っているという事を伝えつつ、状況を探ってみた。
「失礼、致しました、カレン様。ミメイです。ご無沙汰して、おります。この者達については、放っておけば、回収、されるでしょう。衛士隊への、通報は、必要、ありません」
ミメイさんは家名を名乗らなかった。
それに話し方が細切れで、違和感がある。
しかし、それらの事より内容の方が気になった。
通報は必要ない。回収される。
ならばこの者達は単なる物盗り等ではなく、バックがいるという事だ。
そしてその事を、ミメイさんは認識している。
彼女はカルヴァーナ子爵家前当主の長女だ。
6年くらい前に会って、挨拶された記憶がある。
ご無沙汰しているというのは、その事を念頭に言ったのだろう。
カルヴァーナ子爵家は1年前、当主が代わった。
前子爵が妻、長男ともども馬車の事故で死亡し、前子爵の弟が当主となったのだ。
前子爵の子で残っているのは、長女のミメイ・エルフィラ・カルヴァーナだけ。
この状況ではどうしても、ありがちなお家騒動を想像してしまう。
もしも私の下種な想像が事実なら、お家騒動において、敵の不正を暴き立てるというのは、一般的な反撃方法だ。
そうやって敵を追い立て、自分達が中心に返り咲くというのが、一番よくある、簡単な地位挽回方法。
そして現に襲われて犯人を確保している今は、反撃の起点として使いやすい。
私という証人もいる。
しかしミメイさんは、そのバックを明らかにする事を望まないようだ。
自分を襲ってきた存在であるにもかかわらず。
念のため私は、もう一度確認する。
「この者達が衛士に確保されるのを望まない、そう判断していいでしょうか?」
「ええ。勝手な、お願いで、申し訳、ありません」
私の勘違いではないようだ。
その理由がわからないまま、私は次に口にするべき言葉を探す。
「わかりました。それではこの者達は、ここで捨て置きましょう。それでミメイさんは、どうされますか? もし宜しければ、カルヴァーナ子爵家邸なり、王立学校の寮なりへお送り致しますが」
「いえ、どちらも、望み、ません。それに、カレン様に、これ以上、ご迷惑をかける、訳にも……」
そこまで聞いた時、私はやっと気づいた。
おびえているのではない。
堪えている、もしくは抑えているのだという事に。
姿勢に異常はないし、表情も変えていない。だから気づかなかった。
しかし話し方が明らかにおかしい。
必死に絞り出しているという感じだ。
身体の動きそのものも、よく見ると微妙におかしい。
何かを必死に堪えているか抑えている。そんな余分な力が見て取れる。
ここまで気付けば、思い当たる症状はある。
身体ではなく精神を蝕む外力伝達型持続性魔術、いわゆる呪いと呼ばれるものに見られる症状だ。
もっと早く気付くべきだった。
そう思いつつ、時間を無駄にしない為に、率直に尋ねる。
「ミメイさんは、自身が呪いを受けた覚えがありますか」
「大丈夫、です」
ある、という事だ。受けた覚えも、自覚症状も。
なら早急に対処しないと、精神面に重大な障害を生じてしまう。
「その呪いを何とかする、あてはありますか」
「大丈夫、です。なんとか、します」
あてはない。そう私は理解した。
外力伝達型持続性魔術は、術者と対象の間に魔力を流す経路が存在する。
この経路を使って持続的に魔力を流す事で、対象を弱らせ、狂わせる仕組みだ。
この経路を断つか術者を倒さない限り、症状は改善せず悪化するだけだ。
私が現在お世話になっているフェルマ伯爵家は、代々空属性魔法を持っている。
特に当代のフェルマ伯爵、レグアス様は、レベル7超級というこの国有数の空属性の魔法使いだ。
レグアス様なら呪いの経路を断つことが出来るだろうし、頼めばやってくれるのは間違いない。
ただでさえフェルマ伯爵家には、私が迷惑をかけている。
それでも他に方法を思いつかない。
だから私は、ミメイさんに告げる。
「呪いは放っておいても治りません。経路を断たなければ、悪化する一方となります。無理やり気力で抑え込んでいるようですけれど、限界が近いように見えます」
ミメイさんは苦しそうな表情をした後。
「ありがとう、ございま……」
言い終えないうちに、彼女は前へ倒れた。
倒れる前に手を伸ばして、私は彼女を抱き留める。
張っていた気が解けたことと、呪いに耐えきれなくなったこと。
おそらくこの両方で、気を失ったのだろう。
急いだ方がいい。
私は彼女を抱え直すと、本気で走り始めた。
「大丈夫、です」
その言葉は本当のようだ。衣服に破れや焼け焦げ等は見当たらないし、姿勢や動きにもおかしい場所は見当たらない。
姿勢を見れば、ある程度の身体の状態はわかる。それが出来る程度には長い間、ナイケ教会本部道場で鍛えていたから。
今となっては昔のことだけれども。
ただミメイさんが、何かに怯えているような感じを受けた。
襲撃者に対してか、私に対してか、それ以外の何者かに対してか。
わからない。
けれど、このままにしては後で後悔しそうな感じがする。
だから私は、名乗りがてら彼女に尋ねてみる。
「現在の私は、フェルマ伯爵家の養子で、カレン・アガルド・デオ・フェルマということになっております。
ところでミメイさんは、この3名の処分について、どうお考えでしょうか? 衛士隊が必要なら手配しますけれど」
私が彼女を知っているという事を伝えつつ、状況を探ってみた。
「失礼、致しました、カレン様。ミメイです。ご無沙汰して、おります。この者達については、放っておけば、回収、されるでしょう。衛士隊への、通報は、必要、ありません」
ミメイさんは家名を名乗らなかった。
それに話し方が細切れで、違和感がある。
しかし、それらの事より内容の方が気になった。
通報は必要ない。回収される。
ならばこの者達は単なる物盗り等ではなく、バックがいるという事だ。
そしてその事を、ミメイさんは認識している。
彼女はカルヴァーナ子爵家前当主の長女だ。
6年くらい前に会って、挨拶された記憶がある。
ご無沙汰しているというのは、その事を念頭に言ったのだろう。
カルヴァーナ子爵家は1年前、当主が代わった。
前子爵が妻、長男ともども馬車の事故で死亡し、前子爵の弟が当主となったのだ。
前子爵の子で残っているのは、長女のミメイ・エルフィラ・カルヴァーナだけ。
この状況ではどうしても、ありがちなお家騒動を想像してしまう。
もしも私の下種な想像が事実なら、お家騒動において、敵の不正を暴き立てるというのは、一般的な反撃方法だ。
そうやって敵を追い立て、自分達が中心に返り咲くというのが、一番よくある、簡単な地位挽回方法。
そして現に襲われて犯人を確保している今は、反撃の起点として使いやすい。
私という証人もいる。
しかしミメイさんは、そのバックを明らかにする事を望まないようだ。
自分を襲ってきた存在であるにもかかわらず。
念のため私は、もう一度確認する。
「この者達が衛士に確保されるのを望まない、そう判断していいでしょうか?」
「ええ。勝手な、お願いで、申し訳、ありません」
私の勘違いではないようだ。
その理由がわからないまま、私は次に口にするべき言葉を探す。
「わかりました。それではこの者達は、ここで捨て置きましょう。それでミメイさんは、どうされますか? もし宜しければ、カルヴァーナ子爵家邸なり、王立学校の寮なりへお送り致しますが」
「いえ、どちらも、望み、ません。それに、カレン様に、これ以上、ご迷惑をかける、訳にも……」
そこまで聞いた時、私はやっと気づいた。
おびえているのではない。
堪えている、もしくは抑えているのだという事に。
姿勢に異常はないし、表情も変えていない。だから気づかなかった。
しかし話し方が明らかにおかしい。
必死に絞り出しているという感じだ。
身体の動きそのものも、よく見ると微妙におかしい。
何かを必死に堪えているか抑えている。そんな余分な力が見て取れる。
ここまで気付けば、思い当たる症状はある。
身体ではなく精神を蝕む外力伝達型持続性魔術、いわゆる呪いと呼ばれるものに見られる症状だ。
もっと早く気付くべきだった。
そう思いつつ、時間を無駄にしない為に、率直に尋ねる。
「ミメイさんは、自身が呪いを受けた覚えがありますか」
「大丈夫、です」
ある、という事だ。受けた覚えも、自覚症状も。
なら早急に対処しないと、精神面に重大な障害を生じてしまう。
「その呪いを何とかする、あてはありますか」
「大丈夫、です。なんとか、します」
あてはない。そう私は理解した。
外力伝達型持続性魔術は、術者と対象の間に魔力を流す経路が存在する。
この経路を使って持続的に魔力を流す事で、対象を弱らせ、狂わせる仕組みだ。
この経路を断つか術者を倒さない限り、症状は改善せず悪化するだけだ。
私が現在お世話になっているフェルマ伯爵家は、代々空属性魔法を持っている。
特に当代のフェルマ伯爵、レグアス様は、レベル7超級というこの国有数の空属性の魔法使いだ。
レグアス様なら呪いの経路を断つことが出来るだろうし、頼めばやってくれるのは間違いない。
ただでさえフェルマ伯爵家には、私が迷惑をかけている。
それでも他に方法を思いつかない。
だから私は、ミメイさんに告げる。
「呪いは放っておいても治りません。経路を断たなければ、悪化する一方となります。無理やり気力で抑え込んでいるようですけれど、限界が近いように見えます」
ミメイさんは苦しそうな表情をした後。
「ありがとう、ございま……」
言い終えないうちに、彼女は前へ倒れた。
倒れる前に手を伸ばして、私は彼女を抱き留める。
張っていた気が解けたことと、呪いに耐えきれなくなったこと。
おそらくこの両方で、気を失ったのだろう。
急いだ方がいい。
私は彼女を抱え直すと、本気で走り始めた。
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