ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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2巻

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 第一話 新しい家のために


 私――ツツイ・フミノがこの世界に来てだいたい五ヶ月経った。日本にいた頃と比べると、ずっと楽しくやっていると思う。
 これも神様からもらった能力と、そして一緒にいるリディナのおかげだ。
 神様からもらったのは、この世界の同年代の中では優秀な体力や魔力と、この世界の入門書である『大事典だいじてん』と題した書物、そしてアイテムボックスのスキル。
 大事典のおかげで様々な魔法が使えるようになった結果、そこそこ快適な生活ができている。
 いまだに攻撃魔法は使えないけれど。
 しかし神様からもらった能力で一番役に立っているのは、アイテムボックスのスキルだ。
 無生物ならなんでも収納可能で、内部に入れている間は時間停止状態、しかも容量はほぼ無限大という、本当にチートなスキル。
 生活に必要なものを持ち運ぶ他、魔物を倒したり、物を作ったりするのにも使っている。
 そして忘れてはならないのは、リディナの存在。
 彼女と出会わなければ、私はまだ街に入ることさえできなかっただろうから。
 対人恐怖症の私は一人で何もできない。冒険者ギルドに行くどころか、簡単な買い物さえも。
 そんな私は、今日もリディナとスティヴァレ王国を旅している。
 特にあてはないけれど南に向けて、流れるままに、日々の旅を楽しみながら。


         †


 フィリロータの村で手に入れた天蚕てんさんのシーツは、なかなか寝心地がいい。さすが異世界の絹織物だ。そう絶賛したくなるほどに。
 そして実は私、いいシーツ以外にも手に入れたいものがある。ちなみにそれは、いい寝間着ではない。私は寝間着を必要としていないから。
 日本にいたときは寝間着を使わなかった。いつでも逃げ出せるよう、寝るときも外へ出ていける服を着ていた。
 この世界に来た当初も、服を着たまま寝ていた。使っていたのがわらベッドだったので、服を着ないとはだがちくちくするからだ。
 それが変わったのは、リディナと出会ったあの日、ちょっといい宿に泊まってからだ。
 あの宿はベッドマットも布団ふとんもシーツも、なかなかいいものを使っていた。
 おまけにこの世界の服は頑丈がんじょうな木綿。どう考えても肌触はだざわりは布団ふとんやシーツの方がいい。
 だからつい、下着だけで寝てしまったのだ。
 率直に言って非常に寝心地がよかった。
 おかげで最初の拠点――あの洞窟どうくつの個室に天蓋付き豪華ベッドをえつけた後の夜に、やってしまったのだ。下着なしの全裸でそのまま布団ふとんに入るという行為を。
 解放感も寝心地も最高だった。
 以後、私は寝間着を必要としなくなった。
 そのため村では、いいシーツの入手にこだわったわけだ。
 いや、シーツや寝間着の話ではなかった。
 私が手に入れたいもの、それは家だ。頑丈がんじょうな二階建てか三階建ての家。
 今の家は洞窟どうくつ拠点と比べるとかなりせまい。なにせ元が物置だった建物に、風呂、トイレ、寝室二部屋、リビングを押し込めている。
 ただ建坪たてつぼは増やせない。広くした分、出すときに周囲の樹木を収納するなど、平地を作るのが大変になるからだ。
 だから建坪たてつぼをそのままに、上方向に居住空間を増やす。
 ゆえに二階建てか三階建ての家が欲しいと思ったわけだ。
 もし広い家ができれば、風呂を広くできる。リビングももっと広くなる。寝室で作業もできるようになる。いいことずくめだ。
 しかし私の今の知識と腕では、せいぜい扉とか家の間仕切りを作るのが限度。だから専門家に頼む必要がある。
 夕食の後、リディナにこの件について相談してみた。

「この家はせまい。もっと広くて落ち着ける家を作りたい。でも私には家を作る能力がない。どうすればいいだろう」
「ならアコチェーノの街に向かおうか。このあたりでは木材産業が一番活発で栄えている街だから。木材も少しは安いだろうし、職人も多いはずよ」

 なるほど。早速地図帳でアコチェーノを確認する。
 私たちの現在地は、バマルケという街から一離二キロメートル南側の林。アンコンから南に二十離四十キロメートルほどの場所だ。
 ここから海沿いに南へ二十七離五十四キロメートル進むと、サンデロントという街へ出る。さらに川沿いに十五離三十キロメートル、西へ向かったところがアコチェーノ。ゆっくり行って二泊三日くらいになる。
 でも行先を決める前に聞いておこう。

「他に行きたい場所は? もしくは海沿いから離れたくないとか」
「今のところ特にないかな。こうやってフミノと一緒にあちこち行くのが楽しいしね」

 行先の件は問題ないということか。
 しかし家を作るにはもう一つ問題がある。私とリディナ共通の趣味に関することだ。

「家にお金を使うと本を買うお金が少なくなる」
「それはまたかせげば問題ないでしょ」

 うーん、いいのだろうか。なんかリディナに甘えている気もするのだけれども。

「それに、お家が広くなるのって楽しみじゃない。今だって不自由はないけれどね」

 その優しい言葉についつい甘えてしまうのだ。
 リディナに出会うまで、甘えても大丈夫な人はいなかった。だからついつい甘えてしまうというのもあるし、甘えることに不安になったりもするわけだ。
 そこまではリディナに言わないし、言えないけれど。

「ところでフミノ、どんな家にする予定かな。フミノのことだから図を描いているんでしょ」

 バレたか。確かに描いている。間取図も柱などの構造を描いた設計図も外観も。
 よし、この機会にリディナの意見を入れて作り直そう。私は間取図と外観を描いた図を出して説明をはじめる。

「部屋の配置はこんな感じ。一階はお風呂とトイレと倉庫……」


 その後、一時間以上リディナと案を練った結果、ほぼ完璧と言える図面ができた。

「あとは、これがどれくらいでできるかね。いくらくらい、かかるんだろう」

 そう、問題は費用だ。そしてリディナがわからないことが、私にわかるわけはない。
 だから私は首を横に振る。

「わからない」
「今はいくらくらいあるんだっけ?」
「正銀貨九十五枚とちょっと」

 フィリロータで高価な天蚕てんさん製品を買いあさったおかげで、かなりお金を使ってしまった。
 それでも大量に狩った魔狼を今日の昼に換金したから、そこそこのお金はある。
 しかしこれだけでは、どう考えても……

「足りないよね、やっぱり」

 リディナの台詞せりふに私はうなずく。
 そしてお金が足りないときに、私たちがすべきことはひとつだ。

「明日から魔物を狩りまくる」
「しかないよね」

 私とリディナはうなずき合う。

「なら明日は一度バマルケに戻ろうか。冒険者ギルドに聞けば、どの辺が魔物や魔獣に困っているかわかるかもしれないし」

 確かにそうだなと思う。
 バマルケのギルドでは今日の昼、大量の魔狼を換金した。だから女子二人パーティでも、腕を疑われるということはないだろう。

「わかった」
「あと市場に寄って新鮮な魚も仕入れておこうよ。この前フミノが作ってくれた故郷の料理、あれは美味おいしかったし」

 これは海鮮丼のことだ。
 あれは刺身はまあまあだったが、こめきが駄目で、結局リディナにき直してもらった。
 しかも酢飯の味がいまいちで、かなり悔いが残る出来だったのだ。

「次回はもう少し完成度を上げる」
「あれでも充分美味おいしかったと思うけれどね」

 寿司すしめしの海鮮丼が完成したら、次はにぎり寿司ずしに挑戦する予定だ。
 それが終わったら今度は天ぷらかな。
 毎回リディナに料理を作ってもらうのは申し訳ない。だから私ができることも増やさないと。


 翌朝、予定通りバマルケの街へと一度戻る。
 冒険者ギルドへ行く前にまずは市場へ。朝一番はモノが新鮮だというのもあるが、それだけが理由ではない。
 朝一番の冒険者ギルドは混雑しているのが普通だ。冒険者が貼り出された新しい依頼を探したり受けたりするから。
 その混雑を避けるため、というのが本当のところだ。
 でも朝一番の市場は来てみる価値があった。たとえ男性が多くて、リディナの服の袖をつかみながら耐える状態であってもだ。
 なんと、新鮮なイカや動いているタコがいる、いやある。当然リディナにお願いして購入だ。

「これってどうやって食べるの?」
でて薄く切ってもいい、生でもいい。煮物にものでも美味おいしい」

 さらにクロダイっぽい魚やスズキっぽい魚。ちょっと顔がぬめっとした全体的にはタイっぽい赤い魚。サバっぽい魚やイワシっぽい魚。ヒゲとハサミが長いエビ……
 とにかく見つけ次第買いまくる。
 家のためのお金も必要だが、魚介類も重要だ。アイテムボックスに入れておけばいたむ心配はない。だから買えるときに買えるだけ手に入れておく。

「フミノは魚も好きなのね。故郷は海の近くなの?」
「そうでもない。でも流通が発達しているから、魚も新鮮なうちに店に並ぶ」

 たとえ海がない埼玉県下さいたまけんかのスーパーであってもだ。
 ただ実際に日本にいた頃には、ほとんど刺身や寿司すしを食べたことがなかった。給食には当然出てこないし、うちの母は料理なんてことはしなかったし。
 だから本当の日本風の寿司すしの味を実は知らない。フィリロータを出た後で作った海鮮丼も、ネットなどで見たレシピを真似まねたものだ。
 幸いアイテムボックスのスキルで、鱗剥うろこはぎだの三枚おろしだの五枚おろしだのはできる。おかげで刺身部分まではなんとか作れた。
 今度こそ、ちゃんとした酢飯を作ろう。うろ覚えの、学校で出た五目ちらし寿司ずし(生魚なし)の味を手がかりにして。
 ここは産地直売だからか魚が安い。大量に買いまくったつもりでも正銀貨五枚程度。それでも充分満足な量を購入して、今度こそギルドへと向かう。
 まずはリディナが扉を開けて中を確認、そして私に向かってうなずく。入っても大丈夫という合図だ。私は急いでリディナの後ろについて中へ。
 中にいる冒険者は男二名、女三名。この程度なら耐えられる。
 ちょうど昨日対応してくれた受付嬢さんがいたので、彼女の前のカウンターへ。

「すみません。ゴブリン討伐の褒賞金ほうしょうきんと、そのついでにおうかがいしたいことがあるのですけれど」

 私はアイテムボックスから魔石を取り出して、カウンターの上へ置く。
 昨日この街を出てから、今日再びこの街に入るまでに狩った分なので十二個だけだ。
 でも数としてはむしろ常識的だし、受付嬢さんと話す口実にもなる。

「ゴブリン十二匹ですね。正銀貨三枚と小銀貨六枚になります。今準備してまいりますので少々お待ちください」

 冒険者は褒賞金ほうしょうきんもらうだけ。しかしギルドの方は、実績を魔道装置に入力したり計算書を出したりと、やることが結構ある。だから待つのは仕方ない。
 カウンターでそのままたたずむことしばし、受付嬢さんが戻ってきた。

「お待たせいたしました。こちらが計算書で、こちらが褒賞金ほうしょうきんになります。ご確認ください」

 数が少ないので一目見ればOKだ。

「確かに」
「それと、おうかがいしたいこととはなんでしょうか」
「私たちは討伐専門のパーティなのですが、この地方で魔物や魔獣が多いところはないでしょうか」
「そうですね。少々お待ちください」

 調べてくれるようだ、よしよし。
 こういったお願いは忙しいときは断られる場合が多いらしい。依頼掲示板を見てくださいと言われて。
 確かに依頼掲示板には、その種の情報が貼られている場合も多いようだ。
『〇〇周辺で魔狼の被害が多発』とか。
 ただギルドなら、依頼までは至っていないような魔物出没情報を知っている可能性が高い。それ以外にも、地元ならではの情報を教えてくれる可能性もある。
 そんなわけで直接聞いてみたのだ。
 もちろんこれはリディナが考えた作戦。さてどうだろう。
 なんて考えていると、受付嬢さんが戻ってきた。なにやら紙片を数枚持っている。

「現在、当ギルド受領の依頼には討伐系はありません。マールケ地方全体では、アンコンからフィリロータへ向かう街道沿いに魔狼の群れが出た、という話があります。ですがこれは、どうやら討伐された模様です」

 その通りだ。私たちが討伐した。
 それにしても情報が早い。
 ひょっとして、昨日このギルドで換金した魔狼がその群れだと気づかれているのだろうか。

「それ以外ですと現在、マールケ地方全体で入っている討伐系の依頼はこの三件です。ですが魔狼を群れ単位で討伐できるパーティが、わざわざ受けるような依頼ではないと思います」

 受付嬢さんはカウンターに依頼票を並べる。
 内容は農場の害獣駆除だ。角兎つのうさぎ牙鼠きばねずみ、普通のいのしし魔猪まちょがターゲットとなる。報酬ほうしゅうは農場での住居提供、及び討伐害獣の褒賞金ほうしょうきん二割増し。

「うーん、これだったら地道にゴブリンを討伐した方が効率がいいかな、私たちの場合は」

 リディナのつぶやきに、私もうなずく。その通りだと思うから。

「私もそう思います。そこでひとつ質問なのですが、こちらのパーティは大容量の自在袋を所持されていますよね」
「ええ。普段は討伐した魔獣を収納するために使っています。拠点を持たない流れの討伐専門パーティなので」

 リディナがそう答える。
 なにせ昨日、魔狼四十二匹の死骸しがいをここで出してしまった。だから否定はできない。
 しかもそのときの担当はこの受付嬢さんだったし。

「そこで討伐ではありませんが、この依頼はいかがでしょうか。こちらは依頼内容のメモですのでお持ちいただいて構いません」

 どれどれ。出された紙を私とリディナでじっくり見てみる。
 内容は運搬依頼だ。区間はローラッテとアコチェーノの間。運搬するものは鉄インゴット、または木炭となっている。
 案内図によると、ローラッテはアコチェーノから山ひとつはさんで北側。直線距離では五離十キロメートルないところのようだ。
 場所的にはちょうどいい。リディナがこっちを見たのでうなずく。
 今の私なら搬送業務くらいはできるだろう。相手が男の人でも、対応をリディナに任せればなんとか大丈夫なはずだ。

「この依頼はどのような内容なのでしょうか」
「鉄鉱石から製鉄を行う際、木炭が必要なのはご存知でしょうか」
「ええ」

 私もリディナもうなずく。
 この世界にはまだコークスなんてものは存在しない。
 だから鉄鉱石から酸素を取り除いて鉄にするには、木炭を使用するのが普通だ。

「ローラッテでは良質な鉄鉱石を産出します。ですが製鉄のために木炭を大量に生産した結果、周辺の森林が失われてしまいました。そのせいで、水害などが多発するようになり、当時の領主は降爵こうしゃくの上、左遷。現在は新たに領主となったフェルマ伯爵により、木材伐採ばっさい禁止令が出されています」

 なるほど。理屈はわかる。
 似たような事例を世界史で学んだような気がするし。

「一方、アコチェーノは木材の街です。特産のアコチェーノエンジュが生育しています。苗木程度から五年で高さ十腕二十メートル、直径三十指三十センチになるばかりか木質もよく、安価で良質な木材として重宝されています」

 そんなに成長が早いのか。それって危なくないのだろうか。
 後で調べてみよう。ボンヘー社スティヴァレ大百科事典に載っているだろうか。

「アコチェーノエンジュは二年目で間伐かんばつされます。間伐かんばつざいは主に木炭として加工されます。つまりローラッテでは何より必要な木炭が、山ひとつ南側のアコチェーノでは豊富にあるわけです。一方でアコチェーノエンジュは強度が高い木材ですので、おの大鋸おがなどの道具類の消耗しょうもうが激しい。良質のくぎや各種金具も必要になる。ですからアコチェーノでは鉄を常に必要としています」

 なるほど、丁寧ていねいな説明のおかげで状況が理解できた。

「運搬を冒険者が行う理由はなんでしょうか」
「運搬はザムラナ山系を横断する形になります。細くきつい山道、途中野宿を余儀よぎなくされる距離。そのうえ魔物や魔獣が出没します。ですから冒険者に依頼するわけです」

 なるほど、完全に理解した。

「運搬褒賞金ほうしょうきんはローラッテへ木炭を届ける方向が、木炭二十重百二十キログラムあたり正銀貨一枚、アコチェーノへ鉄インゴットを届ける方向も二十重百二十キログラムあたり正銀貨一枚です。こちらのパーティでしたら、一往復で正銀貨二十枚以上は固いかと思われます」

 確かに一トン以上の魔獣をここで出した。だから、そう見られても仕方ない。そして実際はもっと運べる。そういう意味でもなかなか魅力的な依頼だ。
 いて難点を言えば仕事を受ける際、男の人がいると怖いのが問題だけれども……

「この依頼は、ローラッテかアコチェーノの冒険者ギルドへ行けば、受けられるのでしょうか」
「ええ、この依頼は現地のギルドで直接取り扱っています。ですので双方のギルドで受け渡しをおこなっております」

 よし、ならギルドの受付嬢さんに頼めば大丈夫だろう。
 リディナは私がうなずくのを確認して、そして受付嬢さんの方を向いた。

「ありがとうございます。ここからですとローラッテの方が近いでしょうか」
「そうですね。ここから南へ五離十キロメートルほどのアルティドーナの村へ向かい、そこから西へ入る街道を辿たどれば一日半で着くと思います」
「わかりました。ご親切にどうもありがとうございます」
「もし受けるつもりが少しでもあるなら、紹介状を用意しましょうか。そうすれば向こうのギルドでも話が早いでしょう。紹介状を受けたからと言って、必ず依頼を受けなければならないというわけではありません。受けない場合は焼き捨てていただいて結構です」
「お願いします」
「では書いてまいりますね」

 受付嬢さんは奥へと消える。

「親切」
「そうね。他の場所の仕事をこれだけ丁寧ていねいに説明してくれることって、めったにないと思う」

 リディナも同感のようだ。
 受付嬢さんはわりとすぐ戻ってきて、封書を私たちに渡す。

「こちらがこのギルドからの紹介状になります。これには、このパーティが大量の魔獣を新鮮なまま持ち込んだこと、そのことから討伐の実力はかなり高く、また運搬専門冒険者と同等以上の大容量自在袋を使っているだろう――ということが記載してあります」
「本当にありがとうございます」

 他の冒険者ギルド支部の仕事を紹介してもらった上、紹介状まで書いてくれたのだ。しかも懇切丁寧ていねいな説明までして。
 せめてということで丁寧ていねいにお辞儀じぎをして、それから外へ出る。

「昨日大量に魔獣を持ち込んだことが、ギルドにとってプラスになったのかな。それとも紹介状を書くことでプラスになるのかな」

 リディナがそんなことを言う。どうだろう。私はそんな営利っぽい感じは受けなかったけれど。

「単に親切だと思う。その方が気分がいい」

 リディナはうんうんとうなずいた。

「確かにフミノの言う通りね。それじゃテイクアウトの何かを買って、それから南へ行こうか」
「何が美味おいしいだろう」
「あ、ちょっと待っていて」

 リディナがダッシュで今出たばかりの冒険者ギルドへ入っていく。なんだろう。
 できれば一人で置いてきぼりにはしてほしくない。
 周囲の人が急に怖く感じる。ギルドへ入る人と少しでも近づかないよう、道の端へと逃げる。
 幸いリディナはすぐ戻ってきた。

「聞いてきた。この先の渡り鳥亭のブラッダというサンドイッチがこの辺では一番お勧めだって」

 なるほど、お勧めを聞いてきたわけか。
 渡り鳥亭はすぐ見つかった。カウンターだけの店で客が十人ほど並んでいる。

「それじゃ買ってくるね」
「お金は?」
「大丈夫、まだまだあるから」

 今朝の買い物のとき、リディナに正銀貨十枚を渡した。それがまだ残っているようだ。
 リディナは列に並ぶ。私は列全体が見えて、かつ人の邪魔にならないすみで待つ。前後を他人にはさまれるなんてやっぱり怖いので、列に並べないから。
 誰かに声をかけられたら怖い。リディナ、早く戻ってきてくれ。そう強く思う。やっぱりリディナなしでは対人恐怖症は軽快していない模様。
 幸いお店の列は、思ったよりスムーズに進んだ。それほど待たず、私は怖い目にもわずに、リディナが大量に購入して戻ってくる。

「袋二つとも収納?」

 リディナが袋を二つにわけていたので聞いてみる。

「ううん、この小さい方は別用途。大きい方だけ仕舞って」

 言われた通りに仕舞うと、リディナは歩き出す。これから向かうのとは逆方向だ。

「リディナ、そっちでいい?」
「ちょっとギルドに用事があって」

 なんだろう。

「それじゃ行ってくるね」

 先ほどと同じようにギルドの近くで私は待つ。
 リディナはすぐに戻ってきた。

「さっき説明してくれたお姉さんに何個か渡してきた。これ好きだって言っていたから」

 なるほど。こういう感じにお礼をするなんて方法もあるのか。
 対人スキルが不足している私には思いつかない行動だ。
 もちろんやろうと思っても、今はまだできない。でもいつか、リディナのように自然にできるようになればいいな。そう思う。
 その前に対人恐怖症を、なんとかしなければならないけれど。


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