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拾遺録4 帰りたい場所

22 終話 残像(ラツィオ新報 エミル記者視点)

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 あの決闘、ナイケの審判が終わって、今日でちょうど一ヶ月が過ぎた。
 義務教育推進室は義務教育課に名称を変更し、エミリア管理官が昇任して課長に就任した。

 本来なら管理官がいきなり理事官職である課長に就任するのは、異例な事だろう。
 ただ教育局はナイケ教会との癒着関連で、理事官職以上の3割くらいは勇退か譴責処分以上の懲戒。

 故に管理官職から理事官職へ昇任したものは、他にも数人いる。
 だから異例の昇任であっても、それほど目立たない。
 
 ナイケ教会は、主教以下三十数人が逮捕された。
 更に国に多額の罰金を支払う為に、王都ラツィオ内の施設を幾つか手放した。
 その中には教会本部道場も含まれている。

 本部道場は王都ラツィオ中心部のパラタナスから郊外、海側のオスティエへ移動した。
 ただ、その本部道場が盛況らしい。
 関係者から直接そう、聞いたのだ。

「入門希望者が多くて洒落になっていねえ。だもんで悪いが、あっちに専念することにしたからよ。悪いな」

 そう、関係者とはカーチスの事だ。
 カーチスの奴、記者をやめてナイケ教会本部道場に再就職したのだ。
 元々少年時代はナイケ教会本部道場に通っていて、形式上はエルディッヒの兄弟子でもあるらしい。

 そう言えば僕に対する解説でも、微妙にエルディッヒをかばうような言葉が多かった気がする。
 兄弟子という意識があったからなのだろうか。

「兄弟子と言っても、剣の腕はずっと下だけれどな。奴が道場に通い始めて二年程度で追い越された。才能の違いもあるんだろうが、あれほどくそ真面目に剣の道に進まなかったのも確かだ。その辺をもう一度、やり直してみたくてな。もちろんもう届かない場所があるのはわかっているんだが」

 カーチスはそんな事を言って、社を去って行った。
 ただし彼とはそれきりという訳ではない。
 週に1回くらいは会って、飲みながら話を聞いたりする。
 ナイケ教会のその後を聞くのにちょうどいい人物だから。
 
 カーチスに言わせると、ナイケ教会本部道場が盛況なのは、当然の事らしい。
 もっと正確に言うと、こんな感じだ。

「剣術だけで、あの魔法を使ったとんでもない敵にあそこまで対抗出来たのを見たんだろう。今までの演武や模擬試合なんてのが稚戯に見えちまう位の剣術でよ。ちょっとでも剣を囓った事がある奴なら、痺れるのは当然じゃねえか」

 僕には少しばかり理解出来ない論理だ。
 なので一応、確認しておいた。

「あの審判を見たのなら、リディナ氏の方へ弟子入りしようと思うのが普通なんじゃないか?」

「摩訶不思議な魔法無しで、ひたすら剣術で挑むのが格好いいところだろう。まあカラバーラは遠いし、手が届かないってのもあるがよ」

 なるほど。
 確かにカラバーラは一般の平民には遠すぎる。
 だから近い方というのは納得だ。

 なおカーチスからは更にその後、続報にあたる話も聞いた。

「エルディッヒ、あの審判の時以上に強くなっているみたいでよ。この前本部道場でアコルタ子爵ととんでもない模擬試合をやっていた。それこそ今までの模擬試合はなんだったと言いたくなる位のよ」

「……何をやっているんだ、アコルタ子爵は」

 思わずそう、言ってしまった。
 この件についてはあちこち、どっち側にも出てくる。
 何というか、立場がよくわからない。

「あとエルディッヒの客人として、迷宮消去者ダンジョン・イレーサーの一員、虚人ゴーレム指揮者マスターのサリアが三日前から道場に来ていてな。剣というものを理解するまで、しばらく逗留するんだと」

「えっ?」

 また構造が理解しにくい話が出てきた。
 まあアコルタ子爵繋がりではあるのだろうけれども。
 でも一応、確認はしておく。

「剣を理解するって、剣をエルディッヒに学んでいるのか?」

「基本的には看取り稽古と称して、ただ観察しているだけだそうだ。ただその傍ら、道場に逗留しているお礼として、ゴーレムで門下生に稽古をつけてくれている。俺と同程度以上、準師範相当の動きまではゴーレムで再現可能だそうだ。それも七体で、それぞれ別の門下生を相手にして。更には代表的な人型の魔物まで、ゴーレムを操って模擬戦闘なんてこともさせてくれている。ゴーレム7体でゴブリンを模した集団戦はなかなかリアルでヤバかったな」

 ちょっと待って欲しい。

迷宮消去者ダンジョン・イレーサーって、リディナ氏の弟子だろう。ならナイケ教会とはむしろ敵なんじゃないか?」

「まあ傍目には、そうなんだろうけれどな」

 カーチスはそう前置きして、そして続ける。

「ただあのクラスの連中ともなると、また別の判断基準なり付き合いなりがあるんだろうな。俺にはよくわからないが。でもまあ、そんな訳でナイケ教会はともかく、本部道場はまれに見る大賑わいって訳だ」

 ……僕は色々と、納得出来ない。

 一方で協議会の後、ぷっつり途絶えたニュースがある。
 リディナ氏についてだ。
 協議会終了時に見たのを最後に、全く情報がとれなくなっている。

 実は協議会の後、ぶら下がり質問をするべく待ち構えていたのだ。
 しかし会議終了後、一向に彼女は現れなかった。
 会議控え室からの出口通路は一つしかない筈なのに。

 リディナ氏について、教育局に問い合わせてもみた。
 回答は『本人が情報提供を望んでいません』との事で拒否されてしまった。

 カラバーラ支局にも問い合わせをしてみた。
『領当局より、回答及び公開しないよう指導を受けています』
 そんな、無回答に限りなく近い返答が戻ってきた。

 アコルタ子爵をはじめとするA級冒険者パーティ『迷宮消去者ダンジョン・イレーサー』の師匠らしいが、それ以上の情報は何処からも出てこない。

 アコルタ子爵に直接質問した記者がいたが、断られた。

『すみません、先生達が知られる事を望んでいないので』

 そんな言葉で。

 更に国王庁教育局から、こんなお達しが来た。

『リディナ氏については、本人が情報を公にすることを望んでいないので、調査及び記事掲載を自粛願う』

 ◇◇◇

 こんな日々が続いて、情報が全く無くなってしまうと、つい思ってしまう。
 リディナ氏という存在は、仮想だったのではないかと。

 無名の中、いきなり義務教育の協議会に国指定の報告者として出てきて、やたら先進的な内容の、それでいて文句をつけようがない程に厳密に魔法証明がかかった資料を持ち込んで発表。

 ナイケ教会とアシャプール侯爵に喧嘩を売り、ナイケの審判という教会側の土俵で、教会騎士相手に見事勝利。
 更にその過程で教会側の破壊その他工作者を多数確保。
 結果、ナイケ教会の一斉捜索と検挙に繋がった。

 どう考えても、一人の人間が半月余りにやった事とは思えない。
 だからつい、思ってしまうのだ。
 あれは幻だったのかと。

 それでも僕の目には、しっかり焼き付いているのだ。
 協議会初日で堂々と侯爵に喧嘩を売った時、そしてナイケの審判の時の、鮮烈すぎるその姿が。

(FIN)


■■■■■
 これで『ひっそり静かに生きていきたい』は一旦終了とします。フミノ編(第276話 卒業)、セレス編(
拾遺録3 仕入れ旅行の帰りに 終話 長い夜に)、そしてリディナ編の最終話相当がこれで書けたので、そろそろいいかなと。
 次のお話はもう少々お待ち下さい。夏休みをとって、秋になる前に書き始める予定です。
■■■■■
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