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拾遺録4 帰りたい場所

19 南へ (教会騎士エルディッヒ視点)

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「だからルディは、何も考えないで行ってこい」

「いや、教会騎士として、ナイケ教会の後始末をする必要があるだろう」

 既に新聞等の報道で、僕が負けた事が広く報じられている。

 しかし、教会内で僕を責める声はない。
 それどころではない状態なのだ。

 つい先程、ナイケ教会スティヴァレ本部に強制捜査が入った。
 本部道場でも、つい先程から捜査がはじまっている。

 というか、カイルはその捜査員に同行してきたのだ。
 そして事情聴取と称して僕を第三応接室に連れ込んで、いきなりこんな事を言ったのだった。

「しばらく、概ね1週間から2週間くらい、カラバーラに行ってこい。試合中に掴んだ感覚が気になるだろう」

 そう、捜査と全く関係ない事を。

 確かに僕の本音としてはそうだ。
 カイルが言った通り、カラバーラへと行きたい。

 行って確かめたいのだ。あの審判で感じた感覚、周囲の全て、目では見えない部分まで感じる事が出来たあれが何かを。
 僕がこの感覚を、今後も自由に使えるのかという事を。
 できれば更に先、リディナさんが使った技についても知りたいところだ。

 しかし僕はナイケ教会の教会騎士。
 実権はほとんど何もないけれど、それでもナイケ教会幹部の一人だ。

 教会のしでかした事の責任をとるとともに、捜査に協力したり、後始末や立て直しをする必要がある。
 そう、思ったのだが……

「掴みかけた何かを確実にしておきたいだろ。だったら今の感覚を忘れないうちに行ってこい。本部道場と道場組織、そして門下生については、取り敢えず俺と国と、そして冒険者ギルドで何とかしておく。教団騎士から事情聴取中とか、施設の監査中だとか称してさ」

「どういう事だ。まさか……」

 今回の審判が始まる前に、全て仕組まれていたのだろうか。
 確かにナイケ教会はここ数年、暴走しかけていた。
 教育側から権力を掴もうとしていたのだ。

 なら国が、そういった動きを止めようとするのも当然だろう。
 そして今回の審判が、ちょうどいい機会だと判断した。
 そういう事なら……

 カイルはふっと、苦笑に見える表情を浮かべた。

「俺も何がどう動いているのか、半分もわかっちゃいない。ただ教団が何をしてようと、ルディが問題あるような事をやっていない事はわかっている。更に言えば今の動きで、今後、教会騎士をやめさせようとか、ナイケ教会そのものを無くそうとかいう事にはならないのも保証する。教会道場の存続も含めてさ……」

 数十分の話し合いの後。
 僕は何やかんやで丸め込まれ、カイルに言われた通り身の回りの物をまとめて、道場の外に出る。

 中庭の駐馬場の石畳まで歩いたところで、カイルは誰もいない方向に向かって話しかけた。

「サリア、それじゃ頼む」

「わかりました」

 前庭の、何もない場所にふっと人影が出現した。
 金髪、いや薄い茶色の髪を後ろで束ねた、小柄な若い女性だ。

 カイルの知り合いでサリアという名前なら、思い当たる人がいる。
 カイルと同じ冒険者パーティ、迷宮消去者ダンジョン・イレーサーの一人。虚人ゴーレム指揮者マスターのサリア。

 名前と活躍は聞いたことがあるけれど、会うのは初めてだ。
 カイルより更に若く小柄だけれど、確かに何か強そうな気配を感じる。

「サリアのゴーレム車なら、カラバーラに半日かからずに着く。その間に空属性の魔法、具体的には偵察魔法や移動魔法について基本的な事を聞いておけ。それがルディが掴みかけた感覚の正体だ。俺の仲間ではサリアが一番空属性に詳しい」

 ちょっと待って欲しい。

「このまま外に出て、大丈夫なのか」

 道場も捜査中の筈だ。勝手に出ていいのだろうか。
 それにカイルがその辺の許可を取っていたとしても、敷地の外には報道陣がいる筈だ。
 簡単に外に出て大丈夫だとは、僕には思えない。

「心配ない。国の方は了解済みだ。外の報道陣についても心配いらない。リディナ先生の移動と同じさ。高速移動魔法を連続で使えば、門も外の報道陣もすっ飛ばして先に行ける。そのままカラバーラまで飛ばせば半日もあれば着く」

 カイルの言葉に唖然としていると、サリアさんが口を開く。

「半日は見込みすぎかと。三時間程度あれば充分です」

 ……確かカラバーラは南の外れで、ネイプルより更にずっと遠い。
 そのネイプルだって、通常の馬車なら二日かかる距離の筈だ。

「悪い。俺とサリアの移動魔法の差を忘れていた」

 つまり得意ではないと言っているカイルでも、半日あればカラバーラまで行けるという事なのだろう。
 僕の常識が色々と崩れていく中で、カイルは更に言葉を続ける。

「カラバーラの方は、ミメイ先生とカレン団長に連絡済みだ。騎士団道場できっちり自分の実力と向き合ってくれ。先生達にもカラバーラに戻り次第、道場に行くように頼んである。という事でサリア、頼む。何ならそのまま道場で相手してくれてもいい」

「わかりました」

 サリアさんはそう言うと、腰につけたポーチに手をやった。
 何もなかった石畳の上に、馬車と馬が出現する。いや、馬ではなくゴーレムだ。

「それでは行きましょうか。ついでに道中、必要な魔法の話でも致しましょう」

 常識状況その他がよくわからない状態だ。
 それでもカイルが言う事だから、信頼していいだろう。
 だから僕は覚悟をきめて、サリアさんに頭を下げる。

「わかりました。よろしくお願いします」
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