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拾遺録4 帰りたい場所

18 決着(教会騎士エルディッヒ/エミル記者視点)

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 リディナさんの動きが、また少し変わった。
 おそらくは僕がついていけるよう、少しずつ難易度を上げているのだろう。
 カイルと特訓した時と同じように。

 何の意図でそうしているかはわからない。
 僕に出来るのは、くらいついていく事だけだ。

 全身の意識を研ぎ澄まし、周囲に変化がないかを探ること。
 気配を感じたらすぐに動くこと。
 そして全方位に隙を作らないこと。

 リディナさんがいる方向と剣の出る方向が同一とは限らない。
 振り下ろしている筈の剣が、反対側から横方向に薙いでくるなんてのも普通だ。
 
 それでも避ける。そしてリディナさんに攻撃を仕掛ける。
 今の僕の剣では、見えない状態のリディナさんには攻撃出来ない。
 だから狙えるのは、リディナさんが攻撃を仕掛けた時だけ。

 攻撃の気配を感じたら全力で避けるとともに、リディナさんの気配を探す。
 避ける動作から最短で導ける動きで攻撃する。

 もちろん届かない。それでもこちらの攻撃を避ける間が出来る。その一瞬で僕は体勢を立て直す。
 
 もう何度の攻防を繰り広げたかわからない。攻防そのものも、既にカイルと訓練した時の速さを超えている。
 それでもまだ、ついて行けていると信じている。

 自分は動きを止めている。顔も前を向いている。だから前しか見えない筈だけれど、それでも周囲全てが見えているような感覚がある。
 背後の風の動きも、それで石畳の砂が僅かに舞ったのもわかる。

 そう、周囲の全てを感じられるし、それらの中にいる自分自身も俯瞰出来ている気がする。
 実際に見えている訳ではない。それでもわかると感じる・・・・・・・のだ。

 今までに感じなかった不思議な感覚。しかしこれはは嘘でも錯覚でもない。

 背後、右斜め80度に斬撃の気配。僕は自然に右足に重心を移し左足で踏み出しつつ二歩目で左旋回。
 攻撃は斜め後ろだが、リディナさんの気配は右だ。だからそちらへと剣を振り下ろす。

 リディナさんがすっと後ろに下がった。気配が消える。
 僕は再び、剣を上段に構える。

 相手が何処から出てくるか分からない現状では、突きでは遅くなる。
 可能な中で最速の攻撃は上段からの振り下ろし。
 だから届かせる為、僕はこの攻撃にかける。

◇◇◇

「……エルデイッヒ、化物だな」

 カーチスの呟きが聞こえた。
 言いたい事はわかる。 
 先程から、今までに見た事がない試合が、広場の中央で繰り広げられているのだ。

 リディナ氏の姿はほとんど見えない。
 エルディッヒがすさまじい速さで振り下ろす剣の先に、時折幻のように見えるだけ。
 あとはエルデイッヒが動いた直後、その場所を剣が薙いでいるのも注意すれば見える。

 派手な音はしない。
 剣を打ち合う事もないし、攻撃が当たったのも1回だけ。
 あとは足捌きが発する音と、声にならない気合い。
 あとは剣が空を切り裂く音のみ。

 そんな状況が、既に5半時間12分近く続いている。
 模擬試合だろうと、こんなに続く事はない。
 通常はせいぜい20半時間3分程度。
 全身全霊をかけた戦いなんて、そう長い間続けられるものではないのだ。

 あの動き、そしてこれだけの戦いをこれだけの間続けられる体力と気力。
 確かに化物と言いたくなる気持ちもわかる。
 喩え戦う相手が、それ以上であったとしても。

 ◇◇◇

 また少し気配が変わった。
 そう感じると同時に背後から攻撃。 

 前に踏み出して躱そうとする。しかし剣先が速い。
 リディナさんが高速で踏み出してくる。突きを避けきれない。

 間に合わない。それを理解した僕は、振り向きざまに剣を振り下ろす。
 剣の叩き落としだ。セオリー通りなら振り下ろす僕の方が、突いてくる剣より速く重い筈。

 しかし振り下ろした直後、僕は誤算に気づいた。リディナさんの剣が消えたのだ。

『空属性魔法の達人なら、何処のどの方向にも剣を出せる。惑わされるな』

 特訓中にカイルが、そう言っていたな。
 それを思い出した次の瞬間、手元に強烈な衝撃を感じた。
 放たれた激しい音。

 それでも離さず持っていた剣が、突然軽くなった。
 何が起こったか、僕は理解している。
 聖剣が折れたのだ。
 右側からに方向を変えた剣突で、鍔近くの剣身を砕かれて。

 ◇◇◇

 甲高い音とともに二人の動きが止まった。
 何が起きたのか、すぐには僕にはわからなかった。

 見えたのはエルディッヒの手元から何かが横に飛んだ事。
 エルディッヒの手元から伸びていた筈の剣が見えない事と、落ちた剣身を見て。
 そしてやっと、エルディッヒの剣が折れた事を理解したのだ。

 一気に周囲のざわめきが聞こえるようになった中、カーチスの呟きが聞こえた。

「第一級聖剣、クラウ・クムフトが折れたか」

 そうだった。教会騎士エルディッヒが使っていたのは、教団の至宝とも言われる第一級聖剣、クラウ・クムフトだったのだ。

「教会騎士エルディッヒが、リディナ氏に及ばなかった。そういう結果か」

「いや、敵の攻撃を剣で防ぐのはよくある事だ。エルディッヒのミスじゃない。教会の第一級聖剣がリディナ氏の剣に及ばなかったんだ」

 なるほど、そういう見方になるのか。
 そう思ったらカーチスは更に付け加える。

「そういう見方も出来るという事だ。そういう終わりにしたんだろう、きっと」

 教団騎士エルディッヒの力が及ばなかった訳では無い。剣の性能が及ばなかったのだ。
 もしくはこの審判に対し、聖剣が折れることを神が選んだ。
 そういう解釈の余地を残したという事か。

 そこまで考えて、僕はカーチスが少し前に言った事を思い出した。
 この終わり方は、つまり……

「筋書き通りなのか、これは」

 カーチスはニヤリとしただけで、返答しなかった。
 
 広場の中心では、終わりの処理が進む。
 教会騎士エルデイッヒが残りの剣を収納した後、リディナ氏へ頭を下げる。
 リディナ氏もエルディッヒに頭を下げ返す。

 そして貴賓席にいた見届け人、パナヴィア・トルネイダ首席監察官が立ち上がった。

「私、パナヴィア・トルネイダは、王国法第57条に基づき、リディナ氏の勝利を見届けたことを、ここで宣言する。この宣言に不服があるか」

 リディナ氏の口の動きは僕からは見えにくい。
 しかしエルデイッヒの口の形は、しっかり見えた。

「ありません」

 そう認めたと、確かに僕には見えた。
 決闘は終わったのだ。
 なおアシャプール侯爵に抗議するような動きはない。
 なら、ひょっとしたら……

「侯爵も、むしろほっとしているかもな」

 そう、僕はそう感じたのだ。
 今回の背景について、アシャプール侯爵側についても調査した結果。
 カーチスも頷いて口を開く。

「ここ最近、ナイケ教会からの要求はエスカレートする一方だったようだ。特に今回は、国政に介入する為にかなり無理な事を貴族側に迫ったらしい。しかしこの審判で負けたのなら、『全力を尽くした』という言い訳が出来るだろう」 

 そう、ナイケ教会の要求はかなり強烈だったようだ。
 しかし援助として少なくない金を受け取った以上、従わない訳にはいかない。
 それがあの無理やりな質問なり、意見陳述だったのだろう。
 ただし……

「援助がなくなると、政治活動や領地経営は辛くなるだろうな」

「そんなのに頼らなければならない状態なんてのが、そもそもおかしい」

 カーチス、ばっさり切って捨てる。
 それはその通りなのだが、それで片付けられないのが貴族家なり領地なりの運営なのだろう。
 まあ、僕達がその辺を考慮する必要はないのだろうけれど。

「ナイケ教会の威光もそう長いことないだろう。教団の至宝とも呼ばれる第一級聖剣が折られたんだ。教団騎士の手によって使われたのにもかかわらずな」

 つまり、こういう事だろうか。

「教会に対しての神の御力もその程度だったのだろう。もしくは今の教会の方針を神は認めていない。そう受け止められても仕方ないという事か」

「ああ。今の試合を見た者なら、エルデイッヒが弱かったとは思うまい」

 カーチスの言葉に僕は頷く。
 実際エルデイッヒは、とんでもないレベルで戦っていたのだ。
 この試合を見た者なら、それがわからない筈はない。

 相手の強さが異常だったというのは、確かにあるだろうけれども。
 
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