上 下
303 / 323
拾遺録4 帰りたい場所

11 一週間(6日)後、審判前(ラツィオ新報 エミル記者視点)

しおりを挟む
 そして一週間後。
 僕は王宮前広場の、中央西側、前から三段目に設けられた記者観戦席にいた。
 まもなく、アシャプール侯爵の代理人とリディナ氏の決闘が、行われる会場だ。

 名目は決闘ではない。法律上は王国法第57条に基づく名誉防衛の為の必要な措置、ナイケ教会的に言えばナイケの審判。
 だが実態は互いの意見を賭けた、原始的な決闘以外の何物でもない。

 それにしても……僕は周囲を見回す。
 ここ王宮前広場は、北側に王宮外宮殿があり、その正面が|南北60腕、東西120腕の広場になっている。
 そしてこの広場を囲むように、観覧席としても使える石段が東南西側に15段程度設けられているという造りだ。

 ここは基本的には重要な王国行事の為に使われる。
 国王陛下が記念日等にお出になり、一般に挨拶をする場合や、騎士団の観閲式を行う等の際に使用される場所だ。
 広いし、収容人員も多い。

 僕はこの決闘は、てっきり警備がやりやすい、王宮内施設で行うだろうと思っていた。
 しかし用意された会場は、この王宮前広場だ。

 確かにここなら、結果が秘匿されたりねじ曲げられたりする事はないだろう。
 平民の観戦者が大勢いるから。

 しかしテロ等が発生する危険性は、間違いなく高くなる。
 不特定多数に紛れる事が容易くなるから。

 あと国の正規の行事でもないのに、王宮前広場の使用許可が下りたというのにも疑問を感じる。
 勿論王宮前は、国の行事以外でも貸し出される事はある。
 しかし一侯爵家の私闘的なものに貸し出されるかというと、疑問だ。

 つまり侯爵家やナイケ教会以外、いや以上の何処かの思惑が絡んでいるのは間違いないだろう。

 さて。僕は観客席をざっと確認する。
 この広場の中央、平坦な部分で催し物をする場合、北の王宮側を使用しない場合、観客が大体8,000人位は入る。

 今日は中央正面に、貴賓席だの記者席だのが設けられているけれど、それでも他の部分はかなり人が入っている。
 概ね4,000人位といったところだろうか。

 この決闘の事はどこの新聞もかなり書き立てた。
 だから一般に知られているのは不思議ではないし、人が集まるのも理解できる。

 ただこれだけ人がいるとなると、もし自爆覚悟でテロを起こそうとした場合、回避する手段はあるのだろうか。

 悪意に反応する魔法はあるし、一定以上の魔法を検知する魔法もある。
 ただ気づいた後、対処する魔法の起動が間に合うかはわからない。

 もっと狭く、かつ人が少なければ、騎士団の魔法部隊を充分に配置すれば何とかなるかもしれない。
 しかしこの人数で、この広さだと……。僕の常識では、無理だろうとしか思えないのだ。

 念の為、社から同道しきた同僚のカーチス記者に聞いてみる。

「カーチス、この状況でもしテロを起こそうと思ったら、防げるものなのか?」

 カーチスは元冒険者だ。
 最初は騎士団にいたのだが、準十卒長になったところで退団。
 その後は特例C級冒険者として2年間全国を回った後、ラツィオ新報うちの社に入社。
 普段は騎士団関係や魔物情報等を担当している。

 今回は決闘という事で、魔法や近接戦闘に詳しいカーチスに同道してもらった。
 国王局担当の僕ではそういった事が良くわからないから。

「普通に考えれば無理だ。騎士団魔法部隊もかなり密に配置はしているが、観客が多すぎる」

 そうなのか。

「騎士団の配置については気づかなかったな。所々で騎士団員が警戒しているのはわかるけれど、それとは別なんだろう」

「ああ。一般人の格好をした魔法部隊員があちこちに配置されている。それでも魔法を起動されてしまえばどうしようもない。対抗魔法はどうしても遅れるからな。100人規模で吹っ飛ばす事は充分可能だ。審判中の2人を狙うのも不可能ではないだろう。ただ……」

 カーチスはそこで言葉を止めた。
 何となく想像はつくので、こっちから聞いてみる。

「リディナ氏の相手はおそらく、教会騎士エルディッヒだろう。そして攻撃魔法はエルディッヒには効かない。そういう事か」

「ああ、そう考えるのが普通だろう。ただ俺はカラバーラにもいた事がある。そしてカラバーラには伝説がある。ここ十数年に出来た、新しい伝説が」

 僕もリディナ氏関係でその辺は調べた。
 だからカーチスの言葉が何を指しているのか、想像はつく。

迷宮消去者ダンジョン・イレーサーか、そうでなければ『殲滅の魔人』の事だろうか」

「『殲滅』の方も知っていたか」

 カーチスには意外だったようだ。

「カラバーラ支局発の情報をあるだけ読んだ。リディナ氏がどんな人物か、こっちにはほとんど情報は無かったからさ」

 カラバーラ支局が出来たのは10年前だ。
 だからそれ以前の情報はない。
 それでも『殲滅の魔人』については、ある程度の情報が入っている。
 どの情報も裏付けは取れなかったようだけれど。

「なら話は早い。ただし、俺が言うことは記事には書くなよ」

 カーチスは妙な前置きをした。

「どういう事だ」

「『殲滅の魔人』と呼ばれるパーティの正体は、実はわかる奴にはわかっている。ただ本人達に知られたくない、その事が広まって欲しくないという意思がある事もわかっている。だからまともな奴は広めない。まあ広めない理由のひとつには、恐怖もあるかもしれんがな」

 また意外な単語が出てきた。

「恐怖って何でだ」 

「魔物がほとんど出てこないカラバーラの冒険者ギルドに、ほぼ毎週、討伐した魔物を持ち込む女の子達がいる。そうなると、依頼にあぶれた不良冒険者としては面白くないだろう。ちょっとくらい絡んでみたくなる訳だ」

 なるほど、何となく想像はつく。
 でもここは聞いてみるのが礼儀だろう。

「で、どうなった」

「どうにもならなかっただけさ。別に絡んでみた冒険者が消息を絶ったなんて訳じゃない。ただ、その次からは絡もうとしなくなっただけだ。その女の子達の誰かが来ただけで、奥へ逃げるように姿を隠すなんて奴も出たな」

 そういう話ならばだ。
 僕はこう聞いてみる。

「その女の子達が『殲滅の魔人』で、その1人が、あのリディナ氏って事か」

 カーチスはニヤリとした。口には出さないが、これは肯定とみて間違いないだろう。

 背後の方がざわついてきた。どうやら誰か、入場してくるようだ。

「そろそろお出ましかな。今日の主役が」

 カーチスの言う通りだろう。
しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。