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拾遺録4 帰りたい場所

5 協議会⑴ 傍聴席での勘違い(ラツィオ新報 エミル記者視点)

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「……以上です」

 報告者であるリディナ氏の発表が、一段落ついた。
 最初は地方の無名の教育者なんて存在に、大丈夫だろうかと思ったが、ここまでの発表を聞いて納得した。
 このリディナ氏、かなり出来るようだ。

 説明はわかりやすかったし、資料も文句をつけようがない。
 ほぼ全員の習熟度確認結果が出ている以上、教育効果は明らかだろう。

 2年で最低限の読み書きと簡単な計算、レベル2までの魔法が身につく事がはっきり示されている。
 それも週に1~2回の教育だけで。

 資料記載の情報にいちいち魔法証明がかかっている、なんて所も流石だ。
 どうしても北部や王都ラツィオは南部を辺境として軽んじる傾向がある。
 当然そこでつくられた情報も真偽を疑いがちだ。
 その事をわかっているのだろう。

 しかしこういった先進的な試みが、辺境とみられがちな南部で行われているとは。
 記者の端くれとして、それなりの情報通である僕も知らなかった。

 ただ、スリワラ領でというところがポイントなのかもしれない。
 そんな可能性が思い浮かぶ。

 スリワラ伯爵家は領地こそ南部の最南端だが、もっとも王家に近しい家のひとつだ。
 現宰相家であるフェルマ伯爵家の分家である事だけが理由では無い。
 ポイントは現スリワラ伯爵夫人、カレン・ララファスが、元第二王女殿下だというところだ。

 カレン元殿下は魔法が使えないという事で王女としての身分を取り消され、表舞台からは消えた。
 しかしその後、エールダリア教会の失墜事件によって、カレン元王女が魔法を使えないという事が嘘であった事が判明。

 しかし廃された王女を復位というのは、前例も王国法にもない。
 結果、国王家ながら嫡流ではなく王国法の規定も緩いタウフェン公爵の養子として国王家の一族に戻した後。
 陛下と個人的に親しいとされるフェルマ家の次男をスリワラ伯爵として独立させ、そこにカレン元王女を嫁がせた。

 そしてエールダリア教会失墜事件でかなりの貴族家が取り潰され、あるいは降爵とされた結果。
 スリワラ伯爵の実父であるフェルマ伯爵が宰相となっている。

 スリワラ家とは、つまりそういう家だ。
 そして国の中央から地理的に遠い事から、王家の意向を受けて何らかの実験的施策を行っていたとしても不思議ではない。
 ならこのリディナ氏が優秀なのもむべなるかな、というところだ。

 もちろんこれは、あくまで僕の想像ではある。
 しかしこれだけの事を継続的に行うには、それなりの人材と費用がかかる筈だ。
 それには王家と、もうひとつの組織の介在が必要だろうと僕は考える。
 ここまでの発表には、一切出てきていない。
 しかしこの協議会には、しっかり臨席している組織が。

「それではこの後、半時間の休憩とします。その後、質疑応答の時間に移るので、 質問事項がある者は、あらかじめ事務局へ質問主意書を提出するようお願いします」

 本日の司会者は国王庁監察局のパナヴィア首席監察官で、司会進行補助はパナヴィア首席監察官の部下の監察事務官。
 これは教育局からもナイケ教会からも離れた公平な立場で、かつ高位貴族や聖職者の権力で動かないという理由で選ばれたのだろう。

 そして国王庁教育局の担当者は、教育局次長であるエクセスタ伯爵と、義務教育推進室次長のエミリア管理官。

 かつて行われた、義務教育試行実施の発表を行ったのはエミリア管理官だった。
 彼女は平民でありながら、国王庁における同期の出世頭だ。
 管理官級に就いたのは、他のどの貴族子弟の同期より早い。

 この人事からも、この義務教育推進に対する王家側のメッセージを感じる事が可能だ。
 というのは僕の勘ぐりすぎだろうか。

 さて、僕も質問主意書を出しておくことにしよう。
 リディナ氏の発表で不明確だった点を明らかにして、僕の推論を確かめる為に。
 
 現在、スリワラ領で行われている同種私塾5箇所については、領主家の補助と民間からの寄付金を元に運営しているとあった。
 実際昨年の運営資金その他については報告書に記載されている。

 しかしこの私塾、最初はどういう形で運営されていたのか。
 教材等はどうやって作ったのか。運営費はどうなっていたのか。
 その辺りが不明なのだ。

 当初から魔法教育をやっていた事は間違いない。
 ならその教材や指導方法はどこから出てきたのか。

 この国でエールダリア教会以外で、魔法教育を行ってきた組織はひとつしかない。
 冒険者ギルドだ。

 エールダリア教会失墜の原因となった『全ての人に魔法の才能があり、また文字さえ読めれば魔法の習得状況や自分の身体能力を知る事が出来る』という知識。
 これがもたらされたのも冒険者ギルドからだった。

 そして冒険者ギルドと現国王家を直接結びつける二人の人物の存在。
 この協議会にも出席しているタウフェン公爵は、スティヴァレにおける冒険者ギルドのトップ。

 そしてもう1人、元王女で、その後冒険者ギルド王都ラツィオ支部長ギルドマスターでもあり、現在も冒険者ギルドの理事であるカレン・ララファス・スリワラ伯爵夫人。
 なおスリワラ伯爵夫人は婚姻前の一時、タウフェン公爵の養子となっていた時期がある。

 そうなるとこの勉強会、王家の他に冒険者ギルドとの関係もあると考えるのが普通だ。
 国の南端、他者の目が行き届かない場所で、国と冒険者ギルドが共同で、魔法教育の試行をしていたのではないかと。

 そういった流れを確認するには、資金か人の流れを確認するのが一番だろう。
 ここ3年の人と費用の流れは今の発表で明らかになっている。
 だから質問するのはそれ以前、特にこの私塾が開始された当時の状況だ。

 この私塾、最初はどういう形で運営されていたのか。
 教材等はどうやって作ったのか。特に魔法の教材については何処からそういった知識を入手したのか。
 
 この疑問を質問主意書に落とし込んで、僕は立ち上がる。
 この質問に返答があるかどうかはわからない。
 質問が多ければその分返答が来る可能性は低くなる。

 それにこの場には反対勢力がいる。
 ナイケ教会と、ナイケ教会のシンパである貴族連中。

 この辺りとの質疑応答合戦となったら、記者の質問など取り上げる暇もないだろう。
 そうなったらそれでも構わない。
 ナイケ教会とナイケ教会寄りの貴族による抵抗なんてのも、記事としては悪くないから。

 そう思いつつ、僕は質問主意書を提出する。
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