ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録3 仕入れ旅行の帰りに

終話 長い夜に

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 門番の1人と一緒に、まずは衛兵詰め所へ。そこで盗賊の身柄を引き渡し、状況について事情聴取。
 そして衛兵の1人とともに冒険者ギルドへ行って、褒賞金受け取り。

 宿へついた時には、周囲は暗くなり始めていた。衛兵詰め所の方で宿をとっておいてくれたから、泊まりはぐれずに済んだけれど。

 急いで食事をすると、もうあとは寝る時間。

「私のせいでこんなに遅くなってしまって、ごめんなさい」

 それはセレスが謝る事ではない。

「悪いのは盗賊だろ。だからここはセレスが謝るところじゃない。むしろセレスがいてくれたおかげで助かったんだ。俺がありがとう、そう頭を下げるべき所さ」

「それでも……。あと、火属性のレベル4魔法が使えるようになっていますね。フミノさんに教わったんですか」

「ああ」

 そう返答して俺は思い出す。そう言えばメモを貰ったんだったなと。

「俺に適した魔法の教え方と言って、これを貰った」

 自在袋からフミノさんに貰った紙束を出す。
 セレスはささっとページをめくって、そして頷いた。

「以前フミノさんが作った教本ですね。神を信じない、あるいは神を見ない人の為の魔法教本」

「セレスも知っているんだな、やっぱり」

 フミノさんもそう言ってはいたけれど。
 
「ええ、私には少し、いえ大分難し過ぎましたけれど。あなたはこれが理解出来るんですね」

「ああ。むしろこの方がわかりやすい」

「何というか、難しいですよね。神に会った事があって神の存在を人一倍確信している筈のフミノさんが、こういうのを書くなんて」

 えっ! どういう事だ?

「神に会った事があるのか、フミノさんは」

「ええ。少なくとも2回は。そのうち1回は私もフミノさんが消えたのを感じました。移動魔法で姿を消すのとは全く違った感じで。近くの別の建物にいたので、目では見ていないですけれど」

 違和感を覚える。だってあの時、フミノさんは言ったのだ。

「『神が非実在であってもかまわない』。そんな事をフミノさんは言っていたけれど」

「フミノさんが実際に会った神は、現在のこの国で信じられている神とは違う存在みたいです。
 村の勉強会で使っていた聖堂がありますよね。あそこに祀られている神の一柱、と言っていました」

 そう言えばあの建物は、変わった教会という感じだった。今の各教会が出来る以前の古い建物、と聞いた覚えもある。

「今信じられている神々より更に古い神という事なのだろうか」

「そうらしいです。ただ細かい事はフミノさん自身も知らないようです。あと神について、フミノさんはこうも言っていました。
『神はいる。ただし普通の場合は、人に直接関わる事はない。神はこの世界の存在に直接手を出す事が出来ないから。私は元の世界から外れた為、神に助けて貰えた。しかし今の私はこの世界の住人。だからもう神と会うことはないだろう』と」

『神はこの世界の存在に直接手を出す事が出来ない』

 ならば『神を信じない』でも構わないのか。
 いや、『神を信じる必要はない』の方が正しいかもしれない。
 神は直接的に一個人に対して手出しをする事が出来ないのだから。 
 たとえどんなに祈ったとしても。

「何というか、興味深い人だな」

 理解は難しい。しかし言っている事の理屈はわかりやすい。
 少なくとも俺にとってはそうだ。
 この世界の常識とは少し異なっているけれど。

 セレスは頷いた。

「ええ。実際この国の出身ではないそうですから。それでいてこの国の魔法、そして国の体制を大きく変えた人でもあるんです。『貴族以外は魔法を使えない』というそれまでの常識を覆して、『誰でも教育次第で魔法を使えるようになる。また自分や他人の魔法や能力をステータスという形で知る事が出来る』という知識をもたらしたのはフミノさんなんです。知っている人はほとんどいないですけれど」

 その事は覚えている。俺が私塾に通っていた頃の話だ。
 確かそれでエールダリア教会の権威が失墜し、学校教育が一気に変わったのだった。

 そんな騒ぎでも、私塾はほとんど変わらなかった。そして魔法教育なんてのも、結局はまだ広がっていないのだけれど。

「とんでもない大物なんだな」

「ええ。本当はこの国でも特別にして随一の存在なんです。ただフミノさんは目立つことを極端に嫌っています。だから知られていないだけで。ひょっとして、フミノさんに惹かれました?」

 難しい質問が飛んできた。特にセレスにこう聞かれると、どう返答するか考えざるをえない。

「知識や考え方が興味深い人物なのは確かだ。恋人とかそういうのとは違うけれどさ」

「あと、あなたがそこまで魔法を使えるようになったなら、じきに気づいてしまうんでしょうね。私が魔法について、今まで隠していた事に」

「えっ?」

 そうは言ってはおく。しかし実はその辺が何か、フミノさんの独り言を聞いたおかげである程度は思い浮かんでいる。
 例えば昨年秋以降、街で歩いていると何故かセレスとよく出遭った事。
 これはセレスが俺の存在を、遠方から感知出来たから。

『自分が何処まで出来るか知られたら、嫌われるのではないかと。普通では無い魔法を使えるのを知られたら、気味悪がられたり避けられたりするのではないかと』

 フミノさんはそう言っていた。 
 なら心配しないように、ここではっきり言っておこう。

「どんな魔法を使えても、セレスはセレスだと思うよ。少なくとも俺にとっては。確かに速く移動出来るし、護衛の冒険者を雇わないで済むしで、凄く助かっているけれどさ。そうでなくとも俺はきっとセレスの事を好きになったと思う」

 非常に照れくさい台詞を言い切る。しかしまだまだだ。これから俺は恥ずかしい台詞を続け、言い切らなければならない。

 俺自身の柄ではないし、ダメージも結構あるのだが仕方ない。きっと今はそうする事が必要。
 だから俺は更に続ける。

「逆に俺が知っている以上に魔法を使えても同じさ。そうやって使えて便利だと思うことは多分あると思う。しかしそんな魔法を使えたからと言って、俺にとってのセレスの位置付けが変わるわけじゃない。セレスはセレスさ。俺にとっては」

 難しい。言い慣れない臭い言葉というのは、なかなか思いつかないものだ。
 本当はもっと臭くて、それらしい言葉を言おうとしたのだ。
 しかしそういった言葉を使うなんて真似、したことがない。だからか上手く言葉が出ない。

「だから俺として不安なのは、俺がセレスの相手としてふさわしくあれるかって方かな。俺がセレスの望むような選択肢を提示出来ているか。そういう俺である事が出来るか。そんな感じでさ」

 うまく表現できない。難しい。
 本当はここでフミノさんが言った言葉を、フミノさんが言ったという引用をしつつ使いたかった。
 しかしあの時のフミノさんの言葉はあくまで独り言。
 だからここでその話をする訳にはいかない。

 セレスが微笑む。

「懐かしい事を思い出しました。フミノさんとリディナさんが私を拾ってくれた晩の事を。あの時、フミノさんが言ってくれたんですよね。『セレスはセレスのままでいい』って」

 それだけ言われても俺には状況はわからない。
 それでもセレスの雰囲気が明らかに変わったのはわかる。
 先程までの何処か不安そうな感じがなくなっていると。

「見た目も性格も出来る事も全然違うんですけれど、それでもあなた、エヴァンスとフミノさんって何処か似ている気がします。ひょっとしたら根本的な考え方が。だから魔法についてもどうすれば習得しやすいか、わかったのかもしれませんね」

 確かに魔法についてはそうかもしれない。俺にとってはフミノさんの考え方は理解しやすかったから。

 そこまで言って、そしてセレスははっとした表情をする。

「ごめんなさい。私ばかり納得して、これじゃあなたもわかりませんよね。最初から話しますね。これは今から11年前の話なんです」

 ちょっと止める方がいいかもしれない。俺はとっさにそう感じて、そしてセレスの言葉を遮る。

「別に言わなくてもいいんだぞ。俺にとってはセレスはセレスでいれば充分なんだからさ」

「いいえ、エヴァンスに話したいんです。話しても大丈夫だと確信できましたし、話した方が整理できる気がするんです。自分の中で」

 セレスはそう言って話し始めた。

「この話はフミノさん達と出会う二週間程前からはじまります。ある夜……」

(FIN)
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