ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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1巻

1-3

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「町は、あっち?」

 馬車が走り去った方を指さしてたずねる。

「うん、そう、アレティウムの街。馬車だと三分の一時間二十分程度。歩いても一時間あれば着きます。そう言えばまだ、助けてもらったのに名前を聞いていないですね。私はリディナ。ラベルゴ家でメイドをしていました。でもこれじゃ、またお仕事を探さないとならないです」

 自分の名前を名乗るのは、相手の名前を聞きたいということだ。以前日本にいた頃、何かの本で読んだ気がする。この世界でもきっと同じだろう。
 なら、私も名乗らないと。頭の中でどう言えばいいか考えて、動きにくい口を動かす。

「フミノ。狩人で旅行中」

 名乗るのは名前だけだ。
 名字があるのは、この世界では貴族以上だけ。そう大事典に書いてあったから。

「見たことがない服装だけれど、フミノさんって魔法使いですか?」

 確かに、日本の制服はこの世界では見慣れないだろう。
 でもちょうどいい。一応、魔法は使えるし。だから私はうなずく。

「なら、貴族か貴族家の出身ですか?」

 なぜそう思うのだろう。私の恰好かっこうが変わっているからだろうか。
 左右に首を振って否定しておく。この動作は日本と共通だと大事典に書いてあった。

「そうなんですか。あと、ちょっと関係ないけれど、この街道の穴、フミノさんの魔法ですよね? 魔狼を倒すためにやったのはわかります。でも道路の損壊はかなり重い罪です。牢屋ろうや行きか、下手すれば鉱山送りになります。逃げるなら早く逃げた方がいいです。私は助けてもらったし、何も言いませんから」

 そうだ。魔狼をめたあと、まだそのままにしていた。
 恐怖を振り払いつつ、会話に集中していたからだけれども。他の通行人のためにもそろそろ戻しておこう。

「問題ない」

 まずは穴の底にいる魔狼の状況を監視の魔法で確認する。まっている八匹は全て息絶えていた。
 なら、お片づけだ。魔狼にかぶせた土を収納する。次に、あらわになった魔狼の死骸しがいを収納。最後に舗装ほそう道路を戻してやれば完成だ。
 もちろん、これだと道路に多少の段差ができてしまう。でもそこは地の基本魔法の踏み固めを使って誤魔化ごまかしてしまえば問題ない。
 元々この道は結構荒れていた。だからこれで問題ないだろう。
 よし、灰色魔狼のストックが八匹分増えた。これで収入もアップだ。

すごい……地の魔法ですか、今のって」

 リディナが驚いている。本当はほとんどがアイテムボックスだ。
 でも、その方が面倒がなくていい。だから今はそういうことにしておこう。
 私は曖昧あいまいうなずく。

「ところで、フミノさんもアレティウムの街に行くんですか?」

 どうしよう。方向も距離もわかったし、今日の収穫は充分だろう。だから、もう帰ってお休みしたいというのが本音だ。街も人も怖い。
 しかし考えてみれば、今こそ絶好の機会だ。私がなんとか話せる相手がいて、一緒に街に行くことができるという。
 これを逃したら、こんなチャンスはまず来ない。
 あと服を早く買いたい。できれば他のものも。パンとか調味料とかナイフとか生活用具一式とか。
 だから私はうなずく。うなずいてしまう。

「なら、私でも道と街の案内くらいはできるかな。その代わり、お願いがあります。審判庁に一緒に出頭してほしいんです。今回の事案について証言するので一緒に。そうしないと、今回の件が私のせいにされてしまう可能性がないわけでもないんです」

 この子、なかなかしっかりしているな。とんでもない事態があったすぐあとなのに。
 でも駄目だめだ。審判庁とやらで大人の男性と同室にいるような状況なんて、想像するだけで怖いから。我慢できるとは思えない。
 ただ本音としては、この子のお願いを聞いてやりたい。
 言っていることはわかるし、気持ちも行動も理解できる。悪くないのに、むしろ被害者なのに、この子のせいになるのは避けたい。だから、少しだけ考えさせてもらおう。もう少しだけ。
 ちょうどいい理由も今、できたから。

「魔狼が去りかけている。ゆっくり行けば大丈夫」

 馬車のところまでは同行しよう。そして考えよう。なんとかなるのか、ならないのかを。

「一緒に行ってくれますか?」

 とりあえず街までは。そういう意味で私はうなずいた。


 魔狼は既に森へと去った。それを確認して現場に近づく。
 偵察魔法で確認していた通り、人も馬も全滅だ。
 馬車は路上に横倒しだった。馬がついていたはずの場所には皮とたてがみ、骨と赤い血がしたたる何かだけが残っている。
 馬車からも血がしたたっていた。中は血みどろということだろう。ほろの内部をのぞこうとするだけでも血でよごれそうだ。
 もっとも、中から使えるものをあさろうとかは思っていない。
 所有者の明確なものを持っていくと、ステータスに『盗賊』や『盗人』とついてしまう。
 これは、今のように持ち主が死んでいても同様だ。相続人なり債権者なりのものとみなされるから。
 ステータスにそんなのがつくと、この世界では不便だ。まともな職業につけないだけではない。大きな街などの検問すら通れなくなる。
 そう大事典には書いてあった。だから私は手を出さない。
 それにしても私、このような場面でも落ち着いているなと思う。人間のリアルな死を目の前にしているのに。
 恐怖とか嫌悪といった強い感情を抱かない。魔獣を解体するから、血そのものは見慣れている。それ以上ではないという感じだ。
 先程の話を聞いて、罪悪感を抱かないで済む対象になっているというのも理由だろう。
 それに、死んだ人間は悪さをしない。生きた人間よりよっぽど安全だ。だから私の対人恐怖症は正しい。いや違うか。
 状況を見るに、馬車の人間からの攻撃は通じなかったようだ。
 魔狼は私との戦いで六匹まで減っていた。リディナに麻痺まひ魔法をかけるくらいだから、魔法使いもいただろう。
 ただ、六匹の中には上位種の白魔狼が二匹いた。それに馬車にたどり着いたのは、私の開けた穴に落ちずに済んだやつ。いわば強者の魔狼ばかりだった。だからあらがえなかったのかもしれない。
 リディナは横倒しになった馬車のほろの中へ、よいしょと入っていった。
 しばらくごそごそしたあと、小さい背負い袋を持って出てくる。どうやら、それがリディナの私物のようだ。

「ちょっと血がついちゃいましたね。あとで洗えば取れるかな」

 この子もタフだなあと感心する。さっきまで一緒だった人間が死んでいるのに。そう思ったが、すぐに考え直した。
 麻痺まひ状態にして魔狼のえさとして放り出すような連中だ。どうせ勤務環境もあまりよくなかったのだろう。ざまあみろくらいに思っているかもしれない。
 さて、血のよごれについてはなんとかできるだろう。
 他人に声をかける練習ついでだ。私は彼女の袋に手を出す。

「貸して。きれいにする」
「え、できるの?」
「多分」

 袋を受け取り、血液と他のよごれ以外を収納するよう念じる。
 収納後、デイパックから取り出すように袋を出現させれば完了だ。

「これでさっきよりまし」
「ありがとう。さすが魔法使いね」

 魔法ではないのだが、説明が面倒だ。それに、アイテムボックス持ちとバレても困る。
 私はさっきと同じく、曖昧あいまいうなずくにとどめた。

「それじゃ行こうか。アレティウムへ行くんだよね」

 私はうなずく。行くのは怖い。
 でも、なんとか話せる女の子が一緒に行ってくれる。こんな機会、今を逃したら二度とないだろう。
 そうなると私は野生のまま生きていくことになる。
 ……それも気楽でいいかもしれない。
 いや、駄目だめだ。やっぱりちゃんとした布団やこの世界の服、塩をはじめ調味料は欲しい。あと金属製品も。
 だから、街に行くのは仕方ない。
 しかし、それならリディナに言っておかなければならないことがある。

「ごめん。私は他人が苦手。特に男性。だから審判庁は多分無理」

 言った。言ってしまった。これでリディナはどうするか。
 街までの護衛という意味もあるから、ここで別れるということはないだろう。だが、機嫌を損ねることは充分ありうる。
 リディナの表情はあまり変わらなかった。いて言えば、少し驚いているようだ。ただ、怒りとか残念がるという感じではない。
 なぜだろう。そう思いつつ、リディナの口元がどう動くか注視する。

「審判庁については心配しないでいいと思います。こっちが希望すれば審問官は女の人にしてくれますから。そもそも、アレティウムの街のそういった担当はほとんど女性です。男性は少ないですから。でも、それを知らないということは、フミノさんはこの国の出身じゃないですよね。どこから来たの?」

 思ってもみない方向からの打撃だった。答えられない。答えようがない。
 異世界から転移したなんて言っても、理解してくれないだろう。
 私は必死に考える。動きがにぶい頭でなんとか納得してくれそうな言い訳をひねり出し、言葉に整えて口から出す。

「以前いたのは遠い国。修行のため、魔法でこの近くまで飛ばされた。この国のことはほとんど知らない」

 言いながらも、怪しい言い訳だなと反省する。事前に設定をもっと練り込んでおけばよかった。こんなので信じてくれるだろうか。

「そう言えば、遠い魔女の国でそんな風習があるという話を聞いたことがあります。てっきりおとぎ話だと思っていましたけれど、本当にあるんですね」

 おお、信じてくれた。リディナありがとう。

「でも、それなら身分証を持っていないですよね。身分証がない場合、街へ入る際は神の水晶玉による審査検問と入街審査料として小銀貨三枚が必要ですけれど、大丈夫ですか?」

 お金がいるのか! しかも検問なんてものまで。
 思わず足が止まる。そんなこと、大事典に書いていなかった。どうすればいい。
 私に検問なんて耐えられるわけがない。怖すぎる。
 しかも私、この世界のお金なんて一銭も持っていない。
 もっと小さな、検問がなさそうな街や村を探してやり直しだろうか。
 とりあえず帰って、一度落ち着いてから考え直そうか。
 そう思ったとき、リディナがくすりと笑った。

「大丈夫ですよ。命の恩人ですし、それくらいは貸せます。それに検問と言っても簡単です。水晶玉に手をのせるだけで犯罪歴がなければ大丈夫です。係員はおおむね女性ですし、もし心配なら私も一緒に行きますから」

 どうする私。
 怖いのは確かだ。想像するだけで胸が恐怖で痛む。
 でもリディナの言う通りなら、コンビニで買い物をするのとそれほど変わらないはず。しかもリディナが一緒に付き合ってくれるし、お金も貸してくれるという。
 この機会を逃すと同様の好条件が今後、それも服が破れる前に出てくるとは思えない。

「あと先程の魔狼、換金するのでしたら冒険者ギルドへ行く必要がありますよね。なんなら、人の少ない時間に一緒に付き添いますけれどどうですか? 受付はだいたいお姉さんですし、私が他の人との間に入れば、なんとかなりますよね」

 これはかなりの好条件だ。
 でも待て、条件がよすぎる。何か企んでいないだろうな。
 人を素直に信じられないのは悲しい。けれど、これが私の性格だ。
 今まで生きてきた経験でつちかってしまった私の性格。他人が怖いというのと同じ。だから今すぐには変えられない。

「その代わり、お願いがあります。私を雇ってください」

 えっ。思わぬ展開に思考が一瞬停止する。雇うとは、どういうことだ?

「見た通り、私の雇い主は死んでしまいました。もう給料は出ないと思っていいでしょう。跡取りもいないし、資金りも最近厳しかったし、おそらくこれで倒産です。ラベルゴ家はケチだったし、扱いも悪かったし、給金も二ヶ月遅れですし。ですから貯金もできていません。今の所持金額では宿に泊まったら一週間も持たないでしょう。次の雇い主を見つけないと、一週間後には売春街行きです」

 この世界の一週間とは六日だと、大事典に書いてあった。つまり前の世界より一日少ない。
 それにしても売春宿か。金をもらえるだけ、ただ襲われるよりはまし。そう考えるのは私が不幸慣れしすぎているせいだろうか。

「アレティウムは不景気で、いい雇用先はなかなか見つかりません。一週間で仕事を見つけるのは不可能だと思います。そこでですけれど、フミノさんは狩人ですよね。魔狼でも倒せるくらいの」

 微妙に引っかかるので訂正させてもらう。

めるだけ。戦うのは無理」

 私に近接戦闘の能力はない。それは、はっきり言っておこう。
 それでもリディナはうなずく。

「それで充分です。魔狼を倒せるくらいの狩人ならいくらでもかせげます。魔獣や魔物はいくらでも出てきますし、褒賞金ほうしょうきんも高いですから。一日にゴブリン三~四匹程度を狩ることができれば、充分暮らしていけるはずです」

 そうなのか。相場は大事典にも載っていなかったから知らない。

「しかしフミノさんは人、特に男性が苦手。さらにこの国についてはよく知らない。そうですよね」

 その通りだ。うんうんとうなずかせてもらう。

「人と関わることは全部私が手伝います。狩り場も私が聞いてきます。買い出しもします。だから私を雇ってください」

 それは待ってくれ。確かに、私にとってはありがたい。でも本当にそれでいいのだろうか。

かせげる自信はあまりない。リディナの給金まで出せるかも」
「衣食住だけでいいです。だから雇ってくれませんか。駄目だめですか」

 そう言われてしまうと困る。確かに売春街行きなんてのはかわいそうだから。
 それでも、もう一度だけ確かめたい。

「本当にそれでいい? 私の手伝いをしながら仕事探しをしてもいい。手伝ってくれる間の衣食住はなんとかする」

 私の仕事だけではきっともうからない。
 衣食住だけでいいと言っている時点で、リディナもそのことはわかっているのだろう。
 正直、自分が人を雇える人間とは思えない。
 でも、リディナがさっき言っていたことが確かなら、今までめた魔獣や魔物の魔石があれば、ある程度は暮らせる。
 なら、雇用という形でしばらず、手伝ってくれるだけでいい。
 そういう意味合いで、もう一度聞いてみたわけだ。

「いえ、雇ってください。もう金持ちの家のメイドとかはうんざりなんです。気位きぐらいは高くて口ばかりうるさくて、そのくせ出すべきものもしぶる。真面目に仕事していても文句ばかりでいいことなんかなんもない。挙句あげくの果てに、魔狼のえさとして投げ出されるし。でも、この辺の金持ちなんてそんなものです。良心的にやるよりケチで強欲ごうよくにやった方がもうかる。今残っているのは、そんな連中ばかりです。そんな連中のところではもう働きたくありません。フミノさんの手伝いなら、あんな連中に雇われるより気分的によっぽどいい。フミノさんは見ず知らずの私を助けてくれましたし。だからお願いします。雇ってください」

 そこまで言われてしまった。
 確かに、私もリディナがいてくれると助かる。自分一人では人が怖くて何もできない。なら、どうすればいい……
 ふと思いついた。
 雇用と考えると、上下関係ができてしまう。しかし、そうでなくとも助け合えるちょうどいい関係が、この世界にはある。冒険者のパーティだ。
 今までのリディナの言葉遣いが少し気になる。
 私は相手に敬語で話されるのに慣れていない。年齢も近いし、これからは普通に話してもらおう。同じパーティの仲間として。私が普通に話すのは難しいけれど。

「雇用はしない。パーティを組む。それじゃ駄目だめ?」

 リディナが、えっという表情になる。

「でも私、魔獣を討伐なんてできないです」
「私がやる。なんとかする。でも私は他人が苦手。リディナに頼む。だから対等。対等な仲間。駄目だめ?」

 こういうときにうまく話せたらと思う。
 対人能力が極限まで低いので、言葉がすらすら出ないのだ。

「それでいいの? 私は誰でもできることしかできないですけれど」
「私ができないことができる。充分」

 仲間か。向こうの世界ではついぞ私が得られなかったものだ。
 いつか、私はリディナに裏切られるのだろうか。そんなことを思いもする。今までの経験から、物事を悪い方にしか考えられない。
 それでもいいや、と私は思う。裏切られたらまたあの洞窟どうくつに戻るまでだ。生きていくだけならそれでいい。この世界はその分、前の世界より私に優しい。
 だから、今はリディナを信じよう。その方が楽だから。

「本当にそれでいいんですか」
「助かる。私も嬉しい」
「なら、お願いします。私、役に立ちますから」

 ここで早速リディナにお願いをひとつ。

「仲間だから普段の口調でいい。これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくおねが……よろしく」

 思い出した。私は今回、服を買いに来たのだ。
 できれば服の他に、金属関係とかも買おうと思ってはいた。
 それなのに、まさかこんな流れになるとは思わなかった。いきなり私に仲間ができるなんて。
 まあいいや。結果として服を買えるだろうから。今は流されよう。流れていける方に。
 さて、パーティを結成したから作戦会議だ。
 歩きながら私は、リディナに今の状況をもう少し詳しく説明する。

「最低限したいのは服を手に入れること。今着ている服の替えがない。お金は持っていない。代わりに、狩った魔獣の死骸しがいと魔物の魔石をバッグに入れてある」

 うんうん、とリディナはうなずく。

「服ね。古着屋で探せば安いかな。いくつか店を知っているから大丈夫だと思う。ところで、そのバッグはそんなにものが入るの?」

 アイテムボックスのスキルは説明しない。その程度の用心はしておいた方がいいだろう。

「このバッグは私専用の自在袋。かなり入る。私しか使えない」
「なるほど、さすが魔法使いの持ち物ね。それで、魔物や魔獣はどれくらいあるの? 念のために聞いていい?」

 あっさり納得してくれたようだ。なら続けよう。

「ゴブリンの魔石十五個、アークゴブリンの魔石一個。あと灰色魔狼の死骸しがい十八匹、白魔狼二匹、魔猪三匹、魔熊一匹。それに魔鼬や魔鼠たくさん。他に薬草が少し」

 お金になりそうなものの在庫をひととおり教える。私より彼女の方が適切な換金先を選んでくれるだろう、と判断してだ。

「そんなにあるの!」

 驚く声に心臓が縮こまり、足が止まる。なんとかしゃがみ込まずには済んだ。

「あ、ごめんね、驚いた?」

 決してリディナが悪いわけじゃない。私が過剰かじょうに反応したことはわかっている。

「ごめん。大きい声も苦手」
「わかった。気をつけるね」

 この辺は、全て私の経験のせいだ。もうあの世界とは関係ないとわかっているのに。

「それだけあれば、一ヶ月は余裕で暮らせるよ、宿代含めて服を買っても。でも、それならやっぱり冒険者ギルドに登録した方がいいかな。業者と直接取引する量じゃないし、ギルドを通した方が目をつけられにくいから」

 大事典の知識しかない私の判断より、リディナの判断の方が正しいだろう。

「任せる」
「なら街に入って、冒険者ギルドに登録して、審判庁、服屋、そして宿ね」

 リディナに任せるという決意がぐらりとらいだ。
 うう……一気にそれだけの仕事をこなすのか。街に入るための審査検問もあるし、私の精神が持つだろうか。
 しかしギルドに登録しないと、お金が手に入らない。
 審判庁へ行かないと、リディナが罪を着せられかねない。
 服屋へ行かないと、目立つ異世界の服で過ごすことになる。そもそも、そろそろ破れそうだし。
 うん、仕方ない。どうしても駄目だめそうなら、そのときはリディナに言って判断してもらおう。
 ひたすら森の中の道を歩いていく。
 監視の魔法が魔物の反応を捉えた。これはゴブリンだな。三匹、森の中からこの街道に近づいている。少し速めに歩けば、無視して通りすぎることもできそうだ。でも、まずはリディナに聞いてみよう。

「ゴブリンって魔石、お金どれくらい?」
「確か、褒賞金ほうしょうきんは一匹あたり小銀貨三枚だったと思うけれど」

 そこそこいい金額だ。なら、倒しておこう。

十分の一時間六分以内にゴブリンが来る。三匹。仕留めるから待って」
「そんなことわかるの? それも魔法?」

 私はうなずく。これは間違いなく魔法だ。

「どっちから来るの? 危なくない?」
「左。問題ない。馬車や人は来ない」

 リディナがダッシュで右側へ。そんなにゴブリンが怖いのだろうか。
 私にとってのゴブリンは雑魚ざこ。人間より小さい分、力も弱い。もう何度も倒したから、慣れてもいる。
 アイテムボックス内を確認した。土の量は充分だ。いつでも出せるようにイメージしておく。
 監視でゴブリンの方向と速度を確認して、出てきそうな場所を予測する。

「出る」

 三、二、一、見えた。木々の間から、ゴブリンの姿が。
 やつらも私たちを目視できたらしい。弱そうな掛け声を出して走って、街道上へ。
 今だ! アイテムボックスから土を出す。量はゴブリンが首までまる程度。
 あっさりやつらは動けなくなった。二匹が首だけ土から出ている状態で、一匹はしゃがむか転ぶかしたらしく、土中にまって見えない。
 まあいい。まずは見えている二匹からだ。

「火炎」

 火属性のレベル2魔法で、首から上を灰にする。うん、完全に死んだ。
 残りの一匹はし焼きだな。土全体に温度上昇をかける。目標温度は摂氏せっし百度。この世界にそんな単位はないけれど。
 監視魔法で、土中のゴブリンが死んだことを確認した。
 それでは魔石の回収だ。土を収納して、残ったゴブリンの死骸しがいを火炎魔法で燃やす。
 残るのは、ピンポン玉大で緑色の魔石が三個だけ。これも収納して一件落着だ。

「終わった」

 私はリディナの方を見る。おかしい、動かない。
 ステータスを確認する。どうやら恐怖で硬直しているようだ。
 今のがゴブリンではなく男の人なら、私がこうなるのだろう。でも恐怖耐性(1)があるから、私の方がましかも。
 そんなことを思いながら、障害除去の魔法をかける。
 大きく息をついて、リディナがふらついた。倒れるかと思ったが、なんとか姿勢を立て直す。

「近くで見ると、やっぱりとんでもないよね。こんなに強いのに、どうして人が苦手なの」

 そう言われても困る。あ、でも思いついた。

「魔物は倒せばいい。人は倒すとまずい」
「何よそれ。確かにそうだけれど」

 笑われた。なぜだろう。私は冗談じょうだんを言ったつもりはないのだけれど。


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