ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録3 仕入れ旅行の帰りに

13 予想外の結論

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 出た、いやまだ街道には出ていないか。
 でも見えた。緑色の肌のでっかい頭。ゴブリンだ。
 とっさに槍を出しそうになる。しかしまだ早い。槍が届く距離を考えると道に出て来て、更に数歩歩いてから。

 ゴブリンがこっちを向く。思わず動いてしまいそうになる。しかしまだだ、まだ待ちだ。

 シャー!

 ゴブリンがこっちを向いて吠えた。でもまだ動くべきじゃない。

 怖さでどうしても今いるゴブリンしか意識が向かない。なので意識して周囲の気配を確認。

 今のところ目の前にいる1匹しかいないようだ。
 なら問題ないはず。だから冷静になれ、俺。

 ゴブリンが道へ出てくる。こっちに向かって駆けてくる。
 そろそろいいだろう。いやまだだ。必死になって自分を抑えて。

 ゴブリンの足の位置で距離を確認。今だ! 俺は槍を横に振った。
 確かな手ごたえ。ただし成果を確認するより前に思い切り横へと振り切る事を意識する。

 ゴブリンが横へ吹っ飛んだ。そのまま路上へと倒れる。見た感じ、なかなか立ち上がれない様子だ。
 ならばだ。思い切って前進して、そして槍を突き刺す。

 ウゴギョバ!

 ゴブリンがそう叫んで動かなくなった。
 よし、これで大丈夫だろう。そう思った時。
 
「やはり私が手出しする必要はなかった」

 一瞬ぎょっとする。この付近には他に誰もいない筈。
 しかしこの声、知っている気がする。これは、確か……

 声のする方を見る。
 先程まで誰もいなかった筈の荷車横に小柄な女性が立っている。フードを深くかぶって顔は見えない。けれどなんとなく雰囲気に覚えがある。

 そうだ、これは……
 確かセレスと一緒に住んでいた、あの人だ。

「フミノさんですか」

 彼女は頷いた。

「この辺で盗賊が出るという話を聞いた。だから急いで討伐に来た」

「ありがとうございます」

 ほっとして全身の力が抜けそうになった。
 きっと少し前には到着して俺の様子を見ていたのだろう。俺がゴブリンにやられそうなら出てくるつもりで。

「今のところ周辺には他に魔物はいない。だから当分は大丈夫。座って休んだ方がいい」

 確かにその方がいいだろう。今頃になって膝ががくがく震えている。
 俺は荷車の御者席へと戻る。数歩歩くのさえ不自然な感じだ。まだ今の恐怖が抜けきっていない。

 座ったところでフミノさんが手元から何か取り出した。何か白い液体が入ったコップだ。

「乳清飲料。飲むと少しは落ち着く」

「ありがとうございます」

 受け取って口に運ぶ。
 すっと甘くて冷たい液体が口と喉を通った。確かに少し落ち着いた気がする。

 この味に覚えがある。結婚1ヶ月前にセレスの家に行ったとき出てきた飲み物も確かこれだった。
 更には1年近く前にも勉強会でも飲んだ気がする。

「確かに落ち着いた気がします。ありがとう」

「幾つも持ち歩いているから」

 フミノさんは空のコップを受け取って収納して、そして再び口を開く。

「今の様子を見て安心した。貴方がセレスの不安に気づける人で。そして慣れない事でも思考と判断で何とか出来る人で。
 セレスはきっと最初から拠点に誰か囚われている可能性に気づいていた。かつてセレスも似たような目に遭ったから。
 そんなセレスに気づくことが出来た。だからその面では、私たちは今後もセレスを貴方に預けられる」

 褒められたのは予想外だった。
 ただ俺にはなんとなくわかる。多分この後がつんと来るのだろうと。今回無茶した事に対して。
 
「ただ同時に不安になった。セレス次第で無茶をする。そういう人だともわかったから。
 今回は何とかなった。でも次回同じ事をした時、出てくる魔物がゴブリン1匹とは限らない」

 話が予想通りの方向へ進んだ。実際その通りだ。その事は今ゴブリンを倒した俺自身がよくわかっている。
 何せ1匹倒すのだってやっとだったのだ。膝の震えは止まったが心臓の動悸はおさまっていない。

「貴方はきっと頭がいい。だからある程度の事は今のように対処出来ると思う。
 でも同時に動機さえあれば、セレスだけでなく自分自身もその場でなら騙せる。そうやって騙す時の貴方はきっと確信犯。だからここで注意しようときっと治らない」

 思いきり直接的に来た。なまじ怒鳴られるより数段厳しい。

 確かに俺にはそういう傾向があるかもしれない。先程セレスを行かせたのなんてまさにそうだろう。
 理屈よりセレスの気持ちを優先した。そのためにセレスとあの場の俺自身を騙した。そのことは間違いない。

「セレスは私が来た事に気づいている。今のセレスは魔法的な隠蔽が無ければ15離30㎞位の範囲は把握できるから。
 ただ向こうの拠点は魔法的に隠蔽されている。そこそこ出来る魔法使いが盗賊にいるか、小さい迷宮ダンジョンを拠点にしているのかどちらか。
 だからセレスも内部の状態まではわからなかった。それで不安になっていた」

 向こうに魔法使いがいるか、それとも迷宮ダンジョンかだって。

「大丈夫なんですか、セレスは。敵がそんな相手で」

「問題ない。私達三人の中で普通に魔法主体の対人戦で一番強いのはセレス。
 ただそのセレスでも1時間程度は時間がかかると思う。
 セレスはここに私がいる事に気づいている。だからこの後は焦らず安全策で行くと思うから」

 とりあえず今の俺をどういう状態として見ているか、だいたい理解した。

「つまり魔法使いのいる盗賊団と戦うセレスより、今の俺の方が危ない訳ですか」

 フミノさんは頷く。

「その通り。そして貴方が貴方である以上、こういった事態が再び起こらないとは言い切れない。
 だからセレスが帰ってくるまでの1時間で、貴方には1人でも戦える強さを身につけてもらう」

「えっ!?」

 思わず変な声が出てしまった。あまりに予想外の言葉を聞いたからだ。

「1時間で強くなる、ですか」

 フミノさんは頷いた。
  
「魔力はすでにそこそこある。きっとそれなりに練習をしているのだろう。
 ただ使える魔法が少ない。レベルも低い。
 これはおそらく魔法というものへの認識のせい。魔法に対する考え方が貴方自身とあっていないせい。あっていない考え方がゆえに、貴方が魔法を使えることを信じ切れないせい」

 なるほど、そう俺は思う。フミノさんが言っている事は結構あっているのではないかと。
 でも、そうだとしても……

「それでも信じなければ魔法なんてものも使えないんでしょう」

「神を信じなくても魔法は使える」

 フミノさん、ずばりと言った。俺があえて出さなかった神という言葉を。
 彼女は更に続ける。

「神を信じる必要は無い。魔法を使える事、それさえ信じられれば支障はない。
 ただ魔法を使える事を信じる為には、信じる為の説明が必要。
 そこでこの世界の普通の人は、神という存在を介在させる。神の力によって、魔法は起動すると」

 そう、その通りだ。その理屈は理解出来るのだ。
 ただ俺は……

 フミノさんの話は続いている。

「しかし貴方にはその説明は向いていない。
 貴方は頭がいい。何事も合理的に筋道を立てて考えられる。
 故に神というあやふやな存在を信じられない。見た事がなく証明すら出来ない神という存在を、存在すると信じ切れないから」
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