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拾遺録3 仕入れ旅行の帰りに

2 出会い⑴

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 俺がセレスに初めて会ったのは今から1年くらい前。
 父がたまたま風邪を引いて、代わりに俺が母とともに店番についていた時だった。

「失礼します」

 客として入ってきた時に思った、綺麗な女性だなと。
 顔が綺麗というのもある。しかしそれだけではない。服のラインと小物類の使い方が上手いのだ。

 一応俺は服屋の息子だ。だからどうしても服や布物を見てしまう。
 着ている服の布地そのものは高価なものではない。

 高級服だと細い糸で編み目が細かく艶がある生地を良く使う。しかし彼女が着ている服は中太の糸でしっかり編み上げた対応の生地。耐久性に富んだ実用本位的な服に使われるものだ。

 彼女が着ている服のデザインもそこまで特別ではない。よくある汎用服だ。
 ある程度サイズが違う人でも使い回せるよう、上衣は縦横長めに、スカート部分は前後マチ多めで長め。
 
 しかし明らかにシルエットが一般の汎用服と違う。ずっと女性らしい。

 おそらく汎用服のサイズ調整の幅を削って自分にあわせたのだろう。幅も長さも。その上で着用時に自分に似合うよう着こなしている。

 色合わせが上手いのもあると思う。下が薄い茶に近い生成り、上が白。どちらも良くある色だが彼女が合わせていると上品に見える。バックと靴が茶の革製というのも色デザインともに合っているし。

 どういう人なのだろう。あまりそっちばかり見ないように思いつつ考える。

 汎用服を売ることを考えず自分専用にサイズ調整するという事は、それなりに余裕があるという事なのだろうか。
 そうだとしても素人では形を壊さずサイズ調整するのは難しい。自分でそういった事が出来るのだろうか。

 うちの店は基本的に客が自分で商品を選ぶ方式だ。布も新品の服も中古服も並べて棚に仕舞った状態で店頭に出している。

 だから会計の時か、客が質問がある時しか直接応対する事はない。
 勿論客によっては店員が一緒に動いて説明する事を望む場合もある。しかし彼女はそうではないようだ。

 気を抜くと彼女を目で追ってしまう。それに客は他に2人程店内にいる。
 だから彼女だけを見ないよう、店内全体に目を配るよう注意していたところで。

 別の客が俺の方に近づいてきた。汎用服を2着持っている。

「この服なんですけれど、お値段はいくら?」

 値段は棚に書いてある。しかし文字が読めない人は結構多い。なのでこういう質問は普通だ。

「こちらは新品の服なので、一着正銀貨7枚、こちらは中古のB級品なので正銀貨2枚」

「同じように見えるじゃない。こっちも正銀貨2枚じゃないの」

 全然違う。もちろんわざと言っているのだろう。
 いらっとしてはいけない。ここは落ち着いて、慇懃無礼に接客開始。

 ◇◇◇

「ありがとうございました」

 結局あの客、一番安い中古C級品を一着だけ買って帰った。
 良くいるのだ。比較して強引に値段を下げようという輩は。物がわかっていない癖に態度だけ大きく、こちらを勢いだけで言い負かそうとする。

 ただ此処カラバーラは治安はいい。あまり無茶をするようなら警備の騎士に突き出せばそれで済む。
 そしてこの店は騎士団待機所の4軒隣。なので大声を出せばそれだけで誰か飛んでくる。
 だからまあ、それほど面倒ではないのだけれど。
 
 さて、定位置に戻ろうとしたところでふと視線を感じた。振り返ると俺がさっき見ていた女性だ。

「すみません。布地について伺いたいことがあるのですけれど、宜しいでしょうか」

「ええ、何でもどうぞ」

「こちらの布地は質に比べて安い気がします。なので何故この値段なのか、理由を教えて頂いて宜しいでしょうか」

 よく気がついたなと俺は思った。そう、この布地は物と比べて安い。
 これは俺が仕入れてきた布地だ。だから理由は良く知っている。

「これは品質的には問題ありません。安いのは仕入れが安かったからです。これを生産していた工房が資金繰りに困って、在庫を大量放出したので値が下がったんです」

 そう、前回の買い出しの目玉商品だ。安くて質がいいので仕立屋等に売れるだろうと思って購入した。

 しかし実際は仕立屋等からの購入はなかった。どうやら継続的に購入可能で値段が安定している布地を使う方がいいらしい。その方が商売としては楽だし安定しているから。
 結果売れ残ってそのまま店に出している訳だ。

「なるほど、それで安いのですか。なら品物の質に応じて他と同じ値段で売っても良さそうなのに」

 高く売ってもいい。そう店で言われたのは初めてだ。
 そう思いつつも俺は父や母が以前俺に言った内容で返答する。

「利益は適正以上には取らない主義なんです。それを守らないと何処かで失敗しますから」

「なるほど。良心的なんですね。それでは次の質問です。こちらの仕入れは近くでおやりになっているのでしょうか?
 近くにそういった工房があるという話は聞かないのですけれど」

 その辺まで把握しているのだろうか、この人は。そう思いつつ返答する。

「この工房があるのはネイプル近郊です。この店の商品は私が直接ネイプルへ行って仕入れてきています。なので仕入れ値はわかっていますからね」

 彼女はうんうんと頷いた。

「なるほど、それでここ最近のように海が荒れた日が続いても値段が変わらないで、物が安定しているんですね。
 わかりました。それではこの布、もし宜しければここに巻いてある分、全部下さい。もし他にも在庫があって同じ値段で出してもいいなら、そちらも出来れば買いたいです」

 えっ! 
 この布は30腕60m巻きだ。まだ切っていないからそのままの長さ。
 そして安いとはいえ1腕2mあたり正銀貨2枚2万円の値段を出している。つまり……

「1巻き30腕60m小金貨6枚60万円ですが、宜しいでしょうか」

「ええ。他に同じような布の在庫があって、似たような値段で出して頂けるものがありましたらお願いしたいです。3巻までは即金で購入できますけれど、どうでしょうか」

 正金貨50万円数枚程度の買い物を店頭で即買いするような客は普通いない。
 俺の表情を見て彼女はその事に気づいたようだ。

「あ、もし何でしたら商業ギルド経由で払いましょうか。店頭にそれだけの現金を置くのは危険ですよね」

 あ、間違いない、本物だ。俺は認めてしまう。商業ギルドを噛ませれば偽金なんて使えない。

 ただ万が一という事がある。だから信用出来ても高額取引は商業ギルドを通した方がいい。預金していれば手数料はかからない。

「わかりました。これと同じ布地はあと1巻あります。
 あとこれよりやや厚手の地になりますが、同じ理由で安くなってまだ店頭に並んでいない品もございます。もし宜しければご覧になりますか?」

「ありがとうございます。それではその布地も見せて頂けますでしょうか」

「わかりました。こちらです。あとこちらの布地は売れないように確保しておきましょう」

 自在袋機能付きのバックに布地を仕舞う。なにせこの辺の布地、1巻で3重18kg近い。持ち歩くなら自在袋に入れた方が無難だ。

「高性能な自在袋があるのですね」

「布地は重いので搬送には必需品です。それでは倉庫に案内させます」

 そう言っても若い男である俺と二人で倉庫というのはまずいだろう。なので店の奥にいてこちらの話をおそらく聞いているだろう母に案内を頼む。

※ この世界での1反は、幅1m×長さ60mです。また布地は亜麻と羊毛の混紡で、概ね1mあたり290gくらいのものだと思って下さい。
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