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拾遺録3 仕入れ旅行の帰りに

1 復路1日目・昼過ぎ

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「今日はコゼンタまでですね」

 横に座っているセレスの声。確かに太陽の位置がやや低くなってきた。次の街泊まりにするのが無難だろう。
 それでも充分以上に進んでいる。

「いつもならパエストム泊まりだからさ。コゼンタまで来れれば三日分以上だ。これなら明日にはカラバーラに帰れるだろう」

 ネイプルからコゼンタまでは150離300kmちょっと。ネイプルからパエストムまでは50離100km程度の道のり。
 ネイプルへの行きでも感じたのだが、この速さは驚きだ。

 カラバーラからネイプルまではおよそ250離500km。馬車なら急いでも4日、余裕をみると6日がかりというのが普通というか常識。

 それをこのゴーレム馬車は1日半で駆け抜ける。もちろん夜は宿に泊まってだ。
 しかもこのゴーレム馬車、普通の馬車以上に重い筈だ。往路はオリーブ油やワイン入りの樽、復路は中古の衣服や布をぎっちり積んでいるから。

 もちろん行きで速いのは充分わかっていた。それでもやっぱり驚きというか、今までと違いすぎて違和感を覚える。

「それにしてもネイプル、楽しかったですね。つい商売を忘れて色々見てしまいました」

 いや、そんな事はない。

「しっかり商売していたと思う。良い物は見逃さなかったし、安い物はきっちり値段を下げさせたし。
 それにオリーブ油やワインも思った以上の値段で捌けた。全部セレスのおかげだ」

 セレスは卸売りや仕入れはほとんど初めてだと言っていた。だから今回は俺がどんな仕事をしているのか、見てもらうだけのつもりだったのだ。

 しかしカラバーラから持っていったオリーブ油やワインの値付けについての交渉で、店の値付けを聞いたセレスが小声で俺に言った。

『ちょっと気になるので任せて貰っていいでしょうか』

 横で見ていて失敗しそうなら途中で代わろう。そう思いつつ交渉を任せた。
 その結果、俺の予想より1割以上も高値で売れてしまったのだ。

 セレスは決して無理を通そうなんて事はしていない。普通に相手と話しているだけ。
 勿論商品の説明や特徴、利点や欠点の説明はしている。カラバーラでの作況や卸売価格の推移、更には季節毎の需要の話等も。

 そうやって話して、相手に納得させた上で買い取り値段を上げさせている。ごくごく普通に、いやかなり友好的な感じで。

 俺には出来ない交渉術だった。もう五年この仕事をやっていて慣れたつもりだったのだけれども。何というか、まさに魔女だ。

 実際に魔女なのは知っている。村の勉強会で魔法を教えている様子を見たことがあるし、弟のファビオからも習っているときの事は聞いていた。それに結婚してからは直接魔法を教わっている。
 しかしそれとはまた違う意味で魔女だ。

「それなら良かったです。洋服や布ものは好きなので、気をぬくとついつい欲しい気持ちが上回ってしまいますから」

 そうだっただろうか。物腰も言葉も柔らかいし自然だけれど、実態は獲物を見逃さない猛獣のように感じたのは俺の気のせいだろうか。
 全部の交渉を横で見ていた俺しか知らないけれど。

「疲れただろう。昨日一昨日とゴーレムを操縦してもらった上、ネイプルについた後は市場回り。今日も朝からゴーレムを操縦して貰っているしさ」

 今回の買い付けはセレスに任せっぱなしになってしまった。ゴーレムの操縦はもとより本来は俺の仕事である仲買への卸売りや布類の仕入れの目利きや価格交渉まで中心になってやって貰ったから。

 そして帰りのゴーレムの操縦も……俺がやったのは道案内と市場の業者紹介くらいだ。

「いえ、凄く楽しかったです。やっぱり大きい市場はいいですね。色々な物を見る事が出来て。

 それに相手の業者さん、何処も感じのいいところで良かったです。物は確かでしたし話も通じますし。確かにこれなら毎回安心して取引できます」

 確かに取引先はそれなりに選んでいる。回ったところは何処も良心的なところだ。俺というより父の時代から商売を続けた結果、まともなところが残ったというだけだが。

「あと、ゴーレムの操縦って疲れないんですよ。実際に足で歩くわけではないですから。慣れれば半ば無意識でも出来ます。一応は周囲にも気をつけてはいますけれども」

 ゴーレムの操縦ってそんなものなのだろうか。相当に高等な魔法だと思うし、世間でもそういう扱いの筈なのだが。
 ただセレスがそう言うなら表だって否定はしない。

「ならいいけれどさ。でもせめて帰ったらゆっくり休んでくれ。今回の経費はいつもの1割以下だ。だから行きの油や酒だけでも思い切り黒字になった。
 それに布や服もいつも以上に仕入れる事が出来た」

「ありがとうございます」

「いや、お礼を言うのは俺のほうさ。
 あとは俺が早くゴーレムを操縦できるようにならないと。せめて次回の買い付けまで位には」

 セレスはC級の冒険者。しかし実際の実力はA級並みと聞いている。この辺は魔法や勉強を習いに行っていたファビオからも聞いているし冒険者ギルドでも確認済み。

 一方の俺はというと……からっきしだ。
 魔法の訓練は毎日やっている。セレスに教わるようになってからまだ10日程だけれども。

 とりあえず風属性魔法と水属性魔法はレベル2まで、火属性魔法はレベル1まで使えるようにはなった。
 勿論これでも今まで以上に便利だ。夜中でも明るく出来るし何処でも水を出して飲めるし、重い荷物だって身体強化を使えば一発だ。

 しかしゴーレムの操縦には土属性魔法が必要。そして俺はどうも土属性魔法に適性がないらしい。レベル1ですら使えないのが現状だ。

『そんなに焦らなくても大丈夫です。適性があまりない属性でも訓練すればレベル4くらいまでは上げられますから』

 セレスはそう言ってくれるが一刻も早く土属性魔法、具体的にはゴーレム操縦魔法を習得したい。せめて次回の仕入れの時までには。

 あとは攻撃魔法と防御魔法を使えて自衛できる位にはなりたい。ただそうなるにはどの属性でも最低レベル4は必要となるそうだ、セレスによると。

 レベル4となると結構遠い。ただ現在C級冒険者をやっている弟のファビオはレベル5の攻撃魔法を使える。
 だから兄の俺だってそこそこ程度には才能がある筈。多分きっと。

 そうしないと……このままでは間違いなく俺、役立たずになりそうだ。ただでさえこんな可愛いくて綺麗な嫁さんを貰って駄目になりそうなのに。

 嫁さんが有能すぎて楽隠居コースなんて洒落にならない。本当は家で俺を待ってくれているだけでも充分過ぎる位のつもりでいたのだけれど。

◇◇◇

 うちの家はカラバーラで商会をやっている。服や布製品を新品、中古問わず取り扱っている。店そのものは父と母の2人でやっていて、俺は専ら仕入れ担当だ。

 大体月に一度、仕入れの為に南部最大の街であるネイプルへ行く。その際カラバーラの市場でオリーブ油やワイン、唐辛子等を仕入れてネイプルに持っていき卸売りするなんて事もやる。

 この辺の業務は必要にかられてだ。
 布物は重いので相乗りの馬車には嫌がられる。海路は運賃が高くつくし、天候によっては長期欠航したり、場合によっては商品が海水に濡れたりするので使いたくない。

 だからうちの商会は荷物の搬送に専用の馬車便を出している。馬車の荷車は自己保有で、馬と馬の扱い担当者は必要な期間だけ借りる方法で運用していた。

 しかし専用の馬車便を出すのは結構お金がかかる。往復とネイプルでの買い付けで合計12日みるから、その間の、
 ● 馬の借り賃
 ● 馬の餌代、水代
 ● 御者兼馬の世話担当の賃金
 ● 盗賊や魔獣等から馬車を守る護衛2人への賃金
 ● これらの食費、宿賃
がかかる。

 そうすると片道が空荷のままというのは勿体ない。なので行きはカラバーラ産の農産加工品を積み、帰りに仕入れた布類を積むというスタイルになった。

 これなら仕入れを完全委託するよりは安くつく。なので当初は父が、そして五年前にこの担当を俺が引き継いでやっている訳だ。

 毎月はじめにネイプルに仕入れに行き、中旬に戻ってくる。そして買い付けた服の仕分けをした後、翌月にネイプルへと持っていく物の買い付け等をする。
 それがここ五年の俺の業務だった。
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