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拾遺録2 イリアちゃんの寄り道

Side C カイル君の誤算 その13 家の手入れ

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 翌日、10の鐘少し過ぎ。
 鍵を受け取り引継ぎ完了。
 アリステラさんを見送った後、改めて建物を見る。

 敷地も建物も広さは申し分ないだろう。 
 ただこの建物、古いだけあって結構ボロい。
 最初の問題は壁のヒビ。
 このまま放置すれば、壁の内部に水が入って突然崩壊なんて事にもなりかねない。

「まずは外壁の補修からかな。イリアは土壌改質魔法で岩盤化出来るか? 俺はせいぜい変形させるところまでだが」

「私も土属性はそこまで得意じゃないんだよね。フミノ先生か、せめてサリアあたりがいたら出来るんだろうけど」

 なるほど、それなら出来る方法でやるしかない。

「庭から土を取ってきて、ヒビを土で埋めて乾燥・焼成か」

「だね。それじゃまず材料の土を庭から取ってこよう」

 イリアと意見が一致したので庭へ。
 この家というか元宿屋、この辺に家が無かった時期に出来たそうなので、建物だけではなく庭も広い。
 ただ庭の手入れは最近あまり出来ていなかったようで、草ぼうぼうだ。

「この草は焼き払っちゃっていいかな」

「外から見えない程度の火なら問題無いだろ。これは俺がやる」

 火属性は俺の得意魔法だ。
 庭全体をしっかりイメージして、草のある範囲だけさっと高熱にする。
 燃えるというより黒くなって崩れる感じで草が消えた。
 残るのは多少黒くなった土だけだ。

「すげえ、これが魔法なんだ」

「これはレベル3程度だ。だからそのうち出来るようになる」

 次は土を掘って、自在袋に目一杯つめる作業。
 勿論これも魔法だ。

「土属性魔法で浅く広く掘ればいいから楽だよね」

 イリアの言う通り、浅く広く土を掻き取って集めて、自在袋へ。

「この魔法は俺でも使えるようになる?」
 
「うん。1週間もあれば使えるようになると思うよ」 

 イリアの言う通りだ。
 これは土属性がレベル2もあれば出来る。

 土を自在袋に入れたら、今度こそ建物補修。
 外周を回って偵察魔法でヒビや欠けを探す。
 発見したら土をその上に貼り付け、土壌移動魔法と突き固め魔法でヒビを埋める。
 乾燥魔法で乾燥させ、炎熱魔法で固めれば応急措置は完了だ。

 このくらいの魔法なら俺もイリアも使える。
 だからヒビの数が多くても問題無い。
 ゆっくり歩きながらのペースで直していける。

「やっぱり魔法は凄えな。簡単に建物が直る」

 エミリオの無邪気な言葉に俺とサリアはちょい苦笑。

「これは本格的な修理じゃないよ。土属性魔法がもっと得意なら、全部を一気に岩盤化して恒久的に耐えるように出来るんだけれどね。私やカイルさんは、土属性がそれほど得意じゃないから」

「どうしてもつぎはぎ感が出るな、この方法だと」

 そう、フミノ先生、あるいは時々来ていたミメイ先生あたりならあっという間に新品同様に岩壁処理をしてしまうだろう。
 これはあくまで簡易的な方法に過ぎないのだ。
 少なくとも俺やイリアの感覚では。

「でも何処の家もそんなものだよ。見栄えだって前よりずっと良くなったと思う。隙間風も無くなったと思うし。
 それにこんなに広い家をこれだけ直せるなんて、やっぱり魔法は凄いよ」

 エミリオがそう言ってくれるならいいかと思う。
 でも念のため、土属性魔法もこれからは毎日鍛えておこう。
 寝る間に穴を掘って埋めて、何なら土壌改質魔法を使えば大丈夫だろうか。

 家の周囲を一周して、そして入口へと戻ってくる。
 改めて思うけれどこの家は広い。
 食堂として使っていた大部屋、広い調理場、自宅としてのリビングと寝室3つ、物置2部屋、それに客室が10部屋もある。

「そう言えば物置の一室を風呂にしていいかな。風呂が無いとどうにも落ち着かないんだよね。入れば一日の疲れもとれるし」

 イリアの言葉で思い出す。サリアやレウスも宿以外では必ず風呂に入っていたなと。
 先生達の家の出身者は風呂が無いと駄目なのだろうか。
 なおエミリオは不審顔。

「風呂?」

 無理もない。
 スティヴァレは貴族とか豪商とか金が余っているような人達以外、風呂に入る風習なんて無いのだ。
 少なくとも俺が知っている常識では。

 でも風呂に入って悪い事は無い筈だ。
 多少面倒くさい事以外は。
 むしろ清潔になるから病気等にもなりにくくなる。
 そうレウスが言っていたなとも思い出す。

「まあいいか。作るのはそれほど難しくないしな」

 サリアやレウスが作っていたので大体わかる。

「だよね」

 3人で風呂予定となる物置へ。

「とりあえず中のものは全部自在袋に入れておくね。あとで分別すればいいから」

 イリアが物置に入っていたがらくた等を移動させた。
 あっという間に中が空っぽになる。

「柱や木製部分が湿気を吸うのを防ぐ為、全体を土で固めないとね。これはさっきの外壁を直したのと同じ方法。突き固めて乾燥させて、焼けば完成」

 イリアの適当な説明でエミリオはわかるだろうか。
 でも説明するよりは実際にやっているところを見た方がいいだろう。
 作業開始だ。
 
 まずは自在袋内の土を全部出す。
 そして壁、天井に土を移動させ、突き固め魔法できっちり固め、水属性の乾燥魔法で乾かす。

「こんな事も魔法で出来るんだ」

「さっきの外壁と同じで簡単だよ。概ねレベル2までの魔法だからね」

 イリアの言う通りだ。

「でも乾かすだけじゃ、水に濡れるとまた柔らかくならないか?」

 エミリオ、外壁修理時に土を焼いていた事に気付かなかったようだ。
 まだ魔法に慣れていないし仕方ない。

「固めて乾かしたら表面を高熱で真っ赤になるまで焼いてやるの。それで水で濡れても大丈夫になるよ」

 イリアがエミリオに説明する。
 壁、天井、床、更に浴槽を作って乾かして焼けば完成だ。

「これでお風呂に毎日入れるよ」

「でもお風呂ってお湯だろ。毎回台所で湧かしてもってくるのか?」

 エミリオにそう言われて気付く。
 そう言えば世間一般ではそれが常識だよなと。
 でも此処の場合は問題無い。

「お湯を出すのは魔法で出来るから大丈夫。これもレベル2あれば出来るようになるから」

「魔法ってこういう時にも便利なんだ……」

 エミリオ、どうやらカルチャーショックを受けているようだ。
 無理も無いな、そう俺は思う。
 俺も勉強会の時にカルチャーショックを受けたから。
 まあ俺の場合はもっとずっと派手だったけれども。

 さて、ここまでやってもまだ昼になっていない。
 しかし残っているのはかなり面倒な作業だ。

「あとは各部屋の掃除と手入れか。これは後回しにして、使う時になったら業者に頼めばいいか?」

 この広さの家を3人でやるのはどう考えても無理だろう。
 少なくとも俺はそう思ったから、そう意見した。

 しかしイリアの常識は違ったようだ。

「これくらいの掃除なら私1人で大丈夫かな。部屋数が多いのは慣れているしね。布類はまあ1回洗濯して、あとは畳んで次に使う前に洗えばいいと思うよ」

 ???
 わからない。

「どうやるんだ?」

「カイルさんもやり方がわかればすぐに出来ると思うよ。エミリオも参考に見ていて。魔法が使えればこれくらいは簡単なんだってわかるから」

 そんな訳で場所移動。
 オレとエミリオが見ている中、イリアの掃除がはじまる。

「まず窓は全開。シーツとか布団、布類はあとで洗濯するから自在袋に入れる。軽くて簡単に動かせる物も全部引き出し等に入れるか自在袋に仕舞う。これが一番面倒かな」

 イリアはささっと歩き回って物を仕舞っていく。

「ここまで出来ればあとは簡単。皆、部屋の外に出て」

 何をする気だろう。
 そう思いながら俺とエミリオは室外へ。

「それじゃ最初は風属性魔法。大風というより渦風かな。部屋の中でそこそこ強い風を起こして回転させるの」

 魔力の動きを見てすぐに理解した。
 この魔法は間違いない。

「リディナ先生のテンペスタか。風属性上位の範囲攻撃魔法」

「原型はそうだよ。威力をずっと弱めて、あと回転軸も動かないようにしているけれどね。これで部屋の埃や汚れのほとんどは渦の中央に集まるから、最後に渦の上を窓の外に向けて、埃を外へ飛ばすの」

 部屋の中央に集まっていた砂や埃が窓の外へ飛んでいった。
 隣の家がすぐ近くだったらまずいよなと思う。
 この家の場合は外はこの家の庭だから問題無いけれど。

「これで普通はほとんどの汚れが飛ぶけれどね。今回は最初だから水で床を磨くよ」

 床の上に水が現れて、部屋の隅から隅まで床上を動いていった。
 これも覚えがある魔法だ。

「これは水属性の防御魔法、水の壁アクアエ・ムーリか」

「正解。最後に水を蒸発させて、汚れ部分は固めて高熱魔法をかければ完成。これなら1部屋20半時間3分もかからないでしょ」

 確かに理屈ではそうだ。
 しかしエミリオが戸惑っている。

「これって相当難しい魔法なんじゃ……」

 その通りだ。
 どちらも思い切り戦闘で使うそれなりの魔法だから。

テンペスタは風属性がレベル6無いと無理だろ。水の壁アクアエ・ムーリだって水属性レベル4が必要だ」

「そこまで威力は高くないから魔力も少なめで大丈夫だよ。制御がちょっと難しいけれど、それを考慮しても実質レベル5程度かな。
 水で磨くのは水の壁アクアエ・ムーリよりちょい難しいから、やっぱりレベル5程度だと思う」

 俺は気付いた。イリアの感覚というか基準が世間と乖離している事に。
 これはサリアにも見られた症状だ。
 世間では無茶苦茶難しい事であろうと、随分と簡単な事のように感じてしまう。
 実際に自分達や回りの人は簡単に出来るのだから。

 これはきっと育った環境のせいだ。
 先生達と一緒に暮らしていると、その辺の常識がおかしくなるのだろう。
 ここはエミリオが誤解しないように言っておく必要がある。

「エミリオ、今は気にしなくていい。普通はレベル5の魔法が使えれば文句無く上級魔法使いだ。冒険者としても実質B級くらいの力になる」

 どこぞの勉強会ではその辺が卒業の条件だったりしたけれども。
 おかげで卒業生の皆さんの常識が世間一般とずれまくった。
 俺はそれでも先生達と関係ないカラバーラの道場等にも通っていたから、まだ実情はわかっていたけれども。
 
「でも1年あれば属性2つくらいはレベル5まで行くよね」

「それは先生達の家に住んでいたからだ。普通は学校に10年近く通って騎士団の養成課程に半年行ってもレベル4がやっとだから。
 カラバーラの騎士団とかあの勉強会とかでも、属性のどれか1つがレベル5になるのに2年近くかかる。でもそれだって充分過ぎる位異常な範囲なんだ、世間一般では」

 サリアやレウスもこの辺について誤解していたなと思い出す。
 先生達の家出身者は何と言うか、自分達が異常だという自覚が無い。

 まあ先生達の家出身者に限らず、勉強会の皆がある程度誤解しているというか自覚がないというのはある。
 自分達がどれだけ異常で、そして恵まれていたかという事を。
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