上 下
265 / 323
拾遺録2 イリアちゃんの寄り道

その6 別れ

しおりを挟む
 翌朝の食事はテイクアウトではなく作る事にした。
 すぐ食べられるものを出来るだけ残しておきたかったから。
 勿論ここに残るエミリオ君用としてだ。
 それ以外の食料も全部置いていく。

 此処からカラバーラまでは結構遠いから、途中1食は必要だ。
 しかしそれくらいは途中で買えばいい。
 街は幾つかあるから。

 さて、今日の朝食で作るのは焼きそばにしよう。
 村の勉強会でもお馴染みのメニューだ。
 ただしリディナ先生特製ソースは此処には無い。
 だから味つけは猪魔獣の脂身と塩とハーブ。

 ただソースを使わないこの作り方も何度かやった事がある。
 だから味はそれほど悪くない筈だ。
 麺はまあパスタ用の乾麺を使ったけれど。

「この匂い初めて。でも美味しそう」

 作っている最中からジャン君がそう言って覗き込む状態。
 食べ始めたら案の定、好評で皆もりもり食べてくれた。
 エミリオ君が話を切り出すまでは。

「南にきちんとした設備があって、昨日教わったような魔法や文字の読み書きを教えてくれる場所があるそうなんだ。午前中は働いたり勉強したりする必要があるけれど、3食美味しいものが食べられるし家もちゃんとしていて服も貰えるらしい。

 今日、これを食べたら皆、そこへ行って貰おうと思う。イリアが馬車で連れて行ってくれるそうだから、途中の心配はいらない」
 
「エミリオ兄も行くんでしょ、一緒に」

 何かを感じたのかリアラちゃんがそう尋ねる。

「いや、俺は行かない。オースト爺から此処の見回りを引き受けたからさ。それをやらなきゃな」

「なら私も残る!」

「俺も!」

 リアラちゃんとジャン君が続けてそう言ったところで。

「駄目だ」

 エミリオ君が断ち切るように言った。

「ここを見回るのは俺1人でいい。向こうへいけばもっと魔法を覚えられるし文字の読み書きも出来るようになる。此処よりもっと美味しいものだって食べられる筈だ。
 だから皆はイリアについて行ってくれ」

 リアラちゃんとジャン君が黙り込む。
 代わりにレッツア君が不思議そうな顔で尋ねた。

「エミリオ兄は行かないの?」

「ああ、兄ちゃんは此処でやる事があるからさ。だからレッツアも向こうへ行って、しっかり毎日頑張るんだぞ」

 正直見ていられない。
 でもだからと言って私にはどうする事も出来ない。
 下手な事を言えば嘘になるし。

 皆を誘わなければよかったのだろうか。
 でもそれはそれでエミリオ君が余計大変な気がする。
 どうすれば良かったのか、どうすればいいのかわからない。

 先生達ならどう判断するのだろう。
 どういう結末にするのだろう。

「イリアもそんな顔をするなよ。俺は感謝しているんだ。此処でも1人なら余裕でやっていける。面倒な奴らもおかげでいなくなったしさ。
 ジャン、リアラ、サッチャ、ビーノ、レッツァ。向こうへ行けば今食べているのと同じくらい美味しいものが食べられる。それに魔法だってもっと覚えられるし使えるようになる。
 だからさ、皆向こうでしっかり勉強して一人前になってくれ。そうしたら向こうで暮らすなり、こっちへ戻ってきて俺を手伝うなりしてくれればいい」
 
「それまで待っていてくれる?」

「勿論だ」

 エミリオ君は食器を置いてリアラちゃんの頭を撫でる。

「俺はここにいる。何なら会いに来る事だって出来る筈だ。いなくなる訳じゃないからな。
 だから心配するな。いいな」

 私は間違った事はしていない筈だ。
 それにエミリオ君はこれで生活が大分楽になる筈なんだ。
 たとえ向こうへ行かないにしろ。

 そう思うのだけれど、それでも割り切れない何かが残る。
 いっそエミリオ君を睡眠魔法で寝かせて、起きる前に連れて行ってしまおうかなんて事も考えた。
 でもそうするのはやはり間違っている気がした。
 だから何もしないし、出来ない。

 わからないまま食事終了。
 そして出かける支度となる。
 支度と言っても大した事はない。

「服も寝具も食器も向こうにあるから心配しなくて大丈夫だよ。
 だからコップとか、本当に身の回りで使うもの中心で」

 本当は何も持って行かなくても問題無い。
 身の回りで必要なものは全部農場にある筈だから。
 それでもある程度の物は持っていった方がいい。
 此処で暮らしたという思い出の為に。

 集めたものを持って行く方の自在袋に入れる。

「それにしても悪いな。何から何まで世話になって」

「ううん。私もかつて世話になった身だしね」

 昨日も通った足場の悪い場所を通って、街へと続いている道へ。

「それじゃゴーレムとゴーレム車を出すよ」

 自在袋から出した瞬間。

「えっ!」
「うわっ!」
「何だ!」

 エミリオ君達から驚きの声が響いた。

「こんな物まで自在袋に入るのか」

 私はエミリオ君に頷く。

「ゴーレムもゴーレム車もそこまで大きくはないよ。自在袋に入れる事を前提にして作ってあるから」

 ゴーレムのジェーンは普通の馬よりやや小柄。
 サリア達のパーティが使っているグラニーと同じシリーズだ。
 ゴーレム車も農場にある大きいのやサリア達のより小さい。
 勉強会を2番目に卒業したルチア達が使っているのと同じタイプ。

「ゴーレムって、これが動くの?」

 リアラちゃんに言われて、そう言えばゴーレムはあまり一般的ではないのだなと気付く。

「そうだよ。これから行く農場には犬型や人型のゴーレムがいっぱいあって、大変な作業はそれを使うの。
 皆もすぐ使えるようになると思うよ」

 さて、そろそろお別れだ。
 でもお別れする前にこれを渡しておかないと。

「それじゃ最後にエミリオ、これ受け取って」

 ベルトで腰に固定するタイプの自在袋をエミリオ君に渡す。

 私は自在袋を3つ持って来たけれど、2つは私専用に調整してあって私しか使えない。
 でも今エミリオ君に渡した自在袋だけは汎用仕様なので誰でも使える。

 今回は納品の為、ゴーレムを10台運ぶ必要があった。
 自在袋2袋だとぎりぎりなのでもう1つ持たされていたのだ。
 これならエミリオ君でも使える。 
 サイズ調整可能なベルトで固定するタイプなので、エミリオ君の身体に装備するのだって問題ない。

 中にはテイクアウトの食事や肉、野菜、パン等の食品とおまけが入っている。
 今朝、他の自在袋から移動させておいたのだ。

「これって……こんな高価なもの受け取れねえよ」

 エミリオ君は自在袋が高価な事を知っているようだ。
 しかし問題ない。
 ちゃんと言い訳は考えてある。

「これは買ったものじゃなくて私の先生が作ったものだから大丈夫。中も食べ物だけでお金は入れていない。
 それにこれを渡すのはエミリオだけの為じゃない。私や皆が少しでも安心する為。だから受け取って」

 お金はあえて入れなかった。
 エミリオが受け取りにくいだろうと思ったからだ。

 おまけに入れたのは寝袋一式。
 寝袋を入れたのはここで使っている布団、ボロボロで寝心地が悪そうだったから。

「わかった。大事に使うよ」

「それじゃ皆、エミリオに挨拶してゴーレム車に乗って」

 離れがたいが仕方ない。
 そうしないと出発できないから。

「それじゃ、またね」

「ああ。皆、元気で頑張るんだぞ」

 全員がしっかり乗っていることを確認して私はゴーレム車の扉を閉め、中の椅子に座る。
 ゴーレムのジェーンがゆっくり歩き出した。
 偵察魔法で見えるエミリオの姿が小さくなっていく。

 普通の視力で見えなくなったところで私は高速移動魔法を起動した。
 早く着きたいからというのもある。
 でもそれ以上に後を振り返らない為だ。
 ジャン君達ではなく私が。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん

夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。 のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。