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拾遺録2 イリアちゃんの寄り道

その4 俺は行けない

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「ごめん、皆に睡眠魔法を軽くかけたから。ごく弱くだから1時間もすれば効果が切れると思うけれど」

 理由はわかっている。
 イリアが悪い訳じゃない。

「久しぶりにいいものをお腹いっぱい食べて、魔法なんてものまで使えるようになったんだ。興奮して寝られたもんじゃないだろう。仕方ない」

 もう俺はイリアを警戒していない。
 何かやるにしては余計な事をし過ぎなのだ。
 ただ人さらいをするなら、此処へ来た時点で眠らせてしまえばいい。
 御飯を食べさせたり、ましてや魔法を教えたりなんて事をする必要は無いだろう。

「それにしてもどうしてここまでしてくれるんだ。イリアにとっては何も得は無いだろう。俺達に出した食事代だけでその辺の宿には泊まれる筈だ。魔法だってお金を払っても教わりたい奴は幾らでもいるだろう」

 イリアは頷く。

「確かに損得で言ったらそうだよね。先生達ならどう答えるかな。

 リディナ先生ならきっと、長くて難しい話になると思う。スティヴァレ全体の生活水準を上げるには一人一人が豊かにならなければならない、とか。フミノ先生なら私がそうしたいから、とだけ言うんだろうな。

 セレス先生の場合はどうだろう。自分がその立場になったらわかると思います、と言って誤魔化されそうな感じがするけれど」

 今出てきた名前はイリアの先生なのだろう。
 何人もの師匠についたという事なのだろうか。
 それともそういった学校に通ったのだろうか。

 学校に行ったのならイリアの家は相当な金持ちだった筈だ。
 そうでもないと学校になんて行けないから。
 イリアの話は続いている。

「私の場合は恩返しというのが一番近いかな。自分が助けて貰ったからその恩返しという感じ。

 10歳の時、私と妹2人を残したまま、両親が家からいなくなってね。どうしようもなくて、先生達のところに押しかけたんだ。御願いだから助けてくれって。
 週に1回、村の聖堂で無料勉強会をやってくれているだけの縁だったんだけれどね。他に助けてくれそうな人がいなくって。

 おかげで何とかなって、そして今も先生達の農場にいるんだけれどね。先生達には恩を返しきれないから、代わりに返せるところに返しているという感じだと思う。全然返し切れていないけれどね」

「わかった」

 勿論完全にイリアの気持ちがわかった訳では無い。
 それでもある程度は理解出来たと思う。
 俺が今やっている事と同じだと思うからだ。
 俺の場合は既にこの世にいないけれど。
 イリアの先生にあたる存在は。

「ついでだから話をすすめるね。話というのは皆で南、私がいる農場へ来ないかという事。

 私はいつもは南のカラバーラという街近くで孤児院を兼ねた農場にいるんだ。孤児院と言うと先生達に怒られるけれどね。孤児じゃ無い、皆家族なんだって。

 住む場所、食べ物、服は保障する。朝は6の鐘起きと早いし、山羊や家庭菜園の世話もしなければならない。文字や魔法の勉強をする時間もある。
 それでも午後はほぼ自由時間。夕暮れ前に山羊を放牧場から小屋に戻す作業はあるけれどね。

 3年いれば文字の読み書きや計算が出来るようになる。魔法だってひととおり使う事が出来るようになる。
 そこまで出来ればその辺の商会で働く事も出来るだろうし、冒険者にだってなれる。

 まあ冒険者は危険だからね。最低でも攻撃魔法を使えるようにならないと、なる事を許してもらえないけれど。
 でもそんなに難しいことじゃない。私も全部の属性でレベル4以上使えるし。

 という事で移住、どうかなという話? 大変な事もあるかもしれないけれど、此処で暮らすよりはずっと安定していると思うけれど」

 多分イリアが言うのだから安心な場所なのだろう。
 今までの言動から俺はイリアを信じていいと思っている。
 しかしその話に乗るには少しばかり難しい。

「カラバーラという街の名前は今までに聞いた事が無い。でもイリアが嘘を言っているとは思わない。だからきっと、ここテモリでは話に出ないような遠い場所にある街なんだろう。
 ジャンとリアラ、サッチャなら大丈夫かもしれない。でもビーノやレッツアの足ではそんなに遠くまで歩けないと思う」

 ビーノやレッツアの足で1日に数十キロ歩くのは無理だ。
 でもイリアは問題無いという顔をしている。

「大丈夫。大人6人までなら乗れる馬車みたいなものを持ってきているから。
 此処の6人と私なら大丈夫だと思うよ。ちょっと狭いかもしれないけれど」

 そんな物まで持っているのか。
 それなら問題は無い。
 ジャン、リアラ、サッチャ、ビーノ、レッツアが行く分には。

「なら頼んでいいか。ジャン達5人の事を。少なくとも、いや間違いなく此処にいるよりはずっといいだろうと思う」

 3食食べられて文字や魔法の勉強が出来るなんて、金持ちが行く寄宿舎付き学校並みの待遇だ。
 実のところ俺は学校についてほとんど知らないけれども。

「5人という事は、エミリオはどうするの?」

 イリアは驚いたという表情で俺の方を見る。

「俺は此処を離れられない。だから残るつもりだ。でもジャン達は此処にいるよりそっちに行った方が絶対いいだろう。文字や魔法の勉強も出来るならなおさらだ」

 そう、俺は此処を離れる事は出来ない。
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