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拾遺録2 イリアちゃんの寄り道

その3 夜の勉強会

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 何と言うか久しぶりに旨いものを食べた気がする。
 よく考えれば当然だ。
 少ない金で6人で食べられるようにする為、食事は粥とかスープばかりだった。

 粥なら大麦か売れ残りのパンがあれば作れる。
 おかずは食べられる野草や海辺の貝とか入れればいい。
 市場で残った野菜屑なんかが手に入ればもっといい。

 大麦とかパンが無ければスープになる。
 材料は同じだ。
 貝が入ればそれなりの味になるけれど、無ければ塩をさっと入れるだけ。

 そんなのと比べると今日のターンオーバーは遙かに上等だ。
 何と言うかまずは噛み応えがある。
 チーズや肉なんてものも久しぶりに食べた。
 味もしっかりついている。

 更には甘いターンオーバーなんてのも食べた。
 リンゴとバターなんて入っているの、絶対美味しいだろう。
 結局俺達6人で肉入り6つと甘いの4つを食べてしまった。

「足りなければまだまだあるから遠慮しないでね」

 イリアはそう言っていたけれど、もうお腹いっぱいだ。
 白い乳清飲料だって2杯飲んだし。

 なおイリアは肉入りの方を2枚食べていた。
「これくらい食べないと、朝までお腹が持たない」
そうだ。
 何と言うか不経済だよなと思う。
 まあC級冒険者なら稼げるから問題無いのだろうけれど。

「さて、そろそろ暗くなるし、ちょっと灯火魔法をつけるね」

 イリアがそう言った途端、部屋が明るくなる。

「凄い、これ、魔法?」

 イリアはジャンに頷く。

「そうだよ。これは簡単だから教えようか」

「魔法って難しいんじゃなかったか?」

 昔は貴族でないと魔法は使えないとされていた。
 今はそんな事はないとなっているけれど、それでも平民で魔法を使える人はごく少ない。

「そうでもないよ。レベル1程度ならしっかりイメージを持てればそんなに難しくない。これから寝るまでの間にだって覚えられるよ。
 どう? 皆、やってみる気、ある?」

 何か上手い話過ぎる気がする。
 助けて貰って飯まで、それも6人分以上貰って、その上で魔法を教えてくれるというのだ。
 俺達が食べた分のテイクアウト代だけで安宿なら充分泊まれる筈。
 そう思うと彼女にとって利益は何も無いように見える。 

 ただ、それだからと言って彼女が何かするなんて可能性は無いだろう。
 人さらいとかならとっくにやっている筈だ。
 睡眠魔法を使えるのだから。
 わざわざ夕食を食べさせるなんて事をする必要は無い。

「僕も出来る?」

 無邪気に尋ねたジャンにイリアは頷く。

「勿論。全員火属性は1以上あるから大丈夫。ただこの中だと……リアラちゃんとビーノ君が少し難しいかも。
 これは才能が無いって意味じゃないよ。むしろ逆、水属性の適性が普通の人より高いせいだから。火属性と水属性は相克だから、生まれつき水属性のレベルが高い人だと、最初のうちは火属性を覚えにくいんだよね。
 でも大丈夫、そのかわり水を出す魔法は人より簡単に覚えられる筈だから」

「本当?」

 そう尋ねたリアラにイリアは頷いて見せる。

「勿論。これでも村の勉強会で子供向けに魔法を教えたりもしているからね。今日寝るまでに全員、灯火魔法か出水魔法のどちらかを使えるようにするから。
 勿論エミリオもやるよね、お兄ちゃんとして」

「いいのか、本当に」

「多分エミリオが思っているほど大した事じゃないと思うよ。
 それじゃ最初は灯火魔法の使い方から。まずはね……」

 ◇◇◇

 何と言うか、本物の魔法使いとはきっとイリアのような存在なのだろうと思う。
 説明に難しい言葉は一切無かった。
 簡単でわかりやすい言葉だけだった。
 それなのに全員が魔法を使えるようになったのだ。

 灯りを灯す魔法はビーノ以外の全員。
 他にはリアラとビーノが水を出す魔法、サッチャが火をつける魔法を使えるようになった。

 これで不安定な場所を歩いて水を汲みに行ったり、苦労して火口を作ったりしなくていい。
 明日からの生活が凄く楽になる。

 しかもイリアがしたのはそれだけではなかった。

「折角だから服や布団も魔法で洗っておこうか。魔法を使えるとこんな事も出来るという見本で」

 服がきれいになっただけでは無い。
 今まで使っていた布団が嘘のように軽くふわふわになった。
 それも俺達が見ている間にだ。

「やっている事は簡単、お湯でかき回して汚れをとって、乾かしているだけだよ。火属性が1、水属性が3くらいあれば出来るかな。リアラちゃんなら水魔法を毎日使っていれば1月位で近い事が出来るようになると思うよ」

 イリアは簡単そうに言うけれど、とてもそうは思えない。
 しかし全員、5歳のレッツアまで灯火魔法を使えるようになったのは確かなのだ。
 ひょっとしたら本当にその程度なのかもしれない。
 そう感じる。

「エミリオはちょっと話があるから起きていて。あとは皆、もう夜だし寝ようか」

 周囲は真っ暗だ。
 今までは灯火魔法なんて使えないかったし、家の中で火を焚いたら汚れる。
 だから暗くなったらすぐに寝ていた。
 つまり今日は皆、いつもより遅い訳だ。

「イリアお姉ちゃん、明日もいる?」

 レッツアがそう言ってイリアの服をひっぱる。
 すっかり懐いてしまっているようだ。

 食事もいつもと全然違う美味しいのを食べさせてもらったし、魔法も教えて貰った。
 魔法を教えて貰う合間に色々な話も聞かせて貰った。
 懐くのは当然かもしれない。
 それに考えてみればここに来た客はイリアが初めてだ。

 でもイリアをここに引き留めておく訳にはいかないだろう。
 彼女は南の方の農場で働いていると言っていたから。

「明日の朝は一緒に御飯を食べましょうね」

「わかった」

「それじゃ最後、お歌をひとつ歌ってからおやすみなさいにしましょうか。南の方で歌われている歌だけれどね……」

 あと子供の扱いがやたら上手というのもある気がする。
 そう言えば農家兼、ベビーシッターって言っていた。
 案外ベビーシッターというのは冗談では無く本当なのかもしれないな。
 見ていてそんな事を思った。
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