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拾遺録2 イリアちゃんの寄り道

その2 案内

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 彼女はイリアと名乗った。
 普段は南の方で農場の手伝いと子供の世話をしているそうだ。
 今回は代役でゴーレムの納品に行ってきた帰りだと言っていた。

 年齢は16歳、思ったより上だった。
 でもあれだけ強いのだ。
 顔や見た目はともかくとして、それくらいの年齢でも不思議では無いというか、当然な気がする。

「どうすればそんなに強くなれるんだ? 魔法も使えるみたいだしさ」

「私は運が良かっただけかな。どうしようもなくなる寸前に助けて貰って、魔法も使えるようになったってところ。
 体力は元気な子供や逃走癖がある山羊を毎日相手にしていた結果、自然についただけだよ」

 助けて貰って魔法が使えるようになった。
 何処かの魔法使いに弟子入りでもしたのだろうか。
 あと腕っ節の強さは体力とかそういう問題じゃないと思う。

「さっきのは何か戦闘術の技に見えた」

「そんな難しい物じゃないよ。掴みかかって来た腕を思い切り引っ張って後ろや下へ投げつけるだけ。力と速さがあれば誰でも出来ると思うよ」

 なら速さや力が常人ではないのだろう。
 仮に鍛えまくったとして俺は15歳までにその域に達する事が出来るだろうか。
 ん、待てよ、魔法使いならひょっとして。

「あれが身体強化魔法という奴なのか」

「身体強化も使えるけれどね。使うと反応が少し重くなる感じがするの。だから余程の事がなければ使わないかな」

 つまり魔法ではなくそのままの実力だと。
 流石C級冒険者と言っていいのだろうか。
 それともイリアが特別なのだろうか。
 なんて事を考えつつ路地を辿って、そして壊れた建物内を横切る。

「結構崩れてるね。それに煤けてる」

「昔の津波で壊れたらしい。まともな連中は高台に出来た新しい街に引っ越した。残っているのはその時壊れたままの建物だ。
 だからこそ俺達が住んでいても誰も文句を言わない。その筈だったんだけどな」

 俺達だけではない。
 他に住処が無い人達が住んでいて、それでもそこそこここは平和だった。
 半年前にイヴァン達が来るまでは。

「煤けたのは割と最近の感じだけど?」

「馬鹿が寒い季節になるとそこら中で焚火とかやるんだ。そんな事しなきゃ建物ももっと持つし綺麗に使えるのに」

 例えば倒れたままのイヴァン達とか。
 あいつらは好きなように焚火とかやらかして、住めなくなったら別の状態のいい建物に移動する。
 既に住んでいる人間を暴力で追い出して。
 結果、使えない建物が増える訳だ。

 ただもう奴らは好き放題出来る身体じゃなくなるだろう。
 片腕片足程度で済めば御の字だ。

 既に過去の人間になる事確定の連中の事を気にしてもしかたない。
 取り敢えずイリアを案内して、飯を食う事を考えよう。

「ここからは足場がかなり悪くなる。気をつけてくれ」

「わかったわ」

 この先、壁や屋根材等が崩れた急斜面のガレ場を横切る。
 下までは怪我する程の高さではない。
 でも体重がある大人が通るのは無理だ。
 だからこそ俺達が安心して住める訳だけれども。

 C級冒険者なら大丈夫だろう。
 そう思いつつも、もし落ちそうなら手を貸すつもりで後ろを注意しながら歩く。
 どうやら心配する必要は無さそうだ。
 俺以上に身軽に歩いてガレ場を横切った。

 ここまで来ればもう俺達の住居はすぐだ。
 4軒ほど並んでいる中の左から2軒目。
 扉は無いがまだきっちり四角い形を保っている入口をくぐる。

「俺だ、エミリオだ。この人はイリア、敵じゃない。さっきイヴァン達に捕まったところを助けてもらった。今日の夕食と明日の朝食をご馳走してくれるそうだ」

 隠れていたジャン、リアラ、サッチャ、ビーノ、レッツァが出てくる。

「6人で暮らしていたの!?」

 イリアは驚いたようだ。

「ああ。この街には信用できる教会とか孤児院とかないからな。自分達で生きていくしか無い。
 まあその辺は街の連中も知っているからさ。余裕無い割にちょっとした仕事を頼んで小遣いをくれたりする。それでまあ、ちょい前までは何とかなったんだけどな」

 イヴァンらがやってきたおかげで全てが駄目になりつつあった。
 でももう大丈夫だ。
 そう思うとイリアに感謝しかない。

「なるほど、わかった。それにしても綺麗に使ってるよね。他の建物内と比べると床が綺麗だしテーブルもちゃんとしているし」

「こいつらが掃除したり建物を手直ししてくれているからさ。さて、ちょっと早いけれど飯を貰っていいか? 皆腹を空かしているからさ」

「うん、それじゃこれでいいかな。簡単だけれど」

 イリアはそう言って小さなポシェットに手を入れる。
 次の瞬間、テーブル上に皿が7つ並んだ。

「あと飲み物ね」

 白い液体が入ったコップも7つ並ぶ。

 今のは何だ、手を入れてすぐ皿とか出てきたけれど。
 普通に出す早さでは無いし、そもそもあんな小さなポシェットにこれだけの物は入らない。
 という事は……

「そのポシェット、自在袋なのか!」

 自在袋ってかなり高価だと聞いた気がする。
 でもC級冒険者ならそれくらいは買えるのだろうか。

「正解、もらい物だけれどね。それじゃ食べようか。足りなければおかわりもあるからね、飲み物も」

「いいのか、そんなに」

 思わずそう聞いてしまう。

「まとめて大量に買ってきたから在庫は沢山あるよ。だから遠慮しないでね。今出ているのの中身はチーズとパンチェッタ、青菜だけれど甘い方が良ければ言って。リンゴとバターのもあるから」

 皿に載っかっているのは半円型の分厚いターンオーバーだ。
 小麦粉の平たい生地におかずをのせて折り曲げて焼いたもの。
 労働者がテイクアウトして食べるようなものだけれど、7つも出すと結構な額になると思う。

「そう言えば皆に自己紹介していなかったよね。私はイリア、普段はカラバーラ近くにある農場で働いているけれど、冒険者もやっていて、今回はアコチェーノへ行った帰り」

 そう言えばこっちも紹介していなかった。
 なら全員分まとめてやってしまおう。

「俺はエミリオだ。右から順にジャン、リアラ、サッチャ、ビーノ、レッツァだ。ジャンとリアラが8歳、サッチャが7歳、ビーノが6歳、レッツアが5歳」

「そっか。皆、明日まで宜しくね。それじゃ食べよう」

 イリアはそう言って自分の前のターンオーバーを手に取ってかぶりつく。

「食べて、いいの?」

 リアラが尋ねた。
 どうもまだ用心しているようだ。

「勿論だよ。たださっきも言ったけれど甘い方が好きなら言ってね、取り替えるから。それとも両方食べてみたいかな」

「いいの?」

「勿論! それじゃ出すね」

 もう1つ皿が出てきた。
 今までのと同じ半円形だが少し色が薄いターンオーバーが3つ、皿の上に置いてある。

「足りなければ追加で出すから遠慮しないでね」

「この飲み物、甘くて美味しかった!」

 これはレッツアだ。
 見るとコップが空になっている。
 どうやら一気に飲んでしまったようだ。

「おかわりはいる?」

 レッツアが大きく頷いたのを見て、イリアはポシェットに手をやる。
 出てきたのは白い飲料がたっぷり入った水差しだ。

「まだまだあるから遠慮しないでね」

 これで皆、安心したようで一気に食べ始めた。
 俺も目の前のターンオーバーに手をのばし、思い切りかぶりつく。

 美味い。
 肉がしっかり入っていてチーズもたっぷり。
 つい勢い良くがっついてしまう。
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