ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

文字の大きさ
上 下
213 / 279
拾遺録1 カイル君の冒険者な日々

俺達の決意⒁ 竜種討伐者(ドラゴン・スレイヤー)

しおりを挟む
 ケイヤロ国第二王女とよばれた年月よりも、テリル国王太子妃、テリル国王妃とよばれる年月の方が長くなった。

 王室の光とよばれる王太子グロリア。

 王室の華とよばれる第二王女リリアン。

 母として二人の成長を見守ってきた。

 王女しか生めない不出来な妃と陰口をたたかれたが、王女しか生まなかったことで二人の娘を手元におくことができた。

 グロリアに王太子という重い責務をおわせたことに申し訳なさは感じるが、王太子であることから他国へ嫁ぐのではなく王配をむかえられた。

 そしてリリアンもグロリアを支えるために国内の貴族へ嫁がせることができた。

 娘たちを自分のそばにとどめておけた幸運をひそかによろこんでいる。

 グロリアが第二王子を出産した。第一王子のヒューバートが生まれた時と同じく王国がわいた。これでテリル国は安泰だと。

 第二王子の洗礼式に親戚と親しい友人が参加した。洗礼式のあとの昼食会をおえ、男性達は王宮でビリヤード室を新しくしたのでゲームを楽しもうと移動した。

 女性陣はお茶とおしゃべりを楽しんだ。すべてが終わったあと名残惜しさがつのり親子三人でグロリアの家に移動した。

「お姉さま、私が国教の教えを破るようなことをしたら、私のことをきらいになってしまうかしら?」

 リリアンの思いがけない問いかけにおどろいていると、グロリアが表情をかえずリリアンを見つめ、

「私があなたをきらいになることはないわ。たとえあなたが私の目の前で人を殺したとしても」と答えた。

 まさかと思うやりとりに二人を見ると、二人は見つめ合っていた。まるで目だけで会話をするように。

「ありがとうお姉さま。お姉さまがいるから強くいられる。お姉さまがいるから生きていける」

 リリアンの笑顔に胸をえぐられるような痛みを感じた。

 リリアンにとって支えになるのは母である自分ではなく、グロリアなのだと見せつけられた。

「あなたの幸せを一番に願っている。その幸せを手に入れるために何が起ころうと」

 リリアンが何を考えているのかを分かっているかのように答えるグロリアに痛みが強くなった。

 姉妹の仲が良いことや、大人として親を必要としないほど自立していることをよろこぶべきなのかもしれない。

 しかし自分が二人から疎外されているようでおもしろくなかった。

「二人とも何だか物騒な話をしているけれども王女としての品格を忘れないように」

「分かっています、お母さま。王侯貴族らしい生き方をするのです。愛は配偶者以外から求めようと思います。

 ご心配なく。王室の華として誇り高く生きます」

 リリアンの言葉に何といってよいのか分からなかった。

 リリアンが体調不良で入院した日のことを思い出す。

 入院したと聞きあわててかけつけると、

「お母さま、子を授かりました」といわれ安心とよろこびを感じたすぐあとに、

「サミュエルがパートナーと不貞関係にあるのですこし距離をおくことにしました」といわれ呆然とした。

 リリアンはサミュエルの裏切りを知った翌日に入院という形で夫と距離をとり、その後は静養のためと自宅ではなく離宮へ移動した。

 第二子の出産をひかえたグロリアの代わりに多くの公務をこなしていたリリアンの負担の大きさと、妊娠による体調不良を考えればリリアンの静養は当然と思われ一か月の二人の別居は周りからあやしまれなかった。

 リリアンの体調が安定し、王都の自宅にもどったことから王国民に懐妊が発表された。

 その時にリリアンは静養が必要だったため公務をはたせなかったことを詫び、自身の懐妊報告にからめ「夫には私のことを心配せずダンスに集中してもらいたい。生まれてくる子に勝利を捧げてほしい」というコメントをだした。

 夫をけなげに支える王室の華と名をあげた。

 洗礼式で二人はこれまで通りの仲の良さを見せていた。リリアンの大きくなったお腹を愛おしそうに見つめ、妻をかいがいしく気づかうサミュエルの姿は妻を愛する夫そのものだった。

 しかし二人の間でどのような話し合いがされたのかは分からないが、リリアンは夫へ見切りをつけたようだ。

「サミュエルのことをちゃんと見ていたつもりでしたが、やはり恋は盲目だったようです。

 それと国内の相手と早く結婚してしまおうという焦りもあったのでしょうね。

 サミュエルが私のことを愛してくれるなら幸せになれるのではと夢をもってしまったようです」

 淡々と話すリリアンにますます何もいえなかった。

「私のせいね。私があなたに国内にとどまってほしいと願ったから」

「それは違います、お姉さま。私がお姉さまのそばにいたかったのです。お姉さまが願うよりもずっと前から私の気持ちは決まっていました」

 二人の娘を愛している。しかし母娘の絆よりも姉妹の絆の方が強いだろう。二人は生まれてからずっと一緒にいる。

 自分自身も両親よりも兄弟との絆が深いのでそのことが理解できた。四人兄弟で二人の兄と姉が一人いる。子供の頃は四人で王宮を走り回っていた。

 国際間の電話は王族といえども自由に使えるわけではないが、何かと理由をつけて電話をしてくるのは両親ではなく兄弟だった。

「それにしても人って本当に分からない。

 サミュエルはリリアン一筋で誰から見てもリリアンを深く愛しているようにしか見えなかったのに。

 カルロとサミュエル、どちらが浮気しそうかと聞けば、百人中百人の人がカルロというわ。それぐらい意外だった」

 まじめな話をしているのにグロリアの例え方が絶妙で笑いそうになった。

 グロリアの夫であるカルロは人たらしといわれ、誰にでもやさしいため女性に誤解されやすく何度か不名誉な噂をたてられた。

 しかし実際のところは王子として身につけているやさしさでしかなく、女性ではなく狩猟とポロへなみなみならぬ情熱をそそいでいる。

 逆にサミュエルはリリアンへの一途な愛で知られているが、恋をすると感情のままに動く男だった。

 サミュエルとリリアンの結婚は王妃が画策したといわれているが、実際のところは偶然のなりゆきでしかなかった。

 二人がはじめて踊るまで、自分でも不思議に思うほどあの二人を一緒に踊らせようと考えたことがなかった。二人が同じ場にいることが何度もあったにもかかわらず。

 一緒に踊っている姿をみて「完璧」と思わずつぶやいたほど二人の踊っている姿は美しかった。

 ただ踊っている二人の姿が見たかっただけで結婚まで考えていなかったが、お互い好き合っているならと動いた。

 その二人の結婚が思いもしなかった状況をむかえ、自分のせいで娘を不幸にしたのではと罪悪感がつのる。

 リリアンがサミュエルに見切りをつけ、王女として国教の教えを破ることの罪深さを分かった上で配偶者以外に愛を求める覚悟をしたのなら、それを受け入れるだけだ。

 正しさだけで生きてはいけない。不貞という罪をおかし地獄におちてでも愛をつかみたいというなら、それを止めるつもりはない。

 王女として気高く育った二人の美しい娘達の幸せを祈る。

 いつまでも二人がほほえみあえるように。
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。