ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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第27章 大規模開拓?

第222話 1年後・初夏

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 ここへ移住してから約1年が過ぎた。昨日やっと小麦の種まきが終わったばかり。

 小麦は秋の終わりに種をまいて翌年夏に収穫する物。私は今までそう思っていた。
 しかしスティヴァレにおいてはそれだけではないようだ。

『この種類の小麦は5月に種をまいて9月に収穫します。少し時期を遅らせると同じ畑で冬の小麦とあわせ、2回収穫も理論的には出来ます。実際にそうすると2回目の小麦が貧弱になるので普通はやりませんけれども。

 この春まき小麦は温暖な場所でしか育たないので、国内ではネイプル以南でしか栽培されないそうです』

 セレスの説明ではそういう事らしい。二期作が可能な小麦か。私が社会科の授業で習った寒冷地の春小麦とは別物のようだ。

 さて、農業も2年目ともなると結構忙しい。

「来週はエンドウの収穫をします。収穫したらすぐ灰を入れて土を耕しなおして、少し土を休ませたらカブを蒔きますから」

 収穫が終わった畑も、1ヶ月経ったらまた別の作物の種を蒔いたり苗を植えたりする。
 生育期間中は週に1~2回は雑草取りをするし、虫よけの炭殻や木酢液散布なんて作業もある。

 山羊のノクトくんとアレアちゃんには子供が2頭生まれた。どっちも女の子で、コーダちゃんとセーナちゃんと名前をつけた。2頭とも元気で昨年のノクトくんやアレアちゃんのように飛び回っている。

 コーダちゃんとセーナちゃんへの授乳は終わったけれど、アレアちゃんの乳はまだまだ出ている。だからセレスが毎日しっかり搾乳している。こうしないと病気になる可能性があるらしい。

 その乳は加工せず飲むとやや青臭い。しかしヨーグルトにするとなかなか、いやとっても美味しい。水切りして保存すると濃厚なチーズのようになるし、水切りで出た乳清は飲料にも料理にも使える。

 マスコビーは……いっぱい増えたとしか言いようがない。池の周囲にうじゃうじゃいる。30羽は超えているだろう。その気になれば毎日卵を3個くらいは余裕で失敬できる。

 マスコビーの巣は木の上。しかし偵察魔法を使いながらアイテムボックスや自在袋で卵を収納すれば問題ない。

 草地というか牧草地兼放牧場も冬の間に少し手を加えた。森部分を更に切り拓いて南北方向と西方向に草地を広げ、南側3分の1を背の高い壁で分けた。

 これは雄山羊と雌山羊を分けて放牧するためだ。狭い方がノクトくん用で、広い方が残り3頭用となる。ちなみにマスコビーのいる貯水池は雌山羊さんの方。

 こんな感じで私達の農場生活は順調だ。
 ただスリワラ領全体が順調かというと、多分そうでもない。

 街に近い辺りの開拓地は埋まってはいる。特に南東側、私達の土地に近い側は街から1離半3km程度まではきれいに埋まった。

 しかし開拓そのものは何処も道半ばという雰囲気だ。土地の半分程度を拓いたところもある。しかし多くはやっと1割程度畑になったかなという状態。

 そして街から遠い場所はほとんど手つかず。つまり私達の土地の周辺はまだ未開拓のままだ。

 街の方は中心部分はそこそこ建物で埋まっている。しかしよく見るとほとんどが領主家が建てた貸家や貸商店等。

 そして営業している店の数が少ない。街の規模的には最初に行った頃のローラッテ以下といった状態。

 そんな思いが昼食中、つい口から出てしまった。

「思ったより発展が遅い気がする」

「開拓は5年、10年という単位で進むものだからね。あと4~5年はこんな感じだと思うよ」

 リディナの言うとおり開拓に時間がかかるのはわかる。私達みたいにアイテムボックススキルと魔法であっさり開拓が完了するのは異常。それもわかっている。
 しかしそれでも疑問は残るのだ。

「でも移住者が思ったより少ない気がします。何故でしょうか」

 セレスが私が思ったのとほぼ同じ疑問を口にした。

「昨年、今年と天候が良くて農作物がのきなみ豊作だからね。わざわざ開拓しなくても食料は充分にあるし安値だし。

 小さな農家は儲からないまでも食べるのには困らない。だから今の生活を変えて開拓に出る必要はない。

 大規模開拓等の出資者となる商家は作物が安値の今、わざわざ開拓をして更に出荷量を増やそうとするはずがない。
 
 セドナ教団のような宗教団体も、豊作なら困らないから開拓をしようとしない。

 だから今の状況だと開拓しようという人が少ないの。だからこういった場所は人が増えない訳」

 なるほど。市場原理という奴か。

「かといって凶作ですと悲惨な事になりますよね。農村も街も」

「そうそう。貧しい人ほどね。だからこそ一か八か土地や家を売り払って開拓に、なんて事になるんだけれど。
 でもそんなのない方がいいよね。だから長い目で見て待つしかないと思うよ」

 その通りだ。わかっている。それでも気になるのだ。

「カレンさん達、大丈夫かな」

「これくらいは予測済みだと思うよ。苦しくないとは言わないけれど、それでも10年以上の計画をたてて移り住んだんだろうしね。

 実際ここの領地、考えられる施策はひととおりやっているよ。開拓支援も農業・酪農支援も行き届いているしね。公共施設もそこそこしっかり揃えているし。

 それに此処は最初から港があるだけましかな、元南部直轄領の他の場所よりもね。交易船等が補給に立ち寄る分の売り上げはあるから」

 確かにそうなのだろう。それでも心配ではある。

「魔法を使う開拓補助は冒険者ギルドで単価が決められているの。だから勝手に安く請け負う訳にはいかない。

 それに今は国による開拓特別措置中だよね。依頼の褒賞金等のうち、領主持ち分を国が負担している状態。

 だからギルドの依頼完了報告も国まで届くの。そうするとフミノのスキルが国に知られてしまう可能性もあるわけ。それをカレンさん達は危惧しているんじゃないかな。

 だから私達に出来るのは周囲の魔物を狩って安全にする事くらい。あとは自分の農地をきっちり管理して作物を出荷する事。街でお金を使う事。その程度だと思うよ」

 リディナの言う事は正論なのだろう。実際私も他に出来るような事は思いつかない。簡単に起こせるような産業は思いつかないし。
 アコチェーノとローラッテを結ぶトンネルのような解決策は無さそうだ。

「それでも気になるなら、明日あたり冒険者ギルドや商業ギルドの方をのぞいてこようか。何か依頼が入っているかもしれないし」

「そうですね。それに久しぶりに本も買いこんできたいです」

 確かにそれもいいかな。ここの図書館は割と本が揃っている。街の規模を考えるとかなりの充実度だ。

 うちの家は一般の家と思えない程、本が充実している。本棚は既に5つ目。リビングに置くと狭くなるので、聖堂の北部分に棚を並べ、ちょっとした図書室風にしている。

「ついでにお昼も向こうで食べてこようか。フミノの訓練を兼ねてね」

 訓練とは勿論対人恐怖症克服訓練の事だ。

「混んでいる時間は少し辛い」

「勿論。お昼過ぎ、2の鐘くらいの時間なら空いているから、今のフミノなら大丈夫だと思うよ」

 確かにそうだな。隣のテーブルが空いている位の混み具合なら大丈夫だと思う。

 それにたまにはリディナやセレス以外の人が作ったご飯を食べるのもいい。あ、そうだ。

「市場で魚も見てきたい」

 一応海沿いなので少しは入荷があるのだ。時には見慣れない魚もあがっている。
 そう思うとちょっと楽しみが増えた。
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