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第138話 終話 現実(そと)にて
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長い事パイアキアン・オンラインにいたような気がする。
ただ現実の時間では2週間足らず。
郵便受けにいらない手紙が目一杯貯まる位の日時しか経っていない。
そのいらない手紙類はとりあえず無視する方針とした。
もちろん特別送達とかがあれば別だけれど、大抵の郵便物やダイレクトメールは差し出し元を見れば内容を判断出来る。
配達拒否は郵便物しか使えないし、こちらに届いて反応した事がわかってしまう。
だから使わない。
このまま無視を数ヶ月続けてみて、それでも届くようならまた考えることにしよう。
それまでは配送物の仕分け作業が面倒だ。
でも送ってくる向こうに無駄なコストをかけさせていると思えば少しはましな気分になれる。
あとは叔母一家の騒ぎでお世話になったゼミの教授や大学友人達に挨拶とお礼に回った。
引っ越した後は音信不通になっていたと思うので、その辺の不義理の陳謝も兼ねて。
そうしたら教授に秋入学の大学院を受けないかなんて誘いを受けた。
急いで働く必要もないし新卒の機会を逃したし、確かに大学時代に研究していた分野をもう少し極めてみるのも面白そうだ。
そんな訳で院試を受ける事に決めて申し込んで、そして受験勉強開始。
多分そこまで勉強しなくても大丈夫だとは思う。
けれど受けるからには完璧を期したい。
私の戦闘スタイルはそういう形だから。
叔母一家関係については安全の為、徹底的に叩かせて貰う。
家族4名全員1回は検挙されていて、伯父と従兄弟1人はまだ拘置所内。
しかしこのままでは安心出来ない。
馬鹿だけれど行動力があって始末に負えない連中だから。
まずは第一段階として私の父母が死んだ際に、叔母一家が保険金や遺産を狙って起こした様々な行動による私の金銭的、心理的損害に対しての民事訴訟を提起した。
これは弁護士さんと相談した結果だ。
叔母一家のこれ以上の行動を抑えるには活動資金を断つのが早い。
今までの言動からみて反省するという可能性はごく低いから。
余分な金がなく担保となる財産もなく、借金すら出来ない状況にする。
そうすれば探偵を使って私の住所を調べたりなんて事は出来なくなる筈だ。
相手方も全員成人しているし、今までの事を考えれば同情の余地は無い。
この裁判、現在は叔母側が答弁書を出さず第1回口頭弁論も欠席した状態。
一家揃って馬鹿なので自分に都合が悪い事は無視したのだろう。
一方こちらは山ほど証拠を提出している。
叔母が書いた養子縁組届書、某団体から押収して叔母の筆跡と判明した寄付の申込み書、更には掲示板に私の前住所や実名まで書き込まれた件のIP追跡、プロバイダー情報開示の資料なんてのまで。
なのでまもなく審理は終わり判決となるのではないかとの事だ。
そしておそらくこちらの訴出の相当部分は認められるだろうと。
ただ叔母一家のことだ。
当然真っ当に支払いしようなんてしないだろう。
もちろんその先も既に考慮済みだし、弁護士さんは強制執行の為の情報収集に動いてくれている。
結果あの馬鹿一家、金がない癖に高級車に乗ったり高いバイクをかったりブランド物を買い込んだりなんてしているのが判明した。
賠償の満額までは取れないだろう。
それでも調査と強制執行で手持ちの金を生活最低限までに減らすつもりだ。
私自身の安全の為に。
安全の為、護身術なんてのも習い始めた。
本格的にではなく合気道の道場で週1回教えてくれる程度のものだけれど。
もちろんパイアキアン・オンラインのミヤのように身軽には動けない。
それでも4回通って、あと教わったトレーニングを家で毎日やった結果、以前より少しは動けるようになった気がする。
パイアキアン・オンラインには毎日1回顔を出している。
ラッキー君達から見れば24日に1回だけれども。
私の家とメリティイースのカリーナちゃんの家は、ラッキー君が管理してくれている。
パイアキアン・オンラインの時間ではまもなく6年経つけれど、ラッキー君の見た目はレベル102当時のままだ。
『ラッキーちゃんは神獣だから、もう寿命無限だと思っていいわよ。老化もしないから基本的にはこのままねっ♡』
これはカレンさんによる説明だ。
なおカレンさんは相変わらずケルキラ錬金術ギルドのギルドマスターをしている。
『こうやって他の人と人として触れていないとわからなくなる事って多いのよぉ。運営管理統括AIに必要な事かはわからないけれどね。カレンとしては必要なのぉ♡』
更にカレンさんはこんな事も教えてくれた。
「メアリーもメインはパイアキアン・オンラインのままらしいけれどね。少しは現実にも関わる気になったらしいわぁ」
「どういう事ですか?」
メアリーさんは確か仮想現実やAIの開発者だと聞いた気がする。
だったら何処かに就職でもしたのだろうか。
「AIシステムの更に新しい理論というか処理系を発表したようよぉ。今までのOZとデータセットが上位互換でありながら数段上の『人間らしさ』を持つというGlindaというもの。
また答探しの旅を始めるつもりなんだと思うわ。きっと答は出ないのだろうし、その事はメアリーちゃん自身もわかっているのだろうけれど」
◇◇◇
そして今日、私は函館へ来ている。
朝一番の飛行機で着いて、空港からバスで街中に出て、レンタルスクーターで走り回った。
本当は路面電車と歩きで回るのが正しい。
けれど私の足では全行程歩くのはきつい気がした。
車やスクーターでないと行きにくい場所もあるし、仮想でも結局最後はカレンさんの車を使ったし。
まずは街中をスクーターで走りつつ観光した。
復元船の函館丸を見て外輪があればあの船に似ているなと思ったり。
沖ノ口番所跡を見て碑しかないんだなと思ったり。
元町公園までの坂を上から見てなかなか見晴らしがいいなと思ったり。
明らかに見覚えがある建物もある。
商業ギルドとか冒険者ギルドとか。
こちらでは北方民族資料館と旧北海道庁函館支庁庁舎なのだけれど。
路面電車もそっくりなのが走っている。
回転寿司の店も実在した。
店の外観は仮想と現実で少し違ったけれど、味はやっぱり美味しい。
早めのお昼として食べて確認したから間違いない。
ただ湯の川温泉にはカリーナちゃんやラッキー君と泊まったあの宿はなかった。
宿探しの時点でわかっていたけれど少し寂しい。
その後目的地へ向かう途中、大回りしてカリーナちゃんの実家の前を通ってみる。
カリーナちゃん、河原里緒奈の名前はやっぱり表札に残っていた。
その後はスクーターで坂道をのぼり、あのカリーナちゃんと別れた霊園に到着。
売店でお花とお線香を購入して、そしてお墓へ。
この辺りの風景は仮想で見たのと全く同じ。
だから迷わずに目的の場所へと到着。
お墓にはまだ彩りが残っているお花が供えてあった。
昨日の月命日に誰かがお参りしたのだろう。
両親か友人か、それとも他の誰かか。
月命日をあえて外したのは私の個人的わがまま。
一人で静かに相対したかったから。
現実のカリーナちゃんしか知らない人とは話があわないだろうというのもあるけれど。
線香を供え、そして花はまだ大丈夫なのとそうでないのにより分け、水も替えて、持ってきたものと一緒に供え直す。
理性ではわかっている。
ここも、そして仮想にあった墓標にも特別な何かがある訳では無いと。
私自身は無宗教だし、『宗教は阿片だ』という言葉に頷くことが多かったりする。
これを言った方が作った思想体系とその末裔の皆さんの大多数をどう感じるかは別として。
それでもこの場所には意味がある。
カリーナちゃんという存在が確かにいた事と感じるためのひとつのアイコンとして。
この供花や線香もきっとそうだ。
大好きだった、愛していた、それを示すアイコンのひとつ。
私に霊感はないし、宗教的な信心なんてのものはない。
だから此処でカリーナちゃんの気配を感じるなんて事はない。
でもAIのカリーナちゃんは言っていた。
『見守り続けるんです。大好きだった人達を、今はもういない自分の代わりに』
『もう一人のカリーナも同じような存在になっているのかもしれないって。メアリーの願望と同じような形で見守っているんじゃないかって。大好きな人達を、ずっと』
そう思っていられるなら、そう感じていられる限りは。
きっと私は前に進むことが出来る。
どんな時もひとりではない、そう信じられるから。
だから私は此処、カリーナちゃんという存在のアイコンであるここで祈らせて貰う。
今までありがとう、これからもよろしくと。
(End Of File.)
ただ現実の時間では2週間足らず。
郵便受けにいらない手紙が目一杯貯まる位の日時しか経っていない。
そのいらない手紙類はとりあえず無視する方針とした。
もちろん特別送達とかがあれば別だけれど、大抵の郵便物やダイレクトメールは差し出し元を見れば内容を判断出来る。
配達拒否は郵便物しか使えないし、こちらに届いて反応した事がわかってしまう。
だから使わない。
このまま無視を数ヶ月続けてみて、それでも届くようならまた考えることにしよう。
それまでは配送物の仕分け作業が面倒だ。
でも送ってくる向こうに無駄なコストをかけさせていると思えば少しはましな気分になれる。
あとは叔母一家の騒ぎでお世話になったゼミの教授や大学友人達に挨拶とお礼に回った。
引っ越した後は音信不通になっていたと思うので、その辺の不義理の陳謝も兼ねて。
そうしたら教授に秋入学の大学院を受けないかなんて誘いを受けた。
急いで働く必要もないし新卒の機会を逃したし、確かに大学時代に研究していた分野をもう少し極めてみるのも面白そうだ。
そんな訳で院試を受ける事に決めて申し込んで、そして受験勉強開始。
多分そこまで勉強しなくても大丈夫だとは思う。
けれど受けるからには完璧を期したい。
私の戦闘スタイルはそういう形だから。
叔母一家関係については安全の為、徹底的に叩かせて貰う。
家族4名全員1回は検挙されていて、伯父と従兄弟1人はまだ拘置所内。
しかしこのままでは安心出来ない。
馬鹿だけれど行動力があって始末に負えない連中だから。
まずは第一段階として私の父母が死んだ際に、叔母一家が保険金や遺産を狙って起こした様々な行動による私の金銭的、心理的損害に対しての民事訴訟を提起した。
これは弁護士さんと相談した結果だ。
叔母一家のこれ以上の行動を抑えるには活動資金を断つのが早い。
今までの言動からみて反省するという可能性はごく低いから。
余分な金がなく担保となる財産もなく、借金すら出来ない状況にする。
そうすれば探偵を使って私の住所を調べたりなんて事は出来なくなる筈だ。
相手方も全員成人しているし、今までの事を考えれば同情の余地は無い。
この裁判、現在は叔母側が答弁書を出さず第1回口頭弁論も欠席した状態。
一家揃って馬鹿なので自分に都合が悪い事は無視したのだろう。
一方こちらは山ほど証拠を提出している。
叔母が書いた養子縁組届書、某団体から押収して叔母の筆跡と判明した寄付の申込み書、更には掲示板に私の前住所や実名まで書き込まれた件のIP追跡、プロバイダー情報開示の資料なんてのまで。
なのでまもなく審理は終わり判決となるのではないかとの事だ。
そしておそらくこちらの訴出の相当部分は認められるだろうと。
ただ叔母一家のことだ。
当然真っ当に支払いしようなんてしないだろう。
もちろんその先も既に考慮済みだし、弁護士さんは強制執行の為の情報収集に動いてくれている。
結果あの馬鹿一家、金がない癖に高級車に乗ったり高いバイクをかったりブランド物を買い込んだりなんてしているのが判明した。
賠償の満額までは取れないだろう。
それでも調査と強制執行で手持ちの金を生活最低限までに減らすつもりだ。
私自身の安全の為に。
安全の為、護身術なんてのも習い始めた。
本格的にではなく合気道の道場で週1回教えてくれる程度のものだけれど。
もちろんパイアキアン・オンラインのミヤのように身軽には動けない。
それでも4回通って、あと教わったトレーニングを家で毎日やった結果、以前より少しは動けるようになった気がする。
パイアキアン・オンラインには毎日1回顔を出している。
ラッキー君達から見れば24日に1回だけれども。
私の家とメリティイースのカリーナちゃんの家は、ラッキー君が管理してくれている。
パイアキアン・オンラインの時間ではまもなく6年経つけれど、ラッキー君の見た目はレベル102当時のままだ。
『ラッキーちゃんは神獣だから、もう寿命無限だと思っていいわよ。老化もしないから基本的にはこのままねっ♡』
これはカレンさんによる説明だ。
なおカレンさんは相変わらずケルキラ錬金術ギルドのギルドマスターをしている。
『こうやって他の人と人として触れていないとわからなくなる事って多いのよぉ。運営管理統括AIに必要な事かはわからないけれどね。カレンとしては必要なのぉ♡』
更にカレンさんはこんな事も教えてくれた。
「メアリーもメインはパイアキアン・オンラインのままらしいけれどね。少しは現実にも関わる気になったらしいわぁ」
「どういう事ですか?」
メアリーさんは確か仮想現実やAIの開発者だと聞いた気がする。
だったら何処かに就職でもしたのだろうか。
「AIシステムの更に新しい理論というか処理系を発表したようよぉ。今までのOZとデータセットが上位互換でありながら数段上の『人間らしさ』を持つというGlindaというもの。
また答探しの旅を始めるつもりなんだと思うわ。きっと答は出ないのだろうし、その事はメアリーちゃん自身もわかっているのだろうけれど」
◇◇◇
そして今日、私は函館へ来ている。
朝一番の飛行機で着いて、空港からバスで街中に出て、レンタルスクーターで走り回った。
本当は路面電車と歩きで回るのが正しい。
けれど私の足では全行程歩くのはきつい気がした。
車やスクーターでないと行きにくい場所もあるし、仮想でも結局最後はカレンさんの車を使ったし。
まずは街中をスクーターで走りつつ観光した。
復元船の函館丸を見て外輪があればあの船に似ているなと思ったり。
沖ノ口番所跡を見て碑しかないんだなと思ったり。
元町公園までの坂を上から見てなかなか見晴らしがいいなと思ったり。
明らかに見覚えがある建物もある。
商業ギルドとか冒険者ギルドとか。
こちらでは北方民族資料館と旧北海道庁函館支庁庁舎なのだけれど。
路面電車もそっくりなのが走っている。
回転寿司の店も実在した。
店の外観は仮想と現実で少し違ったけれど、味はやっぱり美味しい。
早めのお昼として食べて確認したから間違いない。
ただ湯の川温泉にはカリーナちゃんやラッキー君と泊まったあの宿はなかった。
宿探しの時点でわかっていたけれど少し寂しい。
その後目的地へ向かう途中、大回りしてカリーナちゃんの実家の前を通ってみる。
カリーナちゃん、河原里緒奈の名前はやっぱり表札に残っていた。
その後はスクーターで坂道をのぼり、あのカリーナちゃんと別れた霊園に到着。
売店でお花とお線香を購入して、そしてお墓へ。
この辺りの風景は仮想で見たのと全く同じ。
だから迷わずに目的の場所へと到着。
お墓にはまだ彩りが残っているお花が供えてあった。
昨日の月命日に誰かがお参りしたのだろう。
両親か友人か、それとも他の誰かか。
月命日をあえて外したのは私の個人的わがまま。
一人で静かに相対したかったから。
現実のカリーナちゃんしか知らない人とは話があわないだろうというのもあるけれど。
線香を供え、そして花はまだ大丈夫なのとそうでないのにより分け、水も替えて、持ってきたものと一緒に供え直す。
理性ではわかっている。
ここも、そして仮想にあった墓標にも特別な何かがある訳では無いと。
私自身は無宗教だし、『宗教は阿片だ』という言葉に頷くことが多かったりする。
これを言った方が作った思想体系とその末裔の皆さんの大多数をどう感じるかは別として。
それでもこの場所には意味がある。
カリーナちゃんという存在が確かにいた事と感じるためのひとつのアイコンとして。
この供花や線香もきっとそうだ。
大好きだった、愛していた、それを示すアイコンのひとつ。
私に霊感はないし、宗教的な信心なんてのものはない。
だから此処でカリーナちゃんの気配を感じるなんて事はない。
でもAIのカリーナちゃんは言っていた。
『見守り続けるんです。大好きだった人達を、今はもういない自分の代わりに』
『もう一人のカリーナも同じような存在になっているのかもしれないって。メアリーの願望と同じような形で見守っているんじゃないかって。大好きな人達を、ずっと』
そう思っていられるなら、そう感じていられる限りは。
きっと私は前に進むことが出来る。
どんな時もひとりではない、そう信じられるから。
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