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第10章 ある冬の日に

76 わたしがわたしになった日

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 エアストリームに戻って、大量の戦利品を整理する。
 備え付けテーブルだけでは足りないので、補助テーブルその2まで出して並べる。
 それでも並べきれないので、整理してスペースを空けて、また置いての繰り返しだ。

 今日食べられないものは、ストックか冷蔵庫へ。
 松戸お勧めサラベスのジャム3種も、今日はストック行きだ。

 結構冷蔵庫やストックに入れたけれど、それでもテーブルの上は豪勢な感じ。
 ローストビーフだの寿司だのサンドイッチだの、総菜類が12種も並んでいる。
 よくもこんなに買ったなと思う程だ。

 その他に主食的なパン類もあるし、サラダも別にあったりする。
 更に松戸が、瓶入りの高い生ジュースを各々のタンブラーに入れて配った。

「それでは、強敵撃破を記念いたしまして、不肖私、三郷みどりが乾杯の音頭を取らせていただきます。乾杯!」

 全員で唱和して杯をぶつけ、飲む。
 フレッシュで美味しいジュースだ、これ。
 食事に合うかどうかは別として。

 俺がジュースに感動しているうちに、戦いは始まっていた。
 ビデオの早送り再生のように、各総菜が姿を消していく。
 あ、この分ではまた俺の取り分が無くなる。あわてて参戦だ。

 とりあえずカリフォルニアロールを食べ、ローストビーフを食べ……
 全部なくなるまでにそれなりに食べることに、今度こそ成功した。
 本当はこれが当然なのだ。十分以上に量があったはずだし。

 ◇◇◇

 そして今はいつもの南の島。エアストリームごと移動してのんびりしている。
 今、皆でいるのはあの砂浜。海を渡る風が心地よい。

「そう言えば三郷先輩、みらいがお姉ちゃんって言っていましたけれど」

 みらいが何か言おうとするのを、三郷先輩が手で制した。

「そうですね、言っておいた方がいいですね」

 三郷先輩は、サングラスを外した。
 目の色が違う。いつもは濃い灰色の瞳だが、今日は大分明るい灰色の瞳。
 その状態で先輩は立ち上がり、守谷の横に並んだ。

 並ぶと、みらいと三郷先輩はそっくり。顔の形も目の形も鼻の形も口元も。
 違うのは色だけだ。

「私の髪は染めているのです。本当は真っ白なのです」

 先輩はそう言って、再びサングラスをかける。

「そっくりなのは当然なのです。ほぼ同じ遺伝子配列で人工的に作られたのですから。私がバージョン26で、みらいがバージョン78なのです。戦闘指揮用として、ある国の軍関係の研究機関で作られたのです」

 三郷先輩は立ち上がり、元の場所へと座り直す。

「私達は戦闘指揮用として人や妖怪、魔人等の遺伝子を組み合わせて作られたです。みらいことCラインバージョン27が作られた時点で、バージョン17、20,21、23、25、26の意識がある状態だったです。
 ここで、生きていると言わなかったのは、それなりの理由があるです。バージョン21以前は体が成長出来ずに脳だけで機能させていた状態だったです。23は脳は体内に納まっていたけれど、頭以外は胎児のまま、液体の中に入ってパイプを接続された状態だったです。25の身体は3歳児程度まで成長できたけれど、内臓に深刻な欠陥が多数あって、やっぱりパイプを接続されて生きていた状態だったです。26、私でやっと人型のまま生存可能な状態だったのですが、それでも両足は機能せず両腕も極端に力が無く、あと色素異常もある状態だったです。
 その頃はまだ皆、意識とか人格とかも無かったです。みんな混ぜこぜで、実験に対応して情報のやりとりをしているだけの状態。それが変わったのはバージョン27、みらいが生まれた時なのです」

 みらいは、目を瞑って聞いていた。
 小さく震えるのを、三郷先輩が軽く撫でている。

「みらいが生まれた時、はじめて私達の中に、意識と目的が生まれたです。それは、みらいに普通の人間としての幸せを与える事。生まれた時点でみらいには私達みたいな欠損が無く、普通に生きていける事がわかっていたです。だから私達は希望を持ったし、目標を持ったのです。
 そしてこの時はじめて、私達も個としての意識が出来たです。それまではそれぞれ、思考の入れ物の存在は知ってはいたですが、意識とか情報とかは完全に混在してたですし共有していたですから。
 私達はみらいを、私達とは違う独立した存在として最初から育てるとともに、様々な計画を立てて準備をして、時を待ったです。
 計画決行は、みらいの3歳の誕生日。その日私達は警備体制に穴を開けるとともに、外部の協力者に連絡を入れ、みらいを助ける手筈を整えたです。残っている研究内容や研究成果等のデータは、全部消去したです。 有形の物も無形の物も、みらい以外は全部。
 研究員を爆殺したのは姉の誰かですが、その爆弾を仕掛けたのは私です。バージョン25までの生命維持を切ったのも、私なのです。みらいの他に動けるのは私だけなのですから。
 研究所の主要施設の爆破が終わった後。荷物用カートで移動して、1人ずつ生命維持装置を手動で切っていったです。皆ありがとうと言う言葉を残して消えていったです。
 最後に私は高性能爆弾を抱えて、施設基盤部付近に隠れたです。みらいが脱出した時点で爆破して、全てを消去する計画だったです。
 でも、爆弾は爆発しなかったです。念の為に用意した予備も含めて爆発しなかったです。そして私も助け出されてしまったです。
 きっと姉達が私に内緒で計画を変更したのです。生き残ってみらいを見守れ、そんな感じで。だから私はその後、みらいが入る筈の学校に1年先に入学したです。そして今に至っているです」
 
 話があまりに重かった。
 流石の松戸も、茶々を入れられない。
 沈黙があたりを支配する。

「それでは、私のせいで、私のせいでお姉ちゃん達は皆死んでしまったですか」

 守谷の鳴き声交じりの問い。
 でも三郷先輩は優しいが、きっぱりとした口調で答える。

「そうじゃないのです。みらいが生まれるまでは、生きているとか死んでいるという感覚すら無かったのですから。
 私が意識を持ってからみらいが生まれるまでにも、バージョン18と20、22の意識が消えたです。でもそれが死だという感覚も無かったくらいなのです。
 みらいが生まれて初めて、私達に目的が出来たのです。その目的のために、個の意識が出来たです。みらいの存在で、初めて生きるということが出来たです。誰も後悔してないし感謝してるです。姉達の生をこの手で終わらせた私が保証するです」
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